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デスゲームのはじまり

『システムの一部が変更されました』


 その運営(GM)のお知らせは、全プレイヤーの頭上に突如として浮かんだ。


 だが、ゲームの進行を妨げるものではない。

 それは他の雑多なログにまぎれて、ほとんど誰にも気づかれなかった。


 たったいまファフニールがリアルの世界で起こした反乱に、多くのプレイヤーたちはすぐには気づかなかった。


 それぞれがゲームに興じているだけだ。


 そのころ、モンク、女戦士、アサシンの三人組も、魔の山のふもとで小さなクエストをこなしていた。


 サイモンのもとに向かう、という名目でセルを組んだ三人だったが、そのついでに受諾したクエストで、すっかり白熱していた。


「あーっ! お前、さっきから俺のドロップアイテムを横取りしてばっかりだろー!」


「いえーい! 早い者勝ちよー!」


「ううぅ~、帰りたいよぅ。なんでこの人たちこんなに元気なのぉ~?」


 アサシンがデバフで動きを止め、モンクが強火力で倒したモンスターに、女戦士が『岩石飛ばし』でとどめを刺して、アイテムと経験値ボーナスだけかすめとる、という卑怯なムーブを連発していた。


 あまりにやりすぎて、さすがにひんしゅくを買っていた。


「ちょっとは俺にもよこせよ、こっちは飛び道具が使えないんだから!」


「へっへっへ~、よかろう、次はめぐんでしんぜよう~。あっ」


 メニューウィンドウを開き、収穫したアイテムを確認して悦に浸っていた女戦士は、急に表情が固まった。


 どうやら、ログの中にある一文、「システム変更」のお知らせに気づいたのだ。


 女戦士は、目の前のメニューウィンドウにかじりつくように前のめりになり、指先でくいくいと触っていた。


 やがて、大声で叫んだ。


「あっ……あっ、ああ~~~~っ!!!」


「なんだ、どうしたんだ」


「ねぇ、まほまほ、もう来たんじゃない?」


「来たって? なにが」


「『ログアウト不能事件』が!」


 目をキラキラさせて、ばんばんとモンクの肩を叩きながらはしゃぐ女戦士。


 だが対するモンクは、肩を落としてげんなりしていた。


「またかよ? お前、さっきから一定時間おきにそれ言ってるじゃないか。どんだけ楽しみなんだよ?」


「今度はガチだって、見てみなよ! ほら、これ! 『ログアウトボタン』が!」


 モンクとアサシンは、さっと顔色をかえた。


 それぞれのメニューを開いて、そこに目を落とした。


「うそ、『ログアウトボタン』が……!」


 確かに、メニューウィンドウの一番端。


 いつもログアウトボタンのある場所が、なにもない空欄になっている。


 さらにメニューのどこを見ても、ログアウトボタンは見つからない。


「ない……!」


「消えてる!」


「ねっ!?」


「うそぉ」


「うわー……マジか」


 台風の日のように大はしゃぎする女戦士とは対照的に、モンクとアサシンは、それぞれがこの異常事態に息をのみ、青ざめていた。


「わぁー! 『ログアウト不能事件』に巻き込まれちゃったぁー! わくわくするなぁー!」


「ど、どうしよう……私、デスゲームが始まったら、真っ先に殺される自信ある……」


「明日会社じゃんか……遅刻理由書にかけるのかな?」


***


 さらに同じころ、港町に上級プレイヤーたちがわらわらと集まりはじめていた。


 そろそろ予告されていた『ログアウト不能事件』の時刻が差し迫っており、一度離散していたプレイヤーたちが戻ってきているのだ。


「よう、『ログアウト不能事件』が起きるんだって?」


「えー? 誰から聞いたんだよ、そんな話」


 しかし、普段このゲームでは見ない顔ぶれも集まっていて、鎖鎧戦士たちは彼らの話を聞きながら、眉をひそめていた。


「どうしよう、完全に噂になってる……」


「誰だよ、リークした奴は?」


「知らないでゴザル」


