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オーレン料理店のドラゴン

 リアルの世界では、午後20時45分。

 サイモンの世界では、村の門番も仕事を休むお昼時。


 ヘカタン村の料理店は、今日は大勢の客人でいっぱいになっていた。

 経験値かせぎにきた冒険者に、いつもの村の人々、遠くからこの店の料理を食べに来た者もいる。

 サイモンとミツハが席についていると、給仕長のクレアがフードの猫耳を揺らしながらやってきた。


「あら、今日はパパと一緒なの? よかったわね、ミツハちゃん!」


「ん? パパって誰だ?」


『しーっ、内緒なのでありんすよ!』


「あらあら、内緒だったんだ。ゆっくりしてね」


『まったくもう、ブルーアイコンの冒険者は、口が軽いのでありんす』


 厨房に戻っていくクレアを、じっと目で追うミツハ。

 ミツハは、ブルーアイコンの冒険者であるクレアに対して特に愛着を抱いていた。


 ミツハはもともと、クレアと共に行動を共にするようにメイシーから指示された『使役獣』だったのだ。

 姿は変わっても、その記憶が残っているのだ。 


あるじ様、ミツハは少しこのお店にいてよろしゅうございますか?』


「いいぞ。門番ばかりしていても暇だろう」


 もぐもぐ、と新メニューのパスタを食べ、ぱたぱた、とシッポをふりながら、働くクレアの様子を見つめているミツハ。


 暗殺者アサシンの動きをサポートする役割をもつ『使役獣』は、かなり知能が高めに設定されていた。

 スキルそのものは習得できないが、ヘカタン料理店を始めた時から、ずっと行動を共にしていたため、けっこう仕事の内容を覚えていたりする。


『ふむ、人手が足りなくなっているのでありんす』


 現在、ブルーアイコンの冒険者は通りすがりのカメラボーイと、クレアだけになっていた。


 料理人をやっていた冒険者たちは2人とも落ちてしまったため、厨房にいるのはオーレン店長と、通りすがりのカメラボーイのみ。

 厨房をこの2人だけにするとたいへん危険な気がするということで、イヴかヘリオーネのどちらかが必ず料理の補助をすることにしていた。


 しかし、昼のピーク時にはイヴとヘリオーネの両方がいないと生産が追いつかなくなるため、いまのところ一日中給仕をしていられるのは給仕長のクレアだけである。


 たまに冒険者が臨時のアルバイトで入ってくるみたいだが、なにぶん冒険者なので、ずっといてくれる訳ではなかった。


『むーん、せんなき事でありんすなぁ。ブルーアイコンの冒険者たちは、元の世界を優先しないといけないのでありんす……』

 

 そういえば、クレアもブルーアイコンの冒険者なのだ。

 いずれ元の世界に帰らなければならないのに、代理を用意しなければ、ログアウトすることもできない。


 あわただしそうにしているクレアの姿を見ながら、なにやら、深刻な面持ちで考えるミツハだった。


***


 サイモンがミツハと仲良く席についている一角とは別に、冒険者たちがたむろする大きなテーブルの連なる一角があった。


「よかった、ミツハを確認した」


「ふぅ、どこに行ったかと思ったぜ」


 彼らは、引き続き騎士団長アスレを討伐することを目的として再結成されたチームである。


 前回、騎士団長アスレは港町に強襲しにくる彼らの裏を突いて、カウンターでミツハを狙ってヘカタン村まで攻めてきた。


 この国の『ドラゴン』を撲滅する、という目的を掲げたまま、異常な力を手に入れてしまった騎士団長アスレの暴走を、このままにしておくことはできない。


 ひとまず、大多数は前回と同様に騎士団長アスレの捜索を行う一方で、残りはヘカタン村に集まり、守りを固めることにしていた。


「騎士団長アスレは、普通のAIじゃない。うかつに攻めれば必ず私たちの裏をついてくる」


「この村にはレベル61のサイモンもいることだし、なるべく少数精鋭でもいいかもしれないが……」


「相手もサイモンがいる事は知っている。その対策が練られていたらお終いだ」


 仲間からの報告によると、騎士団長アスレは、今回も居城から姿を消していた。

 前回と同様にミツハを狙っているのではないか、と考えられていたが。


「それに対して、私たちが対策を練ってくる事も分かっているはずだ。恐らく、前回とまったく同様の行動はしてこないだろう」


「けれど、村の中けっこうガチガチに固めてあるよ。暗殺者アサシン集めて潜伏対策もしてあるし。これを突破するような策って、どんなのがあるんだ? バグ技でワープしてくるとかか?」


