プレイヤーたちの反乱
リアルの世界では、午前15時20分。
サイモンの世界では、ちょうどお昼どき。
ピークを迎えると思っていたヘカタン村の料理店では、客足がすっかり途絶えてしまっていた。
「いらっしゃいませー、村長!」
「元気でやっておるようじゃの」
「ごめんね、ちょっとお話してくるよ」
「ゆっくりしてってください、オーレン店長」
あまりに人が少ないため、オーレンは厨房をはなれ、村長夫妻の接客にまわっていた。
オーレンにとっては恩人で、毎日様子を見に来てくれているのだ。
店内では他にホワイトアイコンの老夫婦が食事をしている姿が見受けられるだけで、掃除中のイブとヘリオーネは、窓の外で蝶が羽ばたいているのをのんびり見ていた。
「お客さん、来ないねー」
「どうしたのかな? クレアさん、急に誰も来なくなったけど」
「……いま調べてるけど、けっこう色んな要因が重なったみたいね」
クレアは、手の空いたときにはメニューをぽちぽち操作して、魔の山周辺に関する情報を集めていた。
「開店直前に『ドラゴン』が現れたでしょ? レベル上げに来ていた冒険者グループがほとんどそっちの討伐に行ったのもある。
それに国王軍が『検疫』のために山への出入りを制限しているみたい。ヘキサン村の転移ポートも押さえられていて、増えるはずだったライト層の冒険者たちが、山に来れなくなってる」
「そういや、今日は国王軍が大量注文をしに来ていないな」
「たぶん忘れているのよ、リセットされたまま……おまけに、さっきその国王軍と冒険者が、山中で戦闘を始めちゃったみたいなの」
「えっ、騎士団長アスレ、またみんなから総攻撃受けてるの? かわいそう」
「あまりゲームに関心のない俺たちでも知ってるから、けっこうな事件だよな」
「あれはショックだったよねー、山登りの途中でいきなり山賊に囲まれたと思ったら、護衛クエスト中の冒険者たちが次々と山賊の方に寝返ってさー。実質アスレひとりで戦ってたし」
「まだみんなレベル低かった頃だから、倒せはしなかったけどね。今はわかんないな。
現場は今、一体どうなってるんだろう……『撮影者』としての血が騒ぐわ……」
「あ、誰か現場の様子を撮影してくれているみたいよ」
「どうなってるの?」
クレアが動画を再生した時には、すでに山中の戦闘は終わっていたようだった。
投稿された映像には、冒険者たちが騎士団長アスレを捕らえている様子が映し出されていた。
武装した冒険者たちがずらりと立ち並び、その真ん中に地べたに座らされた騎士団長アスレの姿が映しだされている。
「くっ殺せ!」
騎士団長アスレが振り絞るように声を出して、クレアは衝撃で膝から崩れ落ちた。
「あの騎士団長アスレがッ……! むくつけき冒険者たちに囲まれてッ……! くっころ騎士にッ……!」
このゲームは内容的には未成年でも遊べるようになっており、そこまでハードな展開にはならない。
だが、そのぶんプレイヤーたちの想像の余地が広かった。クレアは想像しただけで鼻血が出そうになった。
武装した冒険者たちは、カメラに向かって言った。
「これからこのゲームにログインする連中に伝えたい事がある。
魔の山に出没する2体のレイドボスのうち、本当に倒すべきボスは『ドラゴン』ではない、『ジズ』の方だ」
どうやら彼らはレイドボス戦にむけて、なるべく多くのプレイヤーに攻略情報を共有しようとして動画を撮影したようだった。
レイドボス戦には、1人でも多くのプレイヤーの協力が必要だ。
攻略方法に気づいたのが一部のプレイヤーだけでは、クリアすることができない仕様になっていて、いかに拡散し、共有するかが大事なのである。
「日付が変わるまでにエリア内で『ドラゴン』を倒していれば、『ジズ』はヒナにエサを与えるために、世界の果ての島に着地する。
そこでみんなには、世界の果ての島に集まっていて欲しい。けっして魔の山に集中するな、本当のレイド戦の会場は、海の上にある」
その動画は、素人が視界メモリーを利用して撮ったものらしく、ブレもけっこう大きかった。
だが、投稿されてから大勢に拡散され続け、ものの数分ですでに万バズしそうな勢いで伸びていた。
クレアは、だむだむ、とカウンターを叩いて悔しがった。
「くやしいぃ~! 私なんてゲームはじめてから何カ月もずーっと撮影ばっかりして、ようやく1回バズった事がある程度なのに、ぽっと出の素人が撮った映像がいきなり万バズするなんて、おかしいわよ、世の中理不尽すぎるぅ~!」
「クレア、落ち着けって、ほら。これはアスレネタ動画じゃないから、レイド戦の攻略情報だから」
「アスレネタ動画としても完成されているじゃないの! くっころ騎士団長アスレとかSNSのトレンドになってるし! 才能やばすぎてもはや嫉妬しか湧きあがらない!」