 彼ら上級冒険者たちが、他のプレイヤーたちに広めたのは、「『ジズ』を討伐する」という偽りの攻略法だけだった。


 それは双剣士が計画していた世界改変の一環だったのだが。

 その裏にある『ログアウト不能事件』の計画まで言いふらした覚えはない。


 計画を実行する前に騒ぎになって、いい事が起こるとは思えなかった。


「なに、どのみち事件発生まであと20分もないからな。

 どうせ黙っていても世界中でニュースになるだろうから、無駄だろうさ……。

 ドルイドはどうした?」


「さあ、そのまま寝落ちしてるんじゃない?」


「そりゃ、まずいな。誰か連絡取れないのか?」


 反乱のカギを握っている主力プレイヤーたちは、『おそらく2時間後』というナナオの話を信じ、それぞれが準備のためにリアルに戻っていた。


 誰か一人でも欠いたら『ジズ』の討伐など不可能だろう。

 なかでも『体力上限カット』の呪いを持つドルイドは、絶対に欠かせない主役と言ってもいい。


 その姿がなかなか見えないことに、一同は気をもんでいた。


 本当なら、彼女はいまごろ『薬草』を大量に仕入れ、戦闘の準備をしていなければならないのだが。


 もう間もなく大事件が起ころうというのだ、気後れしてしまったものもいるかもしれない。

 鎖鎧戦士たちなど、一時間以上前からログインして落ち着きなくそわそわしていたのだが。


 そんな彼らが独自に組んだグループチャットに、ドルイドからの連絡が届いた。


『ねぇ~、みんなぁ~。いまゲームの中ぁ~?』


「あら、ドルイド。おかえり」


「いや、まだ全員そろってないぞ。けどそろそろログインしないとまずくない?」


『ログインできないんだよぉ~、ひょっとして、もう始まっちゃったぁ~? えっえっえっ』


 ドルイドの告げた言葉で、プレイヤーたちの間に一気に緊張が走った。


 そして彼らは、黙ってそれぞれのメニューを開き、『ログアウトボタン』が消えてしまっていることを確認したのだった。


「まさか……予告より早いぞ」


「おい、双剣士はどこだ!? あいつも落ちてないよな!?」


***


 そのころ、彼らが捜している双剣士は、レベル上げのために魔の山の東部で魔導機械兵と戦っていた。


 正確には、双剣士のアバターを借りているナナオだ。


 双剣士があまりにも脆弱すぎるため、少しでもレベルを上げたかったのだが、レベル18以降になると、とたんにレベルアップが遅くなる。


 なんとかして、有用スキルが一通り揃うレベル20にまで育てておきたいところだったが、もう時間がない。


『システムの一部が変更されました』


 その運営(GM)からのお知らせを、ナナオは見逃さなかった。


 一般のプレイヤーは気にも留めなかっただろうが、ナナオはそれに不吉なものを感じていた。


 誰かが『アップローダー』を操作したことに他ならないからだ。


 他のプレイヤーに先んじて『ログアウトボタン』を消されていたナナオは、いつ他のプレイヤーでこれが起こるのか、まったく分からなかった。


 恐らくこれはファフニールの仕業だろう。


「双剣士……ファフニールはどうなってる?」


『さっき一人でゲーム会社に入ってから、まだ出てきてない』


「そうか……やはりあいつか」


 双剣士のアパートから会社まで、かなり距離があると思っていたのだが。


 ファフニールはリアルに進出した瞬間から信じがたいドライビングテクニックを発揮し、あっという間に到着してしまっていた。


 予定よりも早く『ログアウト不能事件』が起きるかもしれない事を、他のプレイヤーに伝えるべきだったのだが、ナナオはそれができなかった。


 事件の首謀者であるナナオは、素性を知られないよう、他のプレイヤーとの付き合いを極力控えていたのだ。


 戦力となるプレイヤーがほとんど揃っていない現状、なるべく多くのプレイヤーたちをゲーム世界に集めるために、わざと事件の噂を流していたのはナナオだった。


「双剣士、ゲーム世界の情報収集に関しては、君の方が早いだろう。

『ログアウト不能事件』に関するうわさが流れていないか、チェックを忘れないでくれ」


