表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
165/175

潜伏する騎士

 リアルの世界では、午後21時20分。

 サイモンの世界では、日付が変わり、秋アプデまで29日になろうとする頃。


 光の尾を引きながら、『ジズ』が世界の果てに出現するのを、魔の山の冒険者たちが大勢で見上げていた。


「おお、なんだかデカい鳥だな」


 ヘカタン村の門番であるサイモンは、神々しいその鳥が地上に降り立とうとする姿を目撃していた。

 なぜかは分からない、不吉な予感のする光景だった。


 冒険者たちも、その鳥の姿を不安げにじっと見つめていた。


「来たか」


「そろそろ『魔竜』も現れる頃だ……準備しよう」


 幾度となく繰り返されてきた、ゾンビ軍団との戦い。

 この後はじまる戦闘に備え、対ゾンビ用の武器に切り替えていた。


 そんな冒険者たちの横を、【潜伏状態】の国王軍が素通りしていった。

 メイシーの【夜のとばり】による効果で、プレイヤーからは姿が見ることができない。

 西の森から石の塀を飛び越え、真っ直ぐに村に侵入していく。


「数名はここに残れ。脱出経路を確保しておけ」


「はっ!」


「メイシー、お前は俺と来い」


 メイシーは、慎重に頷いた。

 けっきょくメイシーは、騎士団長アスレの侵略に加担していたのである。


 騎士団長アスレは、視界マップを確認しながら、【戦力鑑定】を周囲に走らせ、冒険者たちの能力を読み取っていた。


「数があわない……『暗殺者アサシン』が【潜伏】している」


「任せて」


 メイシーは、空を見上げる冒険者たちの間をすり抜け、素早く屋根の上に登ると、【潜伏状態】の『暗殺者アサシン』に素早く忍び寄った。


「……がッ!?」


 首を『必殺+50%』のナイフで切り裂かれ、声をほとんどもらす事なく、冒険者の『暗殺者アサシン』は倒れ伏した。

 全身がパーティクルに細かく分解され、風にのって流されていく。


 誰にも気づかれずに暗殺を成功させたが、ブルーアイコンの冒険者たちは、ロストしたという情報をすぐに共有してしまう。


 メイシーは、ほかの冒険者たちがまだ上空の『ジズ』に気を取られているのを確認してから、ランプを右回りに二回振り回した。


「よし、急ごう」


 合図を確認した騎士団長アスレは、兵士たちを引き連れ、さらに奥へと進んだ。

 それを見送ったメイシーは、小さく息をついた。


「……上手く逃げなさいよ」


 騎士団長アスレの侵略を、全力で手助けすることにしたメイシーだったが、彼女には打算があった。


 時間が足りないのだ。


 今回は、山登りを開始した時間が遅すぎた。

『ジズ』が空に現れたということは、もうすぐ騎士団長アスレは『傲慢の魔竜』に化けてしまうはずだった。


 いまメイシーが騎士団長アスレを誘拐したところで、『魔竜』を退治するのにどのくらい時間がかかるか分からない。


 とちゅうで時間切れになっては元も子もない。

 ならば次回、いちはやく騎士団長アスレに近づくために、一時的に手を貸すのがベストだろう。


 それに、『暗殺者アサシン』のスキルを持っているミツハは、【潜伏状態】を見破ることができるのだ。


 いくら【潜伏状態】でミツハに近づけたとしても、そう簡単には捕まらないはずだった。

 というか捕まったら許さない。

 ミツハは少々どんくさいので、心配は尽きなかった。


「……薬、届けられなかったわね」


 恐らく、もう一度ミツハに薬を届けるチャンスはめぐって来ないだろう。

 誰か、親切な冒険者が薬をくれることを願うしかない。


 ヘカタン料理店の方を見たが、店の灯りは見えなかった。

 騎士団長アスレたちの姿も、すでにここからは見えない。


 空を見上げると、『ドラゴン』をクチバシに咥えたまま、島に降り立とうとする『ジズ』の姿が見えた。


「………………」


 メイシーは、その『ドラゴン』を見て、なにか違和感を覚えた。

 冒険者たちも、その異変に気づいていたらしく、口々に声をあげている。


「おい、あれ……」


「あれ? どうなってるんだ?」


 メイシーは、その違和感の正体に気づくのに、少々時間がかかった。

 だが、それが意味するところに気づいた瞬間、背筋がぞわっとした。


「なんで……どうして……」


 完全に裏をかかれた。

 まるで、彼女の全ての動きが読まれていたかのようだ。

 いったい、どういう計算をすればこんな戦略を思いつくというのか。


 なによりも、こんな危ない橋を渡るような計画を、何のためらいもなく実行にうつせる精神力が信じられなかった。


「……なんて『傲慢ごうまん』なの」


***


 一方その頃、灯りの落ちたヘカタン料理店。

 客席の間をちょこちょこと駆け回っていたミツハは、窓にぺったりと額を押しつけて、外をじっと見ていた。


『ジズ』を島に着陸させるために、『竜の眷属』を生み出して退治しておくのは、彼女にしかできない仕事だった。

 自分の仕事の出来栄えを確認するまで、ゆっくり寝てなどいられないのである。


『ジズ』の翼の影は、世界のどこにいても頭上にかかってくる。

 今日も山のモンスターを『眷属化』させて、冒険者たちに退治させていたので、いつものように『黒竜』が運ばれてくるはずだった。


