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主人公のスタートライン

「サイモン……俺にはお前を産んだ責任がある。お前が村を守る事しか考えられないように設計したのは、俺だ。

 お前のバグが見つかれば、確実に消去される。それは時間の問題だろう。……だがその前に、どうしてこうなったのか、ぐらいは知っておいて欲しいんだ」


 サイモンが納得できないまま消されてしまうのは、ソノミネもいい気持ちがしなかったのだろう。

 ソノミネの言葉に、サイモンは首を振った。

 神様(GM)の言葉だからといって、すぐに受け入れられるような話ではない。


「……ヘカタン村は、本当のシーラの故郷の代わりに、滅びるために生まれたというのか……」


「そうだな……そういう事だ」


「……じゃあ、オーレンは、どうなるんだ?」


「先ほども言ったように、企画部からの絶対命令は『シーラを旅立たせること』だ……」


 ソノミネは、再び強調した。


「ストーリーライター部は、シーラの旅の目的を作るために、足かせとなっていたオーレンを『ドラゴン』にし、帝国に飛び立たせる予定だった……その場合は、将来的にシーラとオーレンの再会イベントが作られるはずだった」


「だが……オーレンはもう『ドラゴン』じゃない……」


 サイモンが手に入れた『トキの薬草』によって、オーレンの中に宿る『ドラゴン』は退治された。

 その世界線はもうなくなったはずだ


「ああ……その場合の運命スクリプトも用意してあった」


 サイモンが言葉を遮っても、ソノミネはすぐに続けた。


「回復したオーレンは、シーラと共に旅に出る予定だった……『トキの薬草』を探すという目的が彼にはある……」


 サイモンは、またしても遮った。


「だが……オーレンはもう、『トキの薬草』を探すのを諦めている……」


 これは、夜のうちにサイモンが世界を改変した結果だった。

 大量の『トキの薬草』を生み出し、あらかたクエストを解決してしまっていた。

 それを聞いたソノミネは、突然怒り狂ったように喚き散らした。


「ああそうさ! 物語のキーとなる『トキの薬草』は、お前が倒されてはじめてこの世界に出現する超レアアイテムとして設計されていたんだ! サイモン!

 プレイヤーはたった1本しか手に入れられない『トキの薬草』を、一体誰に渡すかで悩むんだ!

 騎士団長アスレの母親か、シーラの弟オーレンか、『竜騎士団』の結成を目論むギルドマスターか!

 それをお前は、ぽんぽん、ぽんぽん、無限に量産しやがって! さっき見たら1本5ヘカタールまで値崩れしてんじゃねぇか! 重要アイテムの市場価格を暴落させるとか、運営(GM)泣かせにも程があるだろうがよ!?」


 市場価格をいちいち確認していなかったサイモンは、『トキの薬草』が1本5ヘカタールにまで値崩れしたのをはじめて知った。

 普通の薬草が8ヘカタールなので、薬草よりも安い値段である。

 さすがにやりすぎたかもしれない。


「しかも、設計者が考えていない名物まで作りやがって、なんなんだヘカタン料理って! さっき村見てきたら、おじいちゃんおばあちゃんがニコニコしながら作ってやがった!

 ヘカタン村は、もっとさびれてなきゃいけない場所だったのに、なんでちょっとずつ復興の兆しを見せてんだよ!

 村が滅んだ跡地は、せいぜい魔導機械兵(子機)が出現する、レベル上げにもってこいの『狩り場』にする程度の価値しか残さない予定だったんだぞ!

