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総員、突撃

 リアルの世界では、午後15時15分。

 サイモンの世界では、そろそろオーレン料理店が開店している頃。


 横転した馬車を取り囲む、物々しい様子の国王軍を前に、ブルーアイコンの冒険者たちは動揺していた。


「なになに、一体何のイベントがはじまったの?」


「びっくりしたー、モンスターかと思ったぞ?」


「静粛にしたまえ、この馬車に乗っている者は、全員出てこい!」


 騎士団長アスレは、馬車に向かって強い口調で言った。

 彼は手に巨大な魔剣を持ち、まるで宿敵がそこにいるかのように言った。


「この山に『ドラゴン』が出現したとの一報があり、山の出入りは軍によって封鎖されている。

 これ以降、勝手な下山は許されない。いますぐ全員に『トキの薬草』による治療を受けてもらう」


 騎士団長アスレの目的が分かったサイモンは、ぎくりとした。

『検疫』をするつもりだ。


『ドラゴン』との戦闘によって負傷した者は、『混交竜血』になる疑いがある。


 これまでのように、新兵たちの弱さを理由に下山する必要がなくなった彼は、大人数を利用してそのまま魔の山の『調査』を続行したのだ。


 怠惰の魔竜がいなくなった途端に、行動力がはねあがった。

 まさか、ここまで行動が変化するとは思いもよらなかった。


 騎士団長アスレは、冒険者たちにもそうだったが、ことさら強い警戒の眼差しをサイモンに向けていた。


「サイモン軍曹、貴様には『ドラゴン』を利用した反乱を画策した疑いがもたれている」


「反乱だって!?」


 騎士団長アスレの一言に、冒険者たちはざわめいた。


「どういう事だよ? 『ドラゴン』を利用した反乱って」


「貴様が今日まであえて『トキの薬草』による治療を拒み続けたのは、『ドラゴン』を山に放つためであったことは明白だ。

 この場で治療を受けたのち、我々と共に王都に赴き、軍法会議に出席してもらうのでそのつもりでいるがいい」


 ……知っていたのか。

 サイモンは、うすうす気づいていた。


 国王軍は彼に何一つ真実を告げなかったが、裏では様々な情報を共有していた。

 サイモンが『混交竜血』にかかっていた事もそうだ。

 軍がサイモンの『ドラゴン』に関して、いったいどこまで理解しているのかは未知数だった。


 だが、ケインズ伯爵領の軍に所属していたサイモンは、行軍中にただの黒ヘビに咬まれて倒れ、『混交竜血』にかかったことまで知られている。

 少なくとも、その黒ヘビが『ニーズヘッグ』の分体であることを、国王軍はよく知っていたはずである。


 この様子だと、サイモンが竜と同じく分体を生み出す能力を持っていることも、予想がついていたはずなのだ。


「『ドラゴン』を山に放ったのは貴様だ、否定するのならば、貴様の本当の目的を教えてもらおうか。

『ドラゴン』がいつ村を襲うかもしれぬこの一大事に、どうして貴様は本来の職務である村の門番を怠り、山から降りようとしているのだ?」


「え、それお前が言うの」


「さらに冒険者をそそのかし、『ドラゴン』よりも聖なる鳥の『ジズ』を討伐させようとしているのはなぜだ。言い逃れはさせんぞ、この騒動に乗じて街でいったい何をするつもりだ」


