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オカミ

 リアルの世界では、午後19時30分。

 サイモンの世界では、ようやく日が西に傾きはじめた頃。


 未来の仲間たちを次々と『眷属化』した騎士団長アスレを前に、シーラはとにかくサイモンを逃がすことを選択した。


「私が足止めしてみる。勝てるかどうか分からない。サイモンは『冒険者ギルド』に助けを求めてきて……オカミちゃん、サイモンをお願いね」


『奥方様……わかりました』


 オカミは意を決し、『ドラゴン』に姿を変えた。

 炎に包まれ、全身にウロコを生やし、地面にうずくまる細身の黒竜の姿に化けた。


 この世界線では、オカミのこの姿を誰もがはじめて目の当たりにすることになる。

 騎士団長アスレは、不吉なものを見るように眉をしかめた。


「やれやれ……本当に『ドラゴン』だったのか……」


 サイモンは、オカミを見上げてつぶやいた。


「オカミ……本当に『ドラゴン』だったのか……」


 シーラは、目を限界まで見開き、口をあんぐりあけて、驚愕のあまり声も出ないといった表情でオカミを見ていた。


「ひええええええええ!!!????」


『いちばん驚いているではありませんか!』


「び、び、び、びっくりしたー! だって、そんな大きいとは思わなかったもん!」


『もういいのでありんす! とにかくあるじ様、はやくオカミの背中に!』


 黒い翼をはためかせて、空を飛ぼうとするオカミ。

 騎士団長アスレは、どす黒い炎のような魔力を周囲に放った。


「逃がすと思うか! 『ドラゴン』を狩れ!」


 騎士団長アスレの号令が響くと、グラディエイターによって倒されていた伏兵たちが次々と起き上がった。


『ドラゴン』に化けたオカミに飛び掛かり、次々と翼にしがみついてきて、飛翔を妨げはじめた。


 さらに、ゾンビ化した3人の冒険者たちもこちらに狙いを定め、一斉に駆け出した。

 この3人は他の兵士たちと比較しても、レベルが段違いだ。

 サイモンは槍を構えて、彼らを迎え撃つことにした。


「くっ! オカミ! ちょっと持ちこたえていてくれ!」


「サイモン……ちょっと頑張ってて!」


 2人の窮地を見ると、シーラは、一直線に騎士団長アスレに飛び掛かった。


 網のように密に絡まったヘビが、騎士団長アスレを守るシールドのように飛び回るが、シーラは次々とヘビを切り捨てながら前進し、あっという間に騎士団長アスレの目の前まで迫っていた。


