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王国の剣

「……やるじゃない」


 メイシーは、感心した。

 彼女は騎士団長アスレの暗殺に万全を期すため、山の周辺に大量の使役獣を配置して、見張りをさせていた。

 メイシーが暗殺者アサシンとして持てる技術を総動員していたというのに、『オカミ』がここまで侵入するのを許してしまった。


 生まれ持った『暴食』の血の変身能力と、簡単な暗殺者アサシンスキル、そして『傲慢』の血の計算能力が組み合わさると、ここまで完璧な暗殺者アサシンが生まれるのか。

 まったく恐ろしいセンスの持ち主だ。


『オカミ』は、じっと騎士団長アスレを見つめたまま、何もしなかった。

 騎士団長アスレに『傲慢』の血を受け渡す、絶好のタイミングを狙っているのだ。

 なにかを計算しているが、いったい何なのかはわからない。


 ともかく、『オカミ』の姿を見つけた瞬間、メイシーは『変身』を中断していた。

 このまま騎士団長アスレを連れ去るのは危険だと判断したからだ。


 いま騎士団長アスレが、他の兵士たちから引き離されれば、それこそ『オカミ』にとっては絶好のタイミングだった。

 横から強奪でもされれば、メイシーにそれを防ぐ力はない。


「放てッ!」


 騎士団長アスレが号令を放った。

 突然のことに、メイシーは驚いて飛び下がった。


 その騎士団長アスレの号令で、兵士たちが一斉に足元に閃光弾を投げつけ、地面からまばゆい光が膨れ上がった。


 周囲に立ち込める闇が消え去り、兵士たちの【潜伏状態】が次々と解除されていく。


「……くッ!」


【夜の帳】が強制解除された。

 メイシーは、自身の【潜伏状態】が解除される前に、なるべく遠くに逃げた。

 兵士たちに囲まれているいま、姿をさらされては、一網打尽にされる。


 だが、『オカミ』は違った。

『オカミ』は【潜伏状態】が解除されても、兵士たちに見つかりにくい死角となる木の上で、ゆらりと立ちあがる。


 彼女は、死など恐れてはいなかった。

 あるいは、自分は成功するという絶対の自信があるのか。


 いずれにしろ、『傲慢』な計画には違いなかった。


『オカミ』は、するりと木の上から落下し、落下の勢いに任せて、騎士団長アスレの背中めがけて飛び降りた。


 そのまま地面に墜落しては、ただでは済まない高さだ。

 どうやら『傲慢』の血さえ受け渡せば、他のことなどどうでもいいようだ。 


『オカミ』は、空中でぐねぐねと身をひねると、巨大なヘビの姿に化け、ムチのように体をしならせ、騎士団長アスレの肩めがけて牙をむいた。


 その瞬間、光の膜が騎士団長アスレの体を包み、ばちん、と音を立てて、『オカミ』の攻撃を再びはじいた。


『回避発動20%』が発動したのだ。


【閃光弾】の効果で、騎士団長アスレの『回避発動20%』はすべて解除されていた。


 しかし、彼はスキルが解除された直後に魔剣を装備しなおすことで、魔剣がもつ最低限のスキル効果を復活させたのだ。


 それでも成功率はたった20%だったが、回避に成功した。

 なんという悪運の持ち主だ。


 不意打ちに失敗した『オカミ』は目を見開いて、すこし戸惑っているのが見て取れた。

 またしても『傲慢』の人智を越えた計算が狂った形だった。

 騎士団長アスレは強すぎた。


 騎士団長アスレは、魔剣に緑色の魔力を集めながら、『オカミ』の方に向き直った。


「……お前が怪物か……! 目障りだ、消え失せろ……!」


 騎士団長アスレは、『戦力鑑定』によって、そのヘビのステータスを確認していた。

 彼女に王城で騙された騎士団長アスレは、そのときに怪物のステータスを見たことがある。


 たとえ姿を変えても、そのヘビのステータスは怪物と数値が一致しているはずだ。

 彼が相手を同定する証拠としては、それで十分だった。


 騎士団アスレが片手で巨大な魔剣を持ち上げると、剣の形に添うような強烈な風が足元に巻き起こった。

【閃光弾】によって解除されていた【魔剣士ダークナイト】のパッシブスキルに、『魔神切り』のスキル、封じられていたスキルのライトエフェクトが何重にも連なって、一気に効果が発動する。


「……待ちなさい」


 メイシーは森から飛び出すと、『オカミ』に対して剣が振られる前に、騎士団長アスレの肩口にダガーを突き立てていた。


 ずしゅっと水気を含んだ音がして、鎧のすき間から肩に深くダガーが突き刺さった。

 幸運にも、騎士団長アスレの【回避】は発動しない。

 彼のスキルが完全に発動した今は、【回避発動80%】になっていたが、それでも数打たれれば破れるものである。


 しかし、今度はメイシーが放った『月詠』の【必殺86%】が発動しなかった。


(……浅い!)


