紫電突レベル97
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やがて、レイド戦の時間が訪れた。
最果ての島に降り立った『ジズ』の背に、大勢のプレイヤーたちが飛び乗っていった。
ログイン中のプレイヤーが減っていたこともあり、以前のように島がプレイヤーでいっぱいになって、攻撃が届かなくなるといった事はなかった。
さらに、今回は騎士団長アスレ率いる国王軍も参戦している。
「本当に大丈夫なの? 騎士団の平均レベルは30でしょう? 私たちのレベル上限より20も低い」
「ああ……だが、俺たちは一度ログアウトしたらもう復帰できない……その後のレイド戦は、あいつが引き継いでくれるのに賭けるしかないだろ?」
「やれやれ、でゴザル」
まさか、騎士団長アスレにその後の運命を託す事になるとは思わなかった。
苦笑いを浮かべる、ブルーアイコンのプレイヤーたち。
あれだけ嫌って、寄ってたかっていじめていたのに、世の中は分からないものである。
不安しかない戦闘開始となったが、戦場には、騎士団長アスレの声が響き渡っていた。
「ヒナには目をくれるな! 親鳥だけを狙え!
攻撃を終えた者は後ろの者と入れ替われ!」
騎士団長アスレは、プレイヤーたちが身に着けた連携を即座に理解すると、国王軍全体にその連携を覚えさせていた。
おかげで参戦したばかりにもかかわらず、国王軍は『ジズ』に対して、目覚ましいダメージを与え続けている。
初級者のプレイヤーたちも彼の指示に従って動きはじめ、予想よりもライフゲージの減りが早くなっているのが確認された。
それを見て、鎖鎧戦士たちも、重い腰を上げた。
「さて、俺たちも行くか……上級冒険者の格の違いを見せつけてやろうぜ」
***
おなじ頃、ヘカタン村のはずれにある丘の上には、『ミツハ』がいた。
『ミツハ』は、トカゲの尻尾をぶんぶん振りながら、はるか海の向こうで始まったレイド戦の様子を見ていた。
魔の山の六合目からは、最果ての島の様子がかすかに見える。
ミツハは『ログアウト不能事件』のキーパーソンとして、『ジズ』を島に着地させる役目を背負っている。
今日も、その辺のモンスターに噛みついて『ドラゴン』の眷属にしておいた。
いずれ、この村を滅ぼす役割を持っている最後のモンスター、『ジズ』。
その脅威に備えるための、もはや彼女の日課のようなものだ。
ここ最近は【傲慢】の邪魔が入って、何度も攻撃を休まなければならなかったが。
今度こそ、最後まで戦えるはずだ。
びくびくしながら『ジズ』を見ていると、その広い翼に、紫色のマントを翻して、騎士団長アスレが飛び乗った。
『ミツハ』は、「ぴゃっ!?」と声を上げて震えあがった。
スパイの役割を持つ使役獣は、視力がいい。
前回のループでは、騎士団長アスレは【傲慢】の血を受け継いで、村を襲撃してきたのだ。
そのトラウマがまだミツハには残っている。
だが今回は、冒険者たちに混じって『ジズ』と戦おうとしているようだった。
その理由が、ミツハには良く分からない。
NPCの誰かが、クエストを与えたのだろうか。
「騎士団長アスレ……元に戻ったでありんすか?」
騎士団長アスレが率いていたのは、いつもの国王軍だけではない。
主力メンバーを失って精彩を欠いていたブルーアイコンたちも、自らの軍に引き入れ、新兵として戦わせていた。
リーダーを失っていたブルーアイコンたちは、騎士団長アスレの下で動くことで、最高の連携を発揮する事が出来ている。
次第に彼の事を見直しているみたいだった。
かつてブルーアイコンたちによって迫害を受けていた主人公には、とても見えない。
『ミツハ』が尻尾を「?」の字にして不思議がっていると、やがて村の方から門番のサイモンがざっざっと足音を立てて近づいてきた。
「なんだなんだ、あのデカい『鳥』は……食いでがありそうだな」
「主様……ぴゃあああっ!!??」
『ミツハ』の隣に並んだサイモンの姿を見て、『ミツハ』は、またしても叫んで、軽く飛び上がった。
そのとき、サイモンの全身を炎のようなライトエフェクトが伝い上っていたのだ。
それは、全NPCがレベルアップ時に発生させる、ライトエフェクトである。
そのライトエフェクトが、止まらない。
『ミツハ』は今回、サイモンをレベルアップさせることに失敗していた。
山で異変が起こっていることに気づいたサイモンは、今回、門から一歩も離れずに村を守り続けていたのだ。
だが、サイモンはこのタイミングになって、なぜか大量にレベルアップしている。
じつは、これはメイシーの【嫉妬の魔竜】が倒されたためだった。