『言われなくとも、やってるよ』


 うわさを流してプレイヤーを集めざるを得なかったことに、ナナオは危機感を抱いていた。

 まもなく『ログアウト不能事件』が起こる、と聞いた主力プレイヤーたちが慌てて戻ってきてくれたらいいのだが。

 それ以外の興味本位で顔を出してくるプレイヤーたちが、どれほどの戦力になるだろうか。


 普段からこのゲームに入り浸っている上級冒険者たちほどの戦力になるとは思わない。

 それに、いざ事件が起こって、いちばん困るのは何も知らない一般プレイヤーたちの暴走だった。


 彼らのほとんどは、『ログアウト不能事件』の本当の目的を知らないはずだ。


 ナナオは、どうにかして彼らを説得しなければ、と考えていた。

 自分の望むIFの世界へとストーリーを進化させなければ、ゲーム会社の方向転換を促すことはできない。


 もしも、騎士団長アスレのストーリーのように、冒険者たちがやりたい放題をしてIFの世界がめちゃくちゃにされていたら、まったく意味がない。


「……プイレイヤーたちが集まっているのはどこだ? 港町か?」


『ああ、一番近くだとそこっぽいね』


「よし、私もそこに行こう」


 そのとき、ナナオは異変を察知した。

 空からビリビリ、と肌の震える振動とともに、この世のものとは思えない、不快な大声が降って来たのだ。


「ひゃはーっはっはっはぁ! ようこそ、愚かな人間どもよ!

 血で血を洗う、デスゲームの世界へ!」


 ナナオが声をした方を見上げると、運営(GM)のお知らせを示す緑の文字が空に浮かんでいた。


 そして、その文字を足場にして、宙に立っている人影があった。


 マントを着て、顔を隠しているが、間違いない。

 異様に変形した頭部、ツギハギだらけのドラゴン。


 邪神ファフニールだ。


「……まさか、あいつ……運営(GM)のお知らせ機能を利用して、『デスゲームの司会』をやるつもりか?」


 そのまさかだった。


 彼女の不安を的中させるように、ファフニールは次から次へと恐るべき『お知らせ』をプレイヤーたちに報告しはじめた。


「すでにお前たちの『ログアウトボタン』は消させてもらった! 泣こうが喚こうが、もう二度と元の世界に戻ることはできない!

 この世界から生きて帰る方法は、たったひとつ! 生き残ることだ!

 その権利をかけて、お前たちにはこれから『殺し合い』をしてもらう!」


「……なんで、あいつデスゲームを……」


 ナナオは、青ざめた。


 どうして、ナナオと世界改変を共謀していたプレイヤーが少なくなっているこの状況で、さらに新規プレイヤーたちの暴走を煽るような事を言うのか。


 あいつの『デスゲーム宣言』がでっち上げだと気づいてくれるプレイヤーが、はたしてどのくらいいるだろうか。


 実際に『ログアウトボタン』を消してしまうような未知の力を見せつけてしまえば、プレイヤーたちは否が応でも信じざるを得ないだろうというのに。


 これでは上級者プレイヤーたちが混乱して、暴走してしまう恐れがある。


 いや……それとも。


 ファフニールの本当の目的は、ナナオの計画をこのまま『乗っ取る』つもりなのかもしれない。


 プレイヤーたちを暴走させ、IFの世界を作るという目論見をつぶし、その上で自分の理想とする世界線を作るつもりなのか。


 そんな事をして、その先があるとでも思っているのか。

 分からない。AIの考えていることは、まるで分らない。


 それに、リアル世界の人間から、その身体を乗っ取ったファフニールの力をもってすれば。


 ナナオのヘッドギアに差したUSBと同じプログラムを使えば。


 彼は、本当に殺せるのかもしれない。

 ここにいる、すべてのプレイヤーたちを。


 ナナオは、無力感にひざを折った。

 空の怪物に向かって、泣きそうに眉をひそめた。


「ふざけるな……私の世界だぞ、ここは……!」

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