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シナリオライター

「リーダー! 待って!」


 女戦士が呼び止めると、双剣士は落ち着いてゆっくりと振り返った。


 辺りには雪が降りしきっていて、2人の間を白く染めている。

 女戦士は、自分の息が白く凍っているのに気がついた。


「どうしたのよ、チャットの返事もしてくれないじゃない! というか、もう家に帰ってたの? 学校が忙しいんじゃなかったの!?」


 双剣士は、いつもより数段ぼんやりとした眼差しで、女戦士を見つめていた。


 見つめているのは、女戦士の顔ではない。

 じっと彼女の頭上、夏の青空の色をしたアイコンを見ている。


「ああ……君が【アイラ】か。よくチャットしてたみたいだね」


 双剣士は、ようやく相手が誰なのか分かったようにつぶやいた。

 どうやら、アイコンの傍に表示されている名前を見たのだ。


 女戦士は、とてつもない違和感に気づいた。

 何年も一緒にゲームをやってきた仲だから、この異常はすぐに分かる。


 外観は双剣士だったが、まるで中身が別人みたいだった。


「ねぇ、あなた……リーダーなのよね?」


 怯える女戦士の懸念をよそに、双剣士はひと気のない裏路地をどんどん歩いていった。

 まるで得体の知れない存在になったようだった。

 女戦士は、震える体をおして、その後についていった。


「ねえ! ちょっと待ってよ! 悪い冗談はやめてよ! リーダーと、話したいことがあったんだよ、まほまほが、逮捕されたんだよ!?

 ログインしてきたら、真っ先に話し合わなきゃ、ダメじゃない。ずっと仲がよかった、まほまほだよ?」


 双剣士は、少しこちらへ振り返った。

 どうやらこれは、魔法使いの事すらも知らないような顔だ。


 はっきりと別人だと分かる、鈍い反応だった。

 そうだ、本当はリアルの双剣士は今ごろ、2時間かけて自転車をこいで帰宅している最中のはずだった。


 これは恐らく、ネットゲームにおける、『成りすまし』。

 他人のアカウントを使ってゲームに侵入する、『アカウントハック』だ。


 相手は何者で、一体、どうやってそんな事を可能にしたというのか。

 恐怖しか覚えなかった。

 女戦士は、歯がガタガタ鳴って、震えはじめた。


「私、リーダーに言おうとしてたんだよ……リーダーのせいじゃないって。

 というか、それ多分、本当は、私のせいかもしれなくてさ……いや、絶対、たぶんそんな事ないだろうけど……とにかくそんな感じで話そうと思ってたのよ」


 双剣士は、しばらく女戦士の話を聞いていたが、不意に襟首を下げて、口をあらわにして言った。


「大丈夫、彼とは、もうすぐ会える……私は、この世界のストーリーを修正しに来ただけだから」


 双剣士は、独り言を呟くような独特な口調で言った。

 そして、背中の双剣をかちゃかちゃ鳴らしながら、ふたたび街路を歩き続けた。


「えっ、なんて言ったの……?」


 まるで、目指す場所を知っているかのような足取りだった。


 冒険者ギルドから遠く離れ、人通りのない裏路地まで至って、双剣士はようやく足を止めた。

 そこには、傷だらけになって地面に座り込んでいる騎士団長アスレがいた。


 その生々しい傷を見て、女剣士は思わずうめいた。


「うぅっ……!? ひどい、誰があんなことを……!」


 さきほど自分が激しく交戦していた事などすっかり忘れて、女戦士は動揺した。

 双剣士は、さほど感情が動かされていなかったように、冷ややかに言った。


「気にしなくてもいい、これは、運命スクリプトの範囲内の展開だから」


運命スクリプトってなに? それって……」


「あなたがここにいる事は、イレギュラーだったけど、それは大して問題ない」


 双剣士は、騎士団長アスレがうつろな目で見つめる先に、ふわりとフードの男が現れるのを指さした。


「戦いに敗れた騎士団長アスレは、『ファフニール』を名乗る男に声を掛けられる……これは、シナリオナンバー1039番に記されている展開」


 すべてを予見していたかのような双剣士の口調に、女戦士は目を見張った。


「あなた……運営(GM)なの?」


「うん。私は、学生美少女シナオリオライターのナナオ。

 バグにまみれて歪みきってしまったこの世界のストーリーを修正するために、やってきた」


「ナナオさん……ありがとう、自分から教えてくれて。ちょっと聞きづらいところあった」


「とりあえず、あのガイコツは、ちょっと夢が大きすぎる。デバッグ対象」


 ゲームの世界で起こり得る全てのシナリオは、あらかじめ運営(GM)によって大筋が決められている。

 しかし、毎週膨大なアップデートをするその大筋のすべてを知る者は少ない。


 だが、ゲームデザイナーに膨大なプログラムのほとんどを把握している天才がいるのと同様に。

 シナオリオライターにも、無数にあるシナリオをあらかた把握している天才がいた。


「ようやく見つけた、お前が『脱獄AI』か」


 フードの男は、彼女の存在に気づかない。

 基本的にホワイトアイコンは、一般プレイヤーの存在をほとんど無視してストーリーを展開させる。


 恐らく、運営(GM)のアカウントをすべて把握していて、リアルの彼らの動きに応じて出現するかしないかを決めているのだ。


 ナナオが会社から離れ、一般プレイヤーのアカウントを利用して乗り込み、ようやく見つけることができた。


「あえて嬉しいよ」


 双剣士は、右手を背後に伸ばした。

 剣を握るかに見えたが、そうではない。

 その手は頭の後ろに伸びてゆき、見えないコンソールを叩きはじめた。


 各プレイヤーの死角には、透明なキーボードが仕込んである。

 開発者がゲーム中に外部アプリを操作するために利用する、隠しコンソールだ。


【デバッグプログラムαを実行します】

 

 とつぜん外部アプリが起動し、けばけばしい色合いの四角いウィンドウが、双剣士の目の前に浮かんだ。


【プログラムが破壊される危険があります。実行前にデータの保存を推奨します】


「うん、実行して」


 解除コードの声に反応して、フードの男の体が極彩色の炎に包まれた。

 無数のウィンドウがフードの男の体から開かれては閉じ、空に昇っていく。

 男の全身を構成するバグが修正を受け、次々と削除されているのだ。


 蓄積した大量のエラーを吐き出しながら、フードの男は地面に倒れ伏し、あっけなく燃え尽きた。


 女戦士は腰を抜かして倒れていたが、とつぜん謎の人物があらわした能力に目を輝かせていた。


「す……すごい。本物の美少女天才ハッカーだ。まさか、本当にそんな生き物がこの世に実在するなんて……」


「……美少女天才ハッカー」


 どうやら、女戦士の目にはそのように映ったらしい。


 上級冒険者たちを説得し、『ログアウト不能事件』の計画を打ち明けたのも。


 双剣士のアカウントをハッキングして、この世界に乗り込んできたのも。


 すべてナナオがやった事だ。


 双剣士は、ちょっと遠くに目をやって、複雑な心境を口にするように言った。


「うん、まあ、だいたい、そういう所」


「すごいなー!」


 女戦士は、憧れの眼差しを向けていた。


 そのとき、傷だらけで倒れている騎士団長アスレの体が、黒い霧をふきはじめていた。


 リアルの時刻は、ちょうど17時20分。

 秋アプデまで、残り32日を切っていた。

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