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ログアウトボタンは押すな

 メニューを開くと必ず端に出てくる数字の謎について、リーダーは慎重に言葉を選びながら説明した。


「これは……俺たちの世界で流れている時間だよ」


「時間……」


 それは、この世界に存在する物を示してはいなかった。

 年、月、日、時、分、秒。

 いずれも、ブルーアイコンの世界に存在するものを示したものだ。


 リーダーはひとつひとつ指さしながら、その意味をサイモンに教えた。


 サイモンは、頷いた。

 そして、ようやく腑に落ちた。


「つまり、俺たちの世界の1日は、お前たちの世界の『80分』しかないということか……」


「そうなる……」


「1日のゲームプレイが1時間に制限されていても、昼のターンから夜のターンまで遊べるようになっているんだ」


 魔法使いがまたメタな事を言っても、リーダーはもう注意しなかった。

 それよりも、彼はサイモンの頭の良さに感心していた。

 新しい単語の飲み込みと計算力がすさまじい。


「つまり、最後に俺たちが別れたのが9時ごろ。それから俺の体感では、2日も経っているが、お前たちにとってはようやく日付が変わる頃ってところか……」


「正確には、まだ11時半だ。宵の口だよ」


「まさか女戦士が9時に落ちるなんて……けどあいつ抜きで勝手にサイモンのイベント進めてるってわかったら、きっと怒るだろうなぁ」


「これは不可抗力だろ? ツリー以外のクエストで出会うなんて、普通は思わんし」


 サイモンは、少しずつ状況を理解していった。

 この冒険者たちが村になかなか来なかった理由が、なんとなく分かって来た。

 つまり彼らは、18日後に女戦士と合流してから村に来る予定だったのだ。

 早めに村を出て正解だった。

 危うく永遠に無駄な時間を過ごすところだった。


 サイモンは、それからもメニューの操作の仕方について、あれこれレクチャーを受けた。


「この『お知らせ』というのは?」


「なんて言ったらいいんだろうな……この世界の管理者からのお知らせだよ。軽微なバグを直したり、イベントの予告をしたり……この世界でいえば教会の神託? みたいなもんだよ」


