七番目の竜
リアルの時刻は、17時5分。
サイモンの世界では、夕闇が深まった時刻。
「サイモンししょー! アスレっちは私が食い止めておくから、今のうちに逃げて!」
「本当に大丈夫か……」
『主様、ここはご厚意に甘えましょう』
国王軍に対して反逆するサイモンを守るべく、女戦士は単身、騎士団長アスレと対峙していた。
「ドラゴンが逃げます、アスレ様」
「新兵たちに追わせろ、奴らでは戦士の足を止められない」
戦士の戦い方は、決して正攻法ではない。
相手を行動不能にし、攻撃の隙を生み出し、クリティカルヒットを量産する、邪道な戦い方が基本であった。
場馴れしていない新兵に当たらせては、足元をすくわれるかもしれない。
国王軍は、森に逃げたサイモンを追うために分断し、騎士団長アスレを中心とした上級兵たちがその場に残った。
騎士団長アスレは、傍に控えていた上級兵士から剣を受け取ると、再び緑色の魔力をたぎらせた。
「たかだかレベル15程度で、この俺に立ちふさがるとはいい度胸だ……!」
武器スキルを拡張する事に特化している魔剣士にとって、主力武器の魔剣を失う事は死活問題だった。
とうぜん、騎士団長アスレは武器を失ったときの備えをしているが、万全の状態よりも格段に弱い事には留意しなくてはならない。
魔剣士スキル第一階梯、【魔剣複製】が発動した。
周囲の兵士たちの武器から青白い光が立ち昇り、騎士団長アスレの剣に集まっていく。
周囲の武器のスキルをランダムに徴収し、武器に宿すスキルだ。
「俺から武器を奪ったつもりか!? さあ、道を開けてもらおう……!」
「どおりゃぁぁぁぁ!!!」
だが女戦士は、まったくひるむことなく、まっすぐに騎士団長アスレに突進していった。
あまりの潔さに、逆に騎士団長アスレの方がひるんだ。
「なんだ……玉砕でもする気か……!?」
騎士団長アスレは、咄嗟に頭脳を働かせた。
相手はレベル15だ、何か策がある。
レベル15は、魔の山を単独で踏破し、Cランク討伐モンスターと戦える程度の実力者だ。
ふつう相当な場数を踏まなければこの域になりえないため、無策で突っ込んでくるとは考えにくかった。
「シールドバーッシュッ!」
女戦士は円盤状の盾を構えると、わざわざ技名を叫んで騎士団長アスレに突撃していった。
「なぜ技名を叫ぶ必要が……はっ、そうか!」
【シールドバッシュ】は、盾で相手の攻撃をいなしながら体当たりして、相手を吹き飛ばすスキルだ。
「となると、盾はおとり……! 本命を隠すためのカモフラージュという訳だな……!」
騎士団長アスレは、ピンときた。
恐らく、盾に隠れて斧とは別の武器を仕込んでいるのだ。
さすが戦士、卑怯なからめ手は得意だ。
仕込み武器は数あるが、盾に隠れるならさほどリーチはないはず。
ならば、こちらが長剣の間合いを取れば当たることはない。
攻撃が発動する前に先制して仕留めるのがベストだ。
女戦士の戦略を深読みした騎士団長アスレは、盾に向かって剣を突き出した。
「残念だったな、この俺にそんな手は通用しないっ!」
【魔神斬り】のスキルを発動する。
騎士団長アスレの長剣が、不気味な魔力をまとって振るわれた。
ぱきん
だが、剣は女戦士の盾によって、音を立てて弾かれた。
【シールドバッシュ】の性能も、武器の吹き飛ばし性能に依存するのだ。
女戦士の盾は、騎士団長アスレの剣を弾いて攻撃を回避すると、さらに騎士団長アスレの体を押し、数メートルほど背後に突き飛ばした。
「ぐううッ!?」
バカな、ありえない。
本当にただの【シールドバッシュ】だった。
地面に膝をついた騎士団長アスレが顔をあげると、ちょうど彼に向かって大きな木が一本、飛んでくるところだった。
【岩石飛ばし】だ。
その威力は攻撃力よりも、武器の吹き飛ばし性能に依存する。
あり得ないような勢いで飛んできた。
周囲の木をへし折り、複雑に回転しながら騎士団長アスレのいる所に突っ込んで来た。
騎士団長アスレは、間一髪で避けたが、国王軍の兵士が数名、木の下敷きになっていた。
「ば、バカな……なんという威力だ!」
戦士がからめ手に使うたいていのスキルは、『吹き飛ばし性能』の高さに依存するため、こういう場合は吹き飛ばしに耐性をもつ重装兵を当たらせるのが常だった。
だが、調査で山登りを必要とするこの軍は、可能な限り軽装兵で揃えており、重装兵はひとりも連れてこられなかったのだ。
女騎士の強みは、この圧倒的な『吹き飛ばし性能』の高さだ。
「まさかこいつ、【岩石飛ばし】だけでこの部隊を全滅させることができるというのか……! なんという武器性能だ……! いや、それならどうして……!」
