酒場での出会い
リアルの時刻は、午後17時20分まえ。
サイモンの世界では、まもなく日付が変わろうという頃。
「いやー、まけたまけたー! あいつ強いなー!」
女戦士は、騎士団長アスレを追い回すことを諦めて、夜の街を歩き回っていた。
『始まりの石盤』がある港町まで、騎士団長アスレを誘い込んだところまではよかった。
だが騎士団長アスレは、無限に突進してくる女戦士をことごとく返り討ちにし、とてつもない粘り強さを見せた。
やはり、騎士団長アスレは戦闘の経験が豊富なベテランだった。
女戦士もあらゆる手を尽くしたが、攻撃パターンがすべて読まれてしまうのだった。
「まずい、これは一旦出直しだ!」
と判断した女戦士は、とりあえず仲間を探すことにした。
徒党を組めばなんとかなるかもしれないと考えた彼女は、冒険者ギルドの酒場を目指して走っていた。
普通の店はすでに閉店している時刻だったが、酒場は朝方まで営業を続けている数少ない店だ。
「ここが冒険者たちの酒場ね! たのもー!」
前にメンバーに連れられて来たとき、酒場には、クエストを一緒にこなしてくれるメンバーを探す冒険者が大勢いた。
しかし、今の酒場はブルーアイコンの冒険者の姿は1人2人しかいないようだった。
入ってすぐのカウンター席に、羊の巻き角をゆらゆら揺らしながら、お酒を飲んでいるプレイヤーがいた。
「あらあら~。狗人じゃない、可愛いわぁ~。スクショ撮っていい~?」
「むむっ、そういうあなたは、羊人ねー! どぞー!」
女戦士は、持ち前の遠慮のなさでさっそく仲間を見つけてしまうと、その隣に座った。
女戦士は、バーチャルと言えどもお酒を飲むのを禁止しているので、頼むのはいつもリンゴジュースだ。
このドルイドによると、どうやら他の大勢のプレイヤーは、レイド戦に参加しにいったらしい。
ドルイドも本当はレイド戦に参加しなければならない主力メンバーだったが、大掛かりな呪術のために集めていた薬草を大量に失ってしまったので、一時休憩しているのだった。
「可愛い女の子を守るために使っちゃったのよ~。って言ったら、みんなあっさり許してくれたわ~」
「きっと自分でもそうするからねー。冒険者だもの」
「お~、分かってるわね~。今なら手を貸せるけど、どんなイベントしてるの~?」
「ドルイドさんはサイモンって知ってる? 山のでっかい男なんだけどさー」
「うん、知ってるわよ~」
「そのサイモンが、ドラゴンの女の子と引っ付きそうになってたから、国王軍から守るために戦ってたんだけどさぁー」
「たった1人で? あらあら~。偶然ねぇ、私もその女の子を助けてたわよぉ~」
「ほんと!? それで、騎士団長アスレが出てきたんだけど、そいつがめちゃくちゃ強くてー」
「あはは~。騎士団長アスレは、この前みんなで『くっころ騎士』にしてやったばかりだわ~。貴方は倒したの~?」
「いやー、負けた負けたー。ぶっ飛ばされちゃったー。あははー」
「ふふふ、あはは~」
ドルイドが笑うと、羊の角がごつごつ頭にぶつかってくるので、女戦士も負けじとごつごつ頭突きを返していると、コック帽をかぶった料理人がやってきた。
料理人は、両手に4皿くらいの料理を持っている。
お互いに「どっちが頼んだの?」という顔をしていると、料理人が2人に声をかけた。
「さーせん、隣いいっすか……あ、これ全部俺のです」
「おー? 料理人なんだ! はじめて見た!」
「へー、料理人って、結構めずらしいねぇ~」
料理人は、皿を全部自分の前に置いて、カメラでぱしゃぱしゃ写真を撮っていた。
『通りすがりのカメラボーイ』という名前らしく、本格的な撮影者のようだ。
彼はひとつひとつの料理をじっくり味見しながら言った。
「いま、ヘカタン村の料理店で働かせてもらってるんだけどさ」
