帰還するサイモン
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『ジズ』の背中に飛び乗り、激しい攻撃を繰り返していたサイモンは、ふと手を止めた。
自分が一体、どうしてこんな所にいるのか、といった顔つきであたりを見渡している。
周りにいるのは、顔も知らないブルーアイコンの冒険者たちと、騎士団だけだった。
彼らは、懸命に自分の足元にいる巨大なモンスターの背に攻撃を繰り返している。
どうして自分は、この巨大な鳥と戦っているのだろうか。
サイモンは、村の門番だ。
村を守らなければならない。
それが彼の全てだったはずだ。
――そうだ、忘れていた。
一体、どうしてこんな事を忘れていたのか。
サイモンには、必殺技があったのだ。
彼が戦地に赴いている間に習得した、あの技術が。
各地で屈強なレイドボスを倒し、悪竜ファフニールを倒し。
彼の攻撃を何倍も強大なものにし、何度も窮地を救ってきた。
すっかり忘れてしまっていたが、いまなら、それが撃てるはずだ。
サイモンは、頭の後ろに手を伸ばそうとした。
だが、自分のステータスを見て、それを思いとどまった。
「ああ……」
SPが足りない。
『紫電突』を数発、まったく同時に撃つことで、ありえないイベントを引き起こす『暴食のグリッチ』。
その発動に必要なSPが、ほとんど残っていなかったのだ。
サイモンは攻撃をいったん休めて、周りのプレイヤーたちを見渡していた。
知り合いの冒険者たちの姿を探した。
ひょっとすると、『SP回復薬』を持っているプレイヤーがいるかもしれない。
アサシンのミミズクは、どこだ。
彼の事を助けてくれた、ブルーアイコンの冒険者たちの事を探した。
だが、なぜか周りにいる冒険者たちは、見覚えのない顔ばかりだった。
騎士団の兵士たちも、新兵ばかりだ。
SP回復薬など、持っていそうにない。
持っていたとしても、現在のサイモンのSPを完全回復させることのできる強力な回復薬など、持っているはずはないだろう。
そんな中、巨大な魔剣を身に着けた騎士団長アスレの姿が目に留まった。
「騎士団長……」
騎士団長アスレもまた、急に何かを思い出したように、当惑するような表情を浮かべていた。
彼は、魔剣を持った手をおろし、まっすぐにサイモンの目を見つめ返してきた。
「サイモン軍曹……」
騎士団長アスレとサイモンは、じっと見つめ交わしていた。
この二人は、いまの状況に至るまでに、じつに多くの世界線を経てきた。
サイモンは何度も彼に戦いを挑み、そして何度も倒されてきた。
いままで、まともに戦って勝てたことは一度もない。
もし騎士団長アスレが、失われた記憶を取り戻していたとすれば。
いったい、何を考えているのだろうか。
サイモンは、緊張を禁じえなかった。
一度は混乱し、暴走していた騎士団長アスレのAIは、いまさら一体どのようなストーリーを構築するのだろうか。
だが、いまの騎士団長アスレのレベルは30。
サイモンは、その3倍以上のレベルを持っている。
さらに、いままたレベルアップのライトエフェクトが立ち上り、レベル99に到達していた。
『戦力鑑定』が使える騎士団長アスレが、その戦力差を考慮できない訳がない。
騎士団長アスレは、喉をごくりと鳴らすと、一言、サイモンに向かってこう言った。
「サイモン軍曹……飛べ!」
そのとき、サイモンを見ている騎士団長アスレの眼には、たしかな知性の輝きがあった。
その目は、もはや【傲慢】によって支配され、濁っていたかつての目ではない。
サイモンは、騎士団長アスレの言葉をそのまま受け止め、ゆっくりと考えていた。
「ああ……そうか……それしかないのか」
『戦力鑑定』が使える騎士団長アスレは、サイモンのSPが枯渇している事を知っている。
