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森の邂逅

 リアルの時刻は、午後16時50分。

 サイモンの世界では、ようやく日が西に傾きはじめたころ。


 今朝方、森で見かけた子どもの事が気になっていたサイモンは、ヘカタン村をぐるぐる回ってその姿を探していた。


「おかしい、村にいない」


 あの子が誰なのかはサイモンも知らない。

 恐らく、冒険者に紛れてヘキサン村からやってきたのだろうが。


 森に逃げ込んだきり姿を見ていないし、村人たちも誰も見ていないという。

 切り立った崖があるため、ヘカタン村に入ることなく、そのまま次のオプトン村に向かうこともできない。


「あんな目立つシッポの生えている子どもなんて、みんな覚えていそうなものだが……」


 村の安全を守るのも門番の仕事だった。

 捜索に出る事になるかもしれない、と考えたサイモンは、市場で必要になりそうな資材を集めていた。


 水、携帯食、松明たいまつ、薬草、それと毛布。


 商人の男がにこにこ笑みを浮かべて、サイモンに呼びかけてきた。


「へいらっしゃい! 旦那、何をお探しで?」


「うむ、ちょっと、山に出かける準備をしたくてな」


「今からですかい? なにかあったんです?」


「朝方、森でトカゲのしっぽが生えた子どもを見かけたんだ」


「ほほう、それは大きいトカゲではないんですかね?」


「いやいや、見間違えたはずはない。ヘキサン村に引き返したのならいいが、とにかく日が暮れる前に、少し間の森を探してみようかと思っている」


「そいつはご苦労様です」


 あまり遠出をすることはできないし、周囲をぐるぐる見回ってくるだけだ。

 それでも群れからはぐれた羊を見つけて、保護したことはある。


「旦那、森はアブクオオカミが出るらしいですぜ、気を付けてくだせぇ」


「これは珍しい奴が出たな。分かった、気を付ける」


 商人に見送られて、サイモンは市場をあとにした。


 サイモンは冒険者だったころ、遠くの大陸でアブクオオカミと戦った事がある。

 倒しても倒しても、無限に湧いてくるオオカミだった。

 常に濡れた体を持ち、牙からマヒ毒を滴らせている。

 水属性と風属性を併せ持ち、弱点属性が少ない強敵だった。


 あの頃は、けっきょく一人では倒しきることができず、他の冒険者たちに任せて撤退することになったのだが。


 今は、駆け出しのあの頃とは違う。

 村のために戦えるのは自分しかいないのだ、逃げてはいられない。


 門から少し離れた辺りをうろうろ歩いていると、森に何者かの気配がした。

 トカゲの尻尾が見えたので、あの子どもかと思ったが、そうではない。


 グルル、と獰猛な唸り声をあげて、森からオオカミが出てきた。

 ヘビの尻尾を生やした、不気味なオオカミだ。

 1頭や2頭ではない、大量の群れが集まってきている。


「来たな……アブクオオカミ。こんなやつだったか?」


 サイモンは槍を構えて、じっと相手の様子を見た。

『鑑定』のスキルを持っていないサイモンの目には、オオカミの頭上に光るレッドアイコンしか見ることはできない。

 だが、倒すべき相手かどうかを判断することさえできれば、それだけで十分だった。


「ガルルルッ」


 よだれを垂らして、勢いよく走って来たオオカミ。

 ヘビの尻尾をうねうねさせながら、サイモンに飛び掛かってくる。


 槍で迎え撃とうと思ったが、体が小さい。

 ただの尖兵だ。


 サイモンは、槍の穂先を自然に下げると、軽い運動をするように左右に揺れ動き、オオカミの突進を避けた。


 攻撃を避けながら、サイモンは腰の短剣を引き抜き、鋭く腹を切りつけた。

 ほぼノースキルの短剣だったが、レベル30のサイモンの力にかかれば、オオカミたちを軽く屠ることができた。


「……さて、アルファはどいつだ?」


 サイモンは尖兵を軽くあしらいながら、群れの中のリーダーを探していた。

 槍で先制を加えると、リーダーが恐れをなして逃げてしまう事があった。


 こういう群れは、リーダーを仕留めない限り再結成して、再び村までやってくる。


 アブクオオカミの群れも同じ構造をしているはずだったが……とにかくボコボコと増え続けて、それどころではなかった。


「……まずい、どこにリーダーがいるのか分からんな」


 いくら倒しても、数がどんどん増えていく。

 まるでキリがなかった。

 しばらく短剣を振るっていたが、このままでは埒があかない。


 サイモンは、主力武器の槍を手にすると、体をひねって大きく振り回した。

 槍の先端に宿っていた雷光が宙に解き放たれると、サイモンの周囲をぐるりと旋回し、螺旋状の軌道を描いた。


 槍スキル第5階梯、【螺旋突】が発動する。


 雷の力を宿したこの光が飛び続ける距離は、サイモンが通常の槍による攻撃で届く射程とほぼ同じだった。

 今のサイモンは20メートル近い射程を持つため、辺りを何周もぐるぐる旋回し続けて、周囲のオオカミたちを蹴散らしまわって爆発した。


 仲間たちが次々と倒されていくなか、一匹のオオカミが果敢にも攻撃をすり抜け、サイモンに飛び掛かっていった。