「あいつはただのNPCで、『ファフニール』のようにバグを自在に操ることはできないはずだ。堅実に攻めてゆけば、追い詰めることもできる」


 そうした話し合いが進んでいるさなか。

 やがて店の奥から、羊角をもった給仕の女の子がやってきた。


「おまちどお~!」


「あれ、ドルイド姉さん、ログアウトしたんじゃなかったの?」


「うっへへぇ~。なんか今夜は、こっちの世界に来たい気分なのぉ~」


 ドルイドは、ピンクのリボンがついた羊角を振って、冒険者たちとからからと談笑していた。


 彼女の中身が、リアルで知り合いのヤソガワ先輩である可能性が浮上していた双剣士は、なるべく顔をあせないように、そっぽを向いていた。


「それがさぁ~、聞いてよぉ~! 後輩くんったら、私が風邪で寝込んでいるっていうのに、他の女の部屋に上がり込んでたんだよぉ~!? 浮気だよ浮気ぃ~!」


「ぎくっ」


「そりゃあ、ひどい。よし、姉さん、今日はとことん泣いていいよ」


「う~、なんであいつの方がいいんだろぅ~? ずっと優しくしてあげてるのにぃ~。やっぱ天才は天才に惹かれるのかなぁ~?」


「ぎくっぎくっ」


 うー、と泣きそうになっているドルイド。

 テーブルいっぱいに広がるみたいにうつぶせになられると、非常に面倒くさい。


「もう、こうなったら私も浮気してやるぅ~。ねぇ~、双剣士さん~。この後私とデートしない~?」


「ほ、他の人を当たってくれないかな……」


「もう、いけずぅ~。ねぇ~忍者さん~。身長150センチ以下の可愛い男の子を忍術で出してよぉ~」


「無茶言うなでゴザル」


 人口数億人のネット世界では、まったくの同一人物と出会うよりも、偶然にも同じ境遇の人間と出会う確率の方がずっと高い。


 ……というのは頭では分かっているが。

 ここまで知り合いとの共通項が多くなってくると、どうにも困惑してしまう双剣士だった。


 しかし、普段はクールなヤソガワ先輩の裏の顔がドルイドだとは、とても考えづらい。まったくもって信じられない。


『ドルイドさん! こっちに手をまわして欲しいのでありんす!』


 声がした方をみると、給仕サーバントの恰好をしたミツハがいて、トカゲの尻尾をふりふり振りながら食器を運んでいるところだった。


 ミツハは『使役獣』であるため、暗殺者アサシンのスキルを多少持っているだけで、他の職業のスキルをまったく身に着けることができない。


 レイヤー用のコスチューム『給仕服』を身に着けることによって、なんとかスキルを発動しているみたいだった。


 ドルイドは、一瞬でメロメロになった。


「うひゃ~! かわいい~! オカミちゃんどうしたの~?」


『オカミの妹のミツハでありんす! お客が待っているので、テーブルを用意するのでありんす、ドルイドさん!』


「ご指名ですかぁ~!? うへへ~! しかたないなぁ~! じゃあ、という訳でお仕事もどりま~!」


 ドルイドは、にっこにこしながらミツハの方を手伝いに行った。

 小さくて可愛い子が大好きなのだ。

 ヤソガワ先輩もそうだった。

 たぶん、オカミが死んだことを知ると、この世界の誰よりもショックを受けるのはドルイドに違いなかった。


 その問題を頭の片隅に追いやりながら、双剣士は、上級冒険者たちとの話を本題に戻した。


「これからの方針だが……ミツハは何としても守護した方がいい」


「あの……騎士団長アスレが『ドラゴン』を狙っている、というのは分かるけれど、そこまで重要なんですか?」


「ああ、新しくログインした者もいるので、もう一度確認しておこう。


 我々は、ヘカタン村が滅亡にいたる要素を、この世界からすべて取り除くことを目標としている。

 期限は秋アプデまでだ……その間、ヘカタン村が滅亡しないIFの世界が、AIの自動生成イベントによって展開される事になる。


 それをもってして、運営(GM)がシナリオの大幅な変更と、予定されていたアップデートの全面中止を余儀なくするような状況を生み出す」


