表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
168/175

暗黒のプロット

 リアルの世界では、21時35分。

 サイモンの世界では、空が静かに白み始める頃。


 ついに上空の『ジズ』の口から業火が吐かれ、山の一角が燃え盛る炎に包まれていた。

 メイシーにとっては、すっかり慣れてしまった出来事である。

 ヘカタン村の滅びの時間だ。


 その一方で、『初期化』の朝が近づくにつれて、メイシーの心はざわついていた。


 もしも、騎士団長アスレの行く先に待っている協力者が『オカミ』だったとしたら。


 海の見える墓から蘇った、メイシーの偽りの娘だったとしたら。

 それはメイシーにとって、想像を絶する強敵になるはずだった。


 なぜなら、メイシーの『使役獣』なので、暗殺者アサシンスキルが使える。

 なので、【潜伏状態】で接近して不意をつくことができない。


 さらに、サイモンの『暴食の魔竜』の眷属なので、様々な姿に変身できる。

 なので、ひょっとすると姿を変えて、どこかに潜んでいるかもしれない。


 そして恐らく、騎士団長アスレの『傲慢の魔竜』の血を受けて、【ゾンビ状態】になっているため、生命力と力がきわめて高い。

 なので、近接戦闘に持ち込まれると勝ち目がない。


 いまだかつてない、強敵だった。

 一体どうやって戦えばいいのだろうか。


 メイシーは、途中で戦闘のシミュレーションができなくなっていた。

 いつものように知略を巡らせることが出来ない。


 いくら考えようとしても、頭が真っ白になってしまう。

 顔を合わせたときに、何と言えばいいのだろうか。


 冒険者たちは頼りにならない。

 彼らにとってはこの世界のすべてがゲーム感覚だ。

 先ほどは身内の裏切り者を捕まえたようだったが、誰も『オカミ』の犠牲の責任を追及したりしない。

 ホワイトアイコンに、彼らと同じ命の重さなど存在しない。

 しょせんゲームでしかない。


 けれども、本当にこの世界がゲームなら、どうして自分はこんなに苦しいのだろう?

 すべてが作り物でしかないというのなら、どうしてこんなに恐ろしいのだろう?


 目の前にある騎士団長アスレの背中に、いますぐ必殺の一撃を入れて、全てを終わらせたかった。


 きっと今なら確実にできる。

 ひと息にやれる。

 けれども、そうすると『オカミ』が逃げてしまうかもしれない。


『オカミ』は、メイシーが『初期化』されない限り、次の1日にステータスを持ち越すことができる。

傲慢ごうまんの血』は根絶しにされず、【ゾンビ状態】も解除されず、また次回に持ち越しとなってしまうだろう。


 逃げるのは得意な子だった。

 この機会を逃せば、もう二度と捕まえられないかもしれない。


 思い悩むメイシーの事など何も知らないように、騎士団長アスレはどんどん先に進んでいく。

 メイシーは、立ち止まっている暇はなかった。


 再び走り出して、騎士団長アスレの背中が見えてくると、彼は丘に続くなだらかな道の途中で、誰かと向かい合って話をしているところだった。


「ふっ、よく生きて戻って来たな……騎士団長アスレ」


 恐る恐るその顔を見ると、マントに身を包んだ眼帯の大男だった。


『オカミ』ではない。


 ギルドマスターだった。


 メイシーは、ぽかんと口を開いていた。

 いま冒険者ギルドには、彼以外の職員はいないはずだ。

 冒険者ギルドを無人にして、一体何をやっているのか?


