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王の御前(みまえ)

 リアルの時刻は、19時25分。

 サイモンの世界では、まだ日の高い午後のひととき。


 ヘカタン村に突如現れた騎士団長アスレは、門番2人の背に隠れる小さな子どもをじっと見ていた。


「やはり、ここに『ドラゴン』をかくまっていたか……」


 トカゲの尻尾をぱたぱたしているのを見ていると、どうして今まで『ドラゴン』だと気づかなかったのか、不思議なほどあからさまであった。


 怯えるオカミをかばうように、サイモンが前に出てきて、警告するように槍を掲げて言った。


「止まれ、まずは、村に来た要件を聞こうか」


「知れたこと……この村に出没する『ドラゴン』を退治しに来たのだ」


「あいにく『ドラゴン』なら、7年前のフレイムドラゴン以降、この魔の山に出現していない。村人も俺を含めて全員『トキの薬草』を飲んでいる」


「何を血迷ったことを。では、そこにいる子どもは飲んだのか?」


「この子は『トキの薬草』が苦手なんだ、飲ませないでやってくれ」


「なるほど? どうやら議論しても無駄なようだ……反逆者め、その子どもをこちらに渡してもらおうか!」


 騎士団長アスレが剣を構えると、統率の取れた動きで上級兵士たちが前に進み出て、前衛の位置に立った。


 サイモンは、話し合いに時間をかけず、すぐに戦闘にうつろうとする彼らの行動に、違和感を覚えた。

 仮にも国防を担う騎士団が、ここまで好戦的になる異常事態が起こったとしか思えない。

 サイモンは不安を覚えながらも、槍を構えた。


「悪いが、ここから先に通すわけにはいかん。俺は村の自治を守らせてもらう」


「ならば、村ごと燃やし尽くすまでだ……最後まで守り抜いて見せるがいい!」


 騎士団長アスレが、背中から直接魔剣を手に取った。

 魔力がさらに膨れ上がり、威圧感だけで押しつぶそうとするかのように、黒い波がぞわりと広がってゆく。


 いまだに完治していないサイモンの代わりに、シーラが前に進み出てきて、腰の白銀の剣に軽く手をかけた。


「『アビス・オーガ3』、下がりなさい」


「!!!」


 ぞくっとした騎士団長アスレは、いっしゅん魔剣による攻撃をためらった。

 なぜかは分からない。

 シーラに剣で攻撃してはいけない気がしたのだ。


 実際に、魔剣士ダークナイトである騎士団長アスレは、シーラの聖剣マスターソードスキルと相性が悪い。

 直接挑みかかっては、何度も返り討ちにあっていた。


 だが、騎士団長アスレは、シーラと戦闘した記憶をまったく失っているはずだった。

 どうやら『ドラゴン』の血は、強引に世界線の壁を突き破り、まるで天啓のように戦闘知識を与えていたのだった。


 これこそ、『ファフニール』が騎士団長アスレに与えた本当の『強さ』の正体。

『傲慢』の『グリッチ』だ。


「まずい、こいつ……ッ! 強い……ッ!」


 攻撃をためらい、立ち止まる騎士団長アスレ。

 他の上級兵士たちはためらわず、次々と飛び掛かってゆく。

 シーラはゆらり、と揺れるような軽い動作で身をかわした。

 いつ攻撃したのかは分からない、ひとりひとりとすれ違ってゆき、気がついたら彼らを全員叩き伏せていた。


 あまりに理不尽な強さだったが、騎士団長アスレは、これもなぜか知っている。


 剣士ソードクラフトスキル、第9階梯【決闘の陣環】が発動したのだ。


【決闘の陣環】の内部において、シーラに剣で敵う者はいない。

 だが、範囲外からの魔法による攻撃や、剣のスキルは有効なはずだ。


「ちいっ……何者だ、小娘!」


 騎士団長アスレは、自分の腕に剣を押しあてると、小手の装甲ごと力を入れて引き裂いた。

 金属が引きちぎられる音がして、鮮血とともに、大きな傷口からぞろり、と巨大なヘビの頭を引き出した。


「な……ッ!」


 身体からモンスターを生み出す異様な能力に、シーラは声を失った。

 ヘビは頭をこちらに向けたまま、傷口から無限に長い胴体を伸ばしている。


 騎士団長アスレは、どうやら身体からヘビを生やしているようだった。

 ヘビは異様に長い胴体を伸ばし、直接シーラに向かって牙をむいた。


 シーラは、剣で切り払いながらヘビの牙を避けたが、ヘビが受けた傷は瞬時に癒えていった。

 じゃっかん減少した騎士団長アスレのライフゲージも、すぐに元に戻る。

 どうやら、双方ともに凄まじい回復力を持っているらしい。


「なにこれ……ッ! すごい……ッ! 『アビス・オーガ3』、あなた【ヘビ使い】なの……ッ!?」


 シーラは、おおー、と目を輝かせていた。

 大道芸かなにかだと思っているのだ。

 騎士団長アスレは、さらに反対側の腕に剣を突き立てると、もう1匹のヘビを体から生やした。