「俺もほとんど読まないけどね。開いてみたら分かるよ」


「この『チャット』というのは?」


「フレンド申請した相手に、メッセージを送れる機能だよ。俺たちはスマホと連動させてるから、だいたいいつでも返事できる。とりあえずやってみようか?」


「この『マニュアル操作機能』というのは?」


「リアルの体に手足がない人が、メニューの操作で歩いたり走ったりするための機能だ。リアルっていうのはつまり……なんて言ったらいいんだろう?」


「俺たちブルーアイコンの世界のことだ」


「そうそう、やってみたら分かるよ」


「この『ログアウト』というのは?」


「「それはやめておけ」」


 リーダーと魔法使いは、ほぼ同時に言った。


「それは、俺たちがリアルに戻るためのボタンだ……サイモンが押しちゃダメなやつだ」


「つまり、これを押せば俺も向こうの世界に行けるのか?」


「あー……?」


 リーダーは、すぐには答えず、しばらく目を泳がせた。

 魔法使いが何か言いたげにしていたが、彼も気まずそうに黙っている。

 リーダーは、首を横に振った。


「いや、それはあり得ない。たぶんサイモンは向こうの世界には行けない。君は、俺たちと違ってリアルの世界に体を持っていないはずだから……たぶん、大変なことになる」


「そうか……間違って押さないようにしないとな」


 それからも、メニューに関する質問をサイモンはつづけた。

 少しずつだが、サイモンはブルーアイコンの世界が理解できるようになっていた。

 絶対に行くことのできない、向こうがわの世界。

 メニューを通じて、その片鱗に触れられたような気持ちになった。


 日付が変わった頃になって、リーダーが椅子から立ち上がった。


「すまんが、俺もそろそろ落ちる……」


「え、もう? ギルドの査定はどうするの?」


「また今度ログインした時にしよう。これ以上、サイモンのイベントを勝手に進めると、女戦士にも悪いしな」


「ああ、じゃあ俺も落ちるよ……さすがに1人でレベル上げしてるのもな」


「お休み。じゃあな、サイモン」


 そう言って、リーダーは先にメニューを開き、『ログアウト』ボタンを押した。

 リーダーは、つま先から頭上まで複数の光の輪に巻きつかれ、青みがかったその光と同じ色になって、溶け去った。


 マップからも、彼のブルーアイコンは消滅してしまった。

 後には、サイモンと魔法使いが残されている。

 魔法使いはコークを一気に飲み干すと、メニューを開いた。


「丁度いい、お前にずっと聞きたかった事があるんだ、魔法使い」


 サイモンは、魔法使いの方に体をむけた。

 魔法使いは、胡乱うろんげにちらりと彼に目を向けた。


「『リスポーン』とは一体なんだ?」


 サイモンは、冒険者たちとの最初の会話を覚えていた。

 たしか、最初に会ったとき、魔法使いが言いかけた言葉だ。

 言いかけたそのとき、リーダーも女戦士もあきらかに怒っていたので、聞くことができなかった。


 あの二人は、この世界に対してどこか遠慮がある。

 だが……この男なら、本心を打ち明けてくれそうな気がする。

 魔法使いは、真面目な顔つきをサイモンに向けた。


「やめた方がいい、俺はリーダーや女戦士と違って、このゲームの世界観を守ろうだなんて、これっぽっちも考えない、無粋なプレイヤーだからな……勝つためならチートでもなんでも使う。正直、ゲームがぶち壊れたところで、たかがゲームだって思っている。お前の最も知りたくない、世界の残酷な真実だって、平気で言ってしまえるぞ」


「ああ、だからお前にしか聞けないと思っていた」


 サイモンの瞳は、揺るがなかった。

 いまはただ、ひたすら真実を求めている。


「覚悟の上だ……すべてを覚悟した上で、俺は聞いているんだ。包み隠さず言ってもらわなければ、なにも意味がない」


 この魔法使いは、さほど肝が据わっている方ではない。

 言い合いになると、すぐに自分から折れてしまうタイプだ。

 ため息をつくと、椅子から立ち上がった。


「『リスポーン』ってのは『復活』って意味のゲーム用語だよ……つまり、ただのゲームの話だ。あとは自分で調べてくれ」


 それだけ言って、魔法使いは『ログアウト』ボタンを押した。

『ログアウトしますか?』の問いが、彼の眼前に浮かぶ。

 だが、その姿は、なかなか消えなかった。


『はい』を選択する寸前で、彼は意識を失ったかのように動きを止めている。


「……そうだ、ゲームじゃないか。ばかばかしい」


 魔法使いは、ごくり、と喉を鳴らした。

 サイモンから何かを問いかける、真剣なまなざしを感じるのだ。

 それは、人の反応のコピーに過ぎない。

 人同士のコミュニケーションを観測して、確率論的に導き出されただけの反応。

 それはまるで人間そのもののように感じられるが、バーチャルの世界にしか存在しないものだ。


「ゲーム上でキャラクターが死んだとき、一度画面から消滅して、もう一度、画面上の別の場所に復帰する、それを『復活リスポーン』というんだ……お前の話を聞いたとき、俺はリスポーンなんじゃないかと思ってた……バカバカしいと思ってたけど、お前は普通のキャラクターじゃないから……」


「ゲームの話じゃないのか?」


 サイモンは、魔法使いの言葉を理解しようと努めていた。

 それを見た魔法使いは、苛立たし気に髪をかきむしった。


「ああ、ゲーム用語だよ。サイモン、俺たちがやっているのはゲームなんだ! これは!


 お前たちは、どっかのゲーム会社が作った、ただのコンシューマーゲームのAGIなんだ、ノンプレイヤーキャラクター(NPC)なんだよ。

 

 お前たちにとってはたった一つの世界かもしれないけれど、俺たちにとってはこんなの、リアルの世界に星の数ほどある、ゲームのひとつに過ぎないんだよ。


 サイモン、お前になぜプレイヤー専用メニューが使えるんだ? それが元々このゲームの仕様だったかもしれないだと? ありえないんだよ、そんな事は!


 俺たちは、仮想現実マシンを使って、息抜きに、娯楽に、現実からの逃避の為にバーチャルの世界に遊びに来てるんだぞ。そのために用意されたのがメニューだ。


 NPCに対して圧倒的な優越感を簡単に得るためのチート機能がここには詰まってる。


 だから、NPCのお前がプレイヤーとまったく同じメニューを開いて使いこなせるのはおかしいし、自分がリスポーンしている事に気づいて、この世界に疑問を抱きはじめているのも、そもそもおかしいんだ。


 あり得ないんだよ。あまり考えたくないが、こいつは恐らくゲームシステムの根幹を揺るがす致命的なバグか何かだ。


 まだ運営は気づいていないだけで、気づいていれば緊急メンテナンスが入っているレベルの大問題だ。


 だから、お前はログアウトボタンに気づいたとしても、絶対にそれを押すな。何があっても押すな!


 お前にとっては、ここはたったひとつの世界なんだから……俺の言いたい事は、それだけだ……じゃあな」


 一気に言い切ると、魔法使いは、光の輪に包まれて消え去った。

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