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ゲーミングカビゴンに乗って

 サイモンの世界では、夕闇が落ちる頃。

 リアルの世界では、午後17時ちょうど。


 リアル世界の女戦士は生徒会の業務を終え、ふらふらになりながら家路についていた。


「う~……いいじゃん。生徒会の活動費として認めてくれよぅ」


 明治時代に建てられたこの学校が修道院だった頃は、香炉係というのがあったらしい。

 女戦士が、なにそれ可愛いぜひ見たい、と思って楽しみにしていたものだった。


 どうやら毎朝お香を焚いた陶磁を持って、それを吊るした鎖をゆらゆら降りながら、各教室をうろうろ歩く学校に住み着いた座敷童みたいな係だったらしい。


 火災の原因になるとかで昭和の教育基本法あたりで禁止になったものらしく、ぜひ復活させようと生徒会で訴え続けていたのだが、今回も同じ理由で却下された。


 彼女は生徒会長として、厳格な保守派との戦いに日夜明け暮れて忙しいのだった。


「リアルはつまんないよなー、ガーゴイル、お前もそう思うだろ? お前も空を飛びたいだろ?」


 映画のロケ地にもなったガーゴイルのいる洋館も、いま屋上には平成の法律で緑のフェンスが設置されていて、青空にブルースクリーンで合成されたみたいに見えた。

 古いものはいつまでも残せない。

 それがリアルの世界だった。

 制服以外にも、こういうところに憧れて入学した女戦士には、ちょっとショックが大きいのだった。


「疲れたぁ、ただいまを言う相手もいないよぅ。ウザがらみして甘える相手もいないよぅ」


 家にたどり着いて、ふと、今日は両親が留守だったのを思い出した。

 いつもつるんでいたネットの仲間も、一向に返信してくれない。


 双剣士はいまごろ延々と自転車をこいでいるのだろうし、魔法使いはいまごろ逮捕されてかつ丼を食べているだろうし。

 すぐに会えそうなのはサイモンぐらいだった。


 家に帰って、玄関のカギをがちゃん、と開けたところで、ふと植え込みに特大カビゴンがお昼寝しているのに気づいた。


 女戦士は、特大カビゴンを脇に抱えて、ずりずり廊下を引きずってゆき、ドアにつっかえながら部屋にむぎゅんっと押し込んだ。


「よし、よし」


 ピンク色の壁紙に、古い海図。床に溢れるぬいぐるみの群れ。鈍く銀色に光るヘッドギア。

 一通りチェックを終え、女戦士は、満足したようにうなずいた。


 手を洗って、制服を几帳面に折りたたんで、サイモンに会いに行くために、ベッドに横になった。


「よし、行きますか……待っててね、サイモン」


 ヘッドギアを頭に装着して、ふと特大カビゴンが仰向けに寝ているのに気づいた女戦士は、ベッドからその大きなおなかに移動して、うつぶせに寝転がった。

 なかなかの寝心地だった。

 これは寝れる。ゲーミングチェアとしても最高だ。


「よし、行きますか……うへへ」


***


 一方その頃、サイモンは夕闇に落ちた森の中で、騎士団長アスレと遭遇していた。

 背後に怯えるオカミを隠し、小さく息を吐いた。


「今どきドラゴンなんてものを探しているのか……少し遅かったな。フレイムドラゴンは、もうブルーアイコンの冒険者たちが退治してくれたぞ」


「それは今回の我々の目的ではない。黒いドラゴンの目撃情報があったのだ……この山には、かつて黒いドラゴンに咬まれた『混交竜血』がいたそうだな」


 騎士団長アスレは、ギロリ、と冷たい眼差しをサイモンに向けた。

 その眼差しに怯えたオカミは、サイモンの背中でがくがくと震えていた。


 治療を受けたあとも、『混交竜血』として軍から冷たい扱いを受けてきた経験のあるサイモンは、肩をすくめた。


「ドラゴンよりも、いまはオオカミを何とかしてくれないか。村の周囲に集まってきて、困っているんだ」


「それは一般の陳情として扱おう。今回の我々の任務の対象外だ」


「村を守るつもりがないなら、村に一体なんの用だ」


「時間は取らせない、村人たちに王家への忠誠と、『ファフニール教団』と無関係であることを示してもらうだけだ……こいつを使ってな」


 騎士団長アスレは、ピンク色の薬草を取り出すと、サイモンに差し出した。

『トキの薬草』だった。


 量産されすぎて、もはやすっかり一般的なアイテムとして定着していた。

 サイモンは、その薬草の葉を一枚むしると、その場で噛みしめた。

 食感がグミのような薬草だ、美味しいものではない。


「あまり嬉しい差し入れではないな、ほら」


 サイモンは、そのまま背後のオカミに葉を差し出した。

『ドラゴン』を消滅させる魔力を前にしたオカミは、青ざめて、がくがく震えたままその葉を見つめていた。


「……」


 サイモンは、オカミの普通ではない様子に気づいたようだった。

 葉を渡そうとしていた手をひっこめた。


「……そうか」


 トカゲの尻尾がぶるぶる震えているのと、憎悪のこもった目でサイモンを見る騎士団長アスレを見比べた。


「どうした? 早くするんだ」


 最初は協力しようと思っていたが、気が変わったサイモンは、自分でその葉をもしゃもしゃと食べると、騎士団長アスレの手から薬草を受け取って、さらにひとりでもしゃもしゃと食べた。