 双剣士たちは、この秋アプデを阻止するためにログアウト不能事件を目論んでいるのだが、その事はあまり他言するわけにもいかないため、ここでは黙っておいた。


 それでもここにいる上級冒険者たちはみな、その覚悟で双剣士についてきたのだ。

 いまさら言う必要はなかった。


「取り除かなければならない驚異のひとつ、村を滅亡させるモンスターの一体、『ジズ』が地面に降り立つイベントを発生させるには、『ドラゴン』を倒す必要がある。

 だが、この魔の山エリアは特別なイベントをのぞいて『ドラゴン』が出没しない。


 そこへきて、ミツハは希少な『ドラゴン』を生み出すことのできる『ドラゴン』だ。

 無限に『ジズ』の着地イベントを誘発させることができる。


 もしもミツハの血が途絶えた場合、『ジズ』にプレイヤーが攻撃を加えることがかなり絶望的になってしまう」


 秋アプデで新しい『ドラゴン』のイベントが発生することは、ナナオも知っていた。

 だが、現状ではミツハの血に頼る以上の解決策がない。


 運のいいことに、いまはなきサイモンの意志を継ぐミツハは、彼らの目論見に協力的だった。


「さて、ごちそうさま。そろそろ行ってくるよ」


あるじ様、お気をつけていってらっしゃいませ』


「ああ」


 昼食を終えたサイモンは、槍を肩に背負って店から出てゆき、門番の仕事へと戻っていった。


 ぶんぶん手を振って、サイモンを見送ると、クレアとドルイドと共に、かいがいしく動き回るミツハ。


 ぺたぺた、という足音を聞きながら、双剣士は、たんたんと食事を進めていた。


「ミツハは絶対にオカミのようにロストしてはならない。なんとしても危険から遠ざけなければならない。

 今回はミツハの守りを固める方法を考えたいと思っている。どこか安全なところにいてもらう事はできないだろうか?」


「この料理店はどうです? 店員として働いてもらえば、店を利用する冒険者たちに、周囲の守りを固めてもらえるじゃないですか」


「今回はその方向でいいだろう。だが、気を付けた方がいい。騎士団長アスレは、どんな手を使ってくるかわからない。

 なにか、我々の予想をはるかに超える手段で、目的を成し遂げようとしてくる恐れがある」


「想像もつかねぇな。例えばどんな?」


「そうだな、とくに警戒しなければならないのは『狙撃』とか……」


「『狙撃』?」


「忘れたのか? サイモンの攻撃射程は1キロ以上あったぞ」


 わっしゃーん、と大きな音がしてみると、ミツハが転んで料理を床にぶちまけていた。

 冒険者たちは、それぞれ武器を手に、ガタガタっと椅子から立ち上がった。


「しまった、やられたか!?」


「くッ! みんな窓に近づくな! 姿勢を低くしろ!」


「ありったけの応援を呼べ!」


「あのやろう……! サイモンのいなくなる隙を狙ってやがったか……!」


 冒険者たちは、騎士団長アスレの出現を警戒して、あわただしくテーブルの下に隠れた。


 店内の冒険者全員が床に伏せていると、オカミは、床の上でひざを痛そうにかかえて、泣いていた。


『えっく、えっく』


「あ、みんなごめん、転んじゃったみたい……」


『ぴゃぁぁ~! ごめんなさいぃ~!』


「大丈夫よ、料理なんてまた作ればいいから」


 クレアの一言に、冷静になった冒険者たち。

 とりあえずスキルは使えても、ミツハは給仕サーバントのスキルレベルなど皆無なのであった。


 しんと静まり返った店内で、冒険者たちは、武器を降ろしながら、じょじょに立ち上がっていった。


「とにかく、騎士団長アスレの動きが読めない事には……」


「ああ……今は、次の事を考えないと……だな」


 冒険者たちは、再び椅子に座り直し、真面目な顔で対策を練り始めた。

 だが、彼らは始終ミツハがえんえんと泣く方を気にして、なかなか話が進まなかった。

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