 いや、そんな事、分かり切っている。

 ギルドマスターは、冒険者ギルドよりももっと大事な事をしているのだ。


『お金儲け』だ。


 ギルドマスターは、なにやら腕に巻かれた包帯をほどくと、牙で咬まれたような傷跡を見せた。

 くっきりとした、ドラゴンの咬みあとであった。


「さあ、約束通り『傲慢の血』をお前に返そう……」


 両目を$に変えたいやらしい笑みを満面に浮かべ、にちゃり、と笑っていた。


「これで7億へカタールとは安いものだぜ、くくく」


 青ざめた顔で、にやり、と笑う騎士団長アスレ。


「ふん、俗物め。だが扱いやすくて助かる」


 どうやら、騎士団長アスレの秘策は、『オカミ』ではなかったようだ。


 ギルドマスターだった。


 古代魔法【変身】を金で買ったのだ。


 メイシーは、その辺の木にもたれ掛かって、肺の中の息をぜんぶ吐き出すくらい大きな息をついたのだった。


「よかった……ギルドマスターで本当によかった……」


 ちょっと泣きそうだった。

 ひと安心したメイシーは、涙をぬぐった。

 ナイフと『トキの薬草』を握りしめ、あらためてギルドマスターを始末しに向かったのだった。


 ***


 そして、リアルの世界では、午後21時40分。

 サイモンの世界では、ようやく朝が訪れる頃。


「よし、今日もいい天気だな」


 ヘカタン村の門の前で、サイモンはいつものようにのんびりと朝を迎えていた。


 古木に数羽の小鳥がちちち、と群れ集い、足元をウサギがのそのそ、と歩いていく。


 ふと足元を見ると、いつの間にか『ミツハ』がサイモンの太ももにしがみついていた。

 がくがくぶるぶる震えながら、トカゲのシッポをぶんぶん振っている。


「おお、『ミツハ』じゃないか。どうした?」


『ここが安全地帯なのでありんす」


「ふむ? よく分からんが」


 よっぽど怖い目にあったのか、どうやら、まだ離れたくないみたいだった。


 太ももに『ミツハ』をくっつけたまま、サイモンはのんびり門番を続けていた。

 蝶が止まって、飛んでいった。

 今日も平和だった。

 やがて、どどど、と凄い勢いで山を駆け上ってくる冒険者がいた。


 2本の獣耳が、風圧で後ろにぺたんと倒れるくらい勢いよく走ってくる。

 装備を見たところ、職業は戦士のようだ。


「おお、元気のいいブルーアイコンの冒険者だなぁ」


『あれは、女戦士のアイラ様でありんす』


「ふうん、よく知ってるな。門番に向いてるぞ、『ミツハ』」


『ふふん、お役に立てて光栄でありんす』


 さっそく本日1人目の来訪者を迎え、サイモンは、元気よく挨拶した。


「ようこそ、ここはヘカタン村だ!」


 女戦士は、サイモンの首をへし折る勢いで飛びついてきた。


「ししょぉ~! クレアちゃんが大変だよぉ~! あれ、他の冒険者たちは!?」


「他に冒険者は来ていないぞ」


「ええ~!? どこ行ったの!?」


『アイラさま、自由にログアウトできるまであと1時間しかないので、今のうちに用事を済ませておこう、という話になったでありんす』


「あらミツハちゃん。あと1時間って、メンテナンスでもあるの?」


『さあ? 『ミツハ』には教えていただけませんでしたが、なにやらブルーアイコンの冒険者にとって大事な事があるようです』


「そうかそうか、くっそ~、私にぜんぜん連絡こないし……って、寝落ちしたのに連絡くるわけないか……まあいいや、またねぇ~!」


 どどど、と、地響きを鳴らして来た道を駆け下りていく女戦士。

 ブルーアイコンは相変わらず変なやつばかりだ。


 それから1人、2人と冒険者を迎えて、いつものように丘の上から山道を見晴らそうと、『ミツハ』を足にひっつけたまま、えっちらおっちらと歩き続けた。


