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竜の病

 リアルの世界では、午後19時。

 サイモンの世界では、朝日が昇る頃。


「おおっと、いけない。眠っていたか」


 のどかなヘカタン村の門の前に、サイモンは再び立っていた。

 小鳥が古木に集って、ちちち、と鳴いて、足元をウサギがのっそりのっそりと歩いていく。


 寝ずの番には慣れているはずが、今日は異様に眠い。

 目がかすむような気がして、朝日を見ながら目をごしごしこすっていた。


 やがて、ヘキサン村へと続いている山道に、青い三角のアイコンが大量に浮かんだ。

 ずかずかと足音を立てながら、大勢の冒険者たちがやってくる。


 ブルーアイコンの冒険者たちだ。

 双剣士に、女戦士に、鎖騎士に、その他大勢。

 サイモンには見覚えのない顔ばかりだったが、なにやら険しい表情をして、勢いよく山を登っていた。


「ようこそ、旅人たちよ! ここはヘカタン村だ!」


 サイモンは、手をあげて大きな声であいさつをした。

 冒険者たちは、通り過ぎざまにサイモンの分厚い鎧をごんごん拳で叩いて、挨拶しながら村に入っていった。


「おっす、サイモン」


「おはよ、サイモン」


「なんだなんだ、今日はまた一段と変わった冒険者たちがやってきたな」


 ここまでこなれてる感がすごいのは、サイモンも初めてだ。

 もはやサイモンの記憶がないのにも慣れてしまった一行だ。


 ふと気がつくと、サイモンの目の前に小さな子どもが立っていた。

 ぼろきれのような服を身に着けて、やけに丁寧な口調で、びくびくしながらサイモンに話しかけてくる。


『お、お早うございます』


 トカゲのような尻尾をぶんぶん振っていた。

 珍しい種族だったので、忘れようがない。

 サイモンは、その子の頭をわしわしと撫でた。


「おはよう、オカミ。また村に来てくれたのか?」


 名前を呼ばれたオカミは、最初は何が起こったかわからず、ぽかんとしていた。

 やがて、瞳に洪水のような輝きを宿して、ぶるぶる震えはじめた。


「そんな、あ、あるじ様……オカミの事を、覚えておいでですか?……」


 どうやら『オカミの親を見つける』のクエストが攻略されたことによって、世界線がまた新たに書き換えられたのだ。


 オカミは、背が届いたら抱きついてきそうな勢いでばたばたとシッポを振って、サイモンを見上げていた。


『あの、えっと、その、どういう世界線になっているのかは存じませぬが、いちおう、あるじ様と呼んでよいのでしょうか? それとも、お父上でございましょうか?』


「変わった子だな。それはお母さんに聞いてみたらどうだ?」


『お母さん? ああ、変わったのは、そこだけだったのでありんすか……』


「この前、迷子になってたところをメイシーの所まで連れてってやったんだよな」


『はい……その節はどうも、御親切に、ありがとうございました……』


 深々とお辞儀をするオカミ。


 サイモンが、一時だけオカミの父親のふりをしてくれていたのだが、これは特にクエストとは関わっていないという判定になったみたいだった。

 オカミは、がっくりしながらも、どこか嬉しそうだった。


「何が嬉しいんだ?」


『もう一度、名前を呼んで欲しいのでありんす』


「オカミ」


『ふししし、名前を憶えていてくれたのが一番嬉しいのでありんす』


「ああ、俺は門番だからな。人の顔と名前を覚えるのは得意だよ」


 ふたたび、真っ直ぐ前を見ながら立ち尽くすサイモン。

 オカミが寄りかかるように隣にちょこんと並んで、シッポをぶらぶら振っていた。

 小鳥たちはどこかに飛んでいって、ウサギがいつの間にか遠くの丘の上で、もそもそ草を食べていた。

 オカミは、くぁ、とあくびをした。サイモンにもあくびがうつった。


「ところで、冒険者たちは村になんの用事があるんだ?」


『料理店があるので、そこで作戦会議でありんす。オカミは指示待ちでありんす』


「ふむ。魔の山のモンスターは最近めっきり出なくなったが、何をするんだろうか」


『なるほど、そういう世界線でありまするか』


 どうやら今回の世界線では、魔の山のクエストはかなり減少していたみたいだった。

 先日、サイモンとシーラがクエスト対象のモンスターを手当たり次第に狩っていたのも影響しているのだろう。


 今回、冒険者たちが戦おうとしているのは、港町で『ドラゴン』になった騎士団長アスレだ。


 オカミは、悲し気に眉をひそめた。

