AIたちの秘密の交渉
「じゃあ、行ってくる。後片づけはお願いね」
「ああ……オーガが出るらしいから気をつけて」
「オーガ? あんまり聞かないけど、大丈夫よ。乗合馬車でいくから」
「姉ちゃん、お土産おねがいね。調味料はだいたいあるから、出来たらアルミホイルが欲しい」
「まーた何か作る気ね? わかった、なるべく美味しそうなアルミホイル探してくるわ」
「美味しそうなアルミホイルってなに? 見分け方わかるの?」
「オーレン、シーラも大人なんだから、分からないことは店員さんに聞くよ。なるべく鮮度の高いアルミホイルをくださいって言えばだいたい通じるだろ」
「そうよ、サイモンの言う通りよ。お姉さんにどーんと任せなさい!」
「不安しかないや」
朝方、サイモンはオーレンの家で食事を摂っていた。
もうシーラの仕事に関して、余計な詮索をするつもりはない。
シーラも村人たちと同様に、記憶が過去にさかのぼっていることから、けっきょくリスポーンは免れないのだろうが。
それでも、せめてこの村から離れていることが、最善の選択のように思われた。
今日は2回しか発作を起こしていないオーレンが、不思議そうに隣のサイモンを見ていた。
「サイモン、何かあった?」
「ん? いや、お前の心配することじゃないよ」
「サイモンが元気になってくれないと困るよ。ボクはね、人に手足のように働いてもらっているぶん、人の体調には自分の手足のように敏感なんだ」
「また悪ぶってるな。お前は子供らしく、自分のことだけ心配してろ」
オーレンの髪をぐしゃぐしゃと撫でて、サイモンは苦笑いを浮かべた。
***
市場を歩きながら、サイモンは考えをまとめていた。
毎回現れるあの巨大な鳥こそが、リスポーンの原因なのだとサイモンは考えるようになった。
彼は毎回、あの鳥の攻撃によって命を落としているのだ。
それも、まったく気が付かないほど瞬間的に。
前回は、その致命的な瞬間の、ほんの少し先が見えた。
なぜか、と思って自分のステータスを調べてみると、すぐに答えはわかった。
サイモンのレベルが、23から24に上がっている。
恐らく、オーガの大群と戦ったお陰で、経験値を貰ったのだろう。
ステータスも、体力と防御力がほんのわずかに上昇し、そのほんのわずかな上昇のお陰で、鳥からダメージを食らってライフゲージが消滅するまでの時間が、ミリ秒だけ伸びたのだ。
そして得られた、一瞬の光景。
炎に包まれる世界の光景。
あれこそ、この世界の真実の姿だったのだ。
「絶対に許さんぞ、あの鳥……」
サイモンの目標は、『自分に起こっている現象を解明すること』から、『巨大な鳥から村を守る事』に変わった。
自分がなぜこのような力を手に入れたのかは、いまだに分かっていない。
この世界がブルーアイコン達のゲームだからなんだというのだ。
彼にとって村人たちが大事なのは、絶対的な真実だ。
この村を守ることこそが、ヘカタン村の門番である、サイモンの使命だ。
いままでステータスの中で不明になっていた部分は、『経験値』と『次のレベルまでの必要経験値』であると教えてもらっていた。
サイモンには、『次のレベル』がある。
ならば、サイモンの次の行動は決まった。
巨大な鳥を倒すための仲間を募りながら、『次のレベル』を目指すのだ。
「おっさん、今日はこれと、これと……あれ?」
いつもの商人アッドスの店に向かうと、前回と同様に携帯食料やアイテムを購入しようとして、サイモンは気づいた。
「……お金がない」
どうやらメニューの中身は、リスポーンしてもすべて持ち越されるらしい。
前回も前々回も食糧を買っていたので、所持金は減る一方だ。
幸い、前回は松明を使わなかったので、アイテムリストにまだ残っているが。
携帯食はすっかり食べてしまっている。
リスポーンする前に、どうにかしてお金を稼がないといけないようだ。
ブルーアイコンはブルーアイコンなりに不便らしい。
またオーガの大群を狩ろうかと思ったが、1人では達成できるかどうか、不安だった。
「門番さん、山に行くのかい? 気をつけな、最近ヘキサンの辺りに『スケアクロウ』が現れて、子どもをさらっていくって噂だ」
「あれ? オーガは?」
「オーガ? 最近は聞かんなぁ」
アッドスから山のモンスターの情報がもたらされるのは毎度同じだったが、またモンスターが変わっている。
『エアリアル』も『オーガの大群』も、どうやら討伐が完了すると、次の朝はなかった事になっているようだ。
そしてまったく別のモンスターの出現情報に切り替わる仕組みらしい。
奇妙な仕組みだったが、この世界がゲームである、というのなら納得だ。
ブルーアイコンたちが資金稼ぎに困る事がないようにだろう。
とはいえ、今は昼ごはんも買えない。
冒険者ギルドに寄りたいが、これからヘキサンに行ってモンスターを討伐してからとなると、到着するのは夜になってしまうだろう。
悩んだ末に、サイモンは、屋台に並んでいる食料を指さして、アッドスと交渉した。
「なあ、おっさん。俺がその『スケアクロウ』を倒して来るから、その討伐部位とここにある食糧ぜんぶ交換してくれないか? たぶん、そいつは懸賞金がかかってるはずだ」
「なんだって? いや、わしは冒険者じゃないから、そんなもん貰っても嬉しくないぞ? 富と名声を貰ったところで、金にならんし、わざわざ冒険者ギルドに向かう用事もないし」
「違う、おっさんは討伐部位をこの店に来た冒険者に売ればいいんだよ。冒険者が富と名声を得るんだ。自分の本来の依頼を成功させたばかりの冒険者が、ギルドにいくついでに別の討伐部位も持っていくだけだ。それだけで、通常の報奨金に加えて連続成功ボーナスが手に入る」
「なるほど、そういう事か。乗ったぜ」
サイモンは、アッドスとがっちり手を結んだ。
この商人とは、けっこう長い付き合いになる気がする。
昼ごろまた来る事を約束して、サイモンは村から出ていった。