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ランクアップの代償

 リアルの世界では、まもなく午後21時になるころ。

 サイモンの世界では、空が夕焼けに染まっていた。


 西日のさす冒険者ギルドの扉の前に、旅に出たはずのシーラの姿があった。

 海草や、貝殻、カメの甲羅など、様々なドロップアイテムを全身にまとって、まさに海から戻ってきたのがひと目で分かるような出で立ちである。


「メイシーさん、喜ぶかなぁ」


 昼ごろ、異国に向けて海洋に出発したシーラだったが、途中で船がダイオウイカに襲われたため、その不運なダイオウイカを討伐して、港まで引き返してきたのだった。


 ちなみに、異国にも冒険者ギルド支部があったので、そこに討伐証明部位を持ち込む、という手もあったのだが。


 ゆえあって、今まで海上のモンスターを倒したことがなかったシーラは、ダイオウイカの討伐証明部位がどこなのか分からなかった。


 このまま捨てるのはもったいない、これは結構な高ランクモンスターなのでは、と考えたシーラは、丸ごと持って帰って、冒険者ギルドで査定してもらおうと考えたのである。


 すると、こんな巨大なモンスターを引きずって異国まで数週間かけて航海するのはさすがにしんどいらしく、船乗りたちも「勘弁してください」と泣きながら懇願してきたので、パワハラ上司の気質があるシーラは、査定のためだけに船をいったん引き返させたのである。


「まあ、やっぱり船の料金、借りっぱなしなのはよくないからねー」


 お金は返さなくてもいい、とメイシーには言われたが、シーラは貸し借りが苦手な性格なのだった。

 苦手というか、貸した事や借りた事を、すぐに忘れてしまうのである。


 もうずっと前から世話になっている村長に対してさえも、ときどき借りた恩を忘れてしまうことがある。

 オーレン料理店のオープンに村長夫妻が来てくれていたときも、シーラは昼まで寝ていた。

 その時はオーレンがシーラを呼びに来たけれど、けっきょくシーラは二度寝して顔を出さなかったため、オーレンに怒られてしまった。


 シーラは、冒険者ギルドの玄関から、港の方を振り返った。

 遠くからでも船の甲板に、ぐでん、と白い物体が横たわっているのが見えて、こんなに大きなモンスターを持ちかえった冒険者などいままでなかったに違いない、とひそかに誇らしく思ったシーラは、どんな査定結果になるのか、今からわくわく胸を躍らせていたのだった。


