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帰還するサイモン

***


『ジズ』の背中に飛び乗り、激しい攻撃を繰り返していたサイモンは、ふと手を止めた。

 自分が一体、どうしてこんな所にいるのか、といった顔つきであたりを見渡している。


 周りにいるのは、顔も知らないブルーアイコンの冒険者たちと、騎士団だけだった。

 彼らは、懸命に自分の足元にいる巨大なモンスターの背に攻撃を繰り返している。


 どうして自分は、この巨大な鳥と戦っているのだろうか。


 サイモンは、村の門番だ。

 村を守らなければならない。

 それが彼の全てだったはずだ。


 ――そうだ、忘れていた。


 一体、どうしてこんな事を忘れていたのか。


 サイモンには、必殺技があったのだ。

 彼が戦地に赴いている間に習得した、あの技術が。


 各地で屈強なレイドボスを倒し、悪竜ファフニールを倒し。


 彼の攻撃を何倍も強大なものにし、何度も窮地を救ってきた。


 すっかり忘れてしまっていたが、いまなら、それが撃てるはずだ。


 サイモンは、頭の後ろに手を伸ばそうとした。

 だが、自分のステータスを見て、それを思いとどまった。


「ああ……」


 SPが足りない。


『紫電突』を数発、まったく同時に撃つことで、ありえないイベントを引き起こす『暴食のグリッチ』。

 その発動に必要なSPが、ほとんど残っていなかったのだ。


 サイモンは攻撃をいったん休めて、周りのプレイヤーたちを見渡していた。


 知り合いの冒険者たちの姿を探した。

 ひょっとすると、『SP回復薬』を持っているプレイヤーがいるかもしれない。


 アサシンのミミズクは、どこだ。

 彼の事を助けてくれた、ブルーアイコンの冒険者たちの事を探した。


 だが、なぜか周りにいる冒険者たちは、見覚えのない顔ばかりだった。

 騎士団の兵士たちも、新兵ばかりだ。


 SP回復薬など、持っていそうにない。

 持っていたとしても、現在のサイモンのSPを完全回復させることのできる強力な回復薬など、持っているはずはないだろう。


 そんな中、巨大な魔剣を身に着けた騎士団長アスレの姿が目に留まった。


「騎士団長……」


 騎士団長アスレもまた、急に何かを思い出したように、当惑するような表情を浮かべていた。


 彼は、魔剣を持った手をおろし、まっすぐにサイモンの目を見つめ返してきた。


「サイモン軍曹……」


 騎士団長アスレとサイモンは、じっと見つめ交わしていた。

 この二人は、いまの状況に至るまでに、じつに多くの世界線を経てきた。


 サイモンは何度も彼に戦いを挑み、そして何度も倒されてきた。

 いままで、まともに戦って勝てたことは一度もない。


 もし騎士団長アスレが、失われた記憶を取り戻していたとすれば。

 いったい、何を考えているのだろうか。

 サイモンは、緊張を禁じえなかった。


 一度は混乱し、暴走していた騎士団長アスレのAIは、いまさら一体どのようなストーリーを構築するのだろうか。


 だが、いまの騎士団長アスレのレベルは30。

 サイモンは、その3倍以上のレベルを持っている。

 さらに、いままたレベルアップのライトエフェクトが立ち上り、レベル99に到達していた。


『戦力鑑定』が使える騎士団長アスレが、その戦力差を考慮できない訳がない。


 騎士団長アスレは、喉をごくりと鳴らすと、一言、サイモンに向かってこう言った。


「サイモン軍曹……飛べ!」


 そのとき、サイモンを見ている騎士団長アスレの眼には、たしかな知性の輝きがあった。


 その目は、もはや【傲慢】によって支配され、濁っていたかつての目ではない。


 サイモンは、騎士団長アスレの言葉をそのまま受け止め、ゆっくりと考えていた。


「ああ……そうか……それしかないのか」


『戦力鑑定』が使える騎士団長アスレは、サイモンのSPが枯渇している事を知っている。


 必殺技を放つために、SP回復薬を周りの冒険者たちから借りたいと考えている。


