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逝け

 ふいに始まった冒険者たちと国王軍の乱戦は、いまだ続いていた。

 上級兵士に守られながら、戦況を静観していた騎士団長アスレは、不意に呟いた。


「……まだ練度が足らんな。あれでは勝てん」


 冒険者たちは、破竹の勢いで新兵たちを倒していった。

 騎士団長アスレの戦力鑑定にうつるレベル差は10以上。


 攻撃力、防御力、あらゆる戦闘能力が倍近く膨れ上がった相手を倒すには、ボス戦と同様の強力な連携があれば十分だ。

 だが、新兵たちは一人の人間に対して多数で攻撃するとき、致命的なためらいが生じている。覚悟が足りないのだ。


 おまけに、足元を精霊サラマンダーが走り回り、不意打ちのように火花を散らしては状態異常をかけてくる。

 精霊のかけてくる呪いを防ぐには、守護精霊の加護を受ける必要がある。

 騎士団長アスレは守護つきのアミュレットを装備しているが、一般人あがりの新兵には、防ぐ術などない。


「分が悪い……少し加勢するか」


 背中のフックから魔剣を外すと、それは緑色の不気味な光を放ちながら宙を舞い、彼の前方に磁石のようにふわりと浮かんだ。

 

 魔剣は緑色の不気味な光を放ちながら、騎士団長アスレにその柄を差し出し、握られるのを待っている。


 その様子にいち早く気づいたサイモンは、唸り声をあげた。


「止まれ、騎士団長アスレ!」


 サイモンは、遠距離から騎士団長アスレに槍を投げ放った。


 槍スキル第8階梯、『大投擲』が発動する。

 命中すれば相手のスキルを中断させる大技だ。


 だが、彼の投げ放った槍は、とつぜん騎士団長アスレの体を包み込んだ魔力の膜に阻まれ、はじき返された。


 魔剣による回避パリィ判定が出た。

 どうやら魔剣のスキルに【回避パリィ発動】が入っていたらしい。


 武器のスキルスロットルに入る【回避パリィ発動】は最大で20%しかない。

 だが、魔剣士の職業特性により効果が倍働くと40%に到達する。


 連続攻撃が出せない槍スキルとの相性が悪すぎた。


「まずい、逃げろ! 魔剣士ダークナイトの攻撃がくるぞ!」


 騎士団長アスレは、魔剣の柄を両手で握ると、地面に向かって深々と突き刺した。

 魔剣士ダークナイトスキル第五階梯、『悪魔斬り』が発動する。


 離れた場所に魔剣の分身を生み出し、遠隔で斬撃による攻撃と魔剣のスキルを発動させる。


 そのとき産み出された分身は10本、すべての冒険者たちを同時に襲った。

 魔剣士ダークナイトの持つ、希少な範囲攻撃だ。


 緑色の光が地面に浸透してゆき、冒険者たちの足元から不気味に噴きあがる。


 魔剣の魔力を託された地面から、とつぜん細身の剣が次々と飛び出し、冒険者たちを真下から貫いた。


「な、なんだこれ……ッ!」


 さらに魔剣の分身は【乱れ裂き】スキルを発動させる。

 執拗な連続攻撃によって敵の動きを止めるスキルだ。

 無数の黒いナイフが噴きあがり、冒険者たちを切り刻んでいった。


「いまだ、捕らえろ!」


 上級兵士たちが次々と飛び掛かり、冒険者たちを取り押さえた。


 その間に騎士団長アスレは、地面から重たい魔剣を引き抜いた。

 高熱を放っていた魔剣からは、白い湯気が立ち昇っている。


「サイモン軍曹……ッ! 槍を拾え……!」


 騎士団長アスレは、地面に落ちていたサイモンの槍を、魔剣のひと振りで弾き飛ばした。

 頭上に大きく弧を描いて飛んでいった槍を、サイモンは受け取った。


 サイモンは、どうして槍を渡されたのかすぐにはわからなかった。

 アイテムリストから予備の槍を出すつもりだったが、騎士団長アスレはそんな事など知らなかっただろう。


「……そうか」


 周囲を見ると、兵士たちに取り押さえられた冒険者たちがサイモンを見ていた。

 サイモンはもう、一人ではないのだ。


 最初に戦ったときは、サイモンの槍を奪ったうえで、徹底的に勝ちを狙えばよかったが。

 今は違う。ただ勝てばいいのではない。

 それでは他の冒険者たちが制御できなくなると判断した。


 騎士団長アスレには、サイモンのレベルが見えているはずだ。

 サイモンのレベルは、この中では一番低い。

 それでも、サイモンは他の冒険者たちを従える、悪党の主犯格と見なされている。


「悪いが、俺はどんな手段を使ってもお前に勝つ」


 サイモンは槍を構えた。

 左腕で槍を抱えるようにして構え、右手を頭の後ろに伸ばす。

『グリッチ』を発動する構えだ。


 もうすでに運営(GM)によって発見されているバグだ。

 もう誰に見られても構わなかった。


 騎士団長アスレは、サイモンの放つ気迫に気おされていた。


「お前の目的はなんだ……『ドラゴン』を山に放ち、生まれた村を捨て、人間であることを捨て、神に抗い、そこまでして強さを求めて、その先にいったい何を成そうとしているのだ」


