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森の襲撃

 一方そのころ、太陽が空高くのぼって、ヘカタン村のシーラがようやく眠りから目を覚ました。


「うーん、寝すぎちゃったなぁ」


 シーラは大きなあくびをした。

 最近になってシーラが昼まで眠っていることに、とくに理由がある訳ではない。

 今までは朝起きたらちゃんとした目的が設定されていて、それにあわせて動いていたのだが。

 いまは問題が一気に解決してしまい、やることがなくなってしまっていたのだ。


 ふらふらと店に出ると、この店のメインの客である冒険者の姿も少なく、給仕と料理人がプレイヤー同士でのんびりお話をしていた。


 厨房のオーレンもすることがなくなって、流し台を拭いたりしていた。


「おはよう、シーラ姉ちゃん」


「おはよう、なにか手伝うことある?」


「今日はとくにないよ。ゆっくりしてて」


「そう、じゃあお言葉に甘えようかしら」


 大きく伸びをしながら、のんびりと村の入り口に向かっていくと、門のあたりに背の高い大男の姿が見える。

 寝ぼけたシーラは、最初巨大なモンスターかと身構えたが、れっきとした人間だった。


「サイモン、おはよう。あなたって本当に大きいわね」


「おはよう、シーラ。どうした今さらだな」


「お、『ミツハ』ちゃん。おはよう。今日も元気だね」


 サイモンは、いつも通り槍を片手に、のんびりと門の前を見張っていた。


 その隣には『ミツハ』がいて、ヘビの尻尾をべたん、べたんと振っている。

 両腕でがっちりとサイモンにしがみついたまま、不服そうに頬を膨らませていた。


『おはようございます、奥方様』


「あれ? 『ミツハ』ちゃん、どうしたの? なんか難しそうな顔してるけど。お腹すいた?」


『ミツハは食いしん坊ではないのでありんす。今日は修行をしなければならないのに、あるじ様が、いつまで経っても修行をしてくださらないのでありんす』


「あら、修行したいのだったら、私が手伝ってあげようか? 剣の使い方しか見てあげられないけど」


『ダメでありんす、あるじ様といっしょに行きたいのでありんす。というか、鍛えるのはミツハではありんせん。あるじ様を鍛えたいのでありんす』


「サイモンは門番の仕事をしているんだから、邪魔しちゃだめよ?」


『これは遊びではないのでありんす。この村を守る事ができるのは、あるじ様だけなのでありんす』


 などと、子どもみたいなわがままを言う『ミツハ』。

 シーラでも村を守る事ぐらいできるし、前回のルートでは『ミツハ』を助けてくれたのだが。

 サイモンと違って、主要キャラの彼女のレベルはカンストしているので、鍛えてもあまり意味がないのだった。

 レベルが無制限にあがるサイモンだからこそ、鍛えて意味があるのである。


 むーん、と考えを巡らせたシーラ。

 やがて、ふっと頬を緩ませて、言った。


「いいわ、門番は私がやっといてあげる。サイモンと2人でいってらっしゃい」


「いいのか? シーラもこれから出かけるんじゃないのか?」


「いいの、いいの。私の用事は、そんなに急ぎじゃないから。夕方には、戻ってきてくれると嬉しいな」


『さすが奥方様でありんす。さああるじ様、行きましょう!』


 これから当てのない旅に出る予定だったシーラは、旅立つタイミングも自分で決める。

 いまは何に急かされているわけでもない、のんびりしたものだった。


『オカミ』は、すっかり修行をやる気になっていたが、サイモンの表情はすぐれなかった。


「いや……今日は山を降りない方がいい」


「どうしたの?」


 サイモンは、崖から山の様子をじっと見て、硬い声音で言った。

 そのとき彼の眼には、魔の山のふもとで敵と相対している、騎士団たちの姿が見えていたのだ。


「わからない、なにか良くないものが山を登ってきているみたいだ……今日は2人とも、村にいてくれ」


***


 一方そのころ、騎士団長アスレは、木々の奥の暗闇に向かって目を光らせていた。

 精鋭たちも、じっと息をひそめて、同じ方向に意識を集中する。


 何かがいる。

 その気配は、レベル30の一般兵たちならば、誰しも感じ取ることができた。


「団長、閃光弾の使用許可を」


「まだだ。温存しておけ」


 このとき、彼ら騎士団は、暗殺者アサシンやモンスターの【潜伏状態】に対抗する特殊アイテムを持ってきていた。

『閃光弾』は投擲アイテムで、使い切りだが【聖剣マスターソード】スキルの【光輝の剣】と同等の効果を発揮する。

 それを使えば周囲のキャラクターにかけられている、あらゆるバフ効果を一時的に解除することができる、というものだった。


 つまり、これを敵の潜んでいそうな暗闇に向かって投げつければ、相手のレベルにかかわらず【潜伏状態】を解除し、姿を見つけることができる。