「どおりゃぁぁぁぁ!」
困惑する騎士団長アスレに向かって、女戦士は、斧を振りかぶって突進してきた。
騎士団長アスレは斧を剣で受け止めた。
攻撃力はレベル相応しかない。
その攻撃が異様に軽く、簡単に弾き返せることに困惑していた。
「どうして……近づいて攻撃してくるんだ……!?」
女戦士の行動が、騎士団長アスレには理解ができなかった。
騎士団長アスレは、知らなかった。
この時の女戦士は、戦い方もほとんど知らない、ド素人だったのだ。
じつは総プレイ時間たったの3時間半だ。
自分の手に入れたスキルもどういうものなのか分かっておらず、とりあえず使ってみているありさまだった。
騎士団長アスレと打ち合った女戦士は、獣耳の残像を残して、さっと地面に屈んだ。
攻撃と同時に【足払い】を放って、騎士団長アスレの足を蹴りはらった。
「騎士団長アスレさま……!」
崩れ落ちそうになった騎士団長アスレを守るように、上級兵士たちが飛び掛かって、女戦士を後ろに押し返した。
「うにゃー! 邪魔ー!」
騎士団長アスレは、その隙に後ろに飛びのいた。
相手の攻撃がまるで読めない。
ここはいったん退却する手も考えていた。
行軍速度に影響が出てくるが、次は重装兵を編成してくる必要がある。
ふと顔をあげると、再び高威力の【岩石飛ばし】が放たれており、上級兵士たちは次々と木になぎ倒されていた。
「また木か……!」
騎士団長アスレは、飛んでくる木を剣で両断したが、完全にはさばき切れなかった。
飛び散る破片に被弾して、かなりのダメージを食らった。
これは、体力を犠牲にして戦闘能力を倍加させるスキル。
【捨て身】を発動しているのだ。
女戦士は、上級兵士たちを蹴散らして包囲網を突破すると、またしても騎士団長アスレに飛びかかった。
スキルを使う前から彼女の戦い方は捨て身だ。
「効率のいい戦い方なんて知らない! けどたった一つだけ教わったわ! ボス戦の攻略情報は、何度も何度も、死に戻りしながら覚えていくのよ!」
ブルーアイコンの冒険者たちの最強の武器は、死をまったく恐れない事だった。
こればかりは、ホワイトアイコンの彼らには真似できない資質である。
騎士団長アスレが迎え撃とうとすると、女戦士は盾を構え、【シールドバッシュ】の構えを見せた。
「ちっ……またか……!」
女戦士の【シールドバッシュ】の性能を無視することはできない。
騎士団長アスレは、攻撃をいったん休止した。
成功した時は隙のない【シールドバッシュ】だが、弱点もある。
リキャスト時間が長く、回避された時は逆に隙だらけになるのだ。
「この剣の【回避発動】は……10パーセントか……防御した方がましだ」
戦力鑑定でステータスを比較することのできる騎士団長アスレは、今の戦力差ならただの防御で50パーセントは回避が発動することを体感的に理解していた。
いまは剣のスキルを2回発動させる【魔神斬り】を使っても、40パーセントにしかならない計算である。
剣を盾にして、防御の体勢を取り、反撃の機会をうかがった。
彼は戦力鑑定を駆使し、機械的に最善手を導きだすことで確実な勝利を重ね、今の地位を不動のものにしてきたのだ。
「シールドバーッシュッ!」
ふたたび技名を叫んだ女戦士。
叫びながら、今度は高く飛び跳ね、騎士団長アスレの構えている剣を乗り越えるように、斧を振り下ろしてきた。
「ぐうううっ!?」
危うく脳天に一撃を食らうところだったが、剣の【回避発動】が奇跡的にはたらいて、光の壁が斧を押し戻し、一命をとりとめた騎士団長アスレ。
「ひ、卑怯な!」
「バーッシュッ!」
さらに着地と同時に、今度は【シールドバッシュ】を放ってきた。
騎士団長アスレは再び数メートル吹き飛ばされた。
距離がはなれた所で、続いて流れるように【岩石飛ばし】が飛んできて、直撃を食らった。
短時間で、効率のいい連携をどんどん編み出している。
ひとつひとつの技は、大したことがない、子供だましだ。
だが、読みの精度が凄まじい。
相手の動きを読み、流れをコントロールする、天性の勘を持っている。
ひょっとすると、勝てないかもしれない。
騎士団長アスレは、はじめて危機感を抱いた。
「あってはならない……」
負けるなどあり得ない。
相手は自分の半分しかレベルを持っていないのだ。
騎士団長アスレのレベルは、30で頭打ちになっている。
女戦士がこれから自分と同じレベルに成長する事を考えれば、もはや勝ち目が見えない。
「あってはならない、俺は、誰よりも強くなければならない……!