「俺は村を守る、それだけだ」


「なるほど、すでに正気ではないな……いいだろう、二度とふざけた口を聞けないようにしてやる」


 魔剣士ダークナイトスキル第七階梯、『五王』が発動する。


 属性の異なる5種類の魔法剣を発動する、連続剣技だ。


 一定の様式が決まっていて、どのタイミングでどの技がくるか、サイモンはすべて把握している。


 まず第一の剣は雷属性。

 視界から突然消えるほどの速さで『突き』を放ってくる。


 先制を得意とする槍スキルでも、まともに打ち合えばほぼ互角の速さだ。

 もっとも起動の早い【疾風突】を使い、無理やり先制をもぎ取った。


 先に相手に届いたサイモンの槍は、魔剣の【回避パリィ】シールドによって弾かれてしまった。


 だが、ここですかさず右手を動かし、『グリッチ』によって2撃目と3撃目を重ねた。


 あえて連続攻撃になるよう、タイミングをずらした。

 一瞬のうちに5撃目まで打ち込んだが、4発は半透明の膜によってはじかれた。

 魔剣の回避スキルが連続で発動した。運が悪い。


 いや、運が悪いのではない。

 騎士団長アスレは、直前で連続剣技を中断し、攻撃を【魔神切り】に切り替えていた。


 この魔剣に宿っているスキルは【回避パリィ発動40%】。

【魔神切り】の効果により、剣のスキルが2回発動することで、回避率は80%になる。

 攻撃中はほぼ無敵状態になる。


 攻撃を誘われた。

 なんという手練れだ。


 巨大な魔剣が横なぎに振られると、濃密な魔力の霧が辺りに立ち込め、怨霊の声が響き渡った。

 魔剣に宿るあらゆるスキルが倍になり、サイモンに襲いかかった。


 サイモンは木々をへし折りながら弾き飛ばされ、鎧は大破し、防御の用を成さなくなっていた。

 まずいことに、相性が悪すぎる。

 相手もそのことを充分に理解して戦っている。


 地面に倒れたサイモンは、ふいにネズミを見つけ、手に握りこんだ。

 ただの動物だが、血を与えて分体を産み出す事はできる。

 だが、2対1になったところで、どうこうなる相手ではなかった。


 サイモンに反撃の隙があるとすれば、相手が攻撃の手を出し尽くした瞬間だ。

 分体を産み出し、サイモンが分体を倒す。

 獲得経験値N倍のスキルにより、100体ぶんの経験値を得れば、サイモンは次のレベルに上がる。


 レベルが上がる瞬間、体力とSPが全回復する。

 その瞬間はどんな攻撃を食らっても耐えることができるそうだ。

 魔法使いに教わった技術だ。


「……サイモン軍曹、お前はここで殺しておかねばならん」


 騎士団長アスレは、攻撃の手を休めなかった。

 今度こそ本当の五王が発動する。


 まずは雷属性の突きがサイモンの肩を襲った。

 攻撃をしのいで退避するが、直後に風属性をまとった回転斬りが攻めてくる。

 広範囲におよび、突風がどこに逃げても攻撃を当ててくる。

 凶悪な魔剣のスキルを再び浴び、サイモンは一瞬気を失いかけた。


 次は、足元に向かって突きがはなたれる。

 ひやりとした氷属性の突きだ。

 足が地面に縫い付けられたように動かなくなる。

 地面ごと氷漬けにされていた。


 動きを止めてから、火属性の剣で切り上げる。

 剣ごと宙に浮くような荒々しい動きの切り上げだ。

 足元の氷が砕けちり、サイモンはようやく動けるようになった。

 だが、いまごろ動けるようになったのはでもう遅い。


 騎士団長アスレは、宙に浮かびあがった状態から最後の一撃を狙って振り下ろしてくる。

 闇属性、暗黒の剣だ。

 魔剣士ダークナイトだけが扱える最高の剣技。


「逝け」


 これはまずい、ダメージを予想以上に食らいすぎた。

 耐えきれるか分からない。

 サイモンが覚悟した、そのとき。

 横合いから黒い塊が飛び出してきて、騎士団長アスレの最後の剣をはねのけた。


『ドラゴン』だ。


 ぶるるっ、と鼻息を荒くするドラゴン。

 国王軍は騒然となり、騎士団長アスレは、『ドラゴン』に標的を変えた。


「分体か……!」


 オカミが駆けつけてくれた。

 いや、それだけではない。


「おいおい! 面白そうなイベントしてんじゃねぇか!」


 ドラゴンを狙っていた、大勢のブルーアイコンの冒険者たちが、後からわらわらとやってきた。

 ログイン総数800人におよぶ大隊だ。


 国王軍はぞっとして怖じ気づき、騎士団長アスレの目にも動揺がうつった。


「ちっ、増援が来たか……」


 どうやら、形勢が逆転したようだった。

 サイモンは、手に握っていたネズミを逃がし、大きく息をついた。

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