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新しい朝

「ようこそ、ここはヘカタン村だ! 旅人よ、ゆっくりしていけ!」


 リアルの時刻は、16時30分。

 サイモンの世界では、朝日が高く登り始めた頃。


 サイモンは、村に訪れる冒険者たちに元気よく挨拶をしていた。


「あれー!? あんた、やっぱりここの門番だったのか!」


 通りすがるブルーアイコンの冒険者たちは、驚いた様子で彼に声をかけていた。

 装備から察するに、かなり特殊な上級職の冒険者たちだ。

 鎖騎士チェインアーマラーに、忍者シャドウに、聖法師セイント

 一度見ていたら覚えているだろうが、サイモンにはまるで記憶にない。


「む? すまないが、どこかで会ったか? 俺も冒険者をやっていたが、ずいぶん昔の事だからな……」


「あー、やっぱホワイトアイコンは記憶がなくなるんだよな。あんたみたいなアタッカーがいてくれたら心強いよ! 今夜のレイド戦にも参加してくれないか!」


「ははは、勘弁してくれ、俺も怪我がまだ完全に癒えていないし、二日連続で徹夜はさすがにきつい」


「ああそうか、助っ人には制限があんのか……また投入できるようになったらいつでも来てくれよ!」


 上級冒険者たちは、サイモンがレイド戦に連投できないと聞いても、そういうものか、と納得してくれた。

 かなり強力な助っ人は、様々なゲームでレイド戦にはつきものだったが、だいたい使用回数に制限があるというのが一般的だった。


 それからも、数百人にもおよぶブルーアイコンの冒険者たちを村に迎え入れて、サイモンがようやくひと息をついた頃。


「ん? 誰だ?」


 木の影から、サイモンの様子をじっと見ている子どもがいた。

 じっと目を凝らしてよく見たが、サイモンにはまるで見覚えのない子どもだった。


 トカゲのような尻尾をぷるぷる振っている。

 ふつう、こんな尻尾を持つ子どもがいたら、ドラゴンが化けているのでは、と気づきそうなものだが。

 あいにく、サイモンにはそういうお約束の概念がなかった。


「おい、どうした? 村に入りたいのか?」


 子どもが1人で歩いていては、危険な場所だ。

 サイモンが声をかけて近づいていったが、その子はぴゃっと飛び上がって、森の方に逃げ去ってしまった。


「しまった……怯えさせてしまったか?」


 サイモンは、小さい生き物の扱いが苦手だった。

 自分の身体が大きすぎて、だいたい怯えさせてしまうのだ。

 悪いことをしてしまったかもしれない。


***


 やがてリアルの時刻は、16時40分になった。

 サイモンの世界では、ちょうど昼時である。


「さて、飯を食いにいくかな」


 サイモンは、この昼の時間が来るのをいつも楽しみにしていた。

 村には知り合いの始めた料理店があり、ここのヘキサン料理が絶品なのである。

 その名はいまや魔の山一帯に広まり、ヘキサン村の名物料理となって、山の各地から客がやってくるのだ。


 店はいつ見ても混雑しているが、奥の厨房で鍋を振っているオーレンは、サイモンが店に入ると、すぐに見つけてぱあっと笑顔を浮かべる。


「サイモン! 来てくれたんだ!」


「よう、忙しそうだな。手伝おうか?」


「ううん、手伝いしてくれる人たちが沢山いるから大丈夫!」


「そうか、無理するなよ」


 オーレンの店は、いつ見ても大混雑だった。

 聞いた話によると、ヘキサン料理には、レベルアップ時にステータスを底上げする効果があるらしいのだ。

 レイド戦に向けてレベル上げをする冒険者たちは、みなこぞってここの料理を食べに来ていた。


 あまりの忙しさに、オーレンはいつの間にかブルーアイコンの冒険者たちを大勢従業員として雇っていた。


 ネコミミフードを被った背の低い給仕サーバントが、肩には小鳥を乗せ、飲み物で両手がふさがったままサイモンに駆け寄ってきて、泣きそうになりながら声をかけてきた。