「ほうほう」
「いずれ料理店を本気でやろうと思ってて、いろいろ研究してまわってるんだ」
「いい! ユニーク!」
ぱん、と手を叩いて、女戦士は立ち上がった。
手を2人に向かって差し出す。
「私たち、パーティ登録しましょう! とりあえず、これから騎士団長アスレをぶっ飛ばしに行くってことで!」
「うーん、俺は掛け持ちはちょっと無理……もう料理店の『工房』に所属してるから」
「えー、ヒツジちゃんはいいよね?」
「ごめ~ん、私、ちょっと身バレするの怖いから無理~」
「ええー!? そんな後ろめたい過去とかあるんだ!?」
「あははー、じつはねー、私、風邪ひいたって言って、大学休んじゃってるんだ~」
「そんなことできるんだ!?」
「寮で一人暮らしだからね~。けどヘッドギアは大学の借りてるし、学校のアカウントそのまま使ってるから、プロフィール見られるとまずい~」
「学生あるあるだな。じつは、俺も卒論の研究あるんだけど、後輩に任せて逃げてきた」
「へー、偶然もあるもんだねぇ~。私も優しい後輩が研究を代わりにしてくれるっていうから~、ついつい甘えちゃったんだ~」
「やっぱり持つべきものはいい後輩だよな」
うんうん、と頷きあうドルイドとカメラボーイ。
女戦士は、まだ大学がどういう所かは知らないが、触れてはいけない闇の部分に触れたような気がして固まっていた。
「大学って怖いところなんだなー……たしか双剣士も、先輩2人が風邪で休んだから帰れなくなってるって言ってたけど……あれ? ひょっとして……」
ふと、ドルイドとカメラボーイの隣の席に、すごく見覚えのある姿が見えた。
全身がカラスのような漆黒の服。
背中に2本の剣をさしている、双剣士ジョブ。
深海のように真っ青なアイコンの隣には、【ノルド】と名前が浮かんでいた。
女戦士は、思わずリンゴジュースをこぼしてしまった。
さっき入って来たときはいなかったのに。
いつの間にか双剣士がすぐそこにいた。
しかも、一体どういうつもりなのか、女戦士のチャットにも返事してくれていない。
女戦士には目もくれずに、こっそり席に座って話を聞いている。
「はっ、ひょっとして」
女戦士は、はっとした。
そう言えば、女戦士がゲーミングカビゴンをねだった相手は、最初は双剣士だった。
その双剣士が手が離せないから魔法使いに依頼して、結果的に魔法使いが逮捕されるようなことになったのだ。
仲間が逮捕されるきっかけを作ってしまったのだ。
ひょっとすると、いつものように女戦士と軽々しく話ができるような心境ではないのかもしれない。
さらに、風邪で休んでいるはずの先輩2人と出くわしてしまったら。
これはマズい現場に遭遇してしまったのでは。
直感が働いた女戦士は、双剣士のフォローに入った。
「えー、その後輩のひと、可哀そうじゃない?」
「あ、大丈夫、大丈夫。俺の方は、おなじゼミに同期が1人いるから。きっとそいつが面倒見てくれてるよ。後輩のレベルアップにも、ちょうどいいんじゃない?」
「そうそう~、私の方も同じゼミに同期が1人いるのよ~。後輩君ひとりだと心配だけど、その人がいれば何とかなるわよ~」
「いやー、偶然ってあるもんだなー」
「ほんとそうよね~」
あははは、と笑いかわす、ドルイドとカメラボーイ。
女戦士は胃がキリキリ痛む気がした。
どうしてこの2人はこんなに勘が鈍いのか。
どう考えても知り合いだった。
こんな会話をして、すぐそこに後輩がいると思わないのか。
双剣士は、何も言わずに席から立ち上がると、冒険者ギルドの酒場から出て行った。
「……り、リーダー……ごめん、私、ちょっと用事できた!」
騎士団長アスレの事も気になるが、双剣士も気になる。
女戦士は、迷った末に、その後を追う事にしたのだった。