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宿敵のドラゴン

 リアルの世界では、午後18時を少し過ぎたころ。

 サイモンの世界では、ちょうど昼下がり。


 サイモンとオカミは、山を降りていくシーラのすぐ後ろを歩いていた。

 山道にはモンスターが適度に現れたので、サイモンもシーラも軽く蹴散らしていく。


 あまりに強すぎる2人を目の当たりにし、オカミは、ひくひく、と鼻を震わせていた。


あるじ様、申し訳ございません。さっきから隙を伺っていたのですが、ひょっとして、奥方様がピンチのところを助けてあるじ様のいいところを見せる作戦は難しいかもしれません』


「まあ、それは無理な相談だと最初から分かっていたけどな」


『申し訳ございませぬ……オカミが不注意であったばかりに』


 オカミなりに、2人の関係修復にも気を回していたつもりのようだった。

 オカミはトカゲの尻尾をぶんぶん振りながら、記憶を失ったサイモンの代わりに今回の行動を計画していた。


「ふむ……不思議な話だな。すぐに信じろというのは難しいが」


『今はそれでいいのであります』


 やはりサイモンは、オカミの正体が『ドラゴン』だと聞いても受け入れてくれた。

 かつて自分も『混交竜血』だったというのが大きいのだろう。

 シーラの方はどう反応するのか、まだよく分からないので、内緒にしてもらったが。


『まずは、騎士団長アスレをどうにかして倒さないといけませぬ。今は奴も『ドラゴン』になるはずであります』


「おいおい、領地最強の騎士団長だぞ、物騒な話だな」


『それだけではありませぬ、おまけに自分も山登りをして『ドラゴン』狩りをしているのです。今回も下山していると、すぐに会うかもしれないのです』


 オカミは、警戒してきょろきょろと辺りを見回していた。

 今のサイモンはマップ機能が使えないため、国王軍にいきなり遭遇する可能性がある。

 もしそうなったら、オカミは自分の身を挺してでもサイモンを守るつもりだった。


『騎士団長アスレは、すれ違う人すべてに『トキの薬草』を食べさせている変態でございます。もし見つかったら、オカミは逃げるしかないのであります』


「そいつは自分が『ドラゴン』なのに、『ドラゴン』を殺す毒を配り歩いているってのか? もし間違って自分が飲んだらどうするんだ」


『変態の考えることは分からないのであります』


 ドラゴンになった騎士団長アスレは、サイモンの攻撃をしのいだあと、ヘカタン村を滅ぼし、帝国の方に向かって飛んでいった。

 朝日が昇るタイミングまで『ドラゴン』になっていたので、原理上は、かつてのサイモンのように初期化を免れているだろう。

 前日の記憶が残って『リスポーン』しているはずだ。


 だが、確認するまではっきりと言い切る事はできない。

 これはそもそも意図せぬバグなので、ひょっとすると、騎士団長アスレの何かが作用して『ドラゴン』になる前の状態まで戻っているような事もあるかもしれない。


『もし仮に『ドラゴン』のままなら、今は『ドラゴン』狩りをしていないかもしれないのであります。……港町の検問もやっていないかもしれませぬ』


「そもそも、国王軍が山登りなんてするのか? よほどの事態だと思うが」


『まさか、そこを疑われるとは思っても見なかったのであります。ええい、オカミの言う事はすべて真実なのであります。あるじ様は黙って聞いているのであります』


 ぺちぺち尻尾で叩いてくるオカミ。

 不意に、シーラが道を外れて、ふらふらと岩の上に登っていった。


「……お前、寝心地よさそうだな」


 羊型のモンスター、グランドシープの群れがあった。

 もこもこした毛並みの羊に近づくと、剣をぶんっと振ってひっくり返し、そのお腹にごろん、と横たわった。


「あ~、疲れた……お腹空いた」


 どうやら羊をクッションにして、休憩しているらしい。

 ぐー、とお腹の音が鳴っているシーラ。