 身体がひときわ大きく、尻尾も異様に長い個体だ。


「……お前がアルファか?」


 サイモンは、短剣でそのオオカミの喉を貫いて仕留めると、周囲を見渡した。

 ようやくリーダーを倒したかと思ったが、他のオオカミはまだこちらに敵意を向けてくる。

 リーダーではない。ひょっとすると、リーダーは森の奥にいて姿を現さないのかもしれない。


「時間の無駄か……」


 サイモンは、気にせず森の方へと足を踏み入れた。

 オオカミたちは、一斉に森の奥へと逃げていった。


 少なくともサイモンの周囲からオオカミの気配はなくなったが、逃げたのではない。

 陣形を大きくしただけだ。

 遠巻きにサイモンを囲ったまま移動し続けている。

 山の峰をじっと見上げていると、サイモンを追ってオオカミたちが飛ぶように移動しているのが見えた。


 こちらが隙を作るのを狙っているのだ。

 恐ろしく頭のキレる獣だった。

 やはりリーダーを仕留めなければ終わらない。


 森にいた子どもを探すのが先だった。

 森の中がこの様子では、無事かどうかは分からないが。

 なにかの加護でも持っていれば助かるかもしれない。


 木々をかき分けて進むと、ぷるぷる震えている子どもがいた。

 周囲には誰かが摘んだ薬草が散らばっている。

 足元には魔法陣、誰かが加護をつけて守ってくれたのだろう。

 子どもはトカゲのしっぽをぶんぶん振って、ひどく怯えていた。


 サイモンは、なるべく目線を合わせようとして、地面に膝をついた。

 毛布をかけてやると、その子はサイモンの方を見た。


「夜の山は冷えるだろう。はやく村に来い」


 小さな手を引っ張って、森の中を警戒しながら歩き始めた。

 サイモンに手を引かれながら、子どもは小さく首を振った。


『……弱りました……強すぎでございます』


 その子は、オカミだった。

 じつはオカミは、森でアブクオオカミを見つけて、今回の作戦を思いついていた。

 オオカミのうち何匹かに咬みついて『眷属化』していたのだ。


 尻尾がヘビになっている個体が、オカミの眷属が変化した姿である。

 いまはだいたい地面にひっくり返って、ひくひく震えていた。


「『オカミ』って言うのか。珍しい名前だな」


『さりとて、故郷では珍しい名前ではござりませぬ』


 どうにかサイモンに咬みついて、竜の血を返さなければならない。

 大量の『眷属』をけしかける作戦に出たのだが、意味をなさなかった。

 いったい何がサイモンの弱点なのか。


『もし、つかぬ事をお伺いしますが』


「なんだ?」


『サの字様は一度『混交竜血』になられたことは、ございませんか』


「ああ、あるよ」


『それは、どのようにして咬まれたのでございますか』


「川を行軍しているときに、黒ヘビに咬まれたらしい。そこから感染したみたいでな」


『どうしてサの字様ほどの武人が、そのような隙を見せたのです』


「水中の敵は得意じゃないんだ。おまけに後ろから忍び寄ってきて、お尻を咬まれたみたいでな』


『なるほど、なるほど』


「咬まれるまで気がつかなかった」


 ふむふむ、と記憶にしっかり刻み込むオカミ。

 サイモンは、肩幅の異様に大きな逆三角形の体つきをしている。

 体が大きいぶん、死角が多い。


 隙を突こうとするなら、下半身の死角が一番狙いやすいはずだった。

 じーっと背中をみていると、サイモンは、ぐるっと振り返って、オカミに向かって言った。


「咬むなよ?」


『かっ……』


 不意打ちで釘をさされたオカミは、真っ青になった。

 尻尾をぴーんと立て、からからに乾いた喉から、なんとか声を絞り出した。


『かみませぬ』


「冗談だよ」


『……!』


 どうやらサイモンの冗談だったらしい。

 正体を見破られたのかと思ったオカミは、どっと汗をかいていた。


「どうした」


『何でもありませぬ。それよりサの字様は川に水浴びに行きたくありませぬか?』


「今日は無理だな、オオカミが多すぎる。早く村に帰ろう」


『むぅ』


 トカゲの尻尾の先端でぴしぴしサイモンの足をしばきながら、さくさく森を歩いて行った。


 そうして日が沈みかけた頃。

 荘厳な鎧に身を包んだ男がサイモンに声をかけた。


「待ちたまえ」


 背中には巨大な剣を背負い、それが鼻の痛くなりそうな邪悪な気配を放っていた。

 背後には、新品の鎧を身に着けた新兵たちを引き連れ、王都の守護神である人魚の紋章が描かれた軍旗をはためかせている。


 新兵……のはずだ。

 だが、その目つきも立ち振る舞いも、まるで歴戦の兵士そのもので、サイモンは手先が震えた。


「我々は領主の命により、『混交竜血』の調査に来た。そこの兵士よ、この辺りで『ドラゴン』を見なかったか?」


 どうやら相手は、『サイモンの名前を知らない』ようだった。

 サイモンにも相手の頭上のホワイトアイコンしか見えないが、サイモンでさえ名前を知っている。

 領地最強の魔剣士ダークナイト騎士団長アスレ。

 そして1人1人が彼とほぼ同じ実力を持つと言われる、国王軍歴代最強の精鋭部隊だった。

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