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真の主人公について

 そして、気がつくとサイモンは門の前に門番として立っていた。


 古木に小鳥がちちち、と群れ集い、足元をウサギがのそのそ、と歩いていく。

 のどかなヘカタン村の、朝の風景。


 自分が生きている、ということは。

 どうやら、騎士団長アスレ率いる国王軍は、『ドラゴン』を倒せなかったのだ。


 ヘカタン村を守り切れたのか、どうかは分からないが。

 いちおう、一部始終を記録してもらっているクレアに確認するつもりだった。


 リアルの世界では、15時ちょうど。

 サイモンの世界では、朝日がようやく昇り始める頃。


 村の入り口に、ぞろぞろと冒険者たちが集まってくる。

 一時期少なくなっていたブルーアイコンの冒険者たちが、また集まりはじめていたのだ。


「あれ? この村って、門番いたっけ」


「ああ、なんかちょくちょくいなくなるっぽいよ」


「ふーん?」


 サイモンが不審な行動をしていることに、気づき始めている冒険者たちがいる。

 だが、それ自体はもう大した問題ではない。


 いまはサイモンがチート能力やバグを使っても、すぐに修正を受けることはないはずだ。


 運営(GM)に通報されるのは、怖くない。もうとっくにバレている。

 怖いのは、もう一つの可能性だ。


「ようこそ、ここはヘカタンの村だ」


 冒険者たちは、サイモンの巨体を見上げたまま、立ち止まっていた。


「怪しいな、すごく怪しい。ひょっとして……」


「使ってみる? 『トキの薬草』」


 サイモンは、ぎくりとした。

 冒険者は迷わずメニューを開き、アイテムリストを操作しはじめた。


 そのとき、村の上空を漆黒の翼を広げたドラゴンが通過していった。

 サイモンの血から生まれたドラゴンの分体、オカミである。

 どうやら無事に若鳥から逃げ切ったらしい。


 冒険者たちは、上空に出現したドラゴンに狙いを変更し、すぐに追跡しはじめた。


「おいおい、一体どういう条件で出現するんだ!?」


「わからないけど、とにかく追いかけろ! あっちに逃げるぞ!」


 わーわー叫びながら遠ざかっていく冒険者たちを引き連れ、おとりになってくれたドラゴンは遠くに去っていった。


「オカミ、無事だったか」


 サイモンは、ほっと胸をなでおろした。

 そう、問題なのは、サイモンの『ドラゴン』を消されそうになっていることだった。


『トキの薬草』は、もはや当たり前のように手に入る汎用アイテムになってしまっていてる。

 あの理不尽な魔力を持つ薬草で、いつサイモンが狙われるか分からなかった。


 ファフニールによると、サイモンが『リスポーン』の度に前日の記憶を引き継いでいるのは、『ドラゴン』に変身するからだそうだ。


 変身能力を失ってしまえば、これまで積み重ねてきた記憶をすべて失ってしまう可能性がある。


 そういえば、と不意に思い当たることがあった。

 オーレンは、どうだったのだろうか。


 彼も夜の度に変身する『ドラゴン』だったはずだ。


***


 村の方に戻ると、料理店は前日よりも少し大きくなっていた。

 前見た時は店の軒先にテーブル席があるだけの小さな屋台だったが、ちゃんと屋内に客席スペースが用意されている。


 ひょっとすると『オーレン料理店』が一定の売り上げを達成したため、店の規模が大きくなったのだろうか。


 いちおう、こういうゲームの仕組みは魔法使いに確認してもらうことにしていたのだが、彼のチャットは、なぜかメンテナンス以降、まったく途絶えてしまっている。


「いったい何があったんだ、魔法使い……」


 リアルの世界でいったい何が起こったのかは知らないが、サイモンとしては不安がつきなかった。


「おーい、オーレン」


 料理店に入ると、オーレンがひとりで開店の準備をしているところだった。

 サイモンの姿を見ると、彼は嬉しそうにぱあっと笑顔になった。


「あっ、サイモン! おはよう!」


「おはよう。クレアはまだ来ていないのか?」


「ん? えーと、誰だっけ?」


「覚えていないのか?」


「ブルーアイコンの人かな? 知らないけど」


 ときおり、ブルーアイコンの冒険者たちは、まるで過去に会ったことがあるような口ぶりで話しかけてくることがある。

 いま思うと、きっとサイモンたちが忘れているのだろう。


 少なくとも今のオーレンは、前日の記憶を失う、普通のホワイトアイコンになってしまっていた。


 クレアは用事があるのか、まだログインしていないようだ。

 伝承によると、『渡り人』である彼らの世界のことに干渉してはならないそうだ。

 ……伝承とは、いったい何なのだろう?