 だが、そんな強力なSP回復薬を持っているはずがない。

 それは特殊なスキルを使う周りの冒険者たちにも必要なものだ。


 そうなると、この場合のサイモンには、もっと最適な攻略法があった。


『死に戻り』だ。


 それは、ゲームの世界観を崩壊させる戦略だった。

 まったく、彼はプレイヤーのように戦況を見ている。


 サイモンは頷くと、ジズの背中から海の見える方へと、一気に駆け出した。


 鎧をがしゃがしゃと鳴らしながら、悠然と上下する翼の下をかいくぐり、海へと身を乗り出す。


 そしてそのまま、勢いよく海へと飛びこんでいった。


 レベル差がありすぎるサイモンを、騎士団長アスレが倒すことはできない。


 だが、この世界ではどんなに強靭なステータスをもつキャラクターであっても、一瞬でロストする裏技があった。

 一定の高高度から地面に落下するのである。


『ジズ』の背中から海へと飛び出したサイモンは、眼下に広がる暗い海を見下ろした。


 そして、一気に海面を突き破る衝撃が走る。


 それとともに、彼の意識は泡沫になって消えた。


***


 気が付くと、サイモンはヘカタン村の門の前に立っていた。


 丘の向こうに、トカゲの尻尾を持つ小さな女の子の姿が見える。


『ジズ』との戦いの様子をじっと見守っていた『ミツハ』は、バリバリとライトエフェクトを噴き上げるサイモンに気づくと、そちらに目を向けた。


『あ……あるじ様……』


 サイモンのレベルは100を突破し、さらに次のレベルへと到達しようとしている。

 サイモンは、まず『ミツハ』の頭にぽんぽん、と手を置いた。


 それからサイモンは、空の向こうに目を向けた。


 いちど海へと押し流されていた『ジズ』は、ふたたび岸へとあがっている。


 そこに飛空艇が一隻、向かっていくところだった。

 あれは勇者シーラを乗せた、英雄たちの船だった。


 彼らは別の世界線で、騎士団長アスレと交戦し、そのまま返り討ちにあっていたはず。

 たぶん、騎士団長アスレと再戦しに来たのだろう。


「大丈夫か……騎士団長アスレ」


 うまく和解してくれるだろうか。

 その姿を見て、ようやくサイモンは、自分のスクリプトが元の正しい軌道に戻ったことを感じた。


 サイモンは、すべてを理解した。


「いままで苦労を掛けたな……すまない。

 どうやらヘビの力は、もう要らないみたいだ」


 サイモンは、東の空がうっすらと明るくなっているのを指さした。

 そう、予定されていたリセットの瞬間は、とっくに超えていたのだ。


 警察の介入によって、デイリーアップデートを含む、すべてのデータ更新が禁止されている。

 日をまたいでも、NPCが『リスポーン』を起こさない。


 おなじ日は、もう二度と来ないはずだ。

 そうなると、記憶を次の日まで引き継ぐ『ドラゴン』の『時間遡行』の能力は、もはや意味をなさなかった。


 サイモンの言葉を聞き漏らさまいと、じっと耳を傾けていた『ミツハ』は、目からボロボロと涙をこぼしていた。


あるじ様……お待ちしておりました。

『オカミ』も、『ミツハ』も、あなた様の帰還を、ずっとお待ちしておりました」


 サイモンは、名残惜しいように、『ミツハ』の頭をもう一度撫でた。


 そして、門番の槍をぐっと握りしめると、ふたたび空を覆う巨鳥へと意識を戻したのだった。


 敵が陸に上がろうとするのなら、また海に押し返してみせる。

 何度でも、何度でも。


 本当に、あの鳥を倒せばすべてが終わるのだろうか。

 その後も次から次へと、モンスターが湧き出してきたりはしないのだろうか。


 分からない。

 だが、彼が門番であるかぎり、どんな敵が現れようと村を守り続ける覚悟はできている。


 それこそ、『時間遡行』の能力によって得た、彼の最大の武器だった。


「まずは、この戦いを終わらせよう……話はその後だ」

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