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まがい物の力

 リアルの時刻は、午後20時ちょうど。

 サイモンの世界では、秋アプデまで残り30日となったころ。


 ヘカタン村の門の前に集まった冒険者たちは、空の彼方に姿を現した巨大な鳥『ジズ』に目をやった。


 東西の果てまで翼を広げた『ジズ』は、戦艦のように巨大なくちばしに『ドラゴン』をつまんでいる。


 世界の果ての島に降り立ち、ヒナに食べさせるのだ。

 この世界では、『ドラゴン』が討伐されるたびに起こってきた、ごく一般的なイベントだった。


 だが、今回討伐されたのは、ただの『ドラゴン』とは違った。


「オカミ」


 漆黒の体に長い首を持つ、『暴食竜』の眷族だった。


 シーラは、ぐったりした『ドラゴン』が運ばれていくのを確認すると、凄まじい勢いで山道を駆け出した。


『奥方様、お待ちください!』


 ミツハが呼び止めるが、シーラは聞かずに走り続けた。

 非戦闘職を村の中に避難させ、スキル付きの武器を準備をしていた冒険者たちが、その異変に気づいた。


「シーラちゃん! 無駄だ、助けられない!」


 ナナオは、信じがたい速度で山を降りていくシーラに、出せる限りの声で呼びかけた。


「シーラ、あれは『オカミ』じゃない! イベント用にアバターが表示されているだけだ! 生きてはいない!」


「無駄でも構わない……! 生きていなくても構わない、あの子を地面に降ろしてあげるの……!」


 ナナオは、自分の訴えが無駄だと痛感した。

 シーラにとっては、モンスターに子どもがさらわれているようなものだ。

 黙って見ていられるはずがなかった。


 だが、『ジズ』が着地しようとするのは、海を越えた先にある、世界の最果ての島だった。

 どんなにシーラが駿足だろうと、圧倒的に遠すぎる。


「動け……ッ! 動け……ッ! 私の足……ッ!」


 三千回のリテイクを経て完成したというシーラの走りは、すでに人間のアバターが足で出せる速度の限界に到達していた。

 どんなに急いだところで、それを超えることはできない。


 やがて、高速で山を駆け下りていくシーラの背後に、ふっと黒い影が覆いかぶさった。

 オカミとまったく同じ漆黒の翼を広げたミツハは、シーラの頭上を飛び越そうとしていた。


『お乗りください、奥方様。多少は速いでしょう』


 シーラは、木の幹を蹴って夜空に飛び上がり、ミツハの首にぶら下がると、広い背中によじ登った。

 背後に残したヘカタン村が、すごい勢いで遠ざかっていく。

 シーラは冒険者たちに向かって、声をふりしぼって叫んだ。


「村を、お願い!」


「任せろーッ!」


「シーラちゃん! がんばれー!」


 冒険者たちの声援に見送られ、ミツハの漆黒の影が、港町の上空に差し掛かった。


 ウオオオオオオオオォォォォォォォ……


 まるでオオカミのような、不気味な咆哮が辺りに響いた。

 息の長い、長い遠吠えをしている。

 どうやら1頭ではない。

 さらにもう1頭の声が重なり、追いかけるようにして、さらにもう1頭の声が重なった。


「3頭いる……」


 シーラは、不気味な声の主の気配を感じ、警戒していた。


『お気を付けください、恐らく『傲慢ごうまん』です』


 レンガの街全体がガタガタと地鳴りをはじめ、港町のある一点を中心にして、紫色の巨大な魔法陣が広がっていった。


 漆黒の魔力が中心から放出され、地面が重力に逆らって膨らんでいく。


 突如、魔法陣の中心から港町とほぼ同じ大きさの『ドラゴン』が飛び出し、空の方々に向かって3つ首を伸ばした。


 その首の1本に噛みつかれそうになったミツハは、素早く空中で身をひるがえして遠ざかった。


 だが、『傲慢』は三つの首から毒のブレスを吐き出した。

