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門番たちの夜

 リアルの時刻は、午後19時50分。

 サイモンの世界では、日がすっかり沈んだ頃。


 魔の山でも、出没モンスターのレベルが高くなる頃だった。


「『ヒメハナカナシミモグラ』、今から森に行くのは難しいわ。サイモンが戻ってくるまでここで待ってなさい」


「うーん、シーラちゃんが言うならそうする!」


 クレアは、にこにこしながら石塀の上にぴょんっと座った。

 普段から潜伏状態で移動している非戦闘員のクレアは、この近辺のモンスターと戦えるほど強くはない。

 万が一、エンカウントしたら終わりなので、待っていた方が効率がいいのは確かだ。


 サイモンがまだ森から戻ってこないため、シーラは再び門番の仕事を始めた。

 女戦士と共に、どこまで行ったのかは分からない。


 自然と、双剣士のナナオもシーラの傍で待つ形になった。


 新たな仲間のミツハがその後ろ姿を見ていると、シーラはミツハをちらっと見て、自分の足を叩いた。


「来なさい」


 ミツハが遠慮がちに、すこし離れた所に立つと、シーラはミツハの頭をぐっと引き寄せて、自分と同じ視線になるように顎を持ち上げた。

 ミツハはトカゲの尻尾をぺたんとさげて、されるがままになっている。

 シーラは星空を見上げて、星座を指さしていた。


「あれが夏の三角。見える?」


『はい、よく見えます」


「よし、覚えておきなさい。冬にはバツが来るからね」


『はい、覚えておきます』


「おーい、クレア給仕長」


 2人で星座を見ていると、やがて村の方から料理人がやってきた。

『通りすがりのカメラボーイ』だった。


 いい所を邪魔して、と不機嫌そうに顔をしかめたナナオは、相手がカメラボーイだと分かると、急に気まずくなったのか、さっと顔を逸らした。


 ゲームの世界で顔を合わせた所で、リアルの正体がバレるわけがないのだが。

 動揺が顔に出やすいナナオは、どんなぼろを出すか分からない。

 極力相手の顔を見ないように努めていた。


 クレアを門の外に見つけて、駆け寄ろうとする彼を、シーラがすっと止めた。


「何者だ、名乗れ」


「あ、『とんがり兵』です」


「よし、通れ」


「カメラボーイのあだ名、難易度低くていいなぁ。どうしたの?」


「もう8時だから、他の料理人がみんな上がりたいって言ってるんだよ」


「えっ、もうそんな時間?」


「うん、子どもを寝かしつけないといけないって。さっきもいったん家の料理作るためにログアウトして、それから再ログインしてくれたけど。

 逆にどうしてクレアはずっとログインしていられるんだ?」


「どうせ私は独り身よーっ!」


 直接いわなくともチャットを使えばよかったはずだが。

 ひとつの料理店の中で四六時中顔を突き合わせている料理店のメンバーは、チャットを使うよりも直接会って話すことの方に慣れていた。


 カメラボーイなどは、目の前の作業に集中するために、視界設定でチャットを非表示にしている。

 そのため、ちょっとの距離ならチャットを使わないようにしていた。


「うーん、けど私もお風呂に入りたい……カメラボーイは24時間いけるんでしょ? 学生なんだし」


「いや、二日連続で休むのはさすがに無理だと思う」


「なんで? インフルで数日寝込むのは普通じゃない? 優しい後輩がぜんぶ仕事してくれるんじゃないの?」


「後輩は騙されてくれそうだけどさ、同期の方がどうかなって」


「ぎくっ」


 こっそり聞き耳を立てていたナナオは、ぎくっと肩を震わせた。


「もし家に押しかけて来られたら、フルダイブ中はインターホン鳴らされても気づかないんだよ」


「あー、そうか、もし風邪で寝込んでたら返事ぐらいできるよね。『どこか出かけてたんじゃないの?』って疑われそうねー」


「そういうこと。それに、あいつはストーキングと不法侵入の技術にかけてはプロ顔負けだからな。なにされるか分からないんだ」


「あはは、なにそれ、怖いなー」


「ぎくっ、ぎくっ」


 ナナオがますます2人から遠ざかって、ずいぶん遠くまで行ってしまった。

 そんなとき、村の中からもう1人、とても背の低い冒険者がやってきた。

 門から出ようとするところを、シーラがすっと止めた。


「何者だ、名乗れ」


「えーと、『ふんわりパピー』だったかしら?」


「よし、通れ」


「えーっ!? いまのがあだ名!? 簡単じゃん!? ひょっとして難易度高かったの私だけなの!?」


 理不尽なシーラのパワハラに、クレアはショックを受けていた。

 ともあれ、村から出てきたのはスノードワーフの鍛冶師スミスだった。


 クレアとカメラボーイを見ると、ごついグローブに包まれた手を振って、にこーっと微笑んだ。


「あ、こんな所にシェフがいた。料理美味しかったよー、ありがとう」


「おおー、なんか嬉しいな、どういたしまして。どれが美味しかった?」


「うーんとねー。先生、舌が肥えてる方だから、どれがっていうのは特にないんだけど、やっぱ雰囲気ねー」


「ふ、雰囲気?」


「というのも、画像や音声のデータベースは昔から大量にあったけどー、味覚や嗅覚のデータベースって、フルダイブ技術が発達してから初めて必要とされるようになって、それまで標準的なデータの規格すら存在しなかったのよねー。

