表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
147/175

持久力は十分の一

 騎士団長アスレへの暴言を撒き散らしながら、冒険者たちが店から出ていった頃。

 奥の部屋で病に臥せっているサイモンを、シーラはじっと見つめていた。


 薬草で回復したばかりの体は、生まれたばかりの赤ん坊のようにか弱い。

 身体の隅々まで毒に犯されていたサイモンは、ただ呼吸するのにも苦労しているはずだった。

 サイモンの体には小さすぎるベッドで、静かに眠っていた。


 料理人たちから追い払われたオーレンが調理場からやってきて、シーラの隣に座った。


「シーラ姉ちゃん、今日は、出かけるんじゃなかった?」


「うん……そうだったんだけどね」


 シーラは、サイモンの事を気にかけて旅立つのをやめていた。

 彼女は運命プロンプトの定めに従い、世界を旅しなければならない。


 だが、サイモンがこの様子では、村を任せて旅立つことができなかった。

 サイモンが目覚めたとしても、また倒れるような事がないかと不安だった。


「ねぇ、オーレン。姉さんと一緒に旅する気はない?」


「それって、ずっとって事? お店をたたむの?」


「無理よね」


 シーラは、これまでずっと病気のオーレンの事が気がかりで、旅立つことができないでいた。

 もしも、オーレンが一緒に旅立ってくれるのなら、彼女の不安はひとつなくなるはずだった。

 一緒ならば、村を離れていけるかもしれない、と考えていた。


「いいよ」


 オーレンは、少し考えた末に、言った。


「いいの?」


「うん、冒険者の人たちは、僕やサイモンの病気を治してくれた。

 僕は好きな事をやって、何もかも人に任せきりで、本当にこれでいいのかって、ときどき思うんだよ」


「あなたにしか出来ない事があるじゃない。あなたは料理が誰よりも上手よ」


「僕も、そう思って今まで頑張って来た。けれど冒険者の人たちは、料理スキルだってすごく高くなっている。今は僕のお店だって代わりにやってくれているんだ。

 だったら、僕の存在価値は何なんだろうって、思うんだ。シーラ姉ちゃんが旅に連れて行くのなら、僕はもう、いつでも行く覚悟は出来ているよ」


 シーラは、オーレンの覚悟を感じ取って、うなずくと、自分の首に提げていた冒険者のネームタグを外した。

『オーレン』と書かれたネームタグを、オーレンの首にかける。


「じゃあ、これ、姉さんが拾っといてあげたから、返す」


「ありがとう……なんか、色が紫色になってない?」


「さあ、海に落ちてたからね、それ」


 シーラは、こっそりオーレンの冒険者ランクをDランクまで上げていたのだが、その事は言わない事にした。

 シーラにとっては、弟への軽いサプライズのつもりだった。

 まさか、この程度で生死に直結するかもしれないとは、思いもよらないのだ。


「じゃあオーレン、サイモンが起きたら教えてね」


「うん、どこか行くの?」


 冒険者のネームタグを外したシーラは、それだけでやけに軽装に見えた。

 旅立ちの装備をしたまま、どこかに行こうとしていた。


「代わりに、私が門番やってくるの」


***


 そうしてシーラは、白銀の剣を携えて村の前の入り口に立った。


 小鳥が空でちちち、と追いかけっこをし、草原の真ん中で、ウサギが耳を風にそよがせている。


 いつもこの位置にサイモンが立っていたのを思い出しながら、じっと誰かが来るのを待っていた。


 午後19時のいわゆるゴールデンタイムは、プレイヤー層が昼のプレイヤーから夜のプレイヤーへと切り替わる。

 新たに続々とやってきた冒険者たちに、シーラはふんぞりかえってあいさつをした。


「ようこそ、旅人たちよ! ここはヘカタン村だ!」


「かわわわわ!」


 冒険者たちは、シーラのあまりの可愛さにあてられ、バタバタと倒れて気をうしなっていた。

 ちょうど素材の買い出しから戻って来ていたクレアが居合わせて、目を輝かせていた。


「あれれ~? シーラちゃんじゃん。どしたん~?」


「今日は門番の気分なの。村に入るなら名前と目的を言いなさい!」


「はいはーい! 【異世界ディスカバリーチャンネル:クレア】です! ヘカタン料理店の給仕長をやってまーす! 素材の買い出しから戻ってきましたー!」


「覚えにくい名前だわ。よし、あなたの名前は今日からヒメハナカナシミモグラ(Hランク討伐モンスター、ネコの耳っぽい帽子が似ている)よ!」


「非戦闘員には覚えづらいのきた……!? ひょっとして、今日からその名前にしないと通してもらえないんです……!?」


「もちろん! この村をただの田舎だと思って甘く見ないことね! なぜなら、この村には最強の門番がいるのだから!」


「ぱ、パワハラだ……! というか、サイモンそんなセリフ一言も言った事なかった気がするけど……!」


 着任早々にハードルを上げていく、パワハラ気質を発揮するシーラ。

 Hランクモンスターにはやたらと詳しい彼女が、冒険者たちに次々と名前をつけているところへ、オカミがやってきた。


『奥方様、折り入ってお話がございます』


「誰!? 姿を現しなさい!」


 シーラは、ぐるっと真後ろを振り向いて、見えない相手にたいして恫喝どうかつしていた。

 相手が姿を見せないので、眉をしかめていたが、足元をよく見ると、すぐそこにちっこいオカミが立っていた。

 古典的なコントのようなミスをやらかしてしまったシーラは、オカミを見てふっと表情をやわらげた。


「あら、オカミちゃんじゃない。どうしたの? パパの所にいなくていいの?」


『奥方様、ちょっと気合が入りすぎでありんす』


 オカミは、鼻をひくひく鳴らして言った。

 どうやら今回の世界線でシーラが旅立たない事に、少しばかり不安を覚えていたようだった。


『いいですか? 奥方様は、世界を救うために旅立つ定めのあるお方なのです。このまま、この村にいては、やがて来る秋アプデにおいて……いま、なんとおっしゃいましたか?』


「パパに会いに来たんでしょ? 一緒にいなくていいの?」


 シーラは、サイモンのいる料理店を指さして言った。

 オカミは、ぺたん、と尻尾を垂れ下げた。


『どうして……あるじ様は、オカミの父親が誰か、知らなかったはず』


 シーラは、イタズラをするように人指し指を立てて、しー、と言った。


「メイシーさんには、内緒って言われてるんだ」


 本当は、『使役獣』のオカミに父親などいないはずなのだが。

 きっとメイシーの事だから、シーラに対して、そういう風にウソをつくのが自然だった、ということだろう。


 シーラとサイモンの仲を裂こうとする、悪意のあるウソだ。

 それでも構わずシーラが優しくしてくれるのを感じて、オカミは胸がいっぱいになった。


『そうでありましたか』


 オカミは、シーラの隣に立って、トカゲ尻尾をぶんぶん振っていた。

 2人で門番の仕事をすること、しばし。


「よし!」


 シーラは、青空に眩く輝く太陽を見上げて、勢いよく言った。


「飯の時間だな!」


 どうやら、まだサイモンの真似をしているらしかった。

 ちなみに、サイモンはこのセリフをそこまで大声で言った事はない。

 オカミは、まだ山から登ったばかりの太陽を見上げて、ぽつりとつぶやいた。


『奥方様の持久力は、あるじ様の十分の一にも満たないのでありんす』


 ずんずんと大股で村に入っていくシーラの後ろを、オカミはちょこちょこと歩いてついていった。

 リアルの時刻は、午後19時10分。

 サイモンの世界では、お昼はまだまだ先の時間帯だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