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ホワイトアイコンに突然子供ができてしまったら

 リアルの時刻は、午後17時40分。

 サイモンの世界では、ようやく朝が始まる頃。


「ふわぁぁ~……」


 ヘカタン村の門番であるサイモンは、うーん、と大きく伸びをしていた。


 古木には小鳥たちがちちち、と群れ集い、石塀からウサギがのそのそとはい出して、サイモンの足元を通ってゆく。


「よし、今日も平和だな」


 近くの森でアブクオオカミが出たという情報があり、先日は一晩中立っていたサイモンだったが、すがすがしい朝を迎えることができて一安心していた。


 ふと森の方を見ると、木の影からなにやら小さな子どもがサイモンの様子をじっと見ていた。

 うー、と唸って牙をむき、トカゲのような尻尾をぶんぶん振っている。


 今日のサイモンには、まるで記憶のない子どもだった。


「ヘカタン村の子どもじゃないな……ヘキサン村の子どもだろうか?」


 ふむ? と首を傾げた彼は、森まで近づいていった。


 この時刻になると、ヘキサン村から冒険者たちが続々とやってくる。

 子どもは冒険者たちの目を恐れ、怯えて身を隠しているようにも見えた。


 けれども、大柄なサイモンがすぐそばまで近づいても逃げようとしない。

 不思議な雰囲気の子どもだった。

 サイモンが子どもに怖がられないのは珍しい事で、なるべく優しく声をかけてみた。


「どうした、迷子か?」


 サイモンが屈んで話しかけると、子どもはかっと牙を剥いて、吼えるように言った。


『それがしは、オカミにございます、あるじ様ッ!』


 いきなり大声で名乗られて、サイモンは驚いた。

 初対面の相手を『あるじ様』と呼ぶとは、ひょっとして奴隷の子だろうか?


 ひどく傷ついた子どもは、大人を信用できなくなるものだ。

 とにかく、オカミという名前なのが分かっただけ、よしとする。


「そうかそうか、オカミというのか、可愛い名前だな」


『そんな軟派なんぱな褒められ方をしてもちっとも嬉しくございませぬ! なんですか、さっきのあの戦い方はッ!

 まるでドラゴンに乗ったのがはじめてみたいな有様ではありませんかッ!』


「ははは、何を言っているんだ、俺がドラゴンの背中に乗れるわけがないだろう? 分かったぞ、怖い夢でも見たんだな?」


『なんですかその憐れむような目はッ! この腹心たるオカミの背中を忘れるなんて! ウマに乗るのは得意だったのではなかったのですかッ!

 それにあの槍技グリッチはどうなさったのです!? あれさえあれば、傷が再生する程度の『傲慢ごうまん』など、木っ端みじんに出来たはずなのにッ!』


「なんだ? 俺の槍を使ってみたいのか? はっはっは、お前にはまだ槍は早いな」


『違いまするッ! よもや、あれだけ大口をたたいておきながら、肝心の必殺技も忘れておいでとは……! その体たらくで、一体どうやって村を守るおつもりだったのでございますかッ!

 あるじ様、ゼロ点! ゼロ点でございまする!』


 いきなり咬みつくような剣幕でダメ出しをしはじめた子ども。

 初期化されたサイモンには、まったく心当たりがない事ばかりだった。

 まともに取り合えというのも無理な話である。


「で、オカミはこの村になんの用事があるんだ?」


『くっ、なんたるストレス……! 言いたい事が山ほどあるのに、また最初から説明せねばならないとは……!』


「おいおい、ちゃんと目を見て話してくれよ。お父さんとお母さんは? だれか大人はいっしょじゃないのか?」


 もしも、口減らしかなにかで奴隷として売り渡された子どもなら、売った本人である両親の事を尋ねるのは酷かもしれない。

 けれども、相手の境遇が分からなければ、どう対処していいかも分からない。確認する他なかった。


 オカミは、すぅーっと息を吸い込んで、大声で怒鳴った。


『いいですか、オカミの親は、貴方ですッ! 貴方が血を分けてオカミが生まれたのですよ! あるじ様ッ!』


「なんだって? お前、俺の子どもなのか?」


 まったく身に覚えのないサイモンは、びっくりした。

 そしてそのタイミングで、ちょうど背後を通りかかったシーラが、からーんと剣を落としていた。

 彼女はサイモンよりもびっくりした様子で、顔を青くして、大きく目を開いている。


「ああ、シーラ、出かけるのか? いってらっしゃい」


 サイモンは気づいていなかったが、シーラの表情は凍り付いたまま動かなかった。


「サイモン……あなた、子どもがいたんだ? いつ? どこで? 村からいなくなっていた間に?」


「いや、俺にはまったく身に覚えがないんだが。どうやら、この子はそう言ってるみたいだな」


「へー、身に覚えがないんだ……そういう感じなんだ」


 シーラが、すさまじい剣気を展開して、一気に空が曇り始めた。

 小鳥たちが遠くに逃げて、遠くに稲光が見えた。


『こ、この女……何者……!』


 まがりなりにも勇者であるシーラの桁違いの戦闘能力を感知したオカミは、ぶるぶる震えていた。

 シーラは、ぎゅっと白銀の剣の柄を握りしめて、言った。


「私さ、貴方の事なんでも知ってると思ってたけど、自惚れてたわ……ちゃんと知らない事もあったみたいね」


「ああ、俺もびっくりしているよ」


あるじ様ッ!?』


 かなり間違った方向に話が進んでいる事に気づいたオカミだったが、ドラゴンであることを安心して明かせられるのは、サイモンだけだ。

 むやみに訂正して、シーラにまで正体を知られると、いったいどうなるか分からなかった。


「どうするの? その子」


「事情がよく分からないから、とりあえず村長に相談してみるよ。シーラ、今日はどこにいくんだ?」


「ふん、どこだっていいでしょ? 貴方に関係あるの?」


 咬みつくように言って、ふん、と顔をそらし、村から去っていくシーラ。

 かなり機嫌を損ねてしまったみたいだった。

 その後ろ姿を見送って、サイモンはふと気づいた。

 どうやら、歩きで山から降りるつもりらしい。


「あれ、いつもは馬車で降りていたのにな……今日は歩くのか」


『さすがに所持金が減ってきたのだと思われます』


「所持金?」


『オカミの見た所、奥方様はこれまで、ずっと昼まで寝ておられましたし……』


 シーラが移動に使っていた馬車は、片道25ヘカタールかかる。

 それにここ数日は船で国外に出かけていたので、その料金も毎回支払っていたはずだ。


 所持金は『ステータス』に含まれるので、初期化を受けても回復しない。

 ホワイトアイコンは経済状況に応じて、少しずつ行動を変えていくのである。


「今日は早起きして、冒険者ギルドでクエストでもこなすのかな」


『そうです、一緒に行きましょう!』


 オカミは、ぴんと来てサイモンに言った。


あるじ様も、冒険者ギルドに行って、クエストをこなすのです! 強いモンスターを倒して、すっかり鈍ってしまわれた戦いの勘を、取り戻さねばなりません!』


 確かに、前線から退いたサイモンは、かなり体がなまっているところだったが。

 どうしてこの子が知っているのか。


 サイモンは、怪訝そうに眉をひそめた。


「お前、俺の勘が鈍ったって、どうして知ってるんだ?」


『ふふん、失礼ながら、誰がどう見てもあるじ様は、鈍すぎでございますよ!』


 こうして、サイモンはある日とつぜん現れた自分の子どもと共に、山を降りることになったのだった。

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