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竜の血の行方

※だいぶん休んでしまいました。

 リアルの世界では、午後21時30分。

 サイモンの世界では、もうすぐ『ジズ』による破壊がはじまる時間。


 上級冒険者たちは、捕まえた騎士団長アスレのファンたちを前に悩んでいた。


「どうするよ? とりあえず『ジズ』戦が片付くまで、ログアウトしといてもらうか?」


「うーん、それはやりすぎじゃねぇか?」


「なんでだよ、裏切り者だろ? いったい何するかわからないじゃないか」


「今シーズンしか知らない新参は知らないかもしれないけど、アスレファンとは昔、共闘したことがあってな……」


「なんか懐かしいでゴザル」


 上級冒険者たちは、半年前のことを懐かしむようにいった。


 そう、上級冒険者たちがかつて、勇者シーラと騎士団長アスレのカップル成立をひたすら邪魔しようとしていたとき、アスレファンは中心となって他のプレイヤーに声をかけ、戦ってくれていたのだ。


 それによって強引に世界改変を成功させ、カップルを破局させたのは、記憶にあたらしかった。


「争ってる場合じゃねぇ、むしろログアウト不能になる前にこうなって、よかったかもしれない」


 今の上級冒険者たちがやろうとしている事も、同じく世界改変なのだ。

 大勢のプレイヤーの協力が必要だ。


「とりあえず、今の闇堕ち騎士団長アスレは普通じゃない。『一部』ますます気に入ったやつがいるみたいだけど。闇堕ちする前の方がよかったとは思わないか?」


「それは、当然」


 ここにいるアスレファンは、シーズン1から騎士団長アスレの事を好きになったのだ。

 つい最近ファンになったにわかのクレアは、そ知らぬ顔で口笛をふいていたが、そんなことはどうでもよかった。


「俺たちもどうにかあいつを元に戻したい。また手を組めないか?」


 上級冒険者が歩み寄って、アスレファンたちは顔を見合わせていた。

 そこへ、他の冒険者から緊急の知らせがやってきた。


「おい! もう『ジズ』がそこまで来てる! 今回は乗ってるやつが少なくて、ダメージほぼゼロだ!」


「仕方ねぇな、戦闘職は全員手を貸せよ!」


「ひぃぃ~! まったく戦闘しないからレベル1なのに~!」


 たとえ多少の禍根があろうとも、レイド戦ではともかく1人でも戦力が多い方がいい。

 上級冒険者たちが、戦える者を連れて『ジズ』の討伐に向かい、村に残ったナナオは人知れずため息をついた。


「まいったな……騎士団長アスレが強すぎる」


 騎士団長アスレや『傲慢ごうまんの魔竜』に手を焼かされている間に、『ジズ』の体力はほとんど減っていなかった。


 このままでは、たとえログアウト不能状態になったとしても、ヘカタン村が滅亡するストーリーは変えられない。


 傍らで縄をぐるぐる巻きにされているクレアは、ナナオがあまり怒っていないのを見て、びくびくしながらも話しかけた。


「あの、あの、ナナオちゃん。尋問はもういいの?」


 そう言えばクレアには、他の裏切り者を探すために尋問する、と言っていたのだった。


「あの動画を拡散したら十分だろう。とうぶん滅多な動きはしないさ」


 プレイヤーが思い通りに行動してくれないことなど、それこそこのゲームの初動から変わらなかった。

 ナナオは、クレアの縄をしゅるしゅるほどいた。


「問題なのは、騎士団長アスレが『プレイヤー』を味方につけるという知恵を手に入れたことだ。

 騎士団長アスレのファンは、ログインしていないだけでまだ大勢いるし、たとえクレアが味方につかなかったとしても、あいつは似たような事をやってのけたはずだよ」


 クレアが行ったことは内通だったが、騎士団長アスレに渡すデータを作ったのは、ほとんどアスレファンだった。


 今回はクレアを利用してサイモンを村から遠ざけていたわけだが、それは別に彼女でなければできなかった作戦でもない。


 異能チートの使い方もプレイヤーなら誰でも教えられるものだ。


「……けど、みんながヘカタン村を守ろうって頑張ってるのに、私ひとり裏切っちゃったし……」


「何を気負っているのかしらないけれど、このゲーム、そもそも騎士団長アスレが主人公で、サイモンは敵キャラなんだよ。

 公式の立場から言えば、本来、ルールの範囲内ならば楽しみ方なんて個人の自由だよ。