「来たか……ッ!! そう易々と討てると思うな……ッ!」


 シーラは、雌豹めひょうのように低く身を伏せ、剣の間合いに潜り込むと、騎士団長アスレの喉笛に食らいつくように鋭く飛び上がった。


 とっさに騎士団長アスレは、右手に用意していた上級兵士の直剣で防御した。

 この攻撃を魔剣で受けては終わりだが、対処する方法ならばある。


 聖剣マスターソードスキル第三階梯、【ソードブレイカー】が発動する。


 シーラの白銀の剣が、直剣の中から『スキル』をはじき飛ばし、代わりに使い道のない『クズスキル』を入れた。


「ぐッ!?」


 騎士団長アスレは、びりっと電流が手の中に走るのを感じた。


【歩くたびに電流ダメージ】


 直剣のスキルを確認するが、もはやトラップクラスの性能だった。


「行動阻害までしてくるか……ッ!」


 騎士団長アスレは、信じられないクズスキルを貰った剣を迷いなく投げ捨て、代わりの直剣を探しに向かった。


 シーラは、飛び出てきた『スキル』の方を見上げた。

 はじき出されてきたのは、『浄化ピュリファイ』だ。

 さきほどサイモンの槍から奪ったスキルである。


 シーラは飛び上がると、その『スキル』を剣で叩き、背後にいるサイモンに向かって飛ばした。


「サイモン! これを使って!」


 サイモンは、自分とほぼ同じレベルの3人の冒険者たちと接戦していたが、地面に落ちたその『スキル』に飛びついた。

 まるで生き物のようにうごめくその『スキル』は、自然と元の槍に戻ってゆくと、刃先から神々しい光を放ち始めた。


「……なるほど」


 地面を転がりながら、サイモンが槍を振り払うと、3人の冒険者たちは一瞬で灰になった。

 彼らを倒す事に、ためらいがなかった訳ではない。

 この3人は、異大陸からシーラを迎えにきてくれていた、仲間たちだった。


「……すまない、かたきは討つ」


 ゾンビ兵たちを蹴散らしたオカミが、軽く飛翔して、すぐそばに着地した。


『お乗りください』


「俺でも乗れるか、馬以外の乗り方はわからん」


『すぐに慣れますとも』


 サイモンがその背にまたがると、翼を大きくはためかせた。

 負傷している彼を気遣うように、いつもより緩やかに飛んでいく。


 山の上空を飛翔し、港町に飛び込んでいくと、街を散策していた冒険者たちがその姿に気づき、空を見上げた。


「サイモンッ!」


 どうやら、幸運にもサイモンの顔を見知っている者たちがいたようだ。

 サイモンは、馬上から彼らに呼び掛けた。


「たのむ、ヘカタン村に急いで来てくれ! 村が襲われている!」


「なんだって!? モンスターが出たのか!?」


「いや、騎士団長アスレだ!」


「よし、ヘカタン村だ、みんないくぞ!」


 冒険者たちは、次々と転移結晶を足元に投げつけて割り、瞬間移動していった。


 これだけ大勢のブルーアイコンの冒険者たちがいてくれれば、シーラの方は、これでひとまず安心だろうか。

 そう思いながら空を周回していると、オカミはどんどん高度を下げてゆき、地面の上をすべるように着地すると、そのままぐったり横たわった。


「オカミ、大丈夫か」


 どうやら先ほどゾンビ伏兵に襲われたときに、深い傷を負っていたらしい。

 傷口を触ってみたが、よくない感じがする、大きな『ドラゴン』の体が、どんどん体温を失っていった。


あるじ様、先にお行きください。オカミはもう、ここまでのようでございます』


「そんな事を言うな。冒険者ギルドに行くぞ、メイシーがすぐそこだ。こんな傷ぐらい、薬草ですぐに治してくれる」


『いえ、『使役獣』の体力は、薬草では回復できないのでありんす』


 ぐるる、とオカミは低くうなって、サイモンの手に鼻を押し付けた。


『オカミは、生き物ではなく、ただの『スキル』なのです。普通のホワイトアイコンとは違うから、初期化もしません。

 この世界にオカミと同じ種族の村もないし、父親も母親もいないし、このまま消えてなくなってしまいます。それが普通なのです。

 寂しいのは、明日の朝になれば、あるじ様も、奥方様も、オカミの事をきっと忘れている事です』


「何を言っているんだ、俺がお前の事を忘れる訳があるか、オカミ」


『ふしし、この世界線が最後で本当によかったです。オカミはずっと消えるのが怖かったです。せめて咬んで、この血を世界に残したかった。

 けれど、奥方様とあるじ様が、家族になってくれたから、もうどうでもよかったのでありんす』


「家族に?」


『おっと詳しくは秘密でありんす。あるじ様、もしも可能なら村に戻って、『使役獣』をお探しください。……『暴食』の血は、そこに引き継いでおります』


 オカミは、ぐてっと長い首を横たえると、どろどろとした黒い液体になって蒸発していった。


 オカミが消えてしまった地面には、小鳥が横たわっている。

 サイモンには見覚えがあった。

 それは、いつも朝になると村の古木に留まっている小鳥の一羽だった。

 村の言い伝えでは、あの木には神様がいるのだそうだ。


「そうか……お前、俺たちをずっと見ていたのか」


 サイモンは、すっかり小さくなってしまった小鳥を手で拾いあげると、パーティクルになってこの世界から消えてしまうまで、しばらく撫でていた。


 ……このままではいけない。


 サイモンは、強くそう感じた。

 みしみしと痛む体をおして、彼は槍を持って立ち上がった。


 ……村を守れるほど強くならなければならない。

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