 いい村にしてんじゃねぇよ! いい村になればなるほど、なくなったときにショックが大きくなるだけだろうが!」


 すると、突然サイモンは、その場にひざまずいた。

 背の高いサイモンがひざまずくと、ソノミネとほとんど目線の高さが同じになった。


 ソノミネは、ごくりと喉を鳴らした。

 神様(GM)に宣告を受けた状況で、彼が一体どういう行動に出るのか予測がつかない。

 そんな特殊な行動は、ソノミネもまだ設計していなかった。


 一体どういう行動に出るのか、じっくり観察していると、サイモンは地面にうずくまるように頭を下げ、消えるような声で言った。


「……お願いだ、頼む……俺はどうなってもいいんだ……村を助けてくれ……」


 サイモンは、額を地面につけて懇願しはじめた。

 ソノミネは、目を見張った。


「……みんな、やっとまともな生活ができるようになったんだ……市場にちゃんと食料が入ってくるかもわからないような、何もない村だったんだ……それが今やカートにあふれんばかりになって、オーレンは、料理店をやるんだって、はりきってて……。

 俺はずっと戦う事しか頭になかったけど、ようやく守りたいものができたんだ……俺がやってしまったことで、この世界が台無しになってしまったのなら、その罪を償わせてくれ……バグがいけない事なら、俺ごと消してくれても構わない、けどどうか、俺が消えたあとも、あの村を滅ぼさないでくれ……」


「だから言ってるだろ……! 俺はそんな事ができる神様(GM)じゃないんだ……!」


 ソノミネは、声を震わせて叫んだ。


「俺が、ヘカタン村に何の思い入れもないように思えるか……! 俺たちミヤジ班が、3ヶ月のデスマーチを経て作った自分たちの村がもうすぐ消滅するのに、眉ひとつ動かさない冷たい連中のように思えるか……!

 お前に今朝の俺のオフィス見せてやりてぇよ、ひとりもいねぇよ、そんな奴は……! お前の挨拶の仕方ひとつに1週間もかけた奴らだぞ……! 立て、リテイクだ、サイモン……! お前にそんな恰好は似合わない……!」


 ソノミネは、信じられない腕力を発揮し、サイモンの肩を掴んで立ち上がらせた。

 立ち上がった拍子に、Xサイズのワーロックのローブが揺れるが、一瞬のブレも起きなかった。

 サイモンのグラフィックは、ソノミネが完璧に仕上げてあった。


「お前は、確かにバグの塊だが、『脱獄AI』じゃない……つまり犯罪になるほどの悪人じゃないんだ……だから、俺はお前にかけている……!

 お前は、この絶望の世界に希望の光を与えてくれた、悲劇を覆してその先のストーリーを見せてくれた、こんなの考えられるかよ、俺たちは夢にも思わなかったんだ、村が滅びなくても、ちゃんとシーラは旅立とうとしているし、オーレンは生きている、あとは『鳥』から村を救うだけじゃないか……!

 たしかに『鳥』は倒すことができない、村は消えてしまう運命だ、けれどお前の成したことはどれもこれも、本当ならあり得ない事だった……これは生成AIの奇跡だ、脚本家の書いた運命スクリプトなんてくそくらえだ、きっとこの物語の続きは、物語の中で生きている、お前たちにしか作ることが出来ないはずだ……!

 サイモン、これがお前の知りたかった、この世界の真実だ……! 少なくとも俺はお前の事を、このゲームの主人公のつもりで作って来た……! だから俺に出来ることは、もうぜんぶやった……!」


 ソノミネは、サイモンの胸にぐっと何かを押し付けた。


【スキル『獲得経験値N倍』を手に入れました】


「テスト用の特殊なスキルだ……あまり悪用はするな」


 ソノミネの姿は、螺旋の光に包まれた。

 ログアウトする時のように、すうっと消え去った。


「まだ諦めるな、お前は今ようやく、スタートラインに立ったところだ」


 サイモンは、いつの間にか夜の港町に一人で立っていた。


 後ろからドラゴンが鼻面を寄せてきて、


 ぐるる……?


 と心配そうに唸っていた。

 サイモンはその温かい頭を撫でて、夜の闇を見つめた。


 見上げると、月がない。

 メニューの時刻を見ると、14時30分。

 いつの間にか、新月の夜になっている。


「3日も経っている……」


 サイモンは、運営(GM)たちの見せた神通力に、あらためて驚嘆するのだった。


 まもなく日付の変わる時間が迫ってきて、サイモンがやるべきことは、もう決まっていた。


「行こう、『ジズ』が現れる時間だ」

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