 だが問題なのは、それを使うタイミングだった。

 もしも、敵があまりに遠い場所にいる場合、【潜伏】を解除して姿を現したところで、そのまま逃げられてしまうだけだ。

 遠くに逃げて、再び潜伏される。

 それではただの一時しのぎにしかならない。


 それを解決するには、相手がこちらを攻撃しようとする、ぎりぎりのタイミングで発動する。

 そうすることで、相手が逃げようにも逃げられない状況に追い込んで、はじめて閃光弾はその真価を発揮するのだ。


 ならば、それは騎士団長アスレがいつもやっていることと同じだ。

 つまり相手の攻撃を先読みして、それにあわせて自分のスキルを発動するのと大差なかった。


「……俺が相手の攻撃を引き受ける……この場合、相手の狙いは俺だけだろう」


 騎士団長アスレは、精鋭たちの顔を見回した。

 城にいた高レベルの者から選りすぐったのだが、どうも新顔ばかりだ。

 新兵が多い。

 戦闘力はいずれも無敵を誇る彼らだったが、まだ実戦の経験がすくないのがネックだった。


 彼らに比べれば、騎士団長アスレの方が戦闘経験は多い。

 絶対ではないが、この中の誰よりも先に相手の攻撃を察知する自信があった。


 それはうぬぼれではない。

 長年の戦闘経験に基づいて、常に最適解を導き出すことができる、彼の天才的な戦闘センスに裏打ちされたものである。


 ざわっと木の葉が揺れ動き、何者かの気配が大きくなった。

 それに合わせて、幽霊のような人影が、木々の間を一斉に動きだす。


 おそらく、いくつかの影は偽装フェイクだろう。

暗殺者アサシン】のよく使う手段だったが、それに惑わされる彼ではない。


「ふっ……!」


 おおきく息を吐いた騎士団長アスレは、背中に携えた魔剣の留め金を外し、片手で振るった。

 小細工などいらない。

 相手が来ると考えた方向に向かって、まっすぐに振り下ろす。


 その瞬間、森の静寂を突き破る金属音が鳴り響いた。

 すぐそこにいた相手の【潜伏状態】が解け、手に握られた小ぶりなナイフが、騎士団長アスレの首もとに向かって振り下ろされていた。


「団長……ッ!」


「なっ……お前は……ッ!」


 立ち並ぶ兵士たちの守りをかいくぐって、何者かが騎士団長アスレに襲いかかっていた。

 一瞬で巻き起こった攻防に、誰もがうろたえている。


 騎士団長アスレの体を覆う光の膜は、彼に向かって振り下ろされたナイフの一撃を受け止めていた。


 騎士団長アスレの前に現れたのは、金色の髪を持つ、ギルドの受付嬢。


 だが今は受付嬢ではない。

 今の彼女の肩書きは、【宮選暗殺者インペリアル・アサシン】、メイシーだ。


「なるほど、冒険者ギルドが裏で動いていたか……一体どういうつもりだ、反逆の意志ありとみなすぞ!」


「いいえ、ギルドは関係ありません。これは私の個人的な行動です、アスレ殿下……」


 最初の攻撃が失敗し、数歩引き下がったメイシーは、ナイフを逆手に握りなおすと、再び騎士団長アスレに敵意を向けた。


「あの怪物を、殺させません……お覚悟ください」


 メイシーの足元から、白い霧が立ち上る。

宮選暗殺者インペリアル・アサシン】スキル、『霧の歩法』が発動し、メイシーの姿は霧の中に消えた。


 メイシーは、今回の襲撃者の正体に気づいていた。

 それは、騎士団長アスレが冒険者ギルドに依頼をよせたからだった。


 その依頼で分かることは少なく、敵の正体など、詳細はほとんど明かされていなかった。

 分かったのは、どうやら姿を変える怪物が、王城に忍び込んでいたらしい事だけである。


 イベント内容そのものは単純だ。

 メインストーリーに深くかかわってくるようなものでもない。


 これだけなら、AIによって自動生成される、良くあるサブイベントの1つとみなしてもよかった。


 だが、メイシーは常に頭の片隅で、最悪の可能性を考えていた。

 もしも、『傲慢』が完全には退治されていなかったら、という可能性である。


 一見すると、前回『傲慢』の血を受け継いでいたのはギルドマスターだった。

 彼は、騎士団長アスレにその血を返すところを、メイシーによって食い止められていた。


 その結果として、この世界に『傲慢』が復活することはなかった。

 騎士団長アスレは『傲慢』の記憶を失っていた。

 あたかも『傲慢』の魔竜の目論見がつぶされ、世界に平和が戻ったように思われていた。


 しかし、メイシーには疑問が残っていた。

 どうして『傲慢』は『オカミ』を選ばなかったのか。


 ギルドマスターではなく、『オカミ』にしていれば、たとえ受け渡しに失敗したとしても初期化を受けることなく、記憶をそのまま次回に持ち越すことができたはずではないか。


 それに、あのとき『傲慢』の血を持っていたものが、本当にギルドマスターだけだった、という確証がなかった。