 君はどうしても『ドラゴン』を撮影したかったんだ。それで他のプレイヤーと利害が衝突したってだけだ。

 運営(GM)としては、ただGGとしか言いようがないよ」


 競技ゲームで負けたときも勝ったときも使われる、「いいゲームだった」という意味だ。

 相手がナナオのような運営(GM)でなければ、きっと最後までだまされていただろう。


「ううん、ちがうの」


 クレアは、ぶんぶん首を振った。


「ドラゴンを撮影したいのは、ちょっとはあったけど……本当は、ダーリンとシーラに幸せになってもらいたかったのよ……」


「ダーリンってサイモンの事? どうして」


「だってシーラちゃんってば、ダーリンが冒険者時代に子どもを産んでいたんだって、ずっと勘違いしてるのよ?」


 クレアの言った不思議な理由に、ナナオは首をかしげた。


「けど、それは真実じゃないだろう?」


「そう。だけど、それを知っているのは私たちだけよ。シーラちゃんにそれを教えても、次の日にはまた忘れてるのよ……。

 たとえ最後にはシーラちゃんとサイモンがくっつくストーリーでも、リスポーンするたびに、これからもずっと同じ勘違いで悩むシーラちゃんのストーリーが始まるのよ。

 私が写真を撮るたびに、いつも隣にサイモンの子がいてさ、本当の親子みたいに大切にしてるのがわかるのよ。

 私はそんなの嫌。すごく可哀そうじゃない。それでなんとかできないか、騎士団長アスレに相談してみたのよ……」


「どうして騎士団長アスレに相談したんだ?」


「ナナオちゃんは知らないかも知れないけど、騎士団長アスレは、他の世界線でダーリンの味方だったのよ。

 ヘカタン料理店に何度も大量の料理を注文しにきてさ。『ジズ』と戦うために、兵士たちを強くしていったのよ」


 ナナオは、そんなイベントがあったのかと感心した。

 さいしょは違和感しかなかったが、道理で新兵たちが強いわけだ。


「みんなは攻略で忙しいし、私が知ってる中でこの世界の過去を一番変えちゃったのは、ダーリンだから。

 騎士団長アスレも、いまはダーリンと同じ力に目覚めたから、きっと何度も世界を繰り返しながら、何度も悩んで、正解を導き出してくれると思ったのよ。

『オカミ』ちゃんの事も、ほんとうは故意に傷つけたわけじゃないと思うのよ。だって、死んじゃった事をすごく気にしてて、メイシーさんの所にお見舞いに行ってたのよ?」


「ふむ……それはイベント番号1011番だ。元のシナリオでも故意ではなかったが、今回もそうとは限らない。何かの作戦だったかも知れないぞ」


「それに、今回は、『ミツハ』ちゃんに薬をあげるために村に来てたのよ。『ドラゴン』を倒すためじゃなかったわ……。

 きっとあの人は、私たちの知らないところで、まだ試行錯誤しているんだと思う」


「悪いが、それもイベント番号2900番で……」


「えっ、クレアそれ本当なの?」


 そのとき、ちょうど村に通りすがりのカメラボーイがやってきていた。

 騎士団長アスレとの戦闘で一度ロストした彼は、『始まりの石盤』から再び山へ戻って来たのだ。


「だとしたら、俺が命がけで『ミツハ』ちゃんを守って、シーラちゃんにバトンパスしたのは、一体何だったの?」


「無駄だったんじゃないか? カメラボーイ、そもそもどうして君はあんな夜更けに料理店にいたんだ?」


「そりゃあ、村に国王軍が攻めてくるかもしれないんだったら、ヘカタン料理の作り置きをしとかないと当日になって大変だろうが……」


「もう終わったのよ、カメラボーイ。もう残業しなくていいの。あなたはオーレン店長の寝顔でハスハスしてなさい」


「おいおい、俺がそんな不純なことする訳がないだろうが、誰よりもオーレンとサイモンのカップルを推している男だぜ?

 いまは2人が結婚するように全力で後押しするだけだ。見てろよ、俺がこの物語をトゥルーエンドに導いてやる」


 ナナオは、複雑そうな表情を浮かべた。

 どうやらこのゲームにいるのは、この世界を自分の好き勝手に変えようとするプレイヤーばかりのようだ。


「……まあ、最後に勝つのは運営(GM)の私だがな」


 ***


 同じころ、冒険者ギルドの受付嬢メイシーは、撤退する騎士団長アスレの背中を追いかけていた。


(追いついた……他の兵士はいない)


 彼が転移結晶を使って撤退することを読んでいたメイシーは、その時点で各地の転移ポートにあらかじめ『使役獣』を送り込み、どの転移ポートから出てくるか、見張らせていたのである。