「あ、シーラ姉ちゃんはまだ寝てるから、奥の部屋にはあんまり行かないであげて」


「どうしてだ?」


「どうしてって……女の人が寝てるんだよ? もう、そういう所なんとかした方がいいと思うよ、サイモンは」


「じょうだんだ、お前をからかっただけだよ、オーレン」


「あー、いいの? 僕をからかったらご飯がコゲちゃうかもしれないよ?」


「心配いらないさ。お前が作ってくれたらなんでも美味しいよ」


「食いしん坊だなぁ、サイモンは」


 オーレンは、今日もサイモンの為に朝食を作ってくれた。

 リンゴのサラダに、簡単なハムエッグ、海藻のスープ。

 食材が豊富になって、新鮮なものをいくらでも使う事ができるようになっていた。


「そういえばオーレン、お前は同じ一日を何度も繰り返しているような経験はしたことがなかったか?」


「うーん……そうだね、あるよ」


 オーレンは、自分も紅茶を飲みながら言った。


「一日中ベッドの上で横たわっていたらね。あれ、昨日も同じことやってなかったっけって、たまに思うことはあったよ」


「それだけか? 本当に同じ日を繰り返しているとは思わなかったのか?」


「僕はそこまで世間知らずじゃないよ。毎日おんなじ風景を見て一日を過ごしているから、きっと夢でもおんなじ一日を繰り返しちゃうんだろうなと思ってたよ」


「そうか……怖くはなかったのか?」


「怖くはなかったよ。だってその日は、朝から姉さんがいてくれたし、サイモンが家に来てくれるし。こんな日なら、何度も繰り返してもいいなと思ってたからさ」


 サイモンは、オーレンの頭を撫でた。

 どうやら『混交竜血』が時間をさかのぼっていても、気づかないということがあるようだ。


 門番のサイモンも毎日、同じ一日を繰り返しているような気がしていた。

 何か大きなきっかけがなければ、真実を教えてくれるブルーアイコンの導きがなければ、その事にずっと気づかなかっただろう。


 ふと、窓の外に、ちらっと人の姿が見えた。

 誰かがこっそり店の中をのぞいているみたいだった。


 サイモンは、窓の方に近づいて行って、外の様子をうかがった。

 数名のブルーアイコン達が、料理店の隣の敷地に集まり、なにやら準備運動をしているところだった。


「いっちにっ! いっちにっ!」


「ほらー! 腕下がってるわよー! 料理人は体が資本よー!」


「「うぃー! まだむ!」」


「なんだ、いたのかクレアと……『カメラ使い』の、誰だっけ?」


「あれー!? サイモン、来てたんだー!」


 クレアは、いま気づいた、といったばかりの曇りのない笑顔で振り返った。

 数名の料理人たちに、給仕サーバントの恰好をしたイヴとヘリオーネもいる。

 教会の仕事はいいのだろうか。


 サイモンの後ろから、オーレンがこわごわと様子をうかがっていた。


「……誰? ブルーアイコンの人たち?」


「ああ、悪い奴らじゃないよ。彼らはお前の店を手伝いに来た料理人だ」


「料理人? ほんとう!? ど、どうして?」


「俺が頼んだんだ。お前のヘカタン料理を世界に広めたいからだよ」


「へぇぇー」


 オーレンは、びっくりしたような顔を浮かべていた。

 嬉しさのあまりサイモンにしがみついて、ぱあっと笑顔を浮かべた。


「サイモン……ありがとう」


「尊いー!」


「あざーす! サイオレいただきました!」


「これはいい」


「それはいいとして、どうしてこんな大勢でヘカタン村に来たんだ? たしかヘキサン村に大きな店を構えたんじゃなかったか?」


「サイモン、その事でちょっと話があるの……」


 どうして彼等が二号店を離れ、ヘカタン村に集まって来たのか。

 尋ねてみると、オーレンの料理店をヘキサン村に移して、プレイヤーたちを村から遠ざけることができるのは、恐らくもう無理だろう、という事だった。