 シーラは出かけるとき、携帯用の干しイチジクを食べていたが、あれだけではお腹を満たすことはできないだろう。


『奥方様は、お昼を持ってきていないのでありますか』


「そうみたいだな。オーレンに作ってもらっているのかと思ったが」


あるじ様、これはチャンスなのであります。いい所を見せましょう』


 サイモンも、まだ料理店が開店していない早朝に出発したので、作ってもらう暇がなかったのだが。

 かわりに市場で調達したカモ肉の燻製を持っていた。


「お昼にするか、シーラ」


「むー」


 下唇を噛んで、サイモンを見上げるシーラ。

 やはりまだ機嫌がよくないらしい。

 不機嫌そうな顔つきで見られて、オカミはぎょっとして、サイモンの後ろに隠れてしまった。


「あんまりこいつの事を嫌わないであげてくれ、悪いやつじゃないよ」


「そうじゃなくて……サイモン、ちょっと聞いていい?」


「なんだ?」


「どうやったら子どもってできるの?」


『奥方様、なんと大胆な』


 ヘカタン村では誰も教えてくれないので、シーラは純粋に疑問なだけだった。


 とりあえず、子どもは愛し合う男女の間に、自然にできるものというのがヘカタン流の教え方である。


 しかし、シーラは村の常識にとらわれず、星座を自分で発見するなど、知的好奇心が旺盛なところがあった。

 サイモンは、首を振った。


「いや? すまないが俺もよく知らない」


あるじ様、別に正直に答えなくてもよいのであります』


「本当に心当たりないの? とりあえず、サイモンには相手の女の人がいたわけよね? その人は今どこにいるの?」


「それも心当たりがないんだが。気がついたら子どもがいた」


「そっか、そんな感じなんだ……じゃあ、その子の親って、サイモンと誰なの?」


「誰なんだろう? おい、オカミ、心当たりはないのか?」


『……お、オカミにも分からないのであります』


 あまり適当な事を言っても困るので、そう言うしかなかったのだが。

 オカミは顔が真っ赤になってしまった。


「そっか、お母さんは分からないのか」


 しばらく、カモ肉をもしゃもしゃ食べていたシーラは、意を決したように羊のクッションから立ち上がった。


「よしっ、探すわ。その子の親」


 どうやら、シーラはやる気になったみたいだった。

 勇者らしく、兄貴肌な所があるのである。

 サイモンは、オカミとひそひそと話し合った。


「本当のところはどうなんだ?」


『オカミに親などいるはずがないのであります……オカミはあるじ様の血を浴びた獣なのであります。いても山の獣でありましょう』


「早めに本当の事を伝えた方がいいかもしれないな……」


『善処するのであります』


 だが、このときオカミもすっかり忘れていた。

 自分がただの獣ではなく、誰かの『使役獣』であったという事を。


***


 リアルの世界では午後18時20分。

 サイモンたち一行は、夕暮れごろにようやく山の麓へと到達した。


 ひょこっと木の間から顔をだしたオカミは、港町の様子を見てふんふん鼻を鳴らしていた。


『検問がないのであります』


「良かったな」


『けっきょく森でも国王軍に会わなかったし、騎士団長アスレは何をやっているのでしょう?』


 オカミは首をひねっていたが、ともかく港町に入ることができた。

 人だかりに緊張して、サイモンの足にばかり引っ付いていると、シーラが不意に振り返り、自分の足を叩きながら言った。


「ほら、こっち。サイモンが疲れるでしょ」


 オカミはシーラの足に引っ付いて、人ごみを歩いて行った。

 冒険者ギルドに至ると、受付嬢のメイシーが一行を出迎えた。

 シーラに対してはいつも人当たりがよく、にこにこしている。


「あら、こんばんわ、シーラさん。今日は小さい子もいるのね」


「うん、サイモンの子どもらしいの。母親を探したいんだけど」


「へぇ?」


 受付嬢メイシーの目つきが、凄まじく鋭くなった。