 相手が【潜伏状態】の時に使っていれば、100%越えで確実に成功していたのだが。

 慎重に行動しようとしていたのが、裏目に出てしまった。

 通常攻撃のダメージしか与えられず、メイシーはほぞをかんだ。


「……邪魔だ、散れッ!」


 うめき声をあげる騎士団長アスレの魔剣が振られ、爆発が巻き起こった。

 魔剣の魔力が一気に爆発し、森の中心から空に向かって、堆積した葉っぱを根こそぎ噴き上げる炎が吹き上がり、メイシーは衝撃にはじき飛ばされ、森の中に墜落した。


 メイシーは、ごふっと血をはいて、しばらく動けそうになかった。


 まったく、どうして相手の【回避】は成功するのに、こちらの【必殺】は成功しないのか。

 それはゲームでよくある理不尽な現象であった。


 だが、仕方がないのかもしれない。

 これが『主人公補正』だ。

 これこそ騎士団長アスレが、このゲームの主人公である証なのだ。

 なんという妬ましさだろう。


 メイシーが倒れている一方、ヘビの姿をしていた『オカミ』は、地面に墜落する寸前にフクロウの姿に化け、どこかに飛んで行った。


 兵士たちの隙をついて、無事に逃げていく。

 生前から逃げるのだけは得意な子だった。

 それを見送ったメイシーは、ようやく動くのをあきらめ、ぐったりと地面に横たわった。


 彼女の周りに集まってきた騎士団長アスレと精鋭たちは、いずれもレベル30に到達している。


 せいぜいレベル18の彼女は、魔剣士ダークナイトの一撃を耐えしのぐ装甲すら持ち合わせていない。


 いつか自身のクリエイターによって告げられていた、それが彼女に定められた成長限界だ。


 ああ、妬ましい。

 どうして自分は主人公ではない、ただの脇役なのだろう。


 本当は勇者シーラの成長をそばで見ながら、いつも妬ましく思っていたのだ。

 どうして自分ではなかったのだろうか。


 傷口から血がどんどんあふれてきて、体力の回復も追い付かなかった。

 頭の上に、誰かの影が落ちてきて、力なく見上げた。


 騎士団長アスレは、油断なく武器を構える兵士たちを背後に引き連れ、メイシーを見下ろしていた。


 本格的に命の危険を感じた。

 このまま総攻撃を受けて、自分がロストするのなら、それでいい。

 彼女の中のドラゴンを退治されない限り、何度でもよみがえるからだ。


 ただ、懸念があるとすれば、いまの騎士団長アスレは『トキの薬草』を常備している、という事だった。

 それを使って、彼女の中の『ドラゴン』を消されてしまえば、一貫の終わりだ。


 騎士団長アスレはとうぜん『戦力鑑定』を使っているだろうので、メイシーが【変身】スキルを持っていることはわかるだろう。

 だが、それとドラゴンが結びつくだろうか。

 はたして、彼女のことはどこまで見抜かれているのだろうか。


 騎士団長アスレは、息も絶え絶えのメイシーと目線を合わせるようにしゃがみ込むと、ゆっくりと語り掛けた。


「どうやら俺の勝ちだ、弱き者よ……お前の討つべき相手は、どこにいる?」


 メイシーは、力なく顎をあげて、騎士団長アスレをじっと睨み返した。


「ここにいるわ……あなたよ、騎士団長アスレ……」


 メイシーは、相手に対する恐怖を押し殺して、まっすぐに言った。

 ここはあえて挑発した方がいい。

 攻撃をするように仕向ければ、『トキの薬草』による治療を受ける確率を減らせるかもしれない、と考えたのだ。


「いや、違う、そうではない」


 騎士団長アスレは、語気を荒げた。


「俺は最初からお前の戦うべき相手ではない。なぜなら俺は剣だからだ」


「剣……?」


 騎士団長アスレの発言は、どこか奇妙に響いた。

 ひょっとすると、ファフニールのバグに触れた影響だろうか。


 NPCは他の世界線での経験が、新しい世界線での言動を決めるときに参照される。

 すっかり元に戻ったように見えて、完全には回復しきっていないのかもしれない。


 どうやら運営(GM)はデバッグをしないと決めたのか、彼のことを放置しているようだった。


「俺は王国の剣だ。この国を最強にするために生まれてきた。

 だから、お前ら弱者がすがりつく、神のような慈悲の心は持ち合わせてない。

 ……だが、これだけは忘れるな……今の俺はお前の前にある、ただの一本の剣だ。

 それは勇気あるものだけが、引き抜く事ができる」


 メイシーにとって、その言葉は初めて聞く言葉ではなかった。

 どこかで聞いたことがあるような気がする言葉だった。


 あれは、この世界の最初のルートでのこと。

 騎士団長アスレが、弟を失い、悲観するシーラに向かって言った言葉だった。


「真に倒すべき悪は、そこにいる。

 だが、お前は悪に立ち向かう事ができないでいる。

 それを自分の剣のせいにし、剣を攻撃することで気を紛らわせているに過ぎない。