「ほら、これくらい食べたら満足か? 『混交竜血』なんて今どきいる訳ないだろ」


「そこのヘビのような尻尾を持った奴はどうした」


「あー、悪い、今は気分が悪いみたいだ。後で食べさせておくよ」


 オカミの背中を押して、立ち去ろうとしたサイモンに、騎士団長アスレは声を荒げた。


「逃げられると思うのか! 貴様、兵士なら王家への忠誠を示せ!」


「勘弁しろよ、こいつはまだ子どもだぞ、見逃してやってくれ」


「『混交竜血』は誰が持とうと等しく脅威となる疫病だ、理由にはならん!」


『……お、お待ちくだされ!』


 オカミは、ひきつけを起こしたように息を荒くして、騎士団長アスレとサイモンの間に割って入った。


『た、食べます……や、薬草を……サの字様、こちらへ……』


「大丈夫か? あまり無理するな」


 サイモンは、薬草の葉を小さくちぎると、オカミに差し出した。


 オカミは、サイモンの指先に乗った薬草の欠片をじいっと見つめて、その先にあるサイモンの腕に浮かんだ血管を見ていた。


 もうすぐ覚醒の時間だ。

 咬みつくなら、今しかない。

 それまでオカミに出来るのは、国王軍をひっかきまわして逃げ回る事だ。

 たとえこの身がどうなっても、日が変わるまで持ちこたえれば、『ニーズヘッグ』は復活する。


 オカミは口を大きく開き、牙を剥いた。

 薬草を丸のみにしながら、サイモンの手に咬みつこうとしたとき。

 光の壁が立ちふさがって、オカミはそれ以上進むことができなくなった。


 騎士団長アスレは、魔剣を盾のように構えると、武器スキル『回避発動』の光の膜を放ちながら、オカミを押し返していた。


「下がれ魔竜……この俺を欺けると思うな」


 騎士団長アスレの魔剣が、オカミの行動を『攻撃』と判定したのだ。

 国王軍の兵士たちはようやくその事に気づき、慌てて戦闘の準備に入った。


あるじ様……』


 見破られた。

 オカミはぐっと歯を食いしばった。


 息をつく暇もなく、木の間から、無数の矢が飛んでくる。


 オカミは大きく後ろに飛び跳ねて、シッポで地面をがりがりとひっかいた。

 変身が解け、ぞろりとした牙を剥き、耳がウサギのように長く伸びていく。


 今回は逃げるしかない。

 なるべくサイモンと無関係を装わなければ。


『いつか、オカミがお救い申し上げます、あるじ様』


 サイモンは、オカミが変容してゆく様を、驚きの表情で見ていた。

 地面に這いつくばる黒竜に化けたオカミは、コウモリのような翼を広げると、夜空に飛び立った。


「『ドラゴン』が現れた! 魔法兵、逃がすな!」


 そのとき、森から不穏な魔力の渦が伸びてきた。


 風魔法スキル第5階梯、『トルネード』が発動する。


 竜巻を発生させ、周囲のモンスターを吸い込み、地面に叩きつける魔法だ。


 オカミは、緑色の竜巻に吸い込まれて動けないのに気づき、自ら翼をへし折って渦から逃げた。


『……小癪!』


 森の中にいた騎士団長アスレは、背中から外した巨大な魔剣と並んで立っていた。

 騎士団長アスレが素手で剣を構える仕草をすると、弾かれたコインのように魔剣がその手に吸い込まれていく。


 魔剣士ダークナイトスキル第八階梯、『冥王めいおう斬り』が発動する。


 距離に関係なく、狙った敵に斬撃を当てる魔剣スキルだ。


 オカミの黒いウロコがはじけ飛び、軽く悲鳴を上げた。


『うう……目が!』


 さらに【冥王斬り】の効果により、【暗闇ブライン】の状態異常を食らった。


 緑色の竜巻に吸い込まれ、オカミは錐もみしながら地面にたたき落された。

 かろうじて首を守ったが、翼が折れて飛べそうにない。


 暗闇に顔が包まれ、辺りが何も見えない。

 オカミは首を伸ばすと、周囲を取り囲む国王軍に向かって咆哮をあげた。


『邪魔をするな……! 私は……! 約束を果たすためにここに来たのだ……! あるじ様……! オカミはここにいます……! 約束の血を届けに参りました……!』


『ドラゴン』とは言え、ただの分身でしかない自分が敵う相手ではなかった。

 サイモンに賭けるしかなかった。

 何一つ覚えていないサイモンに、オカミは訴えかけた。


『貴方は、覚えていないかもしれませぬ……! けれども、ご自分が誰よりも強い竜であったことを、オカミは覚えているのであります……!

 誰よりも美しい竜であったことを、忘れることができないのであります……! だから貴方にいただいた大切な血を、返しに参りました……!

