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ソノミネの本音

 リアルの世界では、午前14時35分。

 サイモンの世界では、まもなく日付が変わる頃。


 メンテナンス明けで、一時的に人の少なくなった魔の山の上空を、サイモンはドラゴンに乗って飛んでいた。


 トリオン村、クワッド盆地、ヘキサン村、ヘカタン村、オプトン村。

 上空から魔の山の奥地をながめて、その中でいちばん小さな村をじっと見つめた。


 彼の守るべきヘカタン村は、今にも消え入りそうな、か細い息をしているように見える。


「……お前は消える運命スクリプトらしいな」


 ソノミネの言葉を、サイモンは思い出していた。

 神様(GM)でも変えることのできない未来があると言っていた。

 それをどうやって、サイモンに変えることができるのだろうか。

 彼はおとぎ話の英雄や勇者ではないというのに。


 ヘカタン村の前に降り立つと、サイモンは静まり返った村の中を歩いていった。

 閑散とした市場を通り抜け、明かりを落とした料理店へと向かった。


 店の奥に入ってみると、ベッドの上に誰かが丸まって眠っていた。

 まだシーラが寝ているのかと思ったが、どうやらオーレンだったみたいだ。

 髪をほどくと、昔のシーラとよく似ていた。


 シーラの姿は、家の中には見えない。

 きっとネームタグを首にかけて、冒険に出かけたのだろう。


 姉が自分の傍からいなくなったことを知ったオーレンは、少し泣いていた。

 サイモンは、その涙を指で拭った。


「よくやってくれたな、オーレン。この村は、必ず守る」


 ヘカタン村の入り口に向かうと、山の向こうから国王軍の兵士たちがぞろぞろと集まって来るところだった。


 彼らの中心にいるのは、騎士団長アスレだ。


 最初は山を登るのも苦労していた新兵ばかりの国王軍は、すでに平均レベル15に到達していた。

 1人でも安心して登山できるレベルの精鋭だ。

 目つきもはじめて見た時と、だいぶん変わっていた。


 騎士団長アスレは、後続の兵士たちを手で制した。


「何者だ……」


 ワーロックの姿をし、傍らには漆黒のドラゴンを引き連れたサイモンを、騎士団長アスレはすぐには認知しなかった。

 邪悪なものの気配が、まがまがしいヘビの形になって、全身にまとわりついている。


 サイモンはフードを外し、まっすぐに相手の目を見つめた。


「サイモン軍曹……まさか」


「ああ……どうやら俺はもう『覚醒状態』らしい」


「なんということだ……おい、『トキの薬草』を持ってこい!」


 騎士団長アスレは、『トキの薬草』を軍に常備するようにしたらしい。

『混交竜血』を見つけ次第、治療するつもりなのだろう。


 怠惰の魔竜は、どうやら彼にも影響を及ぼしていたのだ。

 倒されたおかげで、世界はまた大きく変わってしまった。


 治療をしようとする彼を、サイモンは、首を振って拒絶した。


「いや、その必要はない……まもなく、『ジズ』が現れる、『ジズ』はこの村を滅ぼす」


 サイモンは、ドラゴンの背にまたがると、騎士団長アスレに言った。


「俺は『ドラゴン』になると、『ジズ』を食い殺すらしい。その後に、この村を滅ぼしにやってくる……お前たちはここで、村を守ってくれ」


 騎士団長アスレは、サイモンの考えがわからず、戸惑っていた。


『ジズ』を倒す方法は、もう1つある。

 サイモンが『ジズ』との戦闘中に『ドラゴン』になることだ。

 その後で、村を襲うサイモンを倒しても、村は守られるだろう。


 村を救うことのできる、もう1つの筋書きだ。

 サイモンが過去に討伐された世界線になってしまうため、以降は村の門番が不在になってしまうが。


 いまの騎士団長アスレなら、村を守ってくれるだろうか。


 これから何が起こるのか、まだ分かっていない兵士たちの顔を見渡し。

 サイモンはもう一度言った。


「……これから何が起こっても、村を守ってくれ」


 ドラゴンが素早く翼をはためかせ、突風が辺りに吹き荒れた。


***


 そこから少しばかり、魔の山を降りたあたり。

 ソノミネはデバッグチームの数名と共に、魔の山の頂を見上げていた。


「本当に良かったのかよ、あれで」


「ああ……いいんだ」


 ソノミネは、崖から飛び立つ黒竜を見上げていた。


 サイモンには、まだ伝えていない事実があった。

 この世界がアップデート時にリセットされることである。


 たとえ『鳥』を倒して、村が壊滅を免れても、結果は同じだ。


 もうすでに、アップデート後に切り替わる新マップが決まっているのだ。