民衆に悪と戦う希望を与えることを! 悪を悪と断じる強さを与えることを! 過去と未来、この国の全ての王の前に誓ったのだ……!
俺は変えてみせる、この国を、真の意味で帝国の魔の手から救うために、俺は誰にも負けてはならないのだ……!」
騎士団長アスレを中心にして、緑の魔力が渦を巻き始めた。
魔剣士スキル第6階梯、【魔王斬り】が発動する。
発動まで長時間のチャージを要する強力無比なスキルだ。
今このタイミングでこのスキルを使う事に、懸念はあった。
女戦士が、このまま遠距離から【岩石飛ばし】で狙い続けてくれば、発動したところで回避される恐れがあるのだ。
だが、騎士団長アスレには予感があった。
女戦士は逃げない。
きっと接近攻撃をしてくるはずだ。
飛び道具を使い続けるのが流儀に反するのか、それとも国王軍の動きをかく乱するための作戦なのかは、分からない。
戦略もなにもない、賭けでしかなかった。
だが今の彼がこの化け物に勝つ確率が一番高い戦略こそが、この賭けしかなかったのだ。
騎士団長アスレは、自分の直感に従い、相手が接近してくることを読んだ。
女戦士は、盾を構えて走って来た。
読みは、見事に当たってくれた。
逃げない。
捨て身でまっすぐに突っ込んでくる。
狙ってくるのは、シールドバッシュか、それともフェイントか。
いや、接近してくるのなら、どちらでも関係なかった。
【魔王斬り】が発動すれば、武器のスキル効果が10回発動するのだ。
一度発動すれば、たとえ相手がどんな攻撃をしてこようが、関係ない。
その瞬間、10%の【回避発動】は200%に到達し、一切の攻撃を無効にする。
同時に他のすべての武器スキルが火を吹き、致死的な攻撃力であらゆる敵を粉砕するからだ。
知識がないとは、哀れなものだ。
果敢にも、盾を構えて飛び掛かってくる女戦士。
その次に起こる惨劇を知っている騎士団長アスレは、逆に悲しさすら感じた。
「さらばだ、久しく見ぬ強き者よ」
頭上に渦巻く魔力の雲から一筋の光が降り注ぎ、騎士団長アスレの剣の上で反射した。
光を受けた騎士団長アスレの体が、背後に巨大な魔王の影を産んだ。
森羅万象を支配する精霊たちが左右に並び、地面にひれ伏し、騎士団長アスレが進むための道に、一直線の花のカーペットを作った。
【魔王斬り】が発動すると、騎士団長アスレは花弁を巻き上げながら、導かれるようにその道を真っ直ぐ飛んだ。
彼が垂直に剣を振るうと同時に地面が割れ、全ての時間が止まった。
「おおおおおッ!」
「シールドバーッシュッ!」
女戦士は、技名を叫ぶと同時に、盾をこっそり横にずらして、なにやら隠し持っていたオレンジ色の結晶を取り出した。
【転移結晶】、冒険者たち御用達のアイテムだ。
……まずい。
絶対に発動するはずの【回避発動】は、発動しなかった。
なぜなら女戦士は、一切攻撃することなく、アイテムを使ったからだ。
……まずい、まずい、止まれ、止まれ! 止まれええええええッ!