「ふむ、どれどれ」


 丘の上からじーっと目を凝らすと、港町にいくつものブルーアイコンが浮かんでいるのが見える。


「さっきの女戦士だ。早いな、もう港町にいるぞ」


『きっと転移ポートを使ったのでありましょう。というか、見えすぎでありんす』


 レベル70を迎えたサイモンの槍の攻撃射程は、恐ろしく拡張されており、いまやヘカタン村から港町を歩く人影まで見ることができた。


「ん? あれは……誰かお参りしているのかな」


『ミツハには見えませぬ』


 サイモンの目は、さらに海の近くにある丘の上に注がれた。

 小さな墓が建っているのが見える。

 墓の傍に誰かが立っているようだった。


 ***


 メイシーは朝早く、丘の上の小さな墓碑の前にたたずんでいた。

 けっきょく、今回も『オカミ』がいない世界線なのは変わらなかった。


「……顔を合わせたら何を話そうか、さんざん考えていたのよ」


 メイシーは、墓碑の前に黄色い花を添え、その隣に『使役獣』の専用回復薬の瓶をそっと置いた。


「お休みなさい」


 ようやく肩の荷がおりたような気がして、メイシーは、静かにほほ笑んでいた。

 その後ろから、眼帯を身に着けたギルドマスターがやってきた。


「墓参りなど、金にならない事をよくするものだな……」


 ギルドマスターは、理解できない行動をするメイシーに怪訝な表情を浮かべていた。

 完全に先日の記憶を失った様子だった。

 メイシーは何も言わずに黙っていたが、次第に笑いがこみあげてきて、思わず顔を隠した。


「……何を笑っているんだ?」


「いえ、なんでもありません。すぐに仕事に戻ります」


 ***


「諸君、まもなく、このゲームは【ログアウト不能状態】になる……。おそらく、これが我々の自由にできる最後の1日となるだろう」


 港町の酒場では、ナナオたちブルーアイコンの冒険者たちが顔を合わせていた。

 上級冒険者も各パーティから1名の代表者のみが集まり、真剣な話し合いをしている。


「なので遺恨がないようにしたい。今ここできちんと話し合いをしておきたい事があれば、遠慮なく言って欲しい」


 テーブルの隅っこで縮こまっているクレアは、小さく声をあげた。


「あの、私は……他のプレイヤーに迷惑かけちゃったし、お互いにギスギスしちゃうと困るから、もうログインしない方がいいと思うの。カメラボーイも一緒に」


「なんで俺もだよ?」


「だって、ヘカタン料理店は私がいなかったら、オーレン店長とミツハちゃんとカメラボーイの3人だけになるでしょう? だったらカメラボーイもいない方が安心だと思うのよ」


「たしかに、それは一理ある」


「おいおい、冗談じゃないぞ。せっかく【ログアウト不能事件】に巻き込まれた異世界料理人ライフを生配信してやろうと思っていたのに」


「なにそれ、面白そう」


 カメラボーイの主張に、ナナオは、うん、と頷いて返した。


「その通りだ、私は今回、撮影者ジャーナリストには大きな役割があると考えている。

【ログアウト不能事件】の最中に起こったストーリーを、克明に記録してリアルの人々に配信してもらいたいんだ」


「えっ、いいの? 公式が推奨するんだそれ?」


「ああ。我々の目標は、『ログアウト不能状態』の間に強引にゲームのシナリオを改変して、AIの自動生成によって平和なIFの世界を作らせることだ。

 だが、せっかく作られた世界も、事件に巻き込まれた一部のプレイヤーしか知らなければ、ゲームが再開されるときに、そのままもみ消されかねない。

 我々の作った世界をなるべく衆目に触れさせて、大多数の事実にすることが必要だ。少なくとも、ゲーム開発者が無視できなくなるほどの影響力を持たせておかなければならない」