彼女とこの魔の山エリアで一度交戦したことのあるサイモンに、戦闘終了時の莫大な経験値が入っていたのである。
本来ならば、一度交戦したからと言って、ここまで遠く離れてしまえば、経験値が入ってくるようなことはない。
だが、現在のサイモンの『攻撃射程範囲』は、この魔の山全域に及んでいる。
つまり、魔の山の中腹にいたメイシーは、期せずしてサイモンの『戦闘範囲』で『ドラゴン』を倒していたのだ。
やがて、村から亜麻色の髪の美しい女性が現れた。
「サイモン……!」
強くて大きい生き物に対して、本能的に目を向ける彼女の目は、レベルアップの炎に包まれるサイモンに釘付けになっていた。
その間も、サイモンはずっとレベルアップし続けていた。
【嫉妬】のような『ドラゴン』の経験値は、ただでさえ大きい。
それが、サイモンのスキルによりさらにN倍され、彼のレベルを際限なく押し上げ続けている。
「まだだ……まだ遠い」
サイモンは、片手にぎゅっと槍を携え、門を守る門番の姿勢のまま、鳥を見つめて言った。
『ジズ』が最果ての島から、少しずつ近づいてくる。
それと同時に、サイモンの攻撃射程範囲も、レベルアップとともにぐんぐん広がっていく。
サイモンのレベルが90の大台を突破したとき。
とうとう彼の槍が届く攻撃射程範囲は、魔の山全体を包み込み、さらに山のふもとの港町を飲み込んで、海原へと到達していた。
そこから先は、最果ての島までただ海が広がるばかりだ。
だが、サイモンの攻撃射程範囲は、まだ広がり続けている。
サイモンは村の門番だ。
村を守るのが彼の仕事だ。
いつも門の前にいて、村に近づいてくる魔物を振り払う。
それが彼の日常であり、神から与えられたパーソナリティだ。
ならば、この陸地の全てが彼の村になってしまえばいい。
ヘカタン村の門の前から、一歩も動くことなく、じっとその時を待った。
やがて、その時は訪れた。
それは、サイモンのレベルが97に到達したとき。
いまだレベルアップのエフェクトが立ち上るサイモンの巨体を中心にして、巨木の幹のような紫電が突如として爆発した。
空間がゆがむほどの大容量の雷だ。
全身が紫電に包まれながら、サイモンは槍スキル第八階梯『紫電突』を発動させる。
「あ、主様……まだ……」
ミツハは、攻撃に移ろうとするサイモンを呼び止めようとした。
今回は、まだ【暴食のグリッチ】を習得していなかったのだ。
だが、ミツハにはそれが無駄なことのように思えた。
レベルが90を超えた者のスキルは、けた外れの性能を発揮するように、あらかじめ制作されていたらしい。
どうやら、いままで【暴食のグリッチ】によって呼び出していた番号外れのイベントは、これだったのだ。
門の前にいたサイモンは、爆発とともに消失し、焦げ臭い土砂があたりに飛び散った。
『ミツハ』が風圧にばたばた尻尾をはためかせ、前のめりになりながら空を見ると、一筋の流星のように夜空を飛んでいく紫の光の塊が空にあった。
金属でできた槍の穂先が、空気との摩擦で赤い火花を散らして、まるで2つの流星が走っていくようだった。
サイモンの唯一にして最強の技。
その一突きは、信じがたい形態進化を遂げていた。
魔の山から飛びだして、はるか海上にいる『ジズ』に突撃する。
空からまばゆい光が放たれた。
あまりにまぶしすぎて、何が起こったのか、よく見えなかった。
どかん、と大砲を撃ったような音が響き、焦げ臭い風が山まで吹いてきた。
目を細めてみると、超巨大モブである『ジズ』が、サイモンの一突きを受けてごうごうと燃えあがり、身をよじって暴れていた。
さらによく見ると、最果ての島まで『後退』していた。
攻撃でノックバックを受けて、来た道を押し戻されているのだ。
設計にはない、ありえない挙動をしている。
それに残り4分の1となっていたライフゲージが、さらにもう半分、目に見えて削り取られていた。
「さすがサイモン……これが『Bランク冒険者』……!」
シーラは、ごくり、と息をのんでいた。
彼女は、相変わらず『Bランク冒険者』に対する過剰な畏怖の念を抱いていた。
「奥方様……! ただの『Bランク冒険者』にはこんな事できませぬ……!」
それは、『Bランク冒険者』どころの話ではない。
これからのアップデートで数年をかけて、レベル上限をいくつも突破した先に到達する。
この世界にはまだ実装すらされていない、レベル90超えの実力だった。
おそらく、何シーズンも先のアップデートでようやく公開されることになっていたであろう、紫電突の真の姿を目の当たりにして、文字通りけた外れの戦闘力に気おされている。
