残された異能(チート)
※だいぶん時間が開きました。ご心配かけてすみません。
リアルの世界では、まもなく午後18時40分。
サイモンの世界では、秋アプデまで残り31日となるころ。
宿敵のサイモンを見つけた騎士団長アスレは、両目を獣のように赤く光らせて笑っていた。
うつろな目の国王軍を引き連れ、体から噴き出す紫色の魔力は、ますます勢いを増している。
ブルーアイコンの冒険者たちは、その変わり果てた姿に息をのんだ。
「なになに、騎士団長アスレの様子がおかしいんだけど? アスレファン代表のクレアちゃん、彼ってこんなダークな一面もあるキャラだったの?」
「アスレファン代表のクレアです! えーと、これは完璧に病んでます! 闇落ち騎士団長アスレなんてはじめてみた! 超レアだ!」
非戦闘員のクレアは、茂みの中からしっかりカメラを構えながらも、いつもとは違う異様な気配にたじろいでいた。
運営(GM)のナナオは、彼女が違和感を覚えた理由を知っていた。
「たぶん、大きすぎるバグに触れたせいだと思う……AIがほぼ即興でイベント自動生成をしている状態なんだ。
毎回アップデートの度にキャラデザが苦労して調整してたのに。まったく、親が見たら泣いてしまうよ? 騎士団長アスレ」
ナナオは、すでに戦う準備をしながら言った。
双剣士が持っていた『風魔の剣』と、対ゾンビ用に量産してもらった『聖剣デュランダル』。
異なる2本の剣を同時に装備するのが、双剣士の戦闘スタイルだ。
騎士団長アスレは、こちらが戦闘態勢に入っても武器を構えず、まだ余裕の笑みを浮かべていた。
「丁度いい、異世界の『渡り人』よ。そこに『ドラゴン』がいる」
「『ドラゴン』?」
騎士団長アスレに指さされて、オカミはサイモンの背中にぎゅっとしがみついた。
「貴様らが死力を尽くして『ドラゴン』を狩るつもりならば、我が国王軍が手を貸してやろう」
「なに? どういう事?」
騎士団長アスレは、自分が『ドラゴン』になりながらも、あくまで本来のロールプレイを行おうとしていた。
暴走する騎士団長アスレの間違いを正し、止める者など、この国にはいないのだ。
オカミは、ぐるる、と牙を剥いて、唸り声をあげていた。
前回は飛んで逃げようとしたところを、魔法によって墜落させられたため、周囲を警戒して逃げられないでいた。
『主様、国王軍が相手では、もうダメかもしれませぬ。こうなったら、最後にオカミが咬んで血を返すのです……』
「こら、咬むな」
隙を見てサイモンに咬みつこうとするオカミの頭を、手で押しのけるサイモン。
さっきからトカゲの尻尾をバタバタと振っているし、こんなやり取りがしょっちゅうなので、ブルーアイコンの冒険者たちは、みなオカミの正体が『ドラゴン』なのだと一瞬で理解していた。
だが、ゾンビ兵士たちにとっては、そうではなかったらしい。
オカミを逃がさないように近づいては来るが、攻撃をためらっている。
「騎士団長アスレさま、相手はまだ子どもです!」
「それは見かけだけだ! やつらは、人の姿を借りて人心をたぶらかす、邪悪な魔術の使い手なのだ!」
「とてもそうは見えませんが……!」
「新兵どもめ、私がこの目で見たのだから間違いない!」
「見た目は完全にゾンビなのに、兵士のキャラ保ってる!?」
「うん、ゾンビ兵は実装される予定がなかったから、『未調整』なんだよ」
このように、自動生成に任せきりになってしまうと、様々な違和感やほころびが生じるのである。
「ていうか、これ見よがしにトカゲの尻尾振ってるじゃない。ひと目で『ドラゴン』だと分かりそうなんだけど? なんでこんな簡単なことに気づかないの? 運営(GM)のナナオちゃん!」
「運営(GM)のナナオだが、それがこの世界の常識だとしか言えないんだ……現に、女戦士は獣の尻尾が生えているが、獣が化けているのだという発想にはならないだろう?」
「それは狗人っていう種族がいるからでしょ? じゃあ、トカゲ尻尾の種族も普通にいるってことよね?」
「トカゲ尻尾は私も聞いたことがないんだが……これから実装される可能性はあるかもしれない」
「そっかそっか、よーし、このお話の終着点は見えたよ!」
オカミとおなじ種族がいる可能性がある。
運営(GM)から言質をとったら、話は早い。
TRPG同好会をやってきた女戦士にとっては、即興で話を作るなどお手の物だ。
「その『竜人の村』に、この子を届けるまで、負けられないってことだよね!」
「かもしれない」
まだ実装されてもいないイベントを想定して、そこに向かって動き始めていた。
時にゲームをめちゃくちゃにしてしまう事もあるが、こういう時のブルーアイコンの冒険者たちほど頼りになるものはなかった。