「ちがう……俺は【ヘビ使い】などではない……『アビス・オーガ3』でもない! 俺は……ッ! 俺は『王』だ……ッ!」


 騎士団長アスレの目が、怪しく紫色に光った。

 地面に倒れた上級兵士たちがぐにゃり、と粘土でできた人形のように身体を持ち上げた。


「さあ、目覚めるのだ、親愛なる戦士たちよ……ッ! 王国に反逆する者どもに、鉄槌を下すのだ……!」


 上級ゾンビ兵たちは、頭上のライフゲージが消滅したまま、うつろな目をして歩き続けている。

 今にも剣を落としそうになりながら、最低限スキルを発動できる程度には知能を保っていた。

 不格好に剣を構えると、『突進チャージ』を発動し、一瞬でシーラの真横を通過していった。


「しまった……サイモン、なんとかして!」


 シーラを無視し、サイモンのその背後にいるオカミを狙っている。

 どの兵士も隙だらけだったが、防御するつもりはないらしい。

 サイモンは深く息を吐くと、槍で上級ゾンビ兵を迎え撃った。


 地面から金色の炎が噴きあがり、上級ゾンビ兵は一撃で灰になった。

 アンデッドに対して特攻を持つ『浄化ピュリファイ』の効果だ。


「ちッ、厄介な槍だな……ッ! そのスキルをよこせッ!」


 騎士団長アスレは、上級兵からはがねの剣を奪い取ると、刀身を空高く掲げた。

 どす黒い魔力の霧が足元に立ち込め、サイモンの槍から騎士団長アスレの剣へと霊魂が吸い込まれていく。


 魔剣士ダークナイトスキル第一階梯、【魔剣複製】が発動する。


 サイモンの槍が持っていた『浄化ピュリファイ』のスキルが奪われ、騎士団長アスレのはがねの剣に宿っていた。


「ぐッ……! 槍が通らない……ッ!」


 槍の攻撃力が極端に下がり、上級ゾンビ兵へのダメージが急に通りにくくなった。

 上級ゾンビ兵たちは、槍をまともに受けて体が半壊しても、平気で襲い掛かってくる。


 アンデット系は、極端な属性不利を持っている反面、それ以外の戦闘においてはほぼ不死身になるという、極端な有利性能をもっていた。


 戦況がサイモンにとって不利なのは明らかだった。

 もともと一対多数は苦手なうえ、満足に体が動く状態ではない。


「オカミ、逃げろッ!」


 サイモンは素早く状況を判断して、叫んだ。

 しかしサイモンに守られているオカミは、首をぶんぶん振った。


『逃げませぬッ!』


「いいから逃げろッ! これは命令だッ!」


『オカミも、戦いますッ!』


「戦えるわけがないだろう、子どもはどこかに行っていろ!」


あるじ様、オカミは子どもではありませぬ!』


 今回の世界線では、サイモンに自分が『ドラゴン』であることをまだ伝えていなかった。

 伝える機会はいくらでもあったはずだが、まさか敵が攻めてくるのがここまで早いとは思っていなかったのだ。


 だが、『何も伝えていない』この状態でなければ、できない事がある。


『いままで隠しておりました。本当のオカミは、あるじ様の敵なのであります』


「何を言っているんだ、オカミ!」


 サイモンの槍を弾き飛ばし、さらに押し寄せてくる上級ゾンビ兵。

『ドラゴン』の分体でしかないオカミは、まともな戦闘になれば勝てないだろう。

 騎士団長アスレのことだから、どこかに魔法兵を伏兵として潜ませているかもしれない。


 それ以上に、人間に自分の正体をあらわす事への恐怖があった。

 ひょっとすると、『ドラゴン』になった瞬間、この場にいる全員がオカミの敵にまわるかもしれないのだ。


 オカミは、『ならばよし』と考えた。

 サイモンとシーラが『ドラゴン』と敵対し、騎士団長アスレと提携すれば、少なくとも2人は安全圏に逃げられるはずだ。


あるじ様、オカミは誰かに守られるために生まれた訳ではありんせん』


 オカミの体が炎に包まれ、獣のように全身から毛が生え、『ドラゴン』に変身しようとした。


 そのとき、サイモンの足元に巨大な鉄球が撃ちおろされた。

 上級ゾンビ兵たちが白い炎に包まれ、灰になっていく。


 地面にめりこんだ鉄球が引っこ抜かれた。

 鉄球をつないだ鎖を振り回す武器モーニングスターを肩に担いだ【治癒士ヒーラー】が、いかにも眠そうなあくびをしていた。


「ふわぁ~……ようやく見つけたわぁ~、ターゲットはっけ~ん………」


 オカミは驚いて、変身の途中で止まっていた。


『ま、また新手が……?』


 オカミは、この1日をもう何周もしているが、いままで見たことがないホワイトアイコンだった。


 見たことがないのは、シーラとサイモンも同じみたいだった。


「サイモン、知り合い?」


「お前の知り合いじゃないのか? シーラ」


「知らない、見たことがない」


「おい、ヒーラー」


 ヒーラーに遅れて現れたのは、雲を突くような巨漢だった。

 筋肉質な上半身を持つ、【剣闘士グラディエイター】の男。

 まるで城の一部を引きはがしてきたかのような、巨大な両手剣バスタードソードを背中に担いでいる。