「落ち着けって、誰も騎士団長アスレが『くっ殺せ』なんて言うと思わないだろ? みんな真面目に攻略情報の動画作ろうとしてたのに、騎士団長アスレが偶然言い出したからこんなにバズっただけだってば!」
「そうだよ、よりにもよってあのタイミングで『くっ殺せ』なんて言うとは誰も思ってなかったと思うよ? 天才なのはアスレなんだよ!」
「うぅ~! それ私も運がよかっただけってことじゃんかぁ~! 全然なぐさめになってないよぉ~!」
その攻略情報の動画は、普段は戦闘に参加していないアスレファンの間でも、ぐんぐん拡散されていた。
この本来ゲームにはない攻略法は、ほぼ全てのプレイヤーたちの知るところとなってしまい、やがてこの現象は運営(GM)たちの知るところとなった。
***
その頃、ソノミネはデスクトップを使い、第6シーズンのキャラクターデザインを作っている途中だった。
「おーい、ソノミネ。ちょっとこっち来てくれ、ミーティングだってよ」
「あ、はーい」
会社には、フルスケールの繭型ゲーミングチェアが完備されており、それを使って仮想世界にフルダイブしながら作業する者も多かった。
だが、彼らの作るキャラクターが最も多くの人の目に映るのは、じつはゲームの中ではなく、動画投稿サイトの中だったりする。
ようはデスクトップの画面の中だったり、スマホの画面だったりするわけで、それらを通して見たときにプレイヤーがどう感じるか。
具体的には、ゲームをプレイしていない人が「いますぐゲームにログインしてこいつと話をしてみたい」と感じるようなデザインになっているかどうか、というのを彼らミヤジ班は一番大事にしていた。
ソノミネのデザインしたサイモンが異様な巨体なのも、そのおかげなのである。
おかげで色々な部署から悲鳴が上がったが、今ではいい思い出だった。
「……どう思う?」
ミヤジ班長のデスクトップのまわりには、同じ班員のデザイナーが複数名集められていた。
ディスプレイに映し出されているのは、くっころ騎士団長アスレの動画だった。
班員たちは、冒険者たちの発言に、全員眉をしかめた。
「『ジズ』が本当のレイドボス……? 一体どこからそんな情報が出てきたんだ……?」
「あれってクエストも出てないよな……? 倒しても、どうにもならないんじゃ……。なんでクエストの出てる『ドラゴン』を倒さないんだ……?」
「とあるNPCから得た情報って、どのNPCだ?」
「分からんが、魔の山エリアのNPCではないかという問い合わせが来ている。我々の担当だ。先日、デバッグしたばかりでどうしてこんな問題が起きるんだ?」
ミヤジ班長の質問に、誰も言葉を返せなかった。
デバッグと言っても、簡単なバグを修正しただけで、システムに深くかかわる根本的な部分はほとんど野放しになっているのだ。
これは復旧の目処が立つまでサービス中止もあるかもしれない。
ソノミネは、顎に手を当て、深く考えていた。
彼は、動画を見て気づいた。
この撮影者は、おそらくサイモンだ。
なぜなら、彼の視界メモリーの風景を何回も見て来たソノミネには、それはなじみのある風景だったからだ。
横に並んで立っている冒険者たちは、種族がバラバラで、身長も大から小まで揃っている。
だが、目線がどれも上を向くようになっていた。
この映像が誰かの視界メモリーなら、その目線の先には、撮影者の顔があるはずだ。
高い所から撮影しているかのような映像。誰よりも背の高い撮影者がいる。
「……本当に、『ジズ』を倒すつもりか……サイモン」
彼は、本当に世界を変えようとしている。
ソノミネは、いまだかつてこんなバグを知らなかった。
ひとつのバグが大勢のプレイヤーを動かし、ありもしない攻略法を叫ばせている。
ありもしない攻略法が、プレイヤーたちの真実になっていく。
だが、『ジズ』を倒しても、その先には何も待ってはいない。
なぜなら、誰も何も作ってはいないのだ。
「倒しても、俺は何もしてやれないぞ……何もないんだ、その先には」
その先には、何もない。
村は消えるし、サイモンも消える。
アップデートの内容はすでに公開されて、気づいているプレイヤーもいるはずだ。
だが、プレイヤーたちには関係のないことだったのだ。
この先に何もないから、それがなんだというのだ。
ソノミネたちの作ったゲームは、戦った後に何かが残るのか?
現実には何も残らない。得られるのは実績と達成感だけではないか。
ならば彼らの反乱は、このゲームに逆らいながらも、本質的に同じものだ。
サイモンは、ゲームの中でもう一つの新しいゲームを生み出そうとしている。
プレイヤーに対して、自ら神(GM)に等しい行為を成そうとしている。
このとき、本当のバグは、プレイヤーたちの心の中に起こっていたのだ。
従来のゲームでは起こりえなかった、信じられない規模での不具合が起こっていた。