「メイシーさん、ただいまー!」


 これから査定に関わるギルド職員の阿鼻叫喚がはじまるかと思われたが、そうはならなかった。


 ばーん、とドアを開いたシーラは、冒険者ギルドのロビーががらん、と無人になっているのに気づいた。


「あれ? みんなどこ行ったの?」


 夜間の緊急依頼も受け付けるため、24時間、いつも誰か職員が1人はいるはずなのに、今日に限ってカウンターには誰もいない。


 いつも掲示板の前でたむろしている冒険者たちの姿も見当たらず、シーラはロビーをぐるっと一周して首を傾げた。


 どんどん、どんどん、と扉を叩く音が響いて来た。

 奥にある、大量の素材を査定するための検査室の扉が封鎖されているらしく、どうやら誰かが閉じ込められているみたいだった。


 シーラが駆け足でその扉に近づいていくと、中からは、うー、うー、という苦しそうなうめき声が聞こえてきた。


「ねぇ、誰かいるの? 査定してほしいんだけど」


 この際、【鑑定】スキルが使えれば誰でもいい。

 封鎖されたドアをこじ開けようと、手をかけたとき。


 誰かがシーラの頭の上に手を伸ばし、後ろからそっとドアを押して、開かないように押さえていた。


 振り向くと、片目を眼帯で覆った背の高い男が立っていた。

 いつも二階の書斎から出てこないはずの、ギルドマスターだった。


「ここは開けない方がいいぞ、シーラ」


 ギルドマスターは、いつになく真剣な面持ちで言った。

 シーラは、ごくりと喉を鳴らした。

 いつも竹を割ったような性格のギルドマスターが、こんな真剣な顔をするのは、年末の決算の時以来である。


「ギルドマスター、どうしたの? 中にモンスターがいるの? マスターが倒さないんだったら、私が倒しちゃっていい?」


「いや、やめておけ……中にいるのは、【ゾンビ】だ」


 彼は、青ざめた顔で、ぶんぶん、と首を振った。


「【ゾンビ】など倒してもまったく金にならん。なぜか【薬草】しか手に入らないんだ」


「【薬草】……討伐部位も落とさないの? どうして?」


「わからん、すべて土にかえってしまう。長年冒険者ギルドマスターをやっているが、こんなモンスターは、はじめてだ」


 この世の理解できない理不尽な恐怖を味わい、困惑し、首をふるギルドマスター。


 じつは、実装されなかったデータを無理やり実装する形でこの世界に現れたゾンビたちだったが。

 実装中止の指示が出された時点では、まだ開発の途中で、正式なドロップアイテムが決められていなかったのだ。


 そのため、テスト用に仮のドロップアイテムとして【薬草】を持たされた状態だったらしく、なぜか【薬草】をドロップしてあとはすべて消えてしまうようになったのである。


 もしも、まともなドロップを落とす段階まで開発が進んでいたら。

 ギルドマスターはいまごろウハウハ笑いながら扉の向こうで暴れまくっていたに違いなかった。

 この人にとっては元職員とか冒険者とかその程度のものだった。


「じゃあマスター、なんでここにいるの?」


「俺がいなかったら、ここに来る冒険者に誰がクエストを渡すんだ?

 さっき、とんでもないアイテムを査定しようとしてきたお前が窓から見えたから、降りてきたんだ。

 あいにくギルド職員はひとりも手が離せない状況だ。出直した方がいい」


「えー、じゃあ、ギルドマスターが査定してくれないの?」


「ん? いいのか? 本当にこの俺が査定してやってもいいのか?」


「あ、やっぱやめとく、気が変わった……」


 ギルドマスターに査定を任せたら、どんな凶悪なモンスターを倒していたとしても、いつの間にかFランク討伐クエストを達成したことにされていそうだった。


 こと冒険者ギルドマスター【デセウス】は、とてつもない守銭奴しゅせんどだった。


 10年前、Hランク討伐クエストの報奨金を、最低のFランク討伐クエストよりも安いと偽ろうとしていた事を、シーラは忘れていない。


 ギルドマスターは、腕まくりをしながら、はぁー、やれやれ、とため息をつく。


「やれやれ仕方ないな……俺の数億種類の討伐モンスターデータベースが火を噴く時が来たか……」


「噴かなくていいから! もー、ありえないから! マスターは触らないで、絶対よ!」


 まるで反抗期の娘のように、ギルドマスターを遠ざけようとするシーラ。


 だが、シーラのドロップを積んだままでは、船が動かない。

 けっきょく、ダイオウイカを丸ごと捨てなければ先に進めなかったため、どうせならマスターに査定してもらうことにしたのだった。


「むむ……これは、ダイオウイカか。そうか……なるほど、そうきたか……」


 シーラは、不服そうに唇をとがらせて、査定が終わるのを待った。


 夕日に照らされ、船の上にこんもりと乗っかったダイオウイカに向かって両手を広げ、鑑定を開始するギルドマスター。


 どんな査定が来るか覚悟していたシーラだったが、ギルドマスターは、シーラの首にかけてあったネームタグを、ひょいっと手に取った。


「あ」


「ちょっと借りるぞ……」


 ネームタグを手に、ロビーに戻ったギルドマスターは、いつも受付嬢しか入らないカウンターの中に入っていくと、棚をごそごそと探して、なにやら新品のネームタグを1枚取り出して、机の上で作業を始めた。