 直線上の地面に、毒液をまき散らしたようなわだちが生まれ、あたりに紫色の煙を立ち込めさせた。


 ミツハは、『ぎゅう』といううめき声をあげて飛行高度を下げた。

 翼の先端が毒液に冒され、煙をあげて溶けだしている。


 すぐさまシーラは自分の袖を破くと、その傷口を布で押さえた。


「ミツハ! しっかり!」


『これしき、かすり傷でございます、奥方様』


 毒の霧が届かない距離まで退避したが、『傲慢ごうまん』の視線はじっとミツハをとらえて離さなかった。


 このまま飛びつづけては、毒液に狙い撃ちにされる。

 だが、逃げる場所はどこにもない。

 地表は見渡す限り、大量のゾンビによって埋め尽くされていた。


 黒々としたゾンビの群れが、港町の人々を襲い、さらにゾンビが爆発的に増殖していく。


 冒険者たちが守っているヘカタン村でも、すでにゾンビとの戦闘が始まっていた。

浄化ピュリファイ』の光がそこかしこで放たれ、空を明るく照らしている。


「大変なことになってない?」


『いつも通りです。ただ、前回よりも出現が早いようでございます』


「あッ! 鳥が逃げる!」


 シーラが視線を送る先には、『ジズ』の背中があった。

 突然の『ドラゴン』の出現に怖気づき、世界の果てへと逃げ帰ろうとしている。


 そのクチバシには、『暴食竜』をくわえたままだった。


 早く追跡しなければ、姿を見失ってしまう。

 だが、このまま『傲慢ごうまん』を放っておくわけにはいかない。


 あの冒険者たちでは勝てない。

 地表の5ぶんの1を食いつくしたこの『ドラゴン』は、間違いなく今見えるすべてのものを滅ぼしてしまう。

 シーラは唇をかみしめると、ミツハの首にしがみついた。


「ミツハ、さきに悪い方の『ドラゴン』を倒すわ」


御意ぎょい


 シーラを乗せて、ミツハは大きく空を旋回した。

 3つ首の『傲慢』は、その姿を見逃さなかった。

 すべての首が喉を毒液で膨らませ、口腔からだらだらと紫色の毒を垂らしている。


「3本も首がある」


 シーラは、『傲慢』の3つ首とミツハの首とを見比べた。

 何を思ったのか、自分の首にかけてあったネームタグを外すと、それをミツハの長い首にかけた。


『何をなさっておいでですか?』


「間違えると困るから」


 ミツハの首にネームタグの目印をつけ終えると、シーラは白銀の剣を抜き放った。


「さあ、これで間違えないわ。いくわよ、『オーレン』!」


『御心のままに』


***


 一方、ヘカタン村では、冒険者たちによる激しい戦闘が行われていた。

 大量のゾンビが波のように押し寄せてくるが、大部分は『浄化ピュリファイ』の光の壁にぶつかり、なかなか進行できないでいる。


 さらに『浄化ピュリファイ』の武器スキルを持った冒険者たちは、ほぼ一撃でゾンビを無力化できた。

 戦闘しながら3つ首の『ドラゴン』の動きを注視する余裕があった。


 この時間帯に現れるレイドボスは、行動パターンが決まっている。

 魔の山に近づいて来たときに、一瞬だが攻撃するチャンスがあるはずだった。


「おい、レイドボスはいつ来る!?」


「おかしい、まだ来ない……シーラちゃんが戦っているのか?」


 どうやら、もう一体の『ドラゴン』が引き留めていて、港町の上空から動いていないみたいだった。


「よし、加勢しにいくぞ! なんかそれっぽい忍術を頼む!」


「無茶いうなでゴザル。あの高さの敵には届かないでゴザル」


「じゃあ黙ってシーラちゃんに任せるしかないってのか!?」


 冒険者たちが、上空の戦闘を見上げて歯噛みをしていたとき。

 どこからか気軽な声が近づいて来た。


「ひぃ~! ただいまぁ~!」


 森の奥から、獣の耳をぴこぴこ振りながら、背の高い女戦士が飛び出してきた。

 体のあちこちに木の枝をくっつけ、かなりの距離を走り回っていたらしく、ふらふらになっている。


「女戦士! ようやく戻って来たか!」