 港町の転移ポートから出た騎士団長アスレは、上空を『ジズ』の巨体が飛んでいくのに目もくれず、まっすぐに石畳の通りを歩き続けていた。


 どうやら、自分が同じ一日を何度も繰り返している『時間遡行者タイムリーパー』である事は把握しているらしい。


 やはり、山登りの前にここで誰かに預けていた『傲慢ごうまんの血』を回収するつもりだ。


【潜伏状態】で騎士団長アスレの後ろについてゆくメイシーは、腰に提げたナイフと『トキの薬草』を握りしめた。


 相手が誰であれ、ここで殺して『傲慢ごうまんの血』を根絶やしにする。


 時計を見なくとも、何度も繰り返し『時間遡行タイムリープ』をしてきたメイシーには、だんだんと感覚で分かってきた。


 もうすぐ『ジズ』が魔の山を破壊して、帝国に飛び去るころだ。

 そうすれば、その後まもなく世界は『初期化』される。

 

 それまでに、ドラゴンへの『変身』イベントさえ起きていればよかった。

 ドラゴンの体が身代わりに初期化を受け、今のメイシーは保護され、次の世界に受け継がれる。


 それは騎士団長アスレや、血を受け渡した相手の人物にとっても同じだ。

『変身』さえしてしまえば、彼らも同様に次回まで記憶を持ち越してしまう。


 なんとしても、ここで血の受け渡しを阻止しなければならない。


 騎士団長アスレは、部下も連れずに、どんどん港町を歩き続けた。

 この街のいったい誰に血を受け渡しているのか。

 メイシーは、思い当たる様々な人物を相手に、戦闘のシミュレーションをしていた。


 しかし、危うい綱渡りのような戦略だ。


 ひょっとして騎士団長アスレは、『変身』を自力で起こす方法を知っているのではないだろうか?


 なぜなら、もしも『変身』が起きなければ、『初期化』を受けて騎士団長アスレの記憶はすべてリセットされてしまう。


 そうすれば、『ドラゴン嫌い』の騎士団長アスレの事だから、自分が『ドラゴンの血』に冒されている事を知ると、すぐに『トキの薬草』を飲んで治癒してしまいかねない。

 そうしたらあとがない、もう全てが終わりである。


 初日は異能チートを研究しつくしてから戦闘に挑んだほど慎重な騎士団長アスレが、こんな賭けをするだろうか?


 つまりひょっとすると……賭けではない可能性がある。


 だが、『変身』は【ファフニール】だった頃のギルドマスターが、『グリッチ』によって復活させた古代魔法だ。


 ひょっとするとギルドマスターなら覚えているかもしれないが、他は誰も知らないはずだ。

 ギルドマスターは王国の事を心から毛嫌いしている、騎士団長アスレがそれを知ることなど、あり得ない。


 だが、『変身』を知らずに同じことをやろうとしたサイモンは、血の受け渡しにそもそも失敗している……。


(いや……でも、サイモンの場合は……)


 メイシーは、嫌な予感に足を止めた。

 騎士団長アスレは、もくもくと港町を歩き続けて、海の見える丘の方へ進んでいる。


(どうして……そっちに行くの?)


 彼の進む道を見て、メイシーは、急に思い当たった。


 そうだ、サイモンの場合は、『オカミ』が常にそばにいたのだ。


 血を受け取った『オカミ』は、『初期化を受けない』特殊なキャラクターなので、『オカミ』から血を返してもらうチャンスが何回もめぐってきていた。


 サイモン自身の記憶が残っていなくても、『オカミ』が全てを記憶していて、過去の出来事を教えてくれるため、目的を見失わずにいられた。


 ……騎士団長アスレは、自分の異能チートを使った戦略を組み立てるにあたって、クレアからサイモンのこの戦略を聞いていたはずだ。


 だとしたら。

 それとまったく同じことをしようと考えたのだとしたら。

 本当にまったく同じことをしようと考えたのだとしたら。


 そういえば、この世界のゾンビは『未調整』なので、普通のNPCのように喋ることができるのだ。

 話せるのか。


 メイシーは、足がすくんで動けなかった。

 騎士団長アスレの背中が、どんどん遠ざかっていく。


 海の見える丘の上へ。

 周囲に人家が少なくなってゆく。

 それにつれて、メイシーが戦う事を思い描いていた様々な相手は、徐々に姿を消していった。


 最後に残った1人の可能性を思い描いて、メイシーは、手が震えていた。

 その先には、『オカミ』の墓がある。

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