だが、圧倒的な量の『ジズ』のライフゲージは、目を離すとどんどん回復していった。
今回は、ライフゲージの上限を下げる魔法を使うドリアードがいない。
そのまま『ジズ』の背に乗る者たちにサイモンが加わり、レイド戦はさらに続いた。
シーラは、息をのんで戦いの様子を見守っていた。
彼女は、お互いの戦力差を見極め、この戦いの行く末を予測していた。
「……勝てない」
シーラ、そう確信した。
『ジズ』の回復が早すぎるのだ。
本来は、倒せる対象として設定されていない、埒外のモンスターである。
このままでは、サイモンのSPの方が、先に尽きてしまう。
スキルによるノックバックを受けて、一時的に押し戻されている『ジズ』だったが。
やがて海を渡り、陸地にたどりつき、その翼の影で世界を覆い始めた。
港町がその陰に覆われたとき、シーラの脳裏に、とつぜん滅ぼされる村のビジョンが浮かんだ。
炎が燃え盛るへカタン村の姿だ。
そして、炎の中には『ドラゴン』の影があった。
どうしてこんな明確なビジョンが浮かんだのか、シーラにはわからない。
その理由は、『ログアウト不能事件』を企てたナナオやクリハラでさえも予期せぬものだった。
後々なって、その理由が判明することになるのだが。
実はまだこの段階では、誰にも予想がつかない変化が、彼らNPCの中に起こっていたのだ。
シーラは、首からぶら下げたネームタグを握りしめ、呼吸を乱していた。
「……『オーレン』……行くわよ」
気が付くと、シーラは走り出していた。
「奥方様!」
声を上げる『ミツハ』に向かって、シーラは言った。
「ミツハ、あなたは村に戻って! 村のみんなを避難させて!」
シーラは、このままでは村が滅びる事を直感していた。
シーラは、風のような速さで山をかけ降りた。
眠っているモンスターたちの背を軽々と飛び越え、空に浮かぶジズに、脇目もふらず向かっていく。
鳥にばかり集中していたシーラだったが、あるとき木の裏から飛び出してくる白刃を、とっさに回避した。
彼女に与えられた天性の戦闘力は、こんな時でもしっかり機能していた。
木の裏に潜む何者かの気配を察知し、目もくれずに攻撃を回避したのだ。
「あっぶなぁ~!」
思わず声に出したシーラ。
その目線の先に現れたのは、レッドアイコンだった。
シーラの目にはうつらないが、そのプレイヤー名は長髪の用心棒。
「……しまった、NPCだったか」
長髪の用心棒は、初心者エリアとなっている魔の山の一般のプレイヤーを次々とロストさせていたところだった。
どうやら、シーラがあまりの速度でかけてくるので、一般のプレイヤーと間違えて攻撃してしまったのだ。
よく見るとシーラである。
いつもこの魔の山で会うホワイトアイコン、NPCだ。
今はレッドアイコンの長髪の用心棒には、普通のNPCたちも攻撃してくることがある。
彼自身がロストしてしまっては元も子もないため、極力無駄な戦闘は避けたいところだったが。
「あなた……」
シーラは、すぐには戦闘にうつらなかった。
長髪の用心棒を穴が空くほど見つめて、何かを思い出そうとしている。
「あなた……私とどこかで会ったこと、ある?」
それは、このゲームを何10時間もプレイしている彼にとっては、違和感のある質問だった。
だが、その程度の異常など、この異常事態においては、さほど大きくない。
いまの長髪の用心棒には、NPCの小さな変化になど、興味はなかった。
「気のせいだ。俺とお前は初対面だ……この世界線ではな」
彼は、シーラに剣を向けていた。
無駄な戦闘とはわかっていても、こちらから攻撃を仕掛けたことで、すでに交戦状態に入ってしまったのだ。
今の彼なら、グリッチを使って仕留めた方が安全だった。
下手に逃げれば、失敗して追撃を受けてしまうリスクの方が高い。
シーラは、記憶を呼び覚まそうと、まだ「むーん?」とうなっていた。
だが、気にしないことに決めたようだ。
「まあ、いいわ。あなた、強そうね」
シーラが白銀の剣をすらりと抜いて、【決闘の円陣】を周囲に展開させた。
足元に広がる光の円環から、オーブンに入ったような焦げ臭いにおいが立ち込める。
長髪の用心棒が、さらに身を低く伏せて、攻撃を仕掛けようとした。
そのとき、何者かがゆっくりと現れ、両者の間に割って入った。
「待ってくれ」
長髪の用心棒は、突然現れたブルーアイコンの冒険者に目を向けた。
その頭上には、双剣士の名が刻まれている。
双剣士のアバターを利用して、この世界にログインしている、ナナオだ。
「シーラ、ここは私にまかせて、先に行ってくれ……きっと大事な戦いだろう」