「サイモンはどうしたんだ?」


「サイモンは……もうすぐ来るよ!」


 ぜーはー、息をしていた女戦士は、なぜか「ふっふっふ」と不敵な笑みを浮かべて言った。


「もうバッキバキに仕上がってる、すっごい事になってるよ!」


 やがて、女戦士のでてきた森の奥から、不穏な気配が立ち込めてきた。

 冒険者たちは、ぞわっと怖気だつような気がして、みな震えて森の方を注視していた。


「な……なんだ、この感覚は、何が起こった?」


「……何か来る」


 彼らの視界マップには、ごく普通のホワイトアイコンが一人、映っているだけだった。

 だが、上級冒険者のみが持つ、第六感とでも言うべきものが働いて、そのホワイトアイコンの『異質』さを感じ取っていた。


 この第六感は、プレイヤーの近くに、あまりに周囲とかけ離れた異質なキャラクターが接近したときに起こる。

 ヘッドギアがそれを高速で表示させるために、事前に大量の演算処理をしはじめるのだ。

 この準備のときにCPUが若干動きを活発化させ、機体があたたまる感覚がある。

 本当にやりこんだゲーマーは、その微細な変化を肌で感じ取ることが出来るのだ。


 やがて、森から槍を持った大男が現れた。

 見慣れた大きさだったにも関わらず、いつもの何倍も巨大に見えた。


 槍を掲げ、片手には魔導機械兵をぶら下げ、全身からしびれるような凄まじい闘気を放っている。


 サイモン ヘカタン村の門番 レベル61


 ステータスを確認した冒険者たちは、度肝を抜かれた。

 サイモンは、にわかには信じがたいレベル上昇を遂げていたのだった。


「ど、どうなってるんだ……ッ!? レベル61だって……ッ!」


「どぉーよ! あの槍、すごいのよ! 魔導機械兵(子機)が一撃で倒せるの!」


「すげー! いやいやいや! そこじゃないし!」


 まだゲームをはじめて数時間の超初心者である女戦士は、その異様さに気づいていなかった。


 魔導機械兵(子機)が落とす経験値は、いま上級冒険者たちが最前線で戦っている標準的なモンスターとほぼ同じくらい。


 さらにヘカタン村では、ラック上昇アイテムがすぐに手に入るため、経験値稼ぎの効率がよかったのだが。


 いままで何時間も経験値稼ぎをして、いまだにレベル50に到達できないでいる上級冒険者たちのレベルを、たった30分の間にはるかに超えてしまっている。


 しかもレベル50の上限まで無視していた。


 女戦士は、前線で戦っているスミスを見つけて、ぶんぶん手を振った。


「先生~! あの槍すごいよ~! ありがとう~!」


「いいでしょー。『失われし古代文明の合金』で作った槍は、機械に対して特攻を持つのよー」


「すげぇ、凄いの槍じゃない気がするけど槍も欲しい。てか先生、意外とゲーマーなんだ」


 クレアをはじめ、非戦闘員たちは村に閉じこもっていたが、ゾンビを見ると血がたぎるらしいスミスは、ハンマーをぶんぶん振り回してゾンビたちを滅多打ちにしていた。


 ナナオは、冷静に状況を分析してみたが、どうも計算があわない。レベル上昇が早すぎる。

 どうやら運営(GM)の何者かが、自分の思い入れがあるキャラクターに特別な介入をしているみたいなのだ。

 自分もお気に入りのキャラの改善をクリハラに頼んだ覚えのあるナナオは、ため息をついた。


「やれやれ……みんな考えることは同じだな」


 サイモンは、踏みしめるたびに周囲に熱気を揺らがせながら、ゆっくりと落ち着いた動作で門の前を歩いていた。

 知性のないはずのゾンビたちが、圧倒的なレベル差のサイモンに恐れをなして、ぞろぞろと道を開けていく。


 あまりに格下のモンスターは『逃げる』ようになっているのだ。

 もはやこの山で、彼のまわりだけゲームが成立していない。


 レベル上限を突破したサイモンは、ただのNPCではあったが、もはや異次元の存在になっていた。


「……あれが『七番目の竜』か。デカいな」


