表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
130/175

リセット

 リアルの時刻は、午後16時10分。

 サイモンの世界では、草木も眠る丑三つ時。


 静まり返ったヘカタン村の料理店で、クレアは一人、夜の風景を眺めていた。

 手にはカメラを持ち、独占撮影を許可してもらったサイモンの事を待っている。


 サイモンが『ドラゴン』になることは、彼女と2人だけの秘密である。料理人たちには全員解散してもらっていた。


「ダーリン……そろそろドラゴンになる時間よね?」


 夜風に当たりながら、『ジズ』のやってくる方角をじっと見つめるクレア。

 サイモンの見守っている村の入り口に立ってみると、『ジズ』が徐々に迫ってくる姿がよく見える。


 クレアは、ずっと見て来た。

 それは明確な滅びの瞬間、レイド戦の終わり、永遠に繰り返されるタイムリミットだ。


 村人たちを別の村に避難させることはできないか、サイモンに聞いてみた。

 オーレンやシーラも、ヘキサン村に住めばいいのではないか。


 けれども、サイモンはその意見には賛成しなかった。

 村人たちのほとんどは老人で、モンスターたちと戦うことができない。

 全員を連れて隣村に移動することは難しいだろう。


 それにモンスターは村ではなく、人を襲う。

 村が空っぽになれば、今度はヘキサン村に矛先が向くだけだろう。

 村長のような開拓期の老人は、隣村に害が及ぶならば、村と共に滅びる事を選ぶはずだ。


 サイモンは、彼らほど長くこの村にいるわけではないが、自分の生まれた隣村が滅びてこの村にやってきた。

 村を守るという戦いに敵わなかった彼は、何かを守る戦いからずっと逃げてきた。

 逃げて解決するなら、今までもう十分に逃げてきた。


 今は守るべきものがある。

 戦って解決できるのならば、いまここで戦って解決しなければならない。

 誰も持たないチート能力を手に入れた彼には、その責務がある。

 これは、彼が村を守れるか守れないかの問題なのだ。


「ダーリン……負けないで」


『ジズ』の背中で、冒険者たちが凄まじい攻撃を繰り広げているのが見える。

 どれも小さな虫が騒いでいるようにしか見えない攻撃の中で、ただ一つ。

 異様に凄まじい攻撃があった。


 一本の光の槍が空から降ってきた。

『ジズ』の胸を中心に、短いレーザーのような光線が地上にばら撒かれ、反射して胸に戻っていった。

 黒い炎が背中から噴きあがり、『ジズ』は飛行する角度が大きく歪み、夜空に響き渡るような凄まじい悲鳴を上げた。


 状態異常:【失神スタン

 状態異常:【混乱コンフュ


 さらに、巨大なライフゲージが火花を散らし、ばきん、と音を立てて割れた。

『ジズ』のライフゲージが2分の1になった。


 いったい何が起こったのか、クレアには分からなかった。

 ドラゴンがいっこうに現れないどころか、凄まじい攻撃でボスモンスターが状態異常を食らっているのだ。


 何が起こっているのか分からない、いそいでサイモンに連絡を取る。


「ダーリン……! もうドラゴンになっちゃったよね!?」


『ああ、クレアか……悪いが、俺の中のドラゴンはもういない』


「ええっ!?」


 クレアは、口をぱくぱくさせた。

 目からぼろぼろと涙をこぼし、絶望のあまり悲鳴を上げた。


「そんな、じゃあ、あのドラゴンはもう見れないの!? ぎゅって抱きしめられないの!? そんなの、やだぁ~!」


『すまん、『ジズ』を倒すために、どうしても必要だった』


 クレアには黙っていたことだったが、いずれサイモンのドラゴンは、消滅させる予定だったのだ。

 予定が多少早まったにすぎない。


 だが、タイミングが早すぎるとは思わない。

 あの3人組の計画に、最後の望みを託そうと思うのだ。

 これほど大勢のブルーアイコンの冒険者たちが協力してくれているのだ、あと半分のライフゲージくらい、削り切ってくれるはずだ。


『いいか、俺が『ドラゴン』でなくなっても、俺の分身の『オカミ』がその役割を受け継いでくれる……俺の血を使って、『ドラゴン』を生み出し続けてくれるはずだ』


「『オカミ』って誰!? 私に分身で満足しろっていうの!? ふざけないでよ、ダーリンじゃなきゃ嫌なの!」


『そういえば、もうチャットもできなくなるんだった。お前との通信もこれが最後になるかもしれない』


「ちょっとー!? 私、パートナーだよね!? そんな大事な事、どうして今まで伝えなかったのよー!?」


『伝え忘れていた。最後の相手がお前だ』


「うわー物は言いようだなー!? ちょっとドキっとしちゃったー!」


 サイモンは、メニューのアイテム一覧から『ファフニールのカード』を選んだ。

 サイモンが人である事と引き換えに、『ジズ』を封印する。

 人智を超えた悪魔とのトレードを行うアイテムだ。


『どの道、俺はいま『ジズ』の背中に乗っているから、逃げ場がない。この高さだと、飛び降りたら即死だろう……』


 この世界では、高い場所から飛び降りる場合、高さ制限があり、ダメージ量や体力などに関係なくロストしてしまう。


『ジズ』の背中は明確な高所だった。

 交戦中のエリア内のため、転移結晶のようなアイテムを使う事もできない。


『そうしたら、俺は『時間遡行者タイムリーパー』の能力を失うだろう。まだ記憶があるうちに、俺はこのトレードを完了させなければならない。……だからもう最後なんだ。クレア、ひとつお願いがある』