 場所を店内に移して、『オーレン料理店』は、ひとつのテーブルを囲んで会議をはじめた。


「もうすぐ午後4時でしょう。学校が終わるのよ。これからは経験値を積みまくるガチ勢じゃなくて、ライト層が増えるの」


 ライト層、つまり魔法使いたちのような、初心者グループのログインが増えるのだ。


 彼らはレイド戦のために、ただひたすらレベル上げをするようなプレイイングはしない。

 どちらかというと、ゲームの謎解きやイベントをひとつひとつこなしていくことになる。

 週間アップデートのおかげで、アップデート直前まで未回収のイベントが大量に残るようになったのだ。

 そのため、料理店をどこに構えたところで、ライト層をその一ヵ所に誘導することは難しいと考えられる。


「それに、前回ヘカタン料理を大量に持ち帰りしたプレイヤーもいるの。きっと仲間のぶんも買ってる。その人のグループは料理店にいかずに、ヘカタン村をずっと調べてまわると思うし」


「なるほどそうか……仕方ないな」


 サイモンも、2度も同じ手がうまく通用するとは思っていなかった。

 前回はヘカタン料理に興味を持って集まって来た者がほとんどだったから、うまく村から誘い出すことができたのだ。

 もうすでに全員ヘカタン料理を知っていて、持ち帰りもしている者もいるとなると、同じ作戦は機能しないだろう。


 クレアは、サイモンの目をじっと覗き込んでいった。


「安心して、ダーリン。お店は必ず成功させてみせる。決して転移ポート前の超一等地の客足が予想以上にヤバすぎて、ちょっと怯んだとか、そういう理由じゃないから」


 いちおうプロとしてのプライドがあるクレアが唇を噛んで悔しそうに言うと、周りのメンバーもうんうん、と同調した。

 通りすがりのカメラボーイも、言った。


「サイモン……俺も本気で料理人を目指したいんだ。決して店じまいの後のオーレン店長がゆっくり観察できなかったから、拠点をヘカタン村にしたいとか、そういう不純な動機ではないから安心してくれ」


「うむ、よく分からんが、色々理由があるのだな」


 とにかく、ヘカタン村の一号店での営業が再開された。

 一行はすぐに料理店に散らばり、連携の取れた動きで開店の準備を始めた。


「床拭き、開始!」


「棚掃除、開始!」


「開店15時15分よ、急げー!」


 給仕サーバントスキルを持ったイヴとヘリオーネが、店内をモップで素早く清掃してまわった。

 第一階梯『フロアメンテナンス』は、フロア内での移動速度を上げる、『工房』が最高のパフォーマンスを発揮するためにはかかせないスキルであった。

 メンテナンスはすべての職業が専用装備に対して使えるスキルだったが、それに特化したのが給仕サーバントという職業だ。

 有能な給仕サーバントがいる店ほど回転速度が早くなる。激戦を経た『オーレン料理店』は、一皮むけた有力パーティになっていた。


 オーレンがキラキラ目を輝かせて、しきりに「すごい、すごい!」とはしゃいでいる。


 厨房に立った通りすがりのカメラボーイは、包丁をくるくる回してSP回復薬をぐい飲みした。


「ふっ、生まれ変わった俺の包丁スキルを見てくれ、さっき機種を国産に変えてきたところだぜ……!」


「おー、思い切ったねカメラボーイ。高かったでしょ?」


「大丈夫? 国産はグラ弱いんじゃない?」


「80コアGPUグラフィックボードを搭載してやった、ぬかりはない……! どんな映像だろうと、克明に記録してやる……!」


 ぎらっと包丁を光らせ、オーレン店長の方を見るカメラボーイ。

 狙われているとは知らず、オーレンは楽しそうに調理場の火を入れ、フライパンをあたためはじめた。


「よーし! 僕もやるよ!」


 やる気になっている彼らの様子を傍から見ていたクレアは、ひとり申し訳なさそうにうつむいていた。


(ごめんね、カメラボーイ……あなたの熱意を、利用するような事をして……)