 見上げるように巨大なグラディエイターは、数名の上級兵たちを肩に担いで、森から出てきた。

 どうやら、騎士団長アスレが森に伏兵をしのばせていたらしい。


 弓兵と、魔法兵もいた。

 もしも、オカミが『ドラゴン』になって逃げていたら、またしても捕まる所だったらしい。


「あら、グラディエイター、あなたのお友達かしらぁ~?」


「お前を狙っていたぞ、気をつけろ」


「あら~。私が襲われるまで待っててよかったのにぃ~。相変わらず紳士ねぇ~」


 いっしゅんモンスターかと思ったが、どちらも頭の上には、雲のような白いアイコン。

 首には金色のネームタグをつけている。


 一般に、ホワイトアイコンの冒険者の装いだ。

 しかも最高ランクのAランクである。


「す、すごい! ねぇねぇ、サイモン! あの人たち、Aランク冒険者だよ!」


「ああ、すごいな、シーラ」


 つい先日、弟のネームタグを借りてDランクになったばかりのシーラは、それ以上のランクを持つ冒険者に対するリスペクトがハンパなかった。


 だが、港町の冒険者ギルドに通っている2人のどちらも知らない顔だ。


 ヒーラーは、きわどい服のすき間から巻紙を取り出すと、ぱらり、と開いてみせた。

 どうやら、クエストの書かれた依頼書のようだ。

 捜索願いらしく、見覚えのある女性のイラストが描かれている。


 文字が書かれていたが、サイモンもシーラも今は文字が読めない。


「ようやく見つけたわ~、『Hのシーラ』!」


「んなぁぁぁぁ!!!???」


 かなり久しぶりに自分の『二つ名』を聞いたシーラは、宇宙ネコにボディーブローを食らったように目を見開いていた。


「おい、シーラ、やっぱりお前の知り合いなんじゃないか?」


「んふ~ふ、『冒険者ギルド支部』からぁ~、はるばるやってきましたぁ~。シーラちゃんの『未来の仲間』たちですぅ~」


「冒険者ギルド支部……【アーノルド】支部長が……? なんで……?」


 疑問がいっぱいのシーラが困惑していると、さらに、もう1人の冒険者が現れた。

 小柄な男が、足音もなく、つむじ風のように突然姿を現した。


「やれやれ、魔の山っていうから、どのくらい強い怪物が出るのかと思ったら……取るに足らないのばっかりじゃねぇかよ……」


 分厚いなたのような武器を持った【盗賊バンディット】があらわれ、とんとんと地面を足で叩いて、深く身をかがめた。


 残りの2人と比べると、背が低い。

 頭に2本の角を持つ、『小鬼インプ』と呼ばれる種族だ。


 この大陸には存在しない、はるか北の種族だと聞いている。


「おい、お前たち、何者なんだ……? ひょっとして、俺たちの味方なのか……?」


 サイモンが疑問をぶつけると、バンディットは言った。


「詳しい事は言えないが、世界中から冒険者ギルドの総力を結集するって話になった。ようは百年に一度のとんでもないクエストが出たそうだ」


「アーノルド支部長が、本部には『Hのシーラ』がいるはずだと」


「大抜擢だったわよぉ~」


「だからその名前やめてぇ~!」


 顔を真っ赤にするシーラ。

 どうやら、世界はまたしてもシーラが旅立つ方向に動いたらしい。


 このAランク冒険者たちは、第二シーズン以降のシーラの仲間たちだ。

 旅立った先で出会うはずだった仲間たちが、自分たちの方からシーラを迎えにやってきたのである。


 突然あらわれた3人のAランク冒険者たちは、自然と騎士団長アスレと対峙した。


「おい、気をつけろ……あの魔剣士ダークナイト、『騎士団長アスレ』だ」


「ふぅーん……クレイス領の最強騎士ねぇ……? レベル30しかないわよぉ?」


「なんだ、その程度か……楽勝だな」


 いまだに最初の街から離れられない主人公たちに対して、第3シーズンまでシナリオを進めている仲間たちは、レベル上限も50に到達していた。


 いずれも今のサイモンのレベル42よりも高い。

 レベル30の騎士団長アスレを遥かに上回るレベルを備えている。


 いまの騎士団長アスレは、連れてきた上級兵士たちもあらかた倒されてしまっており、多勢に無勢。


 量でも質でも、勝てるはずがない。

 その事を、騎士団長アスレもじゅうぶんに分かっているはずだった。

【戦力鑑定】が使える彼が気づかないはずがない。


 だが、このとき騎士団長アスレは、何を思ったか、黙って彼らの元に近づいていった。


 2匹のヘビを左右に従え、魔剣を左手に、銀の剣を右手に、一歩も怯むことなく。


 その気迫に、冒険者たちは一瞬怯んだ。

 勝てるはずの相手なのに、なぜか不吉な予感しかしないのだった。


「分をわきまえろ、愚民ども……『王』の御前だぞ」

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