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レイド戦の醍醐味(だいごみ)

 海の上空で、サイモンと巨鳥の影が交差した。


 ヒヒヒヒヒ!


 眉間に槍の先制攻撃を受けた『ジズ』は、奇妙な声をあげて、大きく身震いした。


「まずい」


 サイモンは、槍で相手の体をついて身を引き離し、短剣でくちばしの一撃を受けとめてそのまま脇に飛ばされ、『ジズ』の広大な背中の真ん中に着地した。


 見上げると、『ジズ』の長大なライフゲージが浮かんでいた。

 すでにヘカタン村の入り口から出口までの距離ぶんは赤くなっている。

 サイモンの【紫電突】によるダメージがまだ蓄積していて、バチバチと火花を噴きながら、徐々に体力が減少していくのが見えた。


 レベル30に到達したサイモンの攻撃は、ダメージがはっきり視認できるほど効いている。

 前の世界線で、ブルーアイコンの冒険者たちがかなり削ってくれていたのがわかった。

 それでもこいつの浮遊する島のようなアイコンの全周は、まだはるかな道のりだ。

 足りない、まだ全然足りていない。


 ヒヒヒヒヒ!


『ジズ』は、不気味な声をあげて、足元から逆再生するようにたちのぼる光の滝に包まれた。

 この光の滝を、サイモンは見たことがある。

 ヒーリングの光だ。


「まずい、回復する気か……いや、回復しているのか?」


 だが、ライフゲージのスケールが大きすぎるせいもあってか、よく目をこらさないと回復しているように見えない。


 おやっと、サイモンは眉をひそめた。

 浮遊島のようなレッドアイコンに巻き付いている緑のヘビが、しゃーっと牙を剥いて、ネズミのように群がる小さな影を追い払っていた。


 影に目を凝らすと、小さな小人こびとたちがレッドアイコンに張り付いていて、ノミとハンマーを使って、果敢かかんにもライフゲージをカンカン削っていたのだ。


 サイモンは、目を疑った。

 これもおそらく、前回の世界線で、『ドラゴン』を待ち構えていた上級冒険者たちが、総攻撃をしかけた名残りだろう。


 呪術師ドルイドの【精霊術】は、対象にまとわりついて様々ないたずらをする、4種類の精霊を召喚する。

 そのうちの一体、体力を半分にする呪いをかけるノームだった。


 あまりに相手の体力が大きいうえ、守護精霊のヘビが発動を邪魔しているので、効果が完了せず、今まで延々と続いているのだ。


「さすがブルーアイコンの上級冒険者だ……こんな魔法も使えるのか」


 次回の戦いまで効果が残るよう、タイミングを見計らって呪いをかけたのだろう。

 レイド戦に慣れているのがわかる。

 サイモンがドラゴンになったときに敵にまわすと恐ろしいが、今は頼もしい味方だった。


 いくら攻撃を受けても気にしない『ジズ』は、ティアマトをくわえたまま頭を下げ、島にいるヒナに与えるルーティンをこなしていた。

 ヒナは、どう考えても自分のお腹には入りきらない、自身の10倍も巨大なドラゴンを頭からぐいぐい丸のみしていた。


 ひと口飲み込むごとに、体がぐんと巨大化して、さらにもうひと口飲み込めるようになる。成長する度にもうひと口と、徐々に巨大化しながら飲み込んでゆく。

 やがて島の面積の半分ほどの巨体になると、尻尾まですべてを飲み込み終え、美しい若鳥へと一気に成長した。


 見た目が神々しいだけで、まるで妖怪のような生き物だった。

 翼をはためかせる巨大な若鳥は、次の獲物を求めて視線をめぐらせた。

 自分の真上に『ドラゴン』を見つけた若鳥は、大はしゃぎして、凄まじい勢いで飛び上がった。


 サイモンの横を素通りし、上空を旋回する黒いドラゴン目掛けて飛んでいく。


「まずい、オカミ、逃げろ」


あるじ様、ご無事で』


 ドラゴンは、ぐるりと身をひるがえして、若鳥の突進を回避した。

 さらに上空でヘビの姿に戻り、重力に任せて落下していく。

 森の中に姿を消したオカミを、若鳥が執拗に追跡していった。


 どうやら相性が悪いようだ。

 無事に逃げ延びてくれるのを願うしかなかった。


『ジズ』は、東西の空に溶け込むような広い翼を広げると、勢いよく羽ばたいて、空に舞い上がった。

 翼が虹のように丸く空にかかり、巨体が磁石のようにぴしりと北を示して宙に浮かんでいる。


 こうなると、ヘカタン村に到着するのも時間の問題だった。

 いつもの『ジズ』だ。


「今やるしかないか……」


 サイモンは、鳥の背中が誰も見ることのできない死角になっていると信じて、メニューを開いてアイテムリストを呼び出し、SP回復薬を一気飲みした。


