ミツハ
リアルの世界では、午後19時40分。
サイモンの世界では、夕日が山に沈むころ。
ヘカタン村にサイモンが戻って来たときには、争いはすでにおさまっていた。
もともと少数精鋭だったゾンビ兵たちは、あらかた灰になって消えており、騎士団長アスレの姿はどこにもない。
門の前に仁王立ちするシーラがひとりいるだけだった。
「サイモン!」
どこで拾ったのか、似合わない槍を構えていたシーラは、サイモンの姿を見つけると、勢いよく駆け寄ってきた。
サイモンの隣には、双剣士と女戦士がいた。
2人は騎士団長アスレを捜索していたが、港町で偶然サイモンの事を見つけて、ここまで送り届けてくれたのだ。
「よかった……村は無事か……」
騎士団長アスレに完全に裏をかかれたことを知った2人は、意気消沈していた。
AIが本気で戦略を立てれば、人間がまともに立ち向かうことは難しい。
シーラは、サイモンの表情を見て、何かあった事を察し、歩みを止めた。
港町に向かう時に乗っていた『ドラゴン』の姿は、もうどこにもない。
「どうしたの、サイモン。オカミちゃんは?」
サイモンは、首を横に振った。
それだけで、シーラは何が起こったのかを察した。
「そう」
シーラは、わりと平然としていた。
幼い頃に戦争を経験した彼女は、こういう時の心構えもちゃんと出来ているのだ。
隣にいるブルーアイコンの冒険者たちの方が、動揺で正気を保っていられなかった。
女戦士は目に涙をぶわっと浮かべて、大声で泣きだした。
「うおぉぉぉ~ん! うおぉぉぉ~ん! オカミちゃぁぁぁぁ~ん!」
「女戦士、あんまり近くに寄らないでくれ」
「だってぇぇ~! こんな鬱展開あるとは思わなかったぁ~! ナナオちゃんは、どうして平気でいられるのよぉ~!」
「出会って1時間も経っていないキャラに、そこまで感情移入できない」
「あー分かる気がするけど、じゃあ映画はどうなのよぉ~!」
「映画でも2時間は観てるし」
「たった1時間差じゃない! というか、シーラちゃんとサイモンは、たった1時間じゃないんだよ!?
オカミちゃんだって、完全に2人の子どもみたいだったじゃない。なのに、私たちのミスで、っていうのがまたしんどい……」
「すまない、騎士団長アスレを舐めていた……まがりなりにも奴はAIだった」
うかつに全員で騎士団長アスレを攻撃しようとした、その裏をかかれた。
彼らの失策によって起きた損害は大きかった。
オカミのロスト。
失われた『使役獣』は、ゲームのシステム上、もう二度と戻って来ないことを、ナナオは理解していた。
「ああ、けどこれで村が全滅してたら、立ち直れなかったかもしれない……シーラちゃん、守ってくれてありがとう。騎士団長アスレはどこにいったの?」
「『アビス・オーガ3』の事?」
「『アビス・オーガ3』って?」
不思議そうに首をかしげるブルーアイコンの冒険者たち。
運営(GM)のナナオでさえ、Hランクモンスターの名前であだ名をつけるシーラにはついていけなかった。
「冒険者たちがいっぱい集まって来たから、逃げていったわ。いまは冒険者たちが追いかけているわ」
騎士団長アスレとシーラの戦闘は、拮抗していた。
魔剣を【ソードブレイカー】から守ろうとする騎士団長アスレは、倒れている兵士たちの剣を身代わりに使っていたのだが、そのうち剣をあらかた使い潰してしまい、ひとまず撤退を余儀なくされたのだ。
その話を聞いたナナオは、顎をつまんで考え込んだ。
「今回は、シーラの存在を知らなかっただけだ。騎士団長アスレは、きっと対策を練ってくる。次回は、どうなるか分からない」
「じゃあ、今日のうちに騎士団長アスレを倒さないといけないんじゃないの?」
「えっ、ひょっとして私が『アビス・オーガ3』を倒さないといけなかった?」
「いや、彼自身を倒したところで、またリスポーンして振り出しにもどるだけだ。正確には『ドラゴン』の方をなんとかしないといけない」
「となると」
「『トキの薬草』を飲ませるか、『ドラゴン』になるのを待ってから倒すか……どちらかだ」
ともかくシーラは、騎士団長アスレを追跡する冒険者たちにはついていかなかった。
村を守るためにここにとどまったのだ。
そう言うと、冒険者が門番らしい槍をくれたらしい。
日は傾き、すでに夕暮れに近い時刻になっていた。
サイモンは、シーラの握っていた槍を手に取った。
「シーラ、旅に出たかったんだろう? すまないな、俺が倒れたせいで」
「ううん、サイモン、私こそ、ごめんなさい」
シーラは、首を振った。
「覚えてる? 私とあなたが最初に出会ったときのこと」
「覚えてないな、そんな昔の事」
「私がちょうどあの辺にいて、あなたは、ここで門番をやっていたのよ」
懐かしむように、シーラは丘の方を見ていた。
「私、サイモンが門番に戻ってくれたら、そのまま弟と一緒に旅に出ようと思っていたの。
弟さえ無事なら、この村の事なんて、本当はどうでもいいと思っていた」
「村長が聞いたら泣きそうだな。あの人けっこうお前たちの事、気にかけてくれてただろう」
「昔の話よ。昔の私だったら、そうしたと思うのよ。けれど、やっぱり違う気がした。
この村を放っておけないわ。貴方が大切にしているこの村を、私も守りたいみたい」
「……そうか」
シーラの思いを聞いて、サイモンは、ますます自分の力不足を嘆いた。