 だが、すっかり記憶を失って普通のNPCになってしまったサイモンを見ると、にたり、と薄い笑みを浮かべた。


「ふっ、あの宿敵も、こうなってみると哀れなものですねぇ。分かりました、特別な魔道具を使いましょう」


「そんな便利なの持ってるの?」


「ええ、【鑑定】スキルの応用で、本来は人捜しに使うものですが……この手の依頼は、しょっちゅうありますから」


 彼女は『使役獣』を使ってヘカタン村の情報を得ていたため、だいたいの事情は知っている。

 オカミの両親など決して見つからないことも知った上で、手を貸しているのだ。

 判明したところで、おそらく山の獣である。

 シーラの軽蔑する眼差しがサイモンに向かうのを想像すれば、それはそれで面白そうだ。


 受付嬢メイシーは、小さな水晶玉を取りだすと、オカミの首から提げた。


「これを持っていってください」


「いいのか、高価なものじゃないのか?」


「ご心配なく、これが必要なのはスキルを持たない初心者ぐらいですからね……これは鑑定魔法を封じ込めたものですので、スキルを発動させてみてください」


『こうでありますか?』


 オカミが、首から提げた水晶に手を当てると。

 弱々しい緑色の光が水晶から放たれ、オカミの体を柔らかく包み込んだ。

 そして一筋の光が真っ直ぐに伸びてゆき、目の前にいる受付嬢メイシーの体を照らした。


『動きました、この光はいったいなんでしょう?』


 受付嬢メイシーは、座った目をしてその水晶をにらみつけていた。

 自分に真っ直ぐ光を投げかけてくる。


「……へぇ? そう来るんだ」


 受付嬢メイシーもすっかり忘れていたが、この『使役獣』を作ったのは彼女だった。

 当然、親はどこかの山の獣ではなく、メイシーになる。


 魔道具が正確に動作してしまったので、どう弁明しようか迷っていたが、シーラが真っ先にその光の意味に気づいてしまった。

 シーラは驚きに目を見開いていた。


「メイシーさん……どういう事なの?」


「違うわ、シーラ。そうじゃない」


 慌てて弁明しようとする受付嬢メイシー。

 彼女は思わず、すべてを打ち明けそうになった。


「正確な事を言うと、この子は人間じゃなくて……」


 がしっと、受付嬢メイシーの足にオカミがしがみついてきた。

 うー、と唸って、首をぶんぶん横に振っている。


 シーラに正体が知られた瞬間に殺されるかもしれないのだ。

 そのことを理解した受付嬢メイシーは、とっさに「それはまずい」と判断した。


 見た目はただの子どもだが、『ドラゴン』の討伐クエストが出ている今、シーラはこの子を斬ることをためらわないだろう。

 だが、公然と子どもを手にかけるのは、ギルドにとってもシーラにとっても外聞に悪い。彼女の成功を妬む者から悪し様に言うものも出てくるはず。


 受付嬢メイシーがなによりも守りたいのは、シーラという英雄である。

 彼女の英雄性を守るために、ここは自分を犠牲にすることにした。


「……ごめんなさい、本当は私の子なの」


「えっ、山の獣じゃなかったのか?」


 サイモンがびっくりしていた。

 シーラは、サイモンの腕を引っ張って、受付嬢メイシーの隣に並ばせた。

 受付嬢メイシーと元冒険者サイモンの間にトカケしっぽのオカミが並んでいるのをじっと見ていた。


「なるほど、なるほど」


 何か符号ががっちりとはまっていく様子のシーラ。

『クエスト達成』のサインがシーラの頭上に浮かびあがった。


 サイモンとメイシーは、ひそひそ話していた。


「なあ、ひょっとして本当にこの子の母親なのか?」


「あとで2人ともぶっ殺しますから、とりあえず今は話をあわせてください」


『恐い母上なのでありんす』


 とにかく、こうしてサイモンは宿敵の『ドラゴン』メイシーと再開したのであった。

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