 つまり、予防策として有効なはずだ。


 なにより、『傲慢』とメイシーは、同じゲームのAIなのだ。

 そう考えると、メイシーが思いついた計略を、『傲慢』が思いつかないという道理がなかったのだ。


 そんな疑念を抱いていたメイシーのもとに、依頼を受けた冒険者からの目撃情報がもたらされて、その疑いは確信に変わった。


 それは簡潔な文章で、その怪物が『西部の荒野』で目撃された、という内容だった。

 だが問題なのは、その内容よりも、書かれた文字だった。


 まるで子どもがぐりぐりと書きなぐったような、つたない字だったのだ。


 そう、『ミツハ』とまったく同じ字だ。


 それを見た瞬間、メイシーはすべてを理解した。


『ミツハ』は『オカミ』の分身なのだ。


『オカミ』が騎士団長アスレをおびき寄せようとしている事が分かったメイシーは、即座に行動に移った。


 書かれていた目撃情報を別のものにすり替え、騎士団長アスレをまったく別の場所におびき寄せていたのだ。

 なるべく『オカミ』から遠くへ。

 西の荒野だったのを、山の中腹へ。


 どうしてこんな行動を取ったのか、自分でもわからない。

 いつものように自分では動かずに、他の冒険者を利用するなど、本当はもっと賢いやり方があったような気もする。

 彼女自身が現場に向かったところで、自分の身を危険にさらすだけで、何のメリットもなかった。


 けれども、メイシーはどうしたらいいのかわからなかったのだ。

 ゲームのNPCは、どういう行動をとっていいかわからない状況に置かれたとき。

 前後の文脈から、もっともそれっぽい行動を『ロールプレイ』するのだということを、メイシーは知っていた。


「そう……私が『母親』なら、そうすると思ったのよ……多分だけどね」


 とにかく『傲慢』と騎士団長アスレの接触を阻止しなければならない。

 しかし、いまのメイシーが『オカミ』と対峙しても、勝てる見込みはなかった。

 だが、相手が騎士団長アスレならば、話は別だ。


 相手とのレベル差は、たかだか12程度。

 さらに『傲慢』の異能チートを失っている今なら、勝機は十分にあった。


「やはり、俺は母親という生き物が理解できない……覚えておくといい、弱い事は、罪悪にしかならない……」


 騎士団長アスレのその目は、メイシーを憐れむように暗くよどんでいた。

 だが、彼は巨大な剣をまっすぐに彼女に向けて、攻撃の手を緩めるつもりはなさそうだった。


 そんな事は十分に理解している。

 メイシーは、両手の袖から黒い霧を吹きながら、あたりを駆け回って姿を消した。


『宮選暗殺者≪インペリアル・アサシン≫』スキル『夜の帳』が発動する。


 メイシーの周囲が暗闇に包まれ、その場にいるすべての兵士が【潜伏状態】を付与された。


 暗黒の球体が森の真ん中にうずくまり、敵味方問わず、仲間の位置すらも完全にわからなくなる。


「騎士団長! 閃光弾の使用許可を!」


 兵士たちが叫んだ。

 いまこそ閃光弾によって、自分たちに付与された【潜伏状態】を吹き飛ばそうというのだ。


 しかし、その場合は【潜伏状態】だけではなく、彼らにかかっている強化バフもすべて消えてしまうことになる。


 騎士団長アスレで言えば、魔剣の【回避発動20%】が、一時的に解除されることになる。

 暗殺者アサシンにとっては、その瞬間こそがねらい目だった。


 騎士団長アスレも、そのことを理解しているはずだった。

 口を閉ざして、うかつに号令を出さないでいる。


 この膠着状態こそ、メイシーが狙っていたものだ。

 この間に、その場から騎士団長アスレを連れ去るのだ。

 他の兵士たちから遠くに引き離せば、後はどうにでもできる。


【潜伏状態】の対象を見ることができる『フクロウの眼』により、メイシーにはその場にいる兵士たちの姿がはっきりと見えている。


 メイシーは、兵士たちの間をするする縫って移動した。

 そして騎士団長アスレのすぐ足元に忍び寄り、圧倒的な体格差をもつ彼を見上げた。


 自分の何倍も大きな男を手品のように、この場から一瞬にして運び去るすべを、メイシーはただひとつだけ心得ている。

 彼女は、今より何倍も大きな体に、ドラゴンになる事ができるのだ。


変身メタモルフォーゼ――」


 ドラゴンに変身しようとして、メイシーは、はっと息をのんだ。


 そのとき、騎士団長アスレの向こう側。

 ちょうど高い木の枝に腰かけて、長いトカゲの尻尾をぶらぶら振っている子どもがいた。


 その手には、武器のひとつも見えない。

 両手をだらりと力なくぶら下げている。


 その子の肌はひどく青ざめ、瞳はどす黒く染まっていたが。

 メイシーには、それが『オカミ』であることが、はっきりとわかったのだ。

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