 サイモンは、簡潔な感想を述べると、槍を構えた。

『傲慢』は、はるか港町の上空に停滞し、周囲を飛び交うミツハに気を取られている。


 オカミと同じ黒い竜がいる。

 サイモンは、その竜の名をまだ知らない。


 だが、シーラが首につけたネームタグのおかげで、敵と間違える事はなかった。


 サイモンの体から、紫色の電光がほとばしった。


 槍スキル第六階梯、【紫電突】が発動する。


 サイモンは一筋の雷光となり、夜空を一直線に貫いた。

 冒険者たちは、生じた爆風によって何メートルも吹き飛ばされた。


 スキルが生じさせる電光とは別に、槍の先端が空気との摩擦で焦げ臭い赤い火花を散らしている。


 レベル60を超えたサイモンの【紫電突】の射程距離は、ほぼ1キロメートルに及んだ。

 ヘカタン村から港町の上空まで、5キロにおよぶ行程がある。


 サイモンは、途中で『グリッチ』を使い、空中でもう一度【紫電突】を発動し、さらに1キロメートル飛んで、次第に距離を詰めていった。


 SPの量も増大しており、今は【紫電突】が8回は撃てるようになっている。


 無駄のない動きで、港町の上空に停滞する『傲慢』の死角に突入すると、3つの首の1本に深々と槍を突き立てた。


 海面に浮かぶクジラを狩る漁師のように、『ドラゴン』の背中に立つと、短剣を大きく振るって、そのまま首をはね飛ばしてしまった。

 切り離された首が地上に落下してゆき、残る2本の首から、凄まじい絶叫がこだまする。


 ミツハの背中に乗っていたシーラは、白銀の剣を手にさげたまま、ぽかんと目を見開いていた。


「うそ、サイモン、なんか強くなってない?」


『いつも通りでございます。ようやく『暴食』の『グリッチ』を思い出されたのです』


「知らなかった。サイモンって、冒険者やってた頃はこんな感じだったんだ」


『こんなものでは御座いませんでしたよ、もっともっと強かったです』


「私も負けていられないわ」


「シーラ!」


 サイモンは、びりびり空気が震えるような怒号を放った。

 足元の『傲慢』を油断なく見下ろしながら、空を飛んで逃げる『ジズ』の背中を指さし、言った。


「『オカミ』を頼む……ッ! あいつを、地面におろしてやってくれ……ッ!」


 どうやらサイモンは、連れ去られていくオカミを見て、シーラと同じ感情を覚えたのだ。

 運営(GM)のナナオが、あれは『オカミ』ではないと言っていた。

 もう助けられない。助けることになんの意味もない。だが、そんな事はどうでもよかった。


「シーラ、お前は、世界を救うために旅立つ勇者なんだ、こんなところにいてはならない……ッ!

 こいつは俺に任せろ、村を守るのは、門番の仕事だ……ッ!」


 ようやくほっとしたシーラは、こくり、と頷くと、ミツハと共に、『ジズ』の背を追って飛び立った。


「サイモン! 私は、必ず戻ってくる! あなたのいる村に戻ってくる! 待っていて!」


 首を失った『傲慢』は、いまだに首をふって騒ぎ立てている。

 どうやら首を失った傷は、再生が遅いようだった。

 かつてのサイモンだったら、こんな絶好の機会を逃すことはなかっただろう。

『使う』コマンドが使えた彼なら、この至近距離で『トキの薬草』を使って、決着をつけていたはずだ。


 だが、今はもうその力を使えない。

 そんな力はもう、必要なかった。

 村を守るという信念がある限り、彼は今よりもさらに、ひたすら強くなり続けるのだ。


 サイモンは『傲慢』に向かって、もう一度槍を構えた。

 全身に紫電をほとばしらせ、攻撃の準備を整える。


「聞こえるか、騎士団長アスレ……お前の手に入れた力は、まがい物だ。

 こんな力では、この国を救うことはできない。本当に戦うべき相手を、俺が教えてやる」

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