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聖女について

 リアルの世界では、午後19時20分。

 サイモンの世界では、ちょうどシーラが待ちに待ったお昼ごはんを食べているころ。


 ブルーアイコンの冒険者たちは、騎士団長アスレを捜して港町を走り回っていた。


 今回の騎士団長アスレの行動パターンは、早朝から練兵場に現れ、調査のための部隊を組織して、朝には登山しはじめる、といったものだった。

 だが、ここに来て騎士団長アスレは通常の行動パターンをやめ、その姿はどこにも見当たらなくなった。


 彼の捜索をするにあたって、とくに大勢の斥候スカウト系が集まっていたのが『侯爵の城』だ。


 港町の坂の上に、他の建物と比較しても圧倒的に大きな白塗りの城がある。

 5メートルもの高さの城壁に囲まれていて、城内には特別なイベントがなければ立ち入ることができない場所が多かった。


 運営(GM)権限を使う事の出来るナナオは、この城の最奥に単独で潜入していた。


「一般ユーザーの君たちには悪いが、ここから先は社外秘エリアだ」


 ゲームの開発者としてもあまり公開されると困る、ゲームの核となる情報が集まっていた。

 しかし、中には領主のクレイス侯爵一族に仕える上級兵士や使用人がいるばかりで、騎士団長アスレの姿はどこにもなかった。


 本当はキャラクターの姿を監視するための視界カメラを使って、騎士団長アスレの場所を特定したかったのだが。

 調べてみると、騎士団長アスレの視界カメラだけが部屋に置き去りにされていた。

 おそらく『ファフニール』によるものだろうが、用意周到な奴だ。


 ナナオは、侯爵夫人の部屋に向かった。

 肩書は聖女ラナジーア、砂漠の王国から嫁いできた、騎士団長アスレの母親だ。


 第三シーズンの開始時点では、『混交竜血』になっていて、床に臥せっていた。

 誰かがイベントをクリアしてくれたらしく、『怠惰の魔竜』の血は『トキの薬草』によって回復していた。


 ナナオが訪れた時には、清潔に整えられたベッドに腰かけていた。

 顔に大きな包帯を巻いていたが、意識ははっきりしているみたいだった。


 むろん、この部屋も特別なイベントがなければ入る事のできない場所となっている。

 だが、入るのが難しいだけで、一度入ってしまったプレイヤーを追い出すイベントは、特に用意されていなかった。


「ようこそお越しくださいました、『渡り人』よ。何か御用かしら」


「騎士団長アスレを捜している。何か知っている事はないか?」


「さあ、あの子は私の事を嫌っていますから、今日は会ってくれませんでした」


 聖女は、悲しげにまつげを伏せた。

 騎士団長アスレは、聖女が自国を侵略した帝国兵を許したことを許せない。

 妥協や弱さの象徴として彼女を憎んでいた。

 同じ城に住んでいても、アパートの同居人ぐらい疎遠になっているのだ。


「そういえば、私の侍女に、転移結晶を持っている者が1人います。緊急時に、私を連れて城から逃げるためのものです。

 ですが今朝、それを失くして行方がわからなくなったと言っていました」


「なるほど、転移結晶で逃げたのか」


 ブルーアイコンの冒険者たちが大挙して城に攻めてきたのだ。

 騎士団長アスレに前回の世界線の記憶が残っているならば、逃亡したとしてもおかしくない。


 だが、騎士団長アスレが聖女の転移結晶を盗んだとは考えづらい。

 基本的に彼はツンデレなので、万が一があったときに聖女が困るような事はしないのだ。


 となると侍女本人が渡したか、周りの関係者が盗んで手引きした、と考えるのが自然だ。


「アスレファンが逃亡を手引きしたんだろうな。心当たりは?」


「さあ、女の子には好かれているみたいでしたが」


「騎士団長アスレは妻子持ちという設定だから、ひょっとすると危険な関係かも知れないぞ。もう少し気にすべきではないのか」


「そうなれば嬉しいのですが。アスレの妻はまだ10歳ですから、他の誰かを愛することになっても、それは自然の成り行きだと思います」


「子どももいるという設定はどうするんだ。いくらなんでも若すぎないか? またひとつ騎士団長アスレがみんなから嫌われる理由がでてきたな」


「父親の都合で、お互いに生まれる前から婚約していましたから。相手方の子どもに男子が続いたため、結婚に至るまで十年以上かかりました。数年以内に子どもを授かるのは無理だろうということで、養子を貰って世継ぎにしました」

 