「ダーリン! みてて、私、せいいっぱい頑張ってるから! ぜったいに『ジズ』を倒して、村を守るから!」


「ダーリン? とりあえずヘカタン料理を3人前。持ち帰りで」


「うわぁぁあん! マジでなんにも覚えてないの悲しすぎるぅ~!」


 ぴぇー、と泣いてしまう給仕の女の子。

 サイモンには、このヘカタン料理店が攻略に重要な鍵を握っているのだとは、思いもよらなかった。


 サイモンにとっては初対面の相手なので、なぜかガチ泣きされて困ってしまった。

 ブルーアイコンの冒険者は変な連中ばかりだ。


 しばらくして、厨房のさらに奥の部屋から、シーラが出てきた。

 軽装の鎧を身に付け、旅立つ装いをしていたが、いままで寝ていたらしく、あくびをしている。


「……ふぁ、よく寝たわ」


「おはよう、シーラ」


「おはよう、サイモン」


 シーラとサイモンが語り合う時は、周りの誰もが一瞬息をのんだ。

 2人の眼差しの間には、誰も入ることができない。

 オーレンも、従業員も、冒険者たちも。

 しんと静まり返って、2人を見守っていた。


「今日はどこに行くんだ?」


「そうね……船に乗って、東の国に行ってみようと思う。しばらく帰ってこないかも」


「そうか……東の国に、エアノールという町があったら寄ってみるといい」


「知り合いがいるの?」


「いや、冒険者には割引きにしてくれる飯屋があった」


「Fランク冒険者にはありがたい存在ね。覚えとく」


「あと、水属性の敵には、火属性の攻撃は効きにくい」


「あら、知らなかったわ。いままで適当に殴ってたから」


「余計なお世話かもしれないが、敵にあわせて、武器を切り替えるのを忘れるな。回復ポーションを使うかどうか迷ったらすぐに使え。体力は常に余裕がある状態にするんだ」


「うん、ありがとう……それだけアドバイスをもらったら、きっと無事に戻ってくるわね」


「ああ、どうか無事に」


 旅立つシーラは、しばらくサイモンと見つめ合ったまま動かなかった。


 オーレンは、そのやり取りを悲し気に見つめていた。

 サイモンが初心者へのアドバイスを送っているのは、シーラのためではない。

 シーラにそんなものは必要ないからだ。

 シーラとサイモンの間には、もう一人のFランク冒険者がいる。

 その事を、オーレンは知っていた。


「ごめん、ちょっと卵かき混ぜてて」


「オーレン店長、俺がメレンゲにしちまう前に戻ってきてくださいよ」


 オーレンは、料理人の1人にボウルを渡すと、奥の部屋に飛び込んでいった。

 料理人は、悔し気にボウルを握りしめ、かき混ぜていた。


「ちくしょう……サイモンの奴、どうして気づいてやれないんだ……」


 オーレン店長が泣いているのに、何もすることができない自分を無力に思った。


「あんなに店長が好きなのに……明らかに恋しているのに……どうして……」


 彼は、いまだにオーレンが女の子であるという勘違いから抜け出せていなかった。


 シーラとサイモンが見つめ合っている間、上級冒険者たちは、だむっ、だむっ、と拳で何かを打ち付けながら食事をしていた。


「ああもうじれってぇな、もっといやらしい雰囲気にしてやる忍術ないか」


「無茶いうなでゴザル」


「というか、貴方たち、サイモンは公認なわけ? 昔はシーラちゃんが男と引っ付こうものなら、全力で阻止してたじゃない。今はもういいの?」


「まあ、そりゃあ、リリース当初はシーラちゃんがこのゲーム世界で唯一のヒロインだったからさ」


「うむ、確かに、他に誰もいなかったというのが大きかったでゴザル」


「みんなのアイドルだったから、誰かと引っ付こうとしたら全力で守ろうって空気になってたわけよ。けど第3シーズンにもなったら、代わりにいろんなサブヒロインが出てきてさ……キャラデザが同じアカシノ氏だからみんな同じくらい可愛いのよ」