 このまま一日中サイモンにくっついていたかったが、レベル42の彼は熟練のブルーアイコンの冒険者たちにも匹敵する、重要な戦力だ。

 こうしてのんびりなどしていられない。

 戦わなければならない敵がいる事を、サイモンに伝えなければならなかった。


あるじ様、オカミは貴方とだけ、お話したい大事な話がございます……今は平和でございますが、実は、この村に、大きな脅威が迫っているのです……』


 オカミが、隣のサイモンの方を、ふと向いた。

 そのとき。

 サイモンは前かがみになって、そのままふらっと倒れてしまった。


あるじ様』


 思わずオカミの口から声が漏れた。

 まるで高熱で倒れたように汗をかいている。

 サイモンの首には、牙で咬みつかれたような、禍々しい紫色の傷跡が並んでいた。


***


 オカミが大声で助けを呼んで、料理店で会議中の冒険者たちが大慌てでかけつけてきた。


「大丈夫!? オカミちゃん!」


「そうか、最後に『ドラゴン』に咬まれた傷が……!」


 サイモンは人一倍頑丈なだけで、毒に対する耐性が強い訳ではない。

 かつて行軍中に黒ヘビに咬まれたときも、一時は生死の境をさまよっていたのだ。


 オカミはうろたえて、大声でわんわん泣いていた。


『うわぁぁぁあん! あるじ様ぁぁぁぁ!』


「オカミちゃん、落ち着いて! 『混交竜血』だったら薬はあるから、なんとかなるわ!」


『だって、だって、あるじ様は、オカミが咬む約束をしていたのに、その前に、騎士団長アスレなんかに咬まれるなんてぇぇぇ!』


 ずっとサイモンを咬みたかったオカミは、その立場を横取りされたショックで泣いていたのだ。

 サイモンに戻したかったのは『ニーズヘッグ』の血であって、『アジ・ダカーハ』の血ではない。

 それを聞いた女戦士の表情が、すっと冷えた。


「騎士団長アスレ……またサイモンをアスレしたのね……! 許せない!」


「おいおい、さすがにネタだと思ってたけど、あいつマジでサイモンの事を……」


 上級冒険者たちまでもが、騎士団長アスレの男好き疑惑を信じはじめていた。

 女戦士は、騎士団長アスレに対する怒りに震えていた。


「もう我慢できないわ! 私、あいつだけは許せない!

 これだけ武器が揃えば、もうゾンビ対策は十分でしょう? ゴールデンタイムでプレイヤーも増えてきてるから、人手は十分足りるはずよね!?

 私、今から街に行って、騎士団長アスレをぶっ飛ばしてくる!」


「待って」


 ナナオが、女戦士の肩をぐっと掴んだ。

 彼女もまた、決意を秘めた険しい表情をして、ナナオを見つめ返していた。


「まだ作戦を伝えてなかったな。これから皆でぶっ飛ばしにいくんだ」


 ナナオと女戦士は、がっちり手を結んだ。


「サイモン! しっかりして!」


 ぐったりしたサイモンが店に運び込まれて、シーラは驚きの声をあげた。

 前回と同様に、これから港町に出かけるところだったのだ。


 おろおろするシーラとは対照的に、冷静だったのはオーレンだった。


 冒険者たちが大柄なサイモンを店に担ぎこむと、オーレン店長は奥のベッドに寝かせるように指示を出した。


「やっぱり『混交竜血』だね。こんなになるまで放っておいちゃダメじゃないか」


 オーレンは、自分も同じ病気になった経験から、まずは解毒の作用があるお茶を沸かした。

 開店の準備を店員たちに任せて、自分はエプロンを外し、出かける準備を始めた。


「シーラ姉ちゃん、サイモンを見てて。僕は必要な薬を集めてくる。みんなは店番をお願いできる?」


 背の高い料理人は、首を横にふった。


「店番は俺に任せてください。ですが、店長はサイモンの傍にいてあげてください。

 薬なんてクレアに持ってこさせたらいいんですよ」


「ふっ、カメラボーイ、言うようになったわね……貴方ひょっとして、まだオーレン店長の事を……」


「ああ……ようやく気づいたんだよ、俺と店長とでは、住む世界が違いすぎる。

 俺はリアルで、店長はバーチャルだ。

 だからこそ、本当に店長に幸せになってもらうために、俺のするべき役割があるはずなんだ」


 彼の中のオーレンは、姉の幸せのためにサイモンへの恋心を押し隠す、健気な少女なのだ。

 どうにかしてオーレンとサイモンをくっつけようと考えるようになったらしい。


 いままでになく真剣な様子のカメラボーイを見て、クレアは、ふっと笑った。


「……ううん、なんでもないわ、面白いから放っておく」

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