「なんだ、また私の心が汚れてしまっただけか……私がシナリオを書いたら大変なことになっていたかもしれない」


 とにかく転移結晶を使って逃げたのならば、行き先は限られてくる。

 転移結晶の移動先は、これまでに訪れたことのある転移ポートだけなのだ。


 騎士団長アスレは、基本的に領内の警護をしているキャラクターなので、訪れる可能性のある転移ポートは、さほど多くない。


「となると、妻の地元に逃げたか。逃亡を手引きした侍女がいるなら、こっそり密会みっかいしていた隠れ家があったかもしれない。まずは侍女を見つけた方が早いかな」


「もし、逃亡したのならそうかもしれません。ですが、アスレはただ逃亡したわけではないでしょう」


「どうしてそう思う?」


「彼が何よりも弱者を憎んでいるのは、弱さこそが悪人を助け、この世に悪をのさばらせる元凶だと考えているからです。

 なので逃亡は彼の理念にもっとも反する行いであるはずです」


 逃亡したと見せかけて、どこかで反撃の機会をうかがっている。

 騎士団長アスレはただ逃亡しない。必ず城に戻ってくる。


 ナナオも、あの男が尻尾を巻いて逃げるとは思わなかったので、その意見には賛成だった。

 最初のシナリオでは、わざわざ撤退の理由を作るために、弱い新兵だけで部隊を組織していたのだ。


 そこまで理解して、ナナオは不意に、疑問に思った。


「あなたは本当に隠している事はないんだろうね? 正直に言うと、どうしてあなたがそこまで捜索に協力してくれるのか、わからないんだけど」


「ひとつは、贖罪しょくざいです……今までの私は、あまりに『怠惰』でした。いまのアスレは、恐らく魔に魅入られている」


「なるほど、会わなくてもそれは分かるのか」


「ずいぶん前から分かっていました。あの子の心は分からなかったけれど、私のせいで、アスレを強さに執着する怪物に変えてしまったと今は理解しています」


「あなたは聖女と呼ばれて多くの民衆に慕われている設定だ。私はシナリオに関わってはいないけど、たぶん何一つ間違ったことはしていないだろう。

 騎士団長アスレが変わったのは、戦争のせいだと思うがね」


「いいえ、私のせいです」


 聖女は、断言した。

 この2人の『ドラゴン』の血は、じゃっかん影響し合うみたいなので、多少は『傲慢』になっているのかもしれない。


「どうして私が聖女なのでしょうか? 私はただ怠惰で、臆病で、誰かが傷つけられたら、ただ痛みに堪える事しか教えてあげられないのですよ。

 全ての子どもには、誰かが『人間とはどういうものか』を、教えなければならない。それは人間として当然の責務だと思うのです。

 怒りの理不尽さを。こちらが怒れば、相手も怒るのだという単純な真理を。怒ったあとの許し方を、怒りと愛は同居できるのだということを、本当は私が身をもって教えてあげるべきでした。


 けれど、それができなかったのは、私が聖女と呼ばれる偶像であろうとしていたからです。私は人間であることを放棄していながら、あたかも母親であるかのように、あの子の傍に居座り続けていたのです。

 あの子が燃える怒りを止められないのは、弱さに寄り添えなくなってしまったからです。弱さに安らぐことができなくなったから、彼は今も止まらないのです。

 それは他の誰でもない、私の責任だと思います。私が聖女と呼ばれるのは、この世界で一番、誰よりも弱かったからです」


「なるほど、『傲慢』だな……まあ、騎士団長アスレの母親らしいけど」


「『渡り人』のあなた方にお願いします、私の声はもう、あの子には届かないでしょう。私に教えることが出来なかったことを、どうかアスレに教えてあげてください」


 聖女は、力尽きたようにベッドに横になった。

 ナナオは、シーツをその上にかけて部屋を退出した。


***


「うー、退屈ぅ」


『奥方様、忍耐力がなさすぎなのでありんす』


 門番の仕事に戻ったシーラは、石の塀に腰かけて、足をぶらぶらさせていた。


 さっき昼休憩の間に、サイモンの所に顔を出した時は、「だいじょうぶ、門番の仕事は任せて」と頼もしい事を言っていたのだが。


「だって、こんなに平和だと思わなかったわ。あー、モンスターでも出ないかなぁ」


『え、さっき奥方様が蚊を潰すかのように屠ったヤミツキコウモリは、モンスターに含まれないのでしょうか?』


「え、いつのこと?」


『申し訳ございませぬ、きっとオカミの目の錯覚だったでありんす』


 とりあえず目上の者には折れる、出来る従者のオカミなのだった。


 だが、本当はモンスターが村の近隣に出た時は、村長に報告するなど注意をしなければならないのだが。

 シーラは強すぎて、そもそもモンスターに対する危機意識がずれているのだった。


 そんなシーラに門番を任せるのは不安だったのか。

 サイモンが門に寄りかかりながら、村から出てきた。


「サイモン!」


あるじ様!』


「心配かけたな、シーラ」


 足元がふらふらしているが、平気そうな顔をするサイモン。

 槍を杖代わりにして、ふーっと息をついてやせ我慢をしていた。


「大丈夫なの? もう歩いて平気?」


「ああ、ずいぶん体が軽くなったよ……それに、来客も来ているみたいだからな。門番が寝ている訳にもいかないだろう」


「来客?」


 シーラが山道の方を見ると、遅れてホワイトアイコンが近づいてくるのが見えた。

 同じ場所に立っていても、背の高いサイモンの方が気づくのも早いのだ。


 紫色の魔力を身にまとい、数名の上級兵士を引き連れていた。

 邪悪な笑みを浮かべる彼の視線に射すくめられ、オカミはしびれたように動けなくなった。


 騎士団長アスレだった。


「また会ったな……反逆者め」


 どうやら、冒険者たちが城に集まってきているのを知った彼は、少数精鋭で本丸であるサイモンを攻めに来たのだ。


 そうとも知らないサイモンは、大きな声で来訪者に呼びかけた。


「ようこそ旅人よ! ここはヘカタン村だ!」


 シーラは、サイモンの隣でふんぞり返って、騎士団長アスレを指さした。


「よし、お前は今日から『アビス・オーガ3(スリー)』(Hランク討伐モンスター、鎧が似ている)だ!」


 またしても、一般人には覚えづらい名前をつけたシーラ。

 サイモンにも分からないので、突っ込みようがないのだった。

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