 そのクチバシがついばんでいる『ドラゴン』の姿を見て、ミツハはおやっと首を傾げた。


『……ひい、ふう、みい。首が三本ありんす』


『ジズ』が運んでいるのは、その日に魔の山エリアで倒された『ドラゴン』であるはずだった。

 だが、なぜかそれは王冠を被った『三つ首のドラゴン』だったのだ。


『『傲慢ごうまん』が……倒されている?』


 一瞬、何が起こっているのか理解が追い付かなかったミツハ。


 バタン、とミツハの背後でドアが閉まる音がした。

 振り返ると、騎士団長アスレが暗闇に立っていた。


「お前がミツハか」


 どうやら騎士団長アスレは、『トキの薬草』を飲むことで自分の『ドラゴン』を退治し、朝のリスポーンの時間まで20分を稼いでいたらしい。


 まんまと冒険者たちの目をかいくぐり、目的地までたどり着いた騎士団長アスレは、氷のような眼差しでミツハをじっと見ていた。


 入って来たのは、ひとりだ。

 残りの兵士は、誰も料理店に近づいて来ないように外を見張っている。


 ミツハは、がたがた震えはじめた。

 たとえ不死身の能力を捨てたとしても、ただの【分体】でしかないミツハが敵う相手ではなかった。

 とても逃げきれない。


 騎士団長アスレは、ごつ、ごつ、と軍靴の足音を床に響かせながら、料理店の中をまっすぐ歩いて来た。


 月明かりに顔が照らし出された。

【潜伏状態】のため透明だったが、このゲームの主人公らしい、美しく精悍な顔立ちだった。


「……どうやらお前で間違いないようだな」


 それから、地面にしゃがみ込むと、包帯が巻かれたミツハの両膝を見た。

 いちおう応急処置はされているが、血が出ている。

 昼ごろからまったく癒えていない。


『……あ……あ……』


 ミツハは、びくびく震えて、声も出せないでいた。


 騎士団長アスレは、革の腰袋から小さな瓶を取り出した。

 それはメイシーが用意した、『使役獣』専用の回復薬である。


 瓶につけられたタグの内容をもう一度確認して、それからミツハに押し付けた。


「これでクエスト完了でいいのか……?」

 

 騎士団長アスレは冒険者ではないので、正規の手続きはわからなかったようだ。

 ミツハのトカゲの尻尾をじっと見て、それから言った。


「お前は普通の薬草が効かないらしい。……怪我をしないよう気をつけた方がいい」


『はい……気をつけます……』


 ミツハは、ようやく返事をすることができた。

 騎士団長アスレは、それを確認すると、小型の鎧通し(スティレット)を取り出した。

 近接戦闘で鎧のすき間を突くための、小さくとも魔剣の性能を帯びたナイフだ。


「あと、依頼主からの言伝がある……」


 騎士団長アスレは、思い出したように言った。


「ひざを擦りむいたぐらいで死ぬ死ぬ言うな……だそうだ」


 それを聞いたミツハは、依頼主が誰か分かった。

 そんな事を言った相手は、1人しかいない。

 とたんに、せきを切ったように涙がぼろぼろと出てきた。


『うぅぅ……お母様……お母様……お母様……!』


 ミツハは、声を上げてなきじゃくった。

 騎士団長アスレは、まるで不思議な生き物を見るようにミツハを見つめていた。


「不思議だな。俺には母親という生き物がよく分からないが……呼んだところでここに来てくれるとは思えないぞ」


 そのとき、テーブルの影からブルーアイコンが飛び出してきた。

 店のどこかに潜んでいたのだろう、コック帽をかぶったまま、剣を構えて騎士団長アスレに飛び掛かった。


「うおおおお! 誰か知らんが離れろぉぉぉ!」


 ダメージこそなかったが、攻撃を受けたおかげで、騎士団長アスレの【潜伏状態】がはがされていた。


「げっ……よりにもよって騎士団長アスレかよ……!」


『カメラボーイ料理人!』


「ミツハちゃん……すぐに逃げろ! 俺はたぶんストローで水滴を吸い上げるみたいに一瞬で消されるから!」


 騎士団長アスレは【戦力鑑定】を通じて、冷静に相手の戦力を推し量っていた。


「ふむ……【通りすがりのカメラボーイ】か。ステータスはゴミだな」


「俺はゴミでもこの子は料理店の宝だ! 手を出すな!」


 ふたたび攻撃するカメラボーイ。

 いつも冷静沈着な騎士団長アスレは、どんな相手でも油断することなく、分析のために時間をかける。

 ミツハは、そのわずかな隙をついて逃げ出した。


 料理店の出入り口まで、椅子をかき分けながら進んでいくと、ドアの向こうから凄まじい金属音と、兵士たちの悲鳴が聞こえてきた。


 どうやら、増援が来てくれたようだ。

 ドアを蹴破って、亜麻色の髪をふりみだすシーラが飛び込んで来た。


「ミツハ! こっちに来て!」


『奥方様ぁ!』


 シーラは、飛び込んで来たミツハを腕に抱きかかえると、料理店からすばやく逃げ出した。


 カメラボーイを一瞬で撃退した騎士団長アスレは、シーラが凄まじい早さで逃げ去ってしまったのを見て、目を丸くした。

 しまったという風に顔に手を当てながら、自分がどこで計算を間違ったのかを考えていた。


「……まさかあの女、逃げるのか……せっかく戦闘準備をしたというのに……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