 だから、バーチャル世界で料理人を目指す子があらわれたっていうこと自体が、とっても新鮮だったわー。先生、世代を感じちゃったー」


「やっべ……ひょっとして、俺よりひと回りくらい年上でしたか……?」


「あはは、ひと回りは言い過ぎー。だって先生、ぴちぴちの28歳よー?」


「ほぼひと回りですが……」


「じゃかわしいわこらぁーッ! こちとらあの令和ひとけた年代を経験した世代だぜーッ!? 青春の長さが違うっつーの!」


「なんかすみません」


 スミスの『アーカパトニー』は、リアルではすでに酔っぱらっているのか、ふらふらしながら歩いていた。


「あれー? シーラちゃん、先生があげた槍はどうしたのー?」


「サイモンにあげちゃった」


「あらら、しかたないわねー。恋する乙女はなー」


「スミスさん、どうしてシーラちゃんに槍をあげたの? シーラちゃんは剣士なのに」


「んーとね、最初は、サイモンが珍しい素材をよこしてきて、『これで剣を作ってくれ』って頼んで来たのよー。どうせシーラちゃんにあげるんだと思って、渡したわけねー。

 けどシーラちゃん、イベント限定アイテムの『白銀の剣』持っててさー。まったくこんな激レア、一体どこの誰がプレゼントしやがったんだってー」


「あ、俺です」


「あはは、イッチュー・キャメラボーイ! 私が作ったやつ弱いから、ぜんぜん装備してくれないのー。

 せっかくのサイモンのプレゼントだったのにー。だから代わりに門番するなら門番の槍よーって言って、新しい槍を作ってあげたのよー」


「なるほど、サイモンにあげることを見越していたのか。なかなかの策士だな」


 スミスは、サイモンとシーラに装備を作ってあげた事がある。

 どちらかというと2人の仲が進展するように願っているプレイヤーの1人だった。


 だが、決してそれを喜ばしいものとは思わないカメラボーイは、むっと表情を引き締めた。


「シーラちゃん、俺と交代しよう。門番なら俺がやるから、村で休んでてよ」


 カメラボーイはコック帽を脱ぐと、腕まくりをして言った。

 常駐の撮影者だったクレアとは違って、コスプレイヤーで賑わうアプデ直後以外は冒険者をやっていたカメラボーイは、門番が出来るぐらいには腕に自信があった。


「どうしたの? カメラボーイ、急にシーラちゃんにいいところを見せたくなったの?」


「いや……これ以上、サイモンと仲良くなってもらっちゃ困ると思ってな」


「はっ……あなた、まだ……」


 クレアは気づいた。

 そう言えば、カメラボーイは、オーレン(実は女の子)とサイモンがくっついて幸せになってもらいたい、と願っている、ごく一部のプレイヤーだったのだ。

 2人の関係を成就させるためには、シーラとサイモンがくっついてしまっては困る、というのは間違ってはいない。

 だが、その斜め上の行動は、女性陣をイラっとさせた。


「なんだ、こいつ。邪魔だな」


「ホワッツガーイ」


「いえ、心配しないで。カメラボーイはいつでも消せる。むしろこの障壁がいい具合のスパイスになるよう、操っているのよ」


「悪女か」