必殺技を放つために、SP回復薬を周りの冒険者たちから借りたいと考えている。
だが、そんな強力なSP回復薬を持っているはずがない。
それは特殊なスキルを使う周りの冒険者たちにも必要なものだ。
そうなると、この場合のサイモンには、もっと最適な攻略法があった。
『死に戻り』だ。
それは、ゲームの世界観を崩壊させる戦略だった。
まったく、彼はプレイヤーのように戦況を見ている。
サイモンは頷くと、ジズの背中から海の見える方へと、一気に駆け出した。
鎧をがしゃがしゃと鳴らしながら、悠然と上下する翼の下をかいくぐり、海へと身を乗り出す。
そしてそのまま、勢いよく海へと飛びこんでいった。
レベル差がありすぎるサイモンを、騎士団長アスレが倒すことはできない。
だが、この世界ではどんなに強靭なステータスをもつキャラクターであっても、一瞬でロストする裏技があった。
一定の高高度から地面に落下するのである。
『ジズ』の背中から海へと飛び出したサイモンは、眼下に広がる暗い海を見下ろした。
そして、一気に海面を突き破る衝撃が走る。
それとともに、彼の意識は泡沫になって消えた。
***
気が付くと、サイモンはヘカタン村の門の前に立っていた。
丘の向こうに、トカゲの尻尾を持つ小さな女の子の姿が見える。
『ジズ』との戦いの様子をじっと見守っていた『ミツハ』は、バリバリとライトエフェクトを噴き上げるサイモンに気づくと、そちらに目を向けた。
『あ……主様……』
サイモンのレベルは100を突破し、さらに次のレベルへと到達しようとしている。
サイモンは、まず『ミツハ』の頭にぽんぽん、と手を置いた。
それからサイモンは、空の向こうに目を向けた。
いちど海へと押し流されていた『ジズ』は、ふたたび岸へとあがっている。
そこに飛空艇が一隻、向かっていくところだった。
あれは勇者シーラを乗せた、英雄たちの船だった。
彼らは別の世界線で、騎士団長アスレと交戦し、そのまま返り討ちにあっていたはず。
たぶん、騎士団長アスレと再戦しに来たのだろう。
「大丈夫か……騎士団長アスレ」
うまく和解してくれるだろうか。
その姿を見て、ようやくサイモンは、自分のスクリプトが元の正しい軌道に戻ったことを感じた。
サイモンは、すべてを理解した。
「いままで苦労を掛けたな……すまない。
どうやらヘビの力は、もう要らないみたいだ」
サイモンは、東の空がうっすらと明るくなっているのを指さした。
そう、予定されていたリセットの瞬間は、とっくに超えていたのだ。
警察の介入によって、デイリーアップデートを含む、すべてのデータ更新が禁止されている。
日をまたいでも、NPCが『リスポーン』を起こさない。
おなじ日は、もう二度と来ないはずだ。
そうなると、記憶を次の日まで引き継ぐ『ドラゴン』の『時間遡行』の能力は、もはや意味をなさなかった。
サイモンの言葉を聞き漏らさまいと、じっと耳を傾けていた『ミツハ』は、目からボロボロと涙をこぼしていた。
「主様……お待ちしておりました。
『オカミ』も、『ミツハ』も、あなた様の帰還を、ずっとお待ちしておりました」
サイモンは、名残惜しいように、『ミツハ』の頭をもう一度撫でた。
そして、門番の槍をぐっと握りしめると、ふたたび空を覆う巨鳥へと意識を戻したのだった。
敵が陸に上がろうとするのなら、また海に押し返してみせる。
何度でも、何度でも。
本当に、あの鳥を倒せばすべてが終わるのだろうか。
その後も次から次へと、モンスターが湧き出してきたりはしないのだろうか。
分からない。
だが、彼が門番であるかぎり、どんな敵が現れようと村を守り続ける覚悟はできている。
それこそ、『時間遡行』の能力によって得た、彼の最大の武器だった。
「まずは、この戦いを終わらせよう……話はその後だ」