 サイモンは、思わず馬車の方を振り返った。

 ……どうやら、さっきの会話を聞かれたらしい。


 どうやって会話を聞いたのかはわからない。

 馬車に斥候スカウトが潜伏していたのか、それとも乗客の中に内通者がいたのか。


 分からないが、その計画がもれて、騎士団長アスレの怒りに火をつけたのは間違いなかった。

 騎士団長アスレは、さらに冒険者たちにも言った。


「貴様たちにも、サイモン軍曹との共謀の疑いがもたれている。

 彼の味方ではないという者は、ただちに名乗り出よ。先に治療を受けさせ、なるべく早く解放することを約束しよう。

 そうでない者の身の安全は保障できない、そこにいるサイモン軍曹と生死を共にすることになるだろう、3つ数えるうちに選べ!」


 冒険者たちに選択を迫る騎士団長アスレを見て、サイモンは、息をのんだ。


 ……ああ、彼は分かっていない。


 騎士団長アスレは、『冒険者』というものが一体どういう人種なのか、まるで分かっていない。


「3!」


 サイモンは、よく知っている。

 そんな威圧的に迫ったら……ブルーアイコンの冒険者たちが取る行動は、決まっているのだ。


『面白そうな方』を選ぶ。

 彼らにとって、これはただのゲームなのだ。


「2!」


 ブルーアイコンの冒険者たちは、脅迫されても意に介さず、お互いに平然とした顔をしていた。

 さすが上級冒険者たちだ、踏んできた場数が違う。


「だってよ、どうする?」


「つまり国王軍500人と……馬車で居合わせたばかりの謎の大男1人……どっちの味方になるかって話だよね?」


「はー、いきなり馬車ひっくり返した時点で決まってるっつーの」


「1! 時間だ!」


 ドルイドは手をあげて、ぴょんぴょん飛び跳ねた。


「はぁーい。じゃあ、いくよ~。耳ふさいで~」


 冒険者たちは、全員が耳をふさいだ。

 その瞬間、ドルイドの足元の地面を割って、火に包まれたトカゲが現れた。


 精霊サラマンダーだ。戦場を暴れまわり、広範囲のランダムな敵に、混乱などの様々な状態異常をかけてまわるトリックスターである。

 冒険者たちからは爆竹ちゃんと呼ばれている。


 口から破裂音を響かせるトカゲが、爆竹のように凄まじい勢いで地べたを暴れまわり、煙にまかれた王国兵が卒倒スタンした。


 ブルーアイコンの冒険者たちは、それぞれの武器を構えると、大声で国王軍に向かって威嚇いかくした。


「かかってこいやコラーーーーッ!!」


 なるほど……どうやら騎士団長アスレは、どんなに正しい事をしていても冒険者たちに行動を邪魔される不遇なポジションにいるらしい。


 騎士団長アスレは、ダメージの残る片耳を手で塞いで、魔剣を彼らに向け、ときの声をあげた。


「総員、突撃ーッ!」


 山の中で、壮絶な乱闘が始まった。

 これこそが冒険者だ。


 レイド戦に参加するためにずっとレベル上げをしていた上級冒険者たちのレベルは、40に届こうというところだ。

 ようやく魔の山で戦えるまでレベルを上げたばかりの王国兵とでは、戦力の差は歴然だった。


 サイモンはこの中で一番弱い。乱戦に巻き込まれないよう逃げ出した。


 冒険者たちと兵士たちが切り結び、魔法の火の玉が頭上をかすめていく戦場を、サイモンは低姿勢で駆け抜けた。


 木の影へと転がりこむと、おなじ木の影にドルイドも転がりこんできて、羊の角がごつっとサイモンの頭に当たった。

 いちいち距離が近すぎる。


「あー、大変、血が出てる~!」


「いや、このぐらい平気だ」


「だいじょうぶ、私の薬草使ってよ~! なんか買い物したらおまけでくれたやつが大量にあるの~!」


「『トキの薬草』じゃないか、やめてくれ」


 サイモンが本気でいやがって逃げ出すと、ドルイドはその背中をつかんで木の影に引っ張りこんだ。

 すさまじい腕力だ。


「うひひ、本当に『ドラゴン』なんだ。あんた本当に謎だらけだねぇ~」


「いいのか、俺みたいな怪しいNPCの味方をしても」


「だいじょうぶ。私はね~。ぜったいに後悔しない選択をしてるつもり~」


 国王軍との戦闘に巻き込まれた時点で、本当は後悔してしかるべきだと思ったが。


 そんなことを気にする冒険者など、どこにもいないのだ。


 サイモンは、救われた気持ちになった。


「ありがとう」


 不意にドルイドが近づいてきて、まき角がサイモンの頭にごっと直撃した。


「なんだ?」


「だってチューも知らないまま消えるのかわいそうじゃん~。えっへっへ~」


「知らない方がよかったかもしれない」


 知識はあったが、あいにくこの世界には実装されていないらしい。

 頭突きをされたのかと思った。


「あなたにもいつかヒロインが現れたらさ~。教えてあげなよ~」


「いまの頭突きみたいなのをか? 喜ぶとは思えないが」


「だいじょうぶ。好きな人から貰ったら嬉しいからさ~。えっへっへぇ」


 やはりブルーアイコンは変な連中なのだった。

 戦況は変わらず、膠着こうちゃくしている様子だった。

 参戦するしかない。

 サイモンは槍を持って、ふたたび戦場を駆け出した。

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