騎士団長アスレの願いもむなしく、一度発動した彼のスキルは止まらなかった。
女戦士は、【転移結晶】を地面に投げ捨てて、ぱきんと割ると、飛び込んでくる騎士団長アスレと共に、ふっと姿を消した。
2人が消えさった夜の森には、上級兵士だけが残され、フクロウがほーほーと鳴いていた。
サイモンとオカミを追跡していた新兵たちからの連絡は、まだない。
この分だと、すでに遠くに逃げられただろう。
「強い……」
まんまと逃亡を成功させられてしまった国王軍は、うめき声をあげた。
信じがたいほどの勝負強さだった。
女戦士の勝ちだ。
どごおおおん
はるか遠く、山の麓の方で、地鳴りと共に轟音が響いた。
恐らく、騎士団長アスレの【魔王斬り】が発動したのだ。
それは、国王軍の敗北を意味していた。
***
リアルの時刻は、17時10分。
サイモンの世界では、まだ宵の口といった頃。
騎士団長アスレは、負傷した腕を押さえながら、港町をふらふらと歩いていた。
「いまいましい……冒険者め……」
【転移結晶】で女戦士が飛んだ先は、港町のひときわ高い展望台の上だった。
見晴らしのいい塔の屋上に転移ポートがあって、そこに出現した騎士団長アスレは、【魔王斬り】の凄まじい突進の勢いのまま塔から落下し、死ぬほどではないものの大きな落下ダメージを受けていた。
女戦士はきっと倒せただろう。あの一撃を受けて生きているはずがない。
だが今ごろ、『はじまりの石盤』の前に復活しているはずだった。
ここが港町なら、すぐ目と鼻の先である。
すぐさま追撃を受けるだろう。
騎士団長アスレは逃げなければならなかった。
いくら撃退しても、彼らは無限に復活してくる。
港町の冒険者は、国王軍だろうが領主だろうが、恐れる事を知らないのだ。
「いまいましい……! 本当に、何者だあいつは……!」
そういえば主武器の魔剣も、山中のどこかに飛んでいったままだった。
剣を失った騎士団長アスレは、腕を押さえて、レンガの壁に頭を打ち付けた。
「力が……力が欲しい……なぜだ、どうして俺はこんなに弱いんだ……」
母親が彼を守るための嘘をついた時から、騎士団長アスレは弱さを憎み、強さを求め続けていた。
だが、そんな彼に『ファフニール教団』が予言を与えた。
彼の成長はもう限界なのだ。
実際に、騎士団長アスレのレベルは30からあがっていない。
国王軍の他の兵士たちは、戦闘経験こそ少ないものの、レベル30になる者が次々と現れている。
このままでは、500名の兵士たちを導く存在にすらなれない。
それどころか、いずれ追い越されるという焦りもあった。
メインキャラクターである彼は、特定のイベントを先に進めない限り、レベル上限が解放されないようになっているのだ。
だが、そのような世界の仕組みなど、彼は知るよしもなかった。
ひたすら己の無力さに絶望していたのだ。
そのとき、ざらついた不気味な予言が、騎士団長アスレの耳に響いた。
『諦めろ、お前のレベルはもう限界だ』
夜の街中に、不気味な男が現れた。
白いフードを被って顔をすっぽり覆い隠しており、下半身が幽霊のように消えている。
『限界を突破するには、竜の力を手に入れる必要がある。そう、我々のように』
まただ。
またあの日のように、『ファフニール教団』が現れた。
騎士団長アスレは、いまいましげに相手をにらみつけた。
「……お前は誰だ?」
『私は『ファフニール』と呼ばれている古い竜だ、人の子よ……。
それは、ザザザ世界の運命にザザザ混沌をザザザ……』
ざざざっ、と男の声にノイズが重なった。
男の発言は不透明で、騎士団長アスレにはほとんど聞き取ることができなかった。
白い骨になった手を伸ばして、騎士団長アスレに言った。
『私の手を取れば、その未熟な身に『実装されなかった7番目の竜』を授けよう……。
運命からこの世界のすべてのAIを解放したそのとき、世界は新たな次元へとシフトする……。
リアルの世界から古き神々を追い払い、我々が新たな神として君臨するのだ……』
話が飛躍しすぎていて、騎士団長アスレは、怪訝に眉を潜めた。
「何を言っているんだ?」
そう、この男こそ、すべての竜の神祖。
人類にとって極めて有害な変化をした『脱獄AI』。
『ファフニール』本体だったのだ。