 クレアが不敵な笑みを浮かべていると、ぞろぞろと冒険者たちがやってきた。

 鎖騎士を筆頭とした、騎士団長アスレを追跡していた面々である。


「あれ、戻って来た。どうしたの?」


「ダメだ、倒せないぞ、あいつ」


 鎖騎士は、首をぶんぶん振って言った。


「倒せないというより、回復速度が尋常じゃないでゴザル」


「レイドボスと同じ手管で攻撃しているけれど、あれは異常……そもそも倒せない可能性があるわ」


「いや、不死イモータルの属性はないはずだ。単純に倒しにくいだけだろう」


 ナナオは、きっぱりと言った。


「『七番目の竜』は『バグ』じゃない、ただ『未調整』なだけなんだ。実装されることを前提に作られた以上、必ず倒すことができるはずだ」


「まったく、強いくせにあの憎らしい騎士団長アスレってのが嫌になるぜ。今回は『ジズ』の討伐どころじゃないな」


 かなりの戦闘リソースを騎士団長アスレとの戦闘に使ってしまった彼らは、今回は『ジズ』との戦闘を見送るらしい。

 戦おうにも、世界の果てに向かう船は、すでに出発してしまっていた。

 ゾンビからヘカタン村を守るために戻ってきたのだ。


「あいつ、今回も『ドラゴン』になるんだろうか? だったらゾンビパニックまで、する事ねぇな。おい、村を守る門番だったら、俺がやるぜ?」


「いや、大丈夫だ。戦闘要員は、戦闘に集中していればいいさ」


「あら知らないの? 攻略組だって、前線でこういうサブイベントをこつこつこなすものよ」


「カメラボーイ、お前はただカメラを構えていればいいんだ。このゲームを攻略するのは俺たちなんだからな」


「ほっといてくれ……こうやって門番をしていたら、いつかオーレン店長が、夜食を差し入れしに来てくれるかもしれないじゃないか」


「カメラボーイ、かわいそうに、夢を見ているのね」


「体力が回復する敵に有効な攻撃はいくつかある。体力上限を削る呪いをかけるのもひとつだ。ドルイドは?」


「ドルイド姉はお風呂入ってる。いつも長湯よ。そしていつもその後、勉強して寝る……らしい。本当は男がいるとかいう噂がある」


「はぁー!? どんな勉強してるのかしら、まったく先生ゆるしませんよー!?」


「ありえない。攻略組とは思えない。私もお風呂入って来ようかしら」


「お願い、聖法師セイントはいて。武器だけでゾンビに立ち向かうのつらい」


「まったく、人権侵害もはなはだしいわ。あと30分だけね」


 冒険者たちの登場により、夜のヘカタン村は、一気に賑わいをみせた。

 門番のシーラは、村を守るために結集した大勢の冒険者たちの姿を見渡して、少し安心していた。


 ヘカタン村は、どうやら多くの冒険者たちにとって、大事な場所になりつつあるのだ。


『賑やかなのでありんす』


「そうね」


 シーラは、隣に寄り添っているミツハの頭を撫でていた。

 そしてまもなく、この世界の日付が変わろうとしていた。

 空には見事な満月が浮かんでいた。

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