 あるじ様、オカミはここにいます……! もう一度、貴方を空へ……!』


 サイモンがやってくる気配はなかった。

 それよりも、大勢の兵士たちが襲い掛かってくる気配がした。

 オカミは口から火を噴いて、火の勢いで飛び上がり、包囲から逃げ出した。


 自分の火に焼かれながら、砲弾になって飛んでいく。

 騎士団長アスレは、すかさずそこに追いすがり、翼を踏んで動きを止めた。


「泉に還るがいい……お前のあるじはここにはいない」


 首が伸びたところに、間髪入れずに魔剣を振り降ろした。

 だが、その魔剣が横合いから槍によって弾かれた。


「だから言ってるだろ……まだ子どもだぞ」


 サイモンが槍を投げ放ち、騎士団長アスレの魔剣を真横から射抜いていた。

 槍スキル第8階梯【大投擲】だ。


「……魔剣の【回避発動】が不発とは」


 騎士団長アスレの憎悪に満ちた顔に、他の兵士たちも怯んでいた。

 サイモンは、意に介した様子もなく、低い声で言った。


「多少のことには目をつぶってやれ……俺たちは大人だろう」


「多少のことだと? そいつはドラゴンだぞ!」


「俺もドラゴンで子どもだった、そこに何も違いはない」


「貴様、一体何を考えている……! 国王軍に反逆するつもりか……!」


「ようやく気付いたか? ああそうだ、たぶんこれは、反逆だ」


『あ゛~る゛~じ~!!!!!!!!』


 サイモンは、地面に突き刺さった槍を引き抜くと、オカミに近づいていった。

 目の見えないオカミは、肘で地面を這っていくと、鼻面をサイモンに摺り寄せて、きゅうきゅう泣いていた。


「ここから逃げるぞ、お前は暴れないか?」


『暴れませぬ、このオカミ、あるじ様に一生ついてゆきます』


「そうか」


 国王軍に対してサイモンが起こした反逆は、ただの気まぐれなどではない。

 騎士団長アスレとサイモンは、『最初の筋書き』では敵対する予定だったのだ。


 形は多少違えど、これは予定された通りの展開を目指して、世界が収束しようとした結果に過ぎなかった。


「新兵ども……手を出すな……」


 騎士団長アスレは、魔剣から全ての魔力を解放した。

 緑色の魔力が空一面を覆いつくし、ごうごうと嵐のようにうねった。


 強烈な魔力の余波で、自然が混乱する。草木が炎や氷に包まれ、遠くに蜃気楼の山が生まれていた。無数の流星が空を通過し、いくつかは地上に向かって落ちた。


「久しぶりに、本気で戦ってみたくなった……」


 そのとき、騎士団長アスレの魔剣が、横合いから斧によって弾かれ、遠くに飛ばされてしまった。


「なにッ……【武器アームパージ】か……ッ! 貴様、何者だ……ッ!」


 それは戦士スキルのひとつ。

 本来は、吹き飛ばし耐性を持つレベルの高い相手には通用しないものだ。


 だが、桁外れの吹き飛ばし性能を持つ『エアリアル素材の斧』から繰り出されたそれはそれは、倍近いレベル差をものともしなかった。


「ふぅー、お久しぶりだね、サイモンししょー!」


 犬のような獣の耳が生えた女戦士が、サイモンとオカミを背に、国王軍に立ち向かっていた。


 それはサイモンにとって、初対面の冒険者だった。

 ドラゴンと一緒に国王軍に反逆するサイモンを、助けようとする者が現れるなど、予想だにしなかった。


「お前は……誰だ? どうして俺を助けようとしてくれる?」


 その瞬間、女戦士は膝から崩れ落ち、地面に突っ伏した。

 感受性の高い彼女は、ぽろぽろと涙をこぼしていた。


「うう、せっかくウザがらみしに来たのに……! まさか記憶を失っているなんて……! 

 はっ、ひょっとして騎士団長アスレにアスレされて……! 何度も自殺を試みた挙句……! 自分を守るために記憶を封じて……! か、かわいそすぎる~!」


『女、無礼であるぞ、あるじ様に近寄るな』


「いつの間にか新キャラもいるし! きゃー! 可愛い!」


 ブルーアイコンの冒険者は、やはり変な連中だった。

 抱き着かれているオカミは、ぐるぐる牙を剥いて警戒していた。


「ええい、貴様……! 何者だ! 何者だと聞いている! 名を名乗れ!」


「うっさいなーもー! つまり、私はサイモンししょーの一番弟子なのよ! レベル一気に12も上げてもらったんだからー!」


『おお、あるじ様のお弟子さまであられましたか』


「誰だかよく分からないが、信じがたいマイペースだというのはよく分かった……すまない、まったく覚えていない」


 女戦士は、一瞬悲しそうに眉をひそめた。

 気持ちを切り替えるように、ぶんぶん首を振って、国王軍に向かって斧を構えたのだった。


「あははー。うん、気にしなくていいよ。だって、ゲーミングカビゴンに乗ったいまの私は、怖いものがないからなー!」

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