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リスポーンのその向こうへ

 サイモンが冒険者ギルドでオーガの討伐報酬を受け取ると、受付嬢がちらちらと何か言いたげに彼の顔を見ていた。


「どうしたんだ?」


「いえ、ホワイトアイコンの方だったんですね。ちょっと勘違いしていました」


 サイモンは、先ほど、メニューのアイテムボックスを使って大量のアイテムを出したことを思い出した。

 普通はブルーアイコンの冒険者しか使わないものだ。


「ああ、本当はブルーアイコン以外はメニューを使えないらしいからな」


「ホワイトアイコンでも使えるんですね。私もやろうと思えばできるんでしょうか?」


「さあな、もし出来たら教えてくれ」


 サイモンが金貨の入った袋を受け取ると、アイテムと同様にすっと消えてしまった。

 メニューを開くと、所持金額が若干増えている。


 懸賞金のかかったモンスターの討伐報酬は、冒険者ではない一般人でも受け取ることが出来た。

 だが、ギルドに所属している冒険者の場合は、連続して依頼を達成することで冒険者ランクに見合った依頼達成ボーナスがもらえる。


「冒険者の方じゃないんですね。せっかくお強いのに。よかったら登録していきません?」


「また今度にしておくよ。そうだ、ヘカタン村のシーラって子がここで働いてないか?」


「シーラ? あのシーラですか? あの子ギルドで働いてたんです?」


「いや、俺も実際に見たわけじゃなくて……人づてに聞いただけなんだけど、気になって」


「さあ、冒険者ギルドには4つの部署があるんですが、職員同士が関わることはほとんどありませんからね。裏の解体場と、向かいの酒場と、隣の売店と、受付のロビーで役割が分かれてて……」


 そう言って、受付嬢はくすくすと思い出し笑いをはじめた。


「ごめんなさい、私はよく知らないんですけど、ちょくちょくギルド長に呼ばれて上の階まで行ってるのは知っています。変わった依頼者だなぁ、と思ってたんですが。おなじ職員でしたか」