「なるほど。じゃあ、クレアは適任だな。暇さえあれば動画配信してるし、視聴者数もけっこう稼げてるんだろ?」


「うぅ……けど私のチャンネル登録者数、そんなにいないよぅ……さっきようやく300人超えて大喜びしてたのに……」


「大丈夫、大丈夫、【ログアウト不能事件】に巻き込まれ中の配信者になったら、1万人はかるく超えると思うよ。私も気になるから登録するし」


「そ、それはそれで、緊張する……」


 クレアがこの世界に残留するかどうか、考えあぐねていると。

 アスレファンの代表者が、すっと手を挙げた。


「……その【ログアウト不能状態】になるというのが、よく分からないわ。

 どういう事なのか、もうちょっと詳しく説明してもらえるかしら?」


 ふたたび、ナナオに視線が集まった。

 ナナオは、こほん、と咳ばらいをして言った。


「いいだろう。詳細は今まで伏せていたが、そのウィルスを作ったのは、このゲームのシステムエンジニアのクリハラだ。

 ……どんな原理を使っているのかは作った彼本人しか知らないが、このゲームのシステムを作ったのは彼だ。

 実行されれば、システムの根幹を揺るがす何かが起こるのは、まず間違いがないだろう」


 ごくり、と上級冒険者たちは喉を鳴らした。

 ナナオはゆっくり頷いてみせた。


「クリハラによると、まずは、このゲーム内の『ログアウトボタン』の表示がメニューから消えるそうだ。

 正確には、ボタンの『表示位置』がメニューの正反対、つまり頭の後ろの死角にまでずれる。

 つまり、ゲーム内で死ねば、ヘッドギアのホーム画面に戻って、そのままログアウトすることができる」


「えっ、ゲーム内で死んだら、リアルでも死ぬんじゃないの?」


「ヘッドギアに小型爆弾を仕込んでいるんじゃなかったの?」


「違うよ、マイクロウェーブで脳をレンジに入れたような状態にするんだよ」


「クリハラがヘッドギア本体の製造に携わっていたらきっとそうしただろうが、ゲームの開発者だったからな」


 ナナオは、指を1本すっと立てて言った。


「彼が仕込んだバグはもうひとつ、『現在のログイン数が常に最大になる』というものだ。

 つまり、何人ログアウトしようと、常に『満員』の状態が続く。そのため、新たなプレイヤーがログインすることが出来ない状態になる。

 クリハラによると、これで運営(GM)の『強制ログアウト』も封じることが出来るらしい。

 ログアウトが完了しないプレイヤーがいるお陰で、演算処理がなんとかアウトするそうだ」


「タイムアウト?」


「そう、それ」


 ナナオが言ったことを、他の冒険者たちはじっくりと考えていた。


「つまり……ゲームの世界で死ねば、ログアウトできる、けど、二度とログインはできない……?」


「そうだ。そして恐らく、同じ世界線には二度と復帰することは出来ない」


「そりゃそうだろうな……ログアウト不能事件が起こったら、ゲームの再開も、すぐにって訳はないだろう」


「そうか、そのまましばらくサービス休止になるか……つまり、一度ロストしたら何カ月も再ログインできない。一体何カ月だ?」


「最悪の場合、そのままサービス終了もあり得るんじゃない? 損害賠償で会社がつぶれたりしない?」


「うん、クリハラもそれが怖いので、狙うなら平日の深夜帯という話をしている。一般人のログイン数もそこまで多くないだろう」


「弱いな、クリハラ氏……会社好きだったんだな」


「なるべくゲームの中にいるプレイヤーは、ログアウトできない事を騒ぎ立てない方がいい。

 何も知らない一般のプレイヤーは普通にロストして、気がついたら再ログインできなくなっていた、ぐらいになってくれると理想だな」


「それ【ログアウト不能事件】なのか……? むしろ【ログイン不能事件】じゃないのか……?」


「うん、だから、それを決める代わりに、配信者がゲームの外で思い切り騒ぎ立てて欲しいんだ。

 明日の丸一日かかってもいい。警察さえ動けば、サーバーが差し押さえられて、土曜日のアップデートを阻止することが出来る。

 ……できる?」


 警察は、過去の【ログアウト不能事件】で、大勢のプレイヤーがログインしている最中に、サーバーを強制的に落として、プレイヤーの意識障害を起こしたことがある。

 そのため、サーバーを差し押さえて現状を維持するよう、マニュアルで決まっているのだった。


「警察……サーバーの差し押さえ……」


 クレアは、がくがく震えて青ざめていた。

 代わりに、カメラボーイが納得した様子で頷いた。


「オーケー、ぜんぶ把握した。腕の見せ所って訳だな」


 彼は、愛用のカメラを手に立ち上がった。


「この俺が克明に記録してやるぜ、本当の【ログアウト不能事件】を、この世界の実ってやつをな!」


「ま、まって、カメラボーイ……あなたが真実とか言うと、嫌な予感しかしないわ」


「なんでだよ!?」


 ともかく、話し合いは進んでいったのだった。


 ***


 一方その頃。

 騎士団長アスレは、宮殿の内部をせわしなく歩き回っていた。


「船の準備は整ったか?」


「はっ」


「よし、気づかれないうちに出るぞ」


 その眼差しからは『ドラゴン』の気配がすっかり消え、ファンたちがため息をつく凛々しい青年へと戻っていた。


「お待ちください、アスレさま! わたくしを置いて、異大陸に行かれるとはどういう事ですか!」


 やがて、アスレの半分ほどの背丈しかない少女が、ドレスの裾を持ち上げて走ってきた。

 まわりに従者たちの姿は見えない、どうやら振り切ってきたらしい。


 今年で10歳になる妻、ミレーユである。

 デパートで親に置いていかれた子どもみたいに目にいっぱい涙を浮かべて、アスレを追いかけていた。


 逃げそびれてしまったアスレは、こめかみに手をあてがって、どうすべきかひとしきり悩んでいた。


「ミレーユ殿下、ごきげん麗しゅうございます」


「ごきげんよう! 質問にお答えいただけますか!?」


「この大陸には、『ドラゴン』がいないからです。いまや隅々まで『トキの薬草』にあふれ、『混交竜血』の病人すら1人もいない。

 平和そのものになりました……だから、私はこの大陸には不要なのです。閣下の『混交竜血を調査せよ』との命をまっとうするために、『ドラゴン』を探して異大陸に行かなければならないのです」