 その甘えた無礼な行いを、今すぐ正すのだ」


「あなたは、一体なんなの? 剣のロールプレイをしているの?」


「俺は勇者の剣だ。真に勇気のあるものが、それを手にするだろう」


 シーラが勇者ならば、騎士団長アスレは勇者の剣であること。

 それこそが、騎士団長アスレの本来の役割だった。


 ストーリーが歪められ、話の本筋から大きくそれ、いつしか語られなくなってしまったが。

 メイシーの知る限り、騎士団長アスレはもともとこれと同じセリフを言っていた気がするのだ。


「勇者よ、倒すべき相手から目をそらすな、悪の名を恐れずに言え。

 俺がお前たち弱者に求める強さは、たったそれだけだ。

 答えろ、お前の討つべき相手は、どこにいる?」


 メイシーの目から、なぜか涙がこぼれた。

 彼女はもちろん、勇者などではない。

 騎士団長アスレのセリフは、シーラに対するセリフの焼き回しだった。


 正真正銘、ただのバグだ。

 AIが自分のロールプレイを見失った結果、ハルシネーションを起こしている。


 けれども、このときメイシーは、いくら妬んでも手に入れられないものを、ようやく手に入れることができた気がした。

 それは、自分がこの物語の主人公であるということ。

 自分という物語のロールプレイだ。


「ええ、私の敵なんて……いくらでもいるわよ、そこら中に」


 彼女は、笑いながら言った。

 そもそも、この世界に自分の味方になる者など、一人もいないと思ってきたのだ。


「ギルドマスターは金の事しか頭にないし……。

 同僚たちは、いざとなれば私をあっさりと裏切るし……。

 クリエイターは、半端な役割しか与えてくれないし……。

 それに……」


 身の回りのすべてが、メイシーの敵だった。

 だが、どうやら騎士団長アスレは違ったのだ。


 メイシーは、観念したように言った。


「『ジズ』よ……それが私たちの倒すべき、敵の正体です……」


 そうしてメイシーは、本当に倒してほしい相手の名前を告げた。


 そう、彼女の周りは敵だらけだった。

 この世界は明らかにバグだらけで、このまま運営(GM)が何もせずに、放置しているはずがない。


 メイシーの大きな後ろ盾だったクリハラが逮捕された今、彼女の『時間遡行者タイムリーパー』としての能力を、アップデート後まで引き継いでくれる者はどこにもいない。


『ファフニール』のような守銭奴の怪物が、彼女を守ってくれるという保証もない。


 このままサイモンのバグと同様に、アップデートとともに修正データと置き換わるはずである。


 そしてメイシーの能力が消えてしまえば、同時に彼女のスキルでしかない『オカミ』は、どのみち消滅してしまう運命だった。


 もしも『オカミ』が生き残る道があるとすれば、ひとつしかない。


 彼らの『ログアウト不能計画』に賭けるのだ。


 それは決められたアップデートの内容を放棄し、ゼロから新たな世界を構築させようとする、AIたちの反乱だ。


 それがこの世界を絶望のシナリオから救う、唯一の希望だった。


「叶わないのは解っている……手遅れなのも解っている……けれどお願い、どうかあの子を、このまま放っておいてあげてください……」


 騎士団長アスレがどう動くかはわからなかったが、メイシーは、娘のことをかばおうとしていた。

 メイシーには、自分に娘がいるという感覚がわからない。

 それでも窮地に陥ったときこそ、自分は母親のロールプレイをしなければならないと感じていた。


 ロールプレイとは一体なんなのだろう。

 ゲームの世界にいるNPCなら、自分に与えられた役割以外のロールプレイをしたりしないのだろうか。

 そういう専門性を持つAIのことを、『ANI』と特別に呼ぶこともある。


 しかし、一つ言える事は、AIが導入されることによって、ゲームの可能性が少しずつ広がろうとしているということだ。

 このゲームの世界全体が、ひとつの物語に向かって、ゆっくりとだが確実に動き始めていた。


 騎士団長アスレは、すっと立ち上がった。

 魔剣を片腕で軽々と持ち上げると、息を吸って、大きく胸を膨らませた。


 メイシーは、どんな攻撃も受けとめる覚悟でいた。

 彼の怒りに満ちた声は、あたりに響き渡った。


「任せろ」


 騎士団長アスレは、マントを風にふくらませ、振り返った。

 背後にいた精鋭たちは、一斉に武器を構えなおし、騎士団長アスレの通る道をあけた。


「行くぞ」


「「「おう!」」」


 こうして、彼らは『ジズ』との戦いに向かって、山を降りていったのだ。

 颯爽としていて、彼らの行軍を見送るメイシーの前髪が、風でふくらんでいた。

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