「今度はいったい何をやらかしたんだ、シーラ……いや、なんでもない。同じヘカタン村の知り合いなんだよ。会ったらよろしく伝えておいてくれ」


「わかりました、伝えておきますね」


 ***


 外に出ると、空はすっかり夕闇に包まれていた。


 いつも村の入り口で経験している、宇宙に放り出されるような孤独を味わう、凍える夜ではない。

 周囲を家々に囲まれた、どこか温かく居心地のいい夜だった。


 連日、山を登っていた国王軍は、もういない。

 オーガの群れに襲われて、山から退却している。

 なので、サイモンが村の入り口を見張っている必要は、特にないはずだ。


 だったら、このまま街でシーラを探すのもいいかもしれない。

 オーガの討伐報酬もこれだけあるのだから、ひさしぶりに何か美味しいものでも一緒に食べたい気分だった。


 そして、シーラにあまり無理をしないよう言わないといけない。

 薬の為にお金が必要なら、サイモンがたまにこうやって冒険者に戻ればいい。


 シーラと一緒に明け方の乗合馬車に乗れば、昼ごろには村に帰還できる。


 村に着けば、村長に報告して、再び門番の仕事だ。

 門番のサイモンに戻って、そしていつもの日常を繰り返す。

 14日後には、またブルーアイコンの冒険者たちが来てくれるだろう。


「さて……そう上手くいけばいいけどな」


 見上げると、半月よりさらに細くなった月が見えた。

 サイモンはいつもの習慣で、じっと月の明かりを覗き込んだ。


「……やっぱり、今日もいるのか」


 細くなった月の光の中に、鳥の影が見えた。

 ヘカタンと港町で、標高差がかなりあるのにも関わらず、同じ月の中に見える。

 信じがたい巨大さだった。


 巨大モンスターの中には、戦わずに回避していけばすむような、性格の温厚なものもいる。

 あの鳥に、サイモンが直接、被害をもたらされた記憶はなかった。

 だが。


 魔法使いの言う通り、彼が『リスポーン』している、というのなら。


 胸騒ぎがして、サイモンは、ぐるっと踵を返して、冒険者ギルドの隣にある売店に飛び込んだ。

 顔をフードで隠した魔法使いがカウンターにいて、サイモンはまっすぐにそちらに向かった。


「たのむ、『転移結晶』を一つくれ」


『転移結晶』は、テレポートの魔法を結晶化したアイテムだ。

 テレポートストーンの設置された場所に瞬時に移動できる。

 この港町に1個、ヘカタン村にはないが、ひとつ手前のヘキソン村には設置されていた。


 非常に高価で、1個5000ヘカタールもする。

 冒険者ギルドに所属していれば割引き価格で買えるが、それがなければ、オーガの討伐報酬などふっとんでしまう額だった。


 それでも命には代えられないので、冒険者時代のサイモンは、一個は必ず持っていたのだが。

 ブルーアイコンの冒険者たちが、ダンジョンから帰還するたびにポンポン使っているのを見て、サイモンは呆れた事がある。


「なるほど、メニューを使っていたんだ。ずるいなぁ」


 メニューを使って、自分で戦わなくてもマニュアル操作モードで自動戦闘を行い、モンスターを指先ひとつで素材に解体して、手ぶらで大量のアイテムを持ち運び、換金していたのだ。

 さすがに金銭感覚もマヒしてしまうだろう。


 とにかく、サイモンはオレンジ色のガラスみたいな『転移結晶』を手に入れると、地面にたたきつけて割り、閉じ込められたテレポートの魔法を発動させた。


 サイモンの視界がもやに包まれ、雲の中を移動しているようになった。

 もやの向こうに光が見え、それぞれの光に地名が浮かび上がる。


 冒険者として各地を渡り歩いていたサイモンの目には、凄まじい数の光が見える。

 サイモンの部隊があるケインズ領のものもあり、懐かしい気分になった。


『ヘキソン』


 ひとつの光を選択すると、もやがサイモンの横をすさまじい勢いで過ぎ去って、気づくと転移結晶のボスみたいに巨大なオレンジ色のクリスタルの前に立っていた。


 ヘキソンに到着したサイモンは、そのまま走って山を登り続けた。


 モンスターに出会う事もなく、木々の間を抜けきって、草原に出た。


 肩で息をしながら振り返ると、ちょうど巨大な鳥がいつもの場所に見えるところだった。


「よう……お前の事を忘れるところだったぜ」


 サイモンは、背後の村を鳥から守るように、短槍を脇に構えた。


 いつものように、鳥は、ちかっ、ちかっ、と2回、眩い光を放った。

 辺りが真っ白になり、何も見えなくなる。


 ジジッ……ジジッ……


 それは一瞬だったが、サイモンは確かに見た。

 真っ白になった周囲の色が、若干薄れると、鮮烈な赤になる。


 彼の周囲は、豪雨を逆再生するような激しい炎に打たれていた。

 草原も、古木も、すべてが踊り狂う炎をまとっているように見えた。


 そして、サイモンはいつものように門の前に立っていた。


 辺りは、静かな山の夜明けに戻っている。

 草原はさわやかな風が吹き抜け、ウサギがサイモンのすぐ足元で草をもそもそ食べている。

 古木はゆっくりゆっくりと年輪を刻んでいる。


 サイモンは、どっと全身から汗をかいた。


「……いまのは」


 彼は、全てを理解した。


 あの夜、ヘカタン村に何が起こっているのか。


 そうだ、彼らはみな、『リスポーン』しているのだ。


 時計を確認する。

 リアルの時間では、ちょうど深夜0時を切ったところだった。

 冒険者たちがやってくるまで、残り13日。


「……待てるか、そんなもん」


 サイモンは、立ち上がった。

 ヘカタン村を守る唯一の門番として、彼は戦わなければならないのだ。


「俺が……なんとか……しないと……」

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