 騎士団長アスレは『ドラゴンの調査』のために動いてきた。

 どうやらメイシーは、『ドラゴン討伐』のクエストを取り下げていたらしい。


 彼もまた、主人公として異大陸に旅立つ運命スクリプトを背負っていた。

 何度も挫折し、大回りして、ようやくその本筋へと回帰したのだ。


 だが。

 彼の妻は、そんなことではまるで納得してくれない。

 頬を膨らませてむすーっとしてしまった。

 素直に聞いてくれるとは、騎士団長アスレも思ってはいなかったらしい。

 一体どうすればいいのか、うんうん考えていた。


「ミレーユ殿下、一体、どうすれば許してくださいますでしょうか?」


「手を出しなさい」


 騎士団長アスレは、言われた通りにミレーユに手を差し伸べた。

 何をするのだろう、とみていると、じとっとにらみつけるように見上げている。


 すると、隣にいた上級兵士が「おおっと、誰かに呼ばれた気が」と言って、どこかに行ってしまった。

 きっと眼力で下がらせたのだろう。


 ミレーユは、さらに強い口調で言った。


「目を閉じなさい!」


 騎士団長アスレは、素直に目を閉じた。

 暗闇で、ただ手を触られている感触だけがする。

 一体なにをするつもりなのか。


「……いいですか、そのまま、私がいいと言うまで、そのままですよ……」


 ミレーユは、騎士団長アスレの手を前に、息を吸ったり吐いたりしていた。


 騎士団長アスレは、うすーく目をあけて、何が起こるのか見ていた。


 ミレーユは、おもむろに騎士団長アスレの手の甲に顔を近づけていった。


 その瞬間。


 騎士団長アスレの体の前に、光の壁が立ち上がり、ミレーユを押しとどめていた。


 魔剣のスキル【回避パリィ発動20%】が発動していた。


 魔剣がそれを『攻撃』と判定したのだ。

 相手の思惑に気づいた騎士団長アスレは、とっさに腰の短剣を抜き放ち、ミレーユを遠ざけた。


「……貴様、何者だ!」


 騎士団長アスレは、剣を油断なく構えてミレーユと対峙していた。


 ミレーユは、ドレスの裾から伸ばしたトカゲの尻尾で、びたん、びたん、と床をはたいていた。


 彼女の体は黒い煙を吐きながら、どんどん青あざのようにどす黒くなっていく。


 その顔は、まるで死人のように青ざめていた。


 違う、別人だ。

 何者かがミレーユの姿に化けている。


「何者だ……」


『……』


「答えろ、どうしてこんな事をする! 一体誰の命令だ!!」


『……』


 相手は何も答えなかった。

 生気のない目で、じっと騎士団長アスレの顔を見つめている。


 しばらくにらみ合っていたが、謎の侵入者は、やがてふっと姿を消した。


 騎士団長アスレは、どっと汗をかいていた。

 魔剣士ダークナイトの特性で魔剣の『回避発動』は倍の40%になっていたが、60%の確率でまともに攻撃を受けているところだったのだ。


 本当に運がよかった。

 もし次回があれば、今度はどうなっているか分からない。


「まさか……ミレーユに化けてくるとは……おのれ……ッ!」


 ギリッと、歯を食いしばる騎士団長アスレ。

 名目上とは言え、妻を利用された事が、彼のプライドに火をつけた。

 やがて、先ほど退出していた上級兵士が戻って来た。


「どうしました、騎士団長アスレさま! 一体何が!」


「異大陸への出航は取りやめだ……『怪物』が現れた」


 騎士団長アスレは、敵意に目を燃やしていた。

 そして彼は、再び暴走しはじめる。


「いますぐ兵を招集しろ……! 草の根を分けてでも、奴を探し出すぞ……!」


 そう、騎士団長アスレは、王国最強と呼ばれる男。

 軍略の天才であった。

 すべては、彼が思い描いた筋書き通りに動いていたのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