 サイモンのSPは完全回復し、【紫電突】が5発打てる状態になった。


『ジズ』の背中に張り付いたまま、姿勢を低く保ち、槍を片手で構え、右手を頭の後ろに伸ばした。

 ファフニール戦の時に、一瞬だけ発動した未確認の『グリッチ』がもう一度使えるか、試してみる。


 ふーっと息を吐くと、集中して【紫電突】を放った。

 すぐさま右手の指を動かし、リキャスト時間を解除。

 非常に短い間隔でもう一発【紫電突】をうつ。


 線香くさい煙が立ち込め、『ジズ』は、二発ぶんのダメージを食らった。


 違う、これではただの二連撃だ。

 あの時の彼の指先は、もっと早かったはずだ。

 サイモンは記憶をたどり、感覚を研ぎ澄ませた。


 コンソールを操作する指先が、物理エンジンの限界速度を超え、概念となってキーの間を走り抜ける。

 指は彼の意識に遅れて、後から動き始めた。


 ブレインマシンのデータ入力において、バーチャルの指など表現形のひとつにすぎない。

 この世界では、頭脳で想像しうる思考の早さが、すなわち入力の早さだ。

 AIのサイモンの思考速度は、8000個のコアが同時演算して、スーパーコンピューターの演算速度に匹敵した。


 1秒間に人間の10億年ぶんの計算をするサイモンは、バーチャルの指が動き出す瞬間には、すでに入力を終えていた。

『先行入力』という技術だ。


 右手の指先が雷光をまとって火を噴き、鉄の戦艦が対向から衝突するような異音がした。


【紫電突】が3発同時に重なって発動し、『ジズ』の背中に赤い雷撃が落ちた。


 通常ありえない技の発動により、エフェクトに異常が起こって映像がバグっている。


 衝撃波が『ジズ』の巨体を突き抜け、はるか下方の海面に広い波紋が生じていた。岸壁にぶつかってサイモンのところまで届くほど高いしぶきが方々で立ち上がり、海が激しくうねっている。あまりの速さに攻撃を受けた『ジズ』の背中が燃えていた。


 まだだ。

 まだいける。

 サイモンは再び同じ構えを取ると、残されたSPを使い切るように【疾風突】を放った。

 これは起動から攻撃までが最速となる槍スキルだ。

 目の前に白い光の塊が生じ、一瞬でサイモンのSPを吸いつくした。


『先行入力』が上手く追いつかない。

 狙い通りに合成されず、後半はただの連撃になってしまった。

 だが、いまの一瞬で10連撃を加える事に成功した。


 空を飛んでいた『ジズ』の上体がはじめて大きく揺らぎ、目標を見失い、ふらふらと宙をさまよっていた。

 ジズの状態ログが表示される。


 状態異常【卒倒スタン


状態異常デバフにかかった……!」


 普段、瘴気をくらって生きているボスモンスターが状態異常を食らうことは、ほとんどないとされている。

 恐らく、これは運命スクリプトにも記されていることだろう。


 だが、サイモンの攻撃はリキャスト時間という運命スクリプトをねじ曲げている。

 スキルの同時発動という超常を引き起こした。

 もうひとつぐらい異変が起こったところで、不思議ではない気がする。


 サイモンは、ふたたびライフゲージを見上げた。

 緑のライフゲージがめらめらと燃えて、100分の1ほど炎に包まれ、消失している。

 ライフゲージの守護精霊であるヘビも、くらくらとめまいを起こしていた。


 その隙に、ノームたちが一斉にライフゲージに群がり、大工事を始めた。

 きれいな円環だったライフゲージが、ノームたちのいたずらを受けて、バキンと音を立てて割れた。


 あっ、とサイモンは目をむいた。

 巨体なライフゲージの一片が、『ジズ』の翼にあたってひるがえり、ぐるぐる回りながら海に落ちて沈んでいった。


 ライフゲージを物理的に割ってしまう、ノームのいたずらだ。

 無理やり体力上限を減らして、それ以上回復できないようにする、最高レベルの呪術である。


『ジズ』のライフゲージは、4分の3まで削られた状態で固定された。


「やるな、お前たち」


 ノームたちは、それぞれの手の工具を宙に放り投げて、ひとしきりわーわー騒いだあと、ふっと消え去った。


 サイモンは、彼らに軍隊式の敬礼を送った。


「誰だか知らんが、礼を言う」


 顔も知らない誰かと協力して戦う、それがレイド戦の醍醐味だいごみだ。

 無謀に思えたサイモンだったが、少しずつ、この戦いに希望が見えてきた。

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