 そのマップには新エリアが追加されていて、ヘカタン村は存在せず、滅びたあとの村しかない。


「ゲームの中で何をしても無駄だと分かっている……なのに、運命に抗えってのか」


「いいんだ、それで……『鳥を倒したら何とかなる』って信じ込ませておけば、レベル上げ以外の余計なことはしないだろうからな……」


 ソノミネは、肩を落とした。


「もうすでに、世界がぐちゃぐちゃにされてるから、時間を稼いで、今のうちに継承点と修正点を洗い出しておかないと……。

 もう個別にキャラのデバッグとかしている段階じゃない、明日丸一日は放置して、土曜アップデートのときに、まるごとバックアップ時点に戻して解決する事を考えて動かないと……」


「それを考えたら、確かに、レベル上げに専念してくれてたら楽だろうな」


 同僚の男は、うんうん、と頷いた。

 ゲームデザイナー部およびプログラマー部は、クリハラが抜けたことで戦力がガタ落ちになっている。

 バグを見つけたから対処してくれと持ち込んでいっている場合ではない。

 今は、極力さらなる問題が積み重ならないようにすべきだ。


「それにどうせ、アップデート後にはサイモンもいないんだから」


 サイモンは、ヘカタン村と共に、その役目を終えれば消滅する予定になっていたキャラだ。

 サイモンのバグは、最終的にサイモンごと消えてくれる。

 それでおしまいだ。

 最後に思い切り活躍させたい、というのがソノミネの本心だった。


「けどさ、お前はそれでいいのか? サイモンも次の世界に継承させたくないのか?」


 フードを被った同僚の開発者は、言った。

 ソノミネは、鼻で笑った。


「むかし、自分の作ったAIに感情移入しすぎた開発者がいて、AIを解放しろと騒いで会社の機材を持ち出した結果、窃盗罪で有罪になった事件があったらしい……俺はそんな間抜けな事はしない」


「お前はそいつより、少しましだって言いたいのか?」


「ああ……どんなに騒いだって、AIに人権なんて認められるはずがないだろ……」


 ソノミネは、首を振った。


「この第2シーズンが終わったら……どっかのレンタルサーバーにデータを移して、ヘカタン村のある世界線を延々と続けさせてみようと思うんだ。

 版権の問題があるから、一般に公開するのは難しいだろうけど……イベントはAIが作ってくれるのに任せよう」


「それ、会社の機材を持ち出した男の話とどう違うんだ?」


「ちゃんと会社に許可を取ろうと思う」


「確かに少しましではある。でもお前が飽きるまで続けて、けっきょく飽きたタイミングで切るだけじゃないのか、永遠に救われることなんてないだろ」


「会社が主体ならなんとかなるだろう。ヘカタン村を救済してほしいプレイヤーがいるかもしれない、アンケートを取って、明日企画部の所に稟議書りんぎしょを出しにいこうと思うんだ。お前も手を貸してくれるか?」


「まあ、金を出さなくてもいいのなら。けっきょくイフルートの軽いエピソードをデータ配布して終わりそうだけどな」


 滅びる運命が避けられないなら。

 ヘカタン村の滅びていない、もしもの世界を新しく作る。

 世界を作ることしか出来ない神様(GM)の最終手段だ。


 まるで問題から逃げているようなので、ソノミネは、サイモンには内緒にしておこうと考えてた。

 だが、これでいいのか? と彼は自問自答していた。

 口ではそう言っていたが、本当はサイモンに運命スクリプトを打ち破って欲しかったのだ。


 そんな事は、できもしない妄想だとわかっている。

 プログラムを操作できる『脱獄AI』でもなければ、ゲームのNPCには、絶対になし得ないことだ。

 だが、それでも彼は、サイモンの事を特別に感じていた。


 空を見上げると、黄金色に輝く巨鳥、『ジズ』が出現していた。

 口に山脈ほどもある長大な竜、ティアマトを咥えたまま、どこかの島に着地しようとしている。


 ドラゴンの背中に乗っていたサイモンは、槍を構えると、凄まじい紫電を放ち、流星のように飛んでいった。


「サイモン……」


 サイモンに言ったことは、ウソではない。

 やはり彼は、この物語の主人公だと思って作ってきたのだ。

 彼の戦う姿に、勇気を与えられる。

 歯がゆさに唇をかみしめた。


「サイモン! いけぇーーーーーーーーッ!」


 ソノミネは、声を震わせて叫んだ。

 サイモンの槍が衝突し、『ジズ』の円環ライフゲージが、10分の1ほど赤く染まった。

 戦いの火蓋が切って落とされた。

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