「マスター、どうだったの?」


「ん-、まぁまぁだな……いつものお前のに比べたら、ゴミみたいなもんだが……人類にとってはでかすぎるゴミでもある」


「どういうこと?」


 かつん、かつん、とノミで表面に掘り込みを入れて、名前を彫りこむと、シーラに手渡した。


「ほら、ランクアップだ。おめでとう」


 シーラに返されたネームタグは銀製で、『オーレン』と名前が彫られていた。


 文字を読むことができないシーラは、それが元あったネームタグと同じ名前かどうかも判然とせず、ぽかんとしていた。


「ごめんマスター、これ何ランクって書いてあるの?」


「Bランクだ」


「び、び、び、Bランクぅぅぅぅ!?」


 シーラは、天地がひっくり返ったように驚いた。

 この前までCランク目前だったので、順当と言えばそうなのだが。


 いままで自分がFランク以下だと思い込んできたシーラにとって、Bランク冒険者とは、まさに雲の上の存在なのである。


 サイモンやメイシーのような偉人と肩を並べるときが来るとは、予想だにしていなかったのだった。


「ま、ま、まさか、『オーレン』があの、伝説のBランク冒険者に……ッ! すごいわ、『オーレン』! お祝いしなきゃ!」


「Bランク冒険者は伝説というほどでもないが、これからが大変だぞ? 年に1回は検定用のクエストを受けないと、階級がCランクにダウンしてしまうからな」


「げっ……そんな事が、あるんだ?」


「ああ、クエスト難易度は戦争やアイテムの調達しやすさみたいな時勢によって変わっていくから、年ごとに厳選しておかないと困るんだ。

 というのも、Bランク以上は『指名クエスト』を受けられる対象になるからな」


「ほうほう、『指名クエスト』なんてのがあるんだ」


「つまり国や団体から名指しで冒険者に依頼が来る。

 冒険者ギルドが威信をかけてヘカタン村の『オーレン』にまで依頼書を届けに行くから、覚悟しておけ?」


「えっ、けど私はこれから旅に出るんだけど……?」


「冒険者ギルドにはオーレンという名前で登録されているから、そっちに依頼がいくだろうな」


「……はかられた!」


「くくく……おいおいシーラ、お前みたいな金のなる木を、この俺様がみすみす逃すとでも思ってたのか?」


「ぐぬぬぬ!」


 ギルドマスターは肩をすくめ、にやり、と邪悪な笑みを浮かべていた。

 毎度毎度、ギルドマスターのあくどい手口にはめられてしまうシーラ。


 ギルドマスターがその身に宿していた【強欲竜】は、朝方サイモンによって退治されたのだが(午前9時ごろ。99話参照)、それでもまったく【強欲】さが改善されるような気配はなかった。


 シーラは、手のひらサイズのイカをむぎゅー、と握って不満げに言った。


「うー、どうしてこんな事になったの? メイシーさんにちゃんと査定を受けたいんだけど。どこに行ったの? ギルドマスター、このイカあげるから教えてくれる?」


「さあな、騎士団長アスレとかいう頭のおかしい男が来て、俺が気がついた時にはこうなっていた。メイシーはそいつと一緒に魔の山の方に出かけたよ。イカは貰う」


「騎士団長アスレ……?」


 シーラは、ざわっと背中の毛がよだつのを感じた。

 なぜか、その名前の響きに不吉なものを感じる。


「なんだろう、初めて聞く名前なのに、ずっと昔から知っているみたいな……。

 というかメイシーさん……魔の山で何をするんだろ?」


 相手が誰であろうと、この状況で知らない男と2人きりというのが、すでに恐ろしかった。

 何か起こりはしないかと、シーラは気が気ではなかった。


 ギルドマスターは、イカの足をライターでちりちりあぶりながら、何の気なしに言った。


「心配するな。メイシーは元Bランク冒険者だ、いざという時の身の守り方ぐらいわきまえている。滅多な事は起きないはずだ」


「気にするわよ、だって、もしその人がメイシーさんと結婚するようなことになったらどうなるの? ミツハちゃんの新しいパパになるかもしれないのよ?」


「なんだと、それはいかん。俺もその心配はしてなかったな……」


 急に焦りだしたギルドマスター。

 そう、職員が全員ゾンビになった現状、メイシーに寿ことぶき退社されると、ギルドの職員がゼロになってしまうのだ。


「メイシーならなんとかしてくれると思っていたが、そうもいかんようだ。シーラ、さっそくだが、冒険者ギルドから『指名クエスト』を出させてもらう。メイシーを連れ戻してくれ」


「わかった行ってみる……ところで、相手の男の人って、どんな人だったか、ギルドマスター、知ってる?」


 冒険者ギルドからの『指名クエスト』を、あっさりと請け負ったシーラ。

 といっても、シーラが普段請け負っていたHランクと同じくらい難易度の高いクエストはほとんど存在しないのだが。

 ギルドマスターは、ふむ、と唸った。


「職業は『魔剣士ダークナイト』だったが……それにしては妙な剣を持っていた」


「妙な剣?」


「うむ、普通の『クレイモア』だったが、武器スキルがひとつもなかったんだ」


「買ったばかりの新品だったんじゃない? あとから好きなようにスキルをつけていく奴なら売ってるよ」


「いや、そうではない。もとは何かのスキルがあったようだが、ひとつひとつ丁寧にルーン文字が潰されて、スキルが消された形跡があった」


 常にお金のことに敏感なギルドマスターは、あらゆる鑑定スキルをマスターし、人の装備品の価値を鑑定する趣味があった。


「……どうしてあんなもったいない事をしたんだろうか、俺様には理解しかねる。

 あれでは、これから新しいスキルをつけることも出来ない、ただの『鉄の塊』だろうに」


 それは、武器スキルを何倍にも増加させる『魔剣士ダークナイト』が、通常ならば持っている筈のない、ありえない武器だった。

 シーラは、首を傾げた。


「変ねぇ……どんなに武器スキルが弱くても、1個ぐらいあった方がましだと思うんだけど?」


 騎士団長アスレが、どうして自分の剣のスキルスロットルをすべて潰すに至ったのか。

 同じ一日を繰り返すことのできないこの2人には、まったく想像もできなかったのである。


 魔の山に出かけるシーラを見送りに外に出ると、ギルドマスターは、空に浮かび始めた星を見上げて、小さな声で言った。


「風が出て来たな……気をつけろ、シーラ。相手は王国最強と呼ばれる男だ。なめてかかると、痛い目を見ることになる」


「うん、ぱぱっと片付けて、ぱぱっと戻ってくるよ」


 シーラは、実家から出て行くような何気ない足取りで、冒険者ギルドから去って行ったのだった。

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