「そうそう。メインストーリーにシーラちゃんは全然絡んでこないし、そのうちヒロインよりもサブヒロインの方が可愛くなってくる現象が……」


「うわー、最低。信じられない。私がシーラちゃんだったら泣くわ」


 ともかく、今のところ2人の仲を遮ろうとする者はいないのだった。

 シーラは頬を赤くして、サイモンに言った。


「じゃ、行くね」


「ああ、行ってこい」


「サイモン、実は私ね、船に乗るの、はじめてなんだ」


「不安だったら、いつでも山を振り返るといい。村の入り口の丘がそこから見えるだろう。俺はずっとそこに立って、お前を見ているよ」


「ずっと見ていてくれる? 手を振ってもいい?」


「ああ、もちろんだ。山が見えなくなったら、空を見るといい。お前の見つけてくれた星座は、どの国の空にも輝いていたよ」


「ありがとう……無事に戻ってくるわ」


「ああ、どうか無事で」


「ねぇ、サイモン、はじめて会った日の事を覚えてる?」


「そんなのもう忘れたよ」


「私はずっと覚えているわ……」


「やばい、これ終わらない奴だ!」


「早く旅立たせて! 2人とももう店から出て行って!」


 冒険者たちが、ようやく無限ループに陥っていることに気づいてシーラを旅立たせ、サイモンは背中を押されて門番の仕事に戻っていったのだった。


***


 村の入り口に戻っていったサイモンは、ヘカタン料理の包みを手に森の方へ歩いて行った。


「おーい、いるかー」


 さっき森に逃げていった子どもが気になって、せめて食べ物を持ってきたのだ。


「お腹が空いただろう。ヘカタンに来たなら、名物料理くらい食べていけー」


 その頃、木の影にうずくまって膝を抱えていたのは、サイモンがかつて竜の血を分けて生み出した分身、オカミだった。


 どうやらサイモンが初期化を受けても、オカミは初期化を受けなかったらしい。

 竜の血を受ける前のオカミは、『使役獣』の小鳥だったので、その辺りの処理は複雑になっているのだ。


 森に隠れたオカミは、遠くからサイモンの事をじっと見つめていた。


あるじ様……』


 うまく声をかけられずに、戸惑っている様子のオカミ。

 サイモンに咬みつく約束を果たすために、こっそり村まで忍び寄ってきたのはよかったのだが。


『ぬぅ、まるで隙がありんせん……』


 記憶を失ったとは言え、レベル30のサイモンの武人としてのオーラに恐れをなしていた。


 果たして、この男が咬みつく隙など見せるものだろうか。

 どうやって最初の黒ヘビはサイモンを咬むことができたのか。

 

 そんなオカミを目ざとく見つけたのは、またしてもドルイドだった。


「あれあれー? ひょっとして、あの可愛いドラゴンちゃんかなー?」


 羊の角をごちごち木にぶつけ、薬草をぶら下げながら、怪しげなローブの呪術師が近づいて来た。

 ドルイドだ。

 あいかわらず不健康そうな顔に、にやにやと笑みを浮かべている。


 呪術師ドルイドは、呪術の行使に大量の薬草を使うため、森で薬草を摘んでいることが多い。

 レベル上げの前に森で薬草を摘んでいたらしく、全身からハーブのにおいが漂っていた。


「やー、偶然だねー。会いたかったよ~」


『またお前か、ぶれいもの。気安く触れるでない』


「つれないねー、仲良くしようよー。うぇっへっへっへぇー」


 オカミはふてくされていたが、最初に彼女を見つけたのがドルイドだったことは、本当はかなりの幸運だった。


 いまのヘカタン村は、レベル上げをする冒険者たちの拠点となりつつある。

 レイド戦に挑む冒険者たちが大勢集まっている場所に、ドラゴンがいては命を狙われかねない。


 そんな事はオカミも十分に知っている。だからこうして子どもの姿に化けているのだが。

 ドルイドとしては、ぶんぶんトカゲの尻尾を振っていて、いかにもドラゴンが化けたようなオカミが、いつ他のプレイヤーに見つからないか、気が気ではないのだった。


「てゆーか、どうして逃げてるのー? どうして大好きなあるじ様にひっついていないのー?」


『我のあるじ様への思いは、そのような惰弱なものではありんせん。いまのあるじ様は、記憶を失っておいでなのだ。我の事をつゆほども覚えてはおらぬ』


「へぇー。じゃあ、思い出させてあげようよー? 遠くで見てても、何も変わらないんじゃないのー?」


『言うがやすしじゃ。ドラゴンは敵、それが人の世の常識なのじゃ。ドラゴンの我が近づいていったら、ニーズヘッグであったころの記憶を失ったあるじ様は、きっと驚かれるじゃろう。

 もしも我の正体を見破って、普通の冒険者のように、ドラゴンの我を倒そうとしたら、そうしたら我は……我は……ひぐぅ。あるじ様ぁ……』


「泣いちゃダメー! よしよし、とにかくサイモンに咬みつきたいのよねー? 一緒に咬みつく隙を探してあげるからー!」


『泣いてなどいないのだ、ぶれいもの。我はお前の助けなどいらぬのだ、散れ』


「くぅ、つれない~! けどそこが可愛い~!」


 とにかくオカミは、危ういところでドルイドによって保護された。

 いかにしてサイモンに咬みつくか、隙を狙いはじめるのだった。


 だが、そんなことをしている時間は残されていなかった。

 ヘカタン村には、まもなく騎士団長アスレの率いる国王軍がやってくるのだ。

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