女戦士は、獣耳をぴこぴこ振りながら、斧を構えた。
『浄化』スキルのついた新しい斧を装備した彼女は、近寄ってくるゾンビ兵士たちに向かって大きく斧を振り回した。
「うぉりゃあああっ!」
宙に白い光の円弧が描かれ、周囲のゾンビ兵士たちを貫通していく。
国王軍の兵士たちは、若干のノックバックを受けると、そのままサラサラと砂になって消えていった。
「ちっ、あの狗人か……あくまで私に反逆するつもりか……!」
女戦士に邪魔された記憶がよみがえった騎士団長アスレは、顔をゆがめた。
油断しているとひどい目にあわされるので、できれば接近戦を避けたい相手であった。
「油断するな、そいつは相当な手練れだぞ! 心してかかれ!」
大勢のゾンビ兵士たちが押し寄せてきて、女戦士は斧を振るって撃退し続けた。
しかし、まもなく女戦士は、がっくりその場に膝をついた。
「ううっ、あんまり吹っ飛んでいかないのやだ……! 強いけど気持ち悪い……!」
女戦士は、吹っ飛ばし性能のあまりない新しい武器が気に入らないみたいだった。
戦士のスキルのほとんどが、武器の吹っ飛ばし性能に依存している。
一撃で倒せないような、ちょっと強いゾンビが現れたら、スキルが頼りないので一気に形勢が逆転しそうな気がする。
案の定、がつん、と女戦士の斧を盾ではじくゾンビ兵士がいた。
上級兵士の1人、片手剣使いだ。
こけた頬に、落ちくぼんだ眼窩、まるで生気が感じられない顔つきをしているが、まだスキルを使いこなす知性がある。
隙だらけになった女戦士にむかって、剣を突き刺してきた。
「うぎゃー! 気持ち悪い! 助けてー!」
「落ち着け、女戦士」
ナナオは、女戦士に襲い掛かるゾンビに向かって、双剣を振り回して斬りかかった。
ゾンビ兵士は、盾でさばいて1本目の剣を回避したが、双剣士の職業特性は、『常時連撃』にある。
1撃目と2撃目の間のリキャスト時間が圧倒的に少なく、たとえ回避に成功してもすぐさま次の攻撃につなげることができた。
さらに、攻撃時に2本の剣のスキルを同時に発動させることができるため、いずれの剣が当たったとしても『浄化』のスキルが発動する。
だが、なんとゾンビは2本目の剣を素早い身のこなしで回避し、攻撃そのものを2回連続で回避した。
じつは、今の双剣士のレベルは10しかない。
対するゾンビのレベルはその3倍にも達する。
他のステータスの差が圧倒的すぎて、スキルの相性うんぬんでは覆すことができなかったのだ。
「……あのヘタレ、もうちょっと鍛えておけよ」
ナナオは、双剣士の元アカウント主に対して、毒づいた。
しかもレベルが高ければ高いほど多くつなげられる『連撃』も、レベル10程度では2連撃が限界だった。
2連撃が終わって、隙だらけになったナナオに対して、ゾンビが剣を振りかざした。
「おい、顔色が悪いぞ。もう休んでいろ」
サイモンが横合いから槍を突き出し、ゾンビを鎧ごと貫いた。
ただの槍による通常攻撃なのにも関わらず、一撃でゾンビが粉々に砕け散った。
「騎士団長アスレ、この兵士たちを引かせろ。明らかに様子がおかしい」
今回は国王軍と敵対する理由がなかったため、戦況を見守っていたサイモンだったが、どうやらナナオを助ける側についてくれたようだ。
クレアは、街灯の影に逃げ込んで来たオカミを抱き留めながら、カメラを回して興奮で叫んでいた。
「きゃーっ! ダーリン! ゾンビ世界に転生してもカッコいい!」
『主様を変な目で見るでない、不敬者め』
「嫉妬しているオカミちゃんも、かわいいー!」
ナナオは、サイモンの異様な強さに目を見開いた。
運営(GM)権限を使って、サイモンのステータスを確認してみたら、すぐにその理由が分かった。
サイモンはレベル42になっていた。
どうやら異様な成長を遂げ、レベル40を突破しているのだ。
「レベル42……ッ!? そんな、まさか……デバッグの夜に確認した時は、レベル30前後だったはず……!」
その戦闘力は、レベル上限が30に設定されている国王軍を遥かに超えていた。
いくら敵役であるサイモンのレベル上限が設定されていないとはいえ、こんな初心者用のフィールドで経験値を稼いでいては、丸1日かかっても到達できるようなレベルではない。
だが、サイモンはレベルをここまで上げていたのだ。
今日は、シーラと共にモンスターを倒しながら山から降りてきていた。
その間に、何かが起こったのだ。
「一体、何が……」
ナナオの目にも、それは明らかなバグだった。
実は、ごく普通のNPCに戻ってしまったサイモンに、たった1つだけ残された異能があったのだ。
ソノミネが与えた『獲得経験値N倍』が、ひそかに起動しつづけているのである。