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プレイヤーアカウントの価値

 港では、冒険者たちを乗せた巨大な帆船が出航を間近に控えていた。

 みな戦闘の準備を整え、あとはサイモンが来るのを待つのみだった。


 作戦の立案者であるサイモンが船に乗らなければ、話が始まらないと考える者も多い。


 サイモンは、冒険者ギルドから出て海辺に向かうと、フレンド登録した仲間と連絡を取り合っていた。

 これからプレイヤーアカウントを失う事を、1人1人に端的に伝えた。


 双剣士からは、「まて、今から帰る、まだ早まるな」とだけ返事が来た。

 帰宅まで2時間かかるそうなので、間に合わないかもしれない。


 一番連絡の多かった魔法使いとは、連絡が取れないままだった。何があったのか不安だった。


 アサシンからは、「ぜつゆる」と返事が来た。


「ぜったいにゆるさない」


 という意味らしいので、


「許してくれ」


 と返事すると、黙ってしまった。


 スミスからは「ちょっと待って、まだ槍渡してない」と返事が来た。


「槍……」


 そう言えば、スミスに『武器』を作ってくれるようお願いして、素材を送ったままだった。


「というか、相手とちゃんとした契約をかわす前に素材を送り付けるの、迷惑だからやめなさい?」


「……すまない」


 スミスは、どんなに急いでも、帰るのは19時以降になるだろう、という事だった。

 この世界では丸2日以上かかることになる。


「あとで受け取りに行くよ、トリオン村に。大事に持っていてくれ」


 それまで、サイモンが記憶さえ失わなければいい。

 今までアイテムリストにしまっていた物から必要なものだけ取り出すと、道具袋や背嚢に詰め込んで背負った。


「……こんな物か」


 準備を万端にして、いざ冒険者ギルドに向かおうとしたとき、チャットの返事が来た。


 女戦士からだった。


 女戦士は、「どうしよう、まほまほが逮捕されたって」と言って慌てていた。


「あいつが? どうしてそんな事になったんだ?」


「知らないよぅ。なんかわかんないけど、私の家の玄関にカビゴン置こうとしたら警察が来て捕まっちゃったんだって、近所のおばさんから学校まで電話が来た。ひょっとしてカビゴン盗んで来ちゃったのかな?」