やはり、頼りない今の彼には、安心して村を任せられないのだ。
「シーラ、俺がこの村を守りたかったのは……」
シーラのためだった。
旅立ったシーラがいつでも戻って来れるように。
本当は、シーラが旅立たなければ、この村を守る理由はどこにもないのだ。
相変わらず世界は、シーラが旅立つ方向に進もうとしていた。
けれども、今回のシーラは、なかなか旅立つことができないでいる。
どうすればいいのかは、サイモンには分かり切っていた。
サイモンは、新しい槍を携え、門から少し離れた場所に立った。
「どうしたの? サイモン」
「体がなまってしまったからな、ちょっと運動するだけだ……なかなか重たい槍だな」
丘の上で槍を構えて、素振りをするサイモン。
シーラは、懸命に元の調子を戻そうとするサイモンの姿を、ぼんやりと見ていた。
素振りでもスキルは成長するが、レベルアップに必要な経験値は入ってこないはずだ。
じれた女戦士は、見ていられなくなって、サイモンの腕を引っ張った。
「うう~ッ! もうッ! そんな事やったって強くならない! こっち来て!」
「どうしたんだ、あんたは誰だ?」
「教えてあげる! 経験値の集め方! この世界にはジャックポットがあるんだよ、サイモンししょー!」
「ししょー?」
サイモンを連れて、女戦士は森の中に突入していった。
残されたシーラと双剣士の元に、やがて村の中からクレアがやってきた。
ほかほかと湯気を立てる鍋を手に抱えている。
どうやら、差し入れを持ってきてくれたらしい。
「おーい、門番ご苦労様ー。あれー? ナナオちゃんもいたんだ!」
「ああ、クレアか。店はまだやってるんだろう?」
「オーレン店長から、シーラちゃんに、差し入れ! 晩ごはん食べるでしょー?」
「食べる」
「あはは、即答ー。それと、これも」
鍋といっしょに、『オーレン』と書かれた赤紫色のネームタグを持ってきたクレア。
「シーラちゃんには、これが必要だって。自分が必要だったら、また冒険に誘ってって言ってたよ」
シーラは、そのネームタグを受け取ると、『オーレン』の名前を懐かしそうにじっと見つめた。
シーラには、かつて『ドラゴン』になった弟がいたのだ。
オカミを失ったシーラは、その事を思い出して、不意に涙をぬぐっていた。
「……やっぱり、あの子は賢いから、ぜんぶ分かってるのね」
冒険者のネームタグを首から提げると、ふたたび元のシーラに戻っていた。
クレアはシーラが泣いていた事に気づかなかった。
「ナナオちゃん、サイモンにも差し入れしたいんだけど、どこにいるの?」
「森に行った」
「ええー? 女戦士とデート? 仕方ないなぁ、ちょっと探してくる!」
「待ちなさい」
シーラは、白銀の剣を突き出してクレアの行く手をふさぎ、じろっと厳しい表情で顔を見つめた。
「この門を通りたければ、名前を名乗りなさい?」
「えーっ!? こ、こ、このタイミングで!?」
「じーっ」
「やばい、可愛いけど目がガチだ……! あの、【異世界ディスカバリーチャンネル:クレア】なんだけど、こっちじゃダメ!?」
「ダメ。ちゃんと答えて」
「えーっと、えーっと」
「5、4、3、2……」
「なんのカウントダウンが始まったんです!? ちょっと待って、待ってって! 『ヒメ』なんとかだった気がするんだけど!」
『クレア様、『ヒメハナカナシミモグラ』でございます』
「そうそれ! ……あれ? 誰が言ったの?」
クレアが、声の主をさがして辺りを見回していた。
だが、その方向には誰の姿もない。
ふむ? と首をかしげていると、さらに耳元で声が聞こえた。
『ご安心ください、オカミが消えることは、予期されていたことでございました。オカミはこの時に備えて、血を残しております』
声とともに、クレアの肩に乗っていた小鳥(←まだいる)が、ぱたぱた羽ばたいて、2人の足元にちょこん、と着地した。
小さい体で折り目正しくお辞儀をすると、いつの間にか小さい子どもの姿に化けていた。
お尻からオカミによく似たトカゲの尻尾をつきだし、ぶんぶん振っている。
『奥方様、それがしは、名をミツハと申します。オカミより主様の血を受け継いだ『暴食竜』の眷属でございます』
どうやら、オカミは自分と同じメイシーの『使役獣』を見つけ、自分と同様にサイモンの眷属にしていたらしい。
このように能力によって生まれるキャラクターには、個体差はほとんどない。
色や名前は違えど、ほぼオカミと同じ個体になる。
突然復活したオカミに、ぽかんとしたシーラ。
「ひょっとして、オカミちゃんに妹がいたの?」
『さすが奥方様、おおむね正解でございます』
こくり、と頷くミツハ。
若干の違いはあるが、目上の人の発言をむやみに訂正しようとしないところも、オカミと同じだった。
シーラは、くらっと立ち眩みを起こしていた。
「サイモンとメイシーさん、いったい何人子どもがいたの……?」
『しっかりなさってください、奥方様』
サイモンとメイシーの新たな関係を知り、倒れそうになるシーラ。
それを見て、クレアは、おろおろしながらも、目をキラキラ輝かせながら言った。
「ナナオちゃん、どうしよう、この誤解このままにするか、解いておくか、どっちが面白い?」
「鬼畜か」
ゴシップ気質の旺盛なクレアに、さすがのナナオも引いていたのだった。