「ダーリン……いやだ、私、まだ何にもできてないよ。もっと一緒にいたいよ」


『俺はお前たちを信じている……必ずこのゲームを攻略してくれ』


 サイモンは、アイテムリストから『ファフニールのカード』を選択し、取り出すを選んだ。

 表示される『Yes』のボタンを押した瞬間、世界がぐにゃりと歪んだ。


 視界に映るマップ、ログ、アイコンの横の名称、様々なものにノイズが走り、音を立てて消え去った。


 情報量の少ない、懐かしい風景が戻ってきた。

 チャットの向こうからすすり泣く声も聞こえない。

 かえってすっきりしたかもしれない。


「キヒヒヒヒヒヒ!」


『ジズ』が奇妙な鳴き声をあげて、首を大きく振り上げた。

 口腔に赤い炎が宿り、空に向かって一筋の光が立ち昇っている。


「マズい……火を噴く!」


『ジズ』の目の先には、村が見えた。

 魔の山の小さな村、ヘカタン村だ。

 村の入り口には、誰かが立っているのが見える。


 クレアだ。

 必死に何かを叫んでいるが、サイモンの耳にはもう届かなかった。


「『ジズ』、俺の村に手を出すな」


 サイモンは、SP回復薬を取り出し、飲もうとした。


 メニュー操作でつかっていた時は一瞬だったが、今は違う。

 飲み終える前に突風が吹き、サイモンの手から瓶がはね飛ばされた。


『ジズ』の口腔から白い炎が吐き出され、魔の山を白く照らした。

 恐ろしい熱さの風が吹き荒れ、サイモンや上級冒険者たちは『ジズ』の背中から振り落とされた。


 落下の最中、上下の間隔がまるでなくなっていた。

 他の冒険者たちがどこにいったのかも定かではない。

 凄まじい業火だったため、上空で燃え尽きたのかもしれない。


 宙を舞いながら、サイモンは、白い鳥の姿を目撃した。

『ジズ』よりも一回り小さい、若鳥だ。


 方角をこちらに定め、真っ直ぐに向かってくる。


「まずい……」


 どうして『ドラゴン』を失ったはずのサイモンを、まだ狙ってくるのか分からない。

 恐らく、サイモンの中に『ドラゴン』がいるのを嗅ぎ取っていた、あの一体だ。


 サイモンのにおいを覚えているのだ。

 サイモンは槍を構えて、『ジズ』の若鳥を迎え撃つ姿勢を見せた。


 だが、SPはほとんど使い切っている。

【紫電突】が使えない今、空中戦ではあまりに分が悪い。

 素早い体当たりを食らって、くちばしと爪で胴体を切り裂かれた。


 血を撒きながら地面にどさりと墜落して、山道をごろごろと転がった。

 驚いたことに、まだ意識がある。

 辛うじてひゅーひゅーとかすれた呼吸ができた。

 どうやら落下の途中で攻撃を受けたお陰で、高所落下による強制ロストを避けたらしい。


 運がいいのか悪いのか、よく分からない。

 槍一本で体を起こし、再び襲い掛かってくる『ジズ』の若鳥に狙いを定めた。


 ひょっとするとこいつは、母鳥を傷つけられて怒っているのかもしれない。

 ならばお互いの正義はイーブンだ、避けられない戦いならば、受けて立つしかない。


「来い」


『ジズ』の若鳥が巨大な口を開けて、サイモンを飲み込もうとした。

 そのとき、真横からその首にかみつく、真っ黒いドラゴンが現れた。

 オカミだった。

 またしても窮地を救ってくれた。

 なんと頼りになる仲間だろう。


 だが、手を出すな。そいつの敵は俺だ。


 オカミは、『ジズ』の若鳥ともつれあって乱闘していた。

 サイモンはそちらに向かおうとするが、力尽きて、前のめりに地面に倒れ込んだ。

 全身の骨が折れて動かない。

 かろうじて動く片手を、オカミに向かって伸ばした。


「オカミ……! 俺を咬め……!」


 オカミは、白い羽を辺りに撒き散らしながら相手を追い払うと、すぐにサイモンの方に飛び寄ってきた。


あるじ様……早く』


 必死に駆け寄ってくるオカミの鼻息が、伸ばしたサイモンの指先に吹きかかった。

 そのワニのように大きな口に、サイモンが手を伸ばし、咬まれようとしたとき。


 山の彼方から朝日が昇って、サイモンの頬をあたたかく照らした。


 リアルの時刻は、午後16時20分。

 サイモンの世界は、再び朝を迎えた。


 サイモンは、気がつくと門の前に立っていた。


 古木には、ちちち、と小鳥たちが群れ集い、足元をのそのそ、とウサギが歩いて草原に繰り出していく。


 そしてサイモンは、村の門番だった。


 彼は元冒険者の、元軍人。

 怪我の療養のために村に戻って来た傷痍兵だ。


 一時は『混交竜血』だったが、数年前の『トキの薬草』の普及によって、すでにその身の呪いは解けている。


 村には幼馴染みの冒険者シーラと、その弟のオーレンがいる。

 村長がいて、商人がいて、村人たちがいる。


 この村を守るのが彼の仕事だ。

 村を守る事しか、彼は知らない。


 昨日は、森の方にモンスターが出たらしい。

 唯一の門番である彼は、昨晩からずっと立ちっぱなしである。

 サイモンは、伸びをして、心の洗われるような朝の山の風景を眺めた。


「……ああ……暇だ」


 けっきょく、モンスターは出なかった。

 少なくとも、初期化された彼の記憶の中では。

 こうしてサイモンは、ただのNPCに戻ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