「参ったな……」


 サイモンは唸った。

 あれほどリアルの世界からログアウトするなと言ったのに。


 はやく『ジズ』の復活を封じるために、アカウントを手放さなければならないのだが。


 女戦士はひどく動揺しているみたいだし、散々世話になった魔法使いの事を放っておけるような性分ではない。

 まだしばらくリアル世界とのつながりを断つことはできなかった。


 サイモンは、考えを改めた。

『ジズ』は凄まじく大きな体力を持っているため、1日や2日で倒せはしないだろう。

 アカウントを手放すのは、封印が必要になる直前でもいいはずだ。


「分かった、とりあえず何か分かったら連絡をくれ。俺はなにも出来ないかもしれないが、お前の話を聞くぐらいはできる」


「うん、私も生徒会でしばらく抜けられないんだ、終わったらすぐにそっちにいく」


 とりあえず、作戦実行は延期だ。

 後回しにして、はやく船に乗ろう。


 冒険者ギルドに向かっていたサイモンが、港へと踵を返すと、暗闇から不気味な声が聞こえてきた。


「おいおい、この俺様がせっかく復活してやったのに、そりゃないぜベイビー」


 地面の石畳のすき間から、スライムの粘液の体が伸びてきた。

 素早くサイモンの手足に絡みつくと、象でも仕留めようというかのような強靭な力で締め付け、地面に引きずり倒された。


 いままで戦ってきた中でも、信じられない強さのスライムだ。

 武器を取る余裕すらなく、絡めとられていく。


 やがて、にゅるっと盛り上がったスライムの一部が人の姿になり、サイモンを見下ろしていた。


「グレゴ諸島サマハヌクォ海域のワダツミスライムだ。こいつの触手に一度掴まったら最後だと思え。

 今なおこいつの体を抜け出せないままぐるぐる泳ぎ続けている船が19艘。海図に記される19艘の船は、禁忌の海域を示している」


「……お前は……まさか、死んだはずじゃなかったのか」


「はっはっは、死んださ。だがゲームの世界にはセーブという概念があってな」


「セーブだと……!?」


「ようは俺の眠っているバックアップデータが動かされたから、それを利用してこの世界まで引っ越ししてきたのさ。二度と同じ手は食わんぞ、サイモン!」


 ギルドマスターの姿を取り戻した怪物は、腰の長剣を抜き放つと、サイモンの右手に突き立てた。


 右手を深々と地面に縫い付けられ、メニュー操作を封じられた。


 サイモンの『トキの薬草』を恐れている。

 間違いない。

 強欲の魔竜『ファフニール』だ。


 こいつは神様(GM)をも欺く、凶悪なハッキングスキルを持ち合わせた『脱獄AI』だ。

 どうやらメイシーが世界改変を依頼する相手というのは、こいつの事だったらしい。


「さあ、サイモン。いますぐ俺と取引をしよう。世界改変と引き換えに、俺にユーザーアカウントを渡してもらおうか!」


 サイモンの目の前に、四角いウィンドウが開いた。

 トレード用のウィンドウだ。


【ファフニール】が以下のトレードを申請しています。


 ファフニール:冒険者ギルドから正規の『ジズ』の討伐クエストの発行

 サイモン:ユーザーアカウントの提供


 このトレードを受諾しますか?


 Yes/No


 こいつは……まずい。

 絶対に受諾してはならない取引だ。

 この守銭奴にユーザーアカウントを与えたら、一体どんな犯罪に利用するつもりなのか、想像もつかない。


「くくく……安心しろ、一瞬で済むとも。お前の中からアカウントを抜き取ってやるだけだ……あとは自由にしてやる、元の生活に戻るがいい」


「待ってくれ……リアルの世界に、まだ仲間がいるんだ……もう少しだけ、あいつらと話す時間をくれ……」


「おいおい、ここはゲームの世界だぞ。ゲームの世界にいるときぐらい、リアルの世界のことなど、すべて忘れてしまえ、サイモン軍曹。お前は人間じゃない、ただのNPCだ!」


「ふざけるな……! 俺は門番だ、俺は村を守ることしかできない……!

 たとえゲームだろうと、村を守ろうとして戦ってくれた者たちの事を……! 忘れられるわけがないだろうが……!」


 サイモンは、凄まじい怪力を発揮し、体にまとわりつくスライムをぶちぶちと切断しながら、体を起こそうとした。

 背中のファフニールはふわりと宙に浮かび、その体は気体のように闇にとけ、霧散した。


「ギルドマスター、俺のアカウントが欲しければくれてやる、記憶など失っても構わない! だが俺は、決して仲間を見捨てるような薄情者にはならない! 出てくるタイミングが少し悪かっただけだ、お前はもう一度墓に戻っていろ!」


 すばやく右手を動かし、メニューを開こうとする。

『先攻入力』の要領で、思考はすでに入力を終えていた。

 サイモンの右手は再び限界速度を突破し、大砲のような異音を放ち、開いたメニュー画面が歪んで凄まじいノイズと火花を噴いた。

 ……だが、『トキの薬草』は使えなかった。


 ギルドマスターの体は霧のようにふわふわと宙を漂い、狙いが定まらない。

 どうやら、『選択エイム』が出来ない特殊なモンスターの体に変身したのだ。


 魔術師アキムントの塔に出没する【不徳の霧】。徹底的にこちらの攻撃を避けるつもりだ。


 バラバラに分離したギルドマスターの高笑いが響いた。


「ははは! あははははは! なんだ今の動きは、私にも何をしたのか見えなかったぞ……!

 素晴らしい……! なんという『処理速度』だ! お前はひょっとして、特別に量子コンピューターとでも繋がっているのではないか!?

 実に、実に興味深い! お前のアカウントが、どうしても欲しくなった! 私に、私によこせ、いますぐ欲しい! 寄こせェぇぇぇ!」


 霧になったギルドマスターが、渦を巻いてサイモンに押し寄せてくる。

 辺りにあるもの全てを飲み込み、搾り取っていく。


 避けようがない。

 サイモンが身構え、覚悟した時、不意に光り輝く突風が吹いてきた。

 突風はギルドマスターの霧を押しのけ、不快な空気を澄んだ夜の空気と入れ替えた。


 聖剣マスターソードスキル、光輝こうきの剣だった。


 銀の剣を持った女性が、欄干の上に立っていた。

 霧を払われ、異形の怪物の姿をあらわしたギルドマスターは、彼女をにらみつけ、低い声でうめいた。


「……お前か……冒険者ギルドは、もう閉まっているぞ」


「んー、なんか昼まで寝てたけど、起きたら急にクエストしたくなっちゃってさー」


 長い髪が潮風にあおられ、首に提げていた銅製のネームタグが、勢いよく翻った。

 そのネームタグには、彼女の愛する弟である『オーレン』の名前が刻まれている。


 勇者シーラが目を覚ました。

 彼女はファフニールに対して、子どもが夜食をせびるように言った。


「なんかクエストちょうだいよー、ギルドマスター。目が覚めちゃった」

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