***


 じつは、クレアはカメラボーイに先んじて、オーレンの真実を調べていた。


 運営(GM)の1人であるアカシノと仲良くなったため、確認を取っていたのだ。


 キャラクターデザイン主任のアカシノは、プレイヤーよりも多くを知る立場から、明確な答えを手に入れていたのである。

 アカシノは、即答していた。


「オーレンは……シーラの弟だから……男の子よ?」


「でもそれは、本当のオーレンの方よね? オーレンとして育てられている今の子はどっちなの?」


「なるほど……そこまで……話は先に進んでるのね……」


 真相を知っているクレアは、どちらでも不思議ではないのではないか、と思っていたのだが。

 開発者のひとりであり、シーラについて全てを知り尽くしている、と言っても過言ではないアカシノは、首を横に振った。


「……いい? みんな勘違いしているけど、このゲームの本質は……シーラを俺TSUEEE系主人公としたハーレム物である……ということなのよ」


「ハーレム……?」


「そうよ……イケメン騎士団長アスレに……可愛い弟のオーレンに……ガチムチの幼馴染みサイモン……みんなシーラのハーレム構成員だったのよ……。

 そういう構図に置き換えると……オーレンは女の子じゃダメ……男の子でなきゃいけないの……分かるでしょ?」


「あ……そういう事なの?」


 どうやら、これが脚本家の考えた原案らしい。

 旅立った先でシーラは、さらなるイケメンヒロインたちと出会い、Hランクモンスターを蹴散らしながら、ヒロインたちのハートを掴んでいく、めくるめく冒険活劇が用意されていた。

 まさにシーラは、いわゆる俺TSUEEEハーレム系主人公になる予定だったのである。


「じゃあ……オーレンは……男の子なの……?」


「そうよ……オーレンはどんなに可愛くても……男の子じゃなきゃいけないの……」


「すみませんでした……なんか、勝手に妄想しちゃって……」


 クレアは、素直に自分の不明を謝罪した。

 さすがプロのクリエイターだ、素人の自分とは視点がまるで違う。

 そう思ったのだが、アカシノはさらに言った。


「けど……本当の性別は『どちらとも言えない』としか言えないの……」


「どっちなの」


「そこは、言えない……『プレイヤーの想像に任せるべき』というのが……公式の見解だから……」


 どうやら原案はそうだったが、キャラクターデザイナーたちは、どっちかはっきりしないように作ろう、という方針をとることにしたらしい。

 なので、どちらとも言えないというのが正解なのだ。


 だが、アニメーターはオーレンのアバターを制作するとき女の子から動作モーションを取ることも多いらしく、制作部署によっては完全に女の子として作っていたりすることもあるらしい。

 結果として女性専用装備ができたりする、可愛すぎる弟ができてしまったのだ。


 とにかく、ゲーム制作の裏側を知ったクレアは、この事実を打ち明けることができなかった。


 せっかく今はカメラボーイたちがやる気になってくれているのだ。

 方向性は歪んでいるが、一致団結している彼らほど、力強い味方はなかった。


 カメラマンとモデルは、カメラボーイにこっそり耳打ちしていた。


「それで、どうだった? 昨晩確認しにいったんだろう? オーレン店長は、結局どっちだったんだ?」


「……」


 カメラボーイは、特に何も言わず、コック帽をかぶると、オーレンに向かって、ぐっと親指を立てた。


 オーレンは、なんだかよく分からないが、ぐっと親指を立てて返事をした。


「やっぱり変な人たちだなぁ。がんばって」


 オーレンに応援をもらうと、メンバーたちはがぜんやる気を出した。


「しゃあ! いくぜ!」


 この後、『オーレン料理店』は大盛況となり、通りすがりのカメラボーイは、二号店店長として独立するのであった。

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