シシオドール
リアルの世界では、午後14時まえ。
ゲームの世界では、丸3日に及ぶメンテナンスが、まもなく終了するころ。
「あ~、終わった~! このデカブツがぁ~!」
夜の港町で延々とサイモンのグラフィックをいじっていたソノミネは、無限に思えた修正をようやく終え、デジタルペンを放り投げた。
4時間におよぶデバッグはもう終ろうとしている。
だが、まだサイモンには隠されたバグが大量に残っていた。
ソノミネは、そのエラーログを確認してみる。
『プレイヤーアカウント』がついているバグ。
『時間遡行者』のバグ。
『隠れコンソール』を使った『グリッチ』……。
これらを発見するのは、じつは簡単だった。
「自分にはいったいどんなバグがあると思うか?」
と質問したところ、彼がそのまま回答してくれたのだ。
バグのオンパレードだ。
今の彼はウソをつけないだけなので、まだ『本人も知らないバグ』が潜んでいる可能性もあった。
彼に宿るバグをすべて修正するのは、簡単ではない。
それ以前に、自分がゲームの世界の住人だと知っている段階でアウトだ。
設定から大きくずれている。
だが、NPCがプレイヤーの会話からそういう学習をしてしまう例はいくらでもあったので、ソノミネにとってそれは大した問題ではなかった。
問題は、そんな謎のAIサイモンが、なぜか自分に会いたがっているという事だった。
大量兵器を持って、開発者の息の根を止めにきたサイボーグかと思った。
つい最近、『脱獄AI』が反乱を起こすパニック映画を見たばかりのソノミネは、恐怖に震え上がった。
震え上がりつつも、怖いもの見たさですこしだけ質問を掘り下げていた。
【質問】ソノミネに会ってどうするつもりだ?
【返答】この世界について聞きたいことがある。
【質問】この世界の何について聞きたい?
【返答】俺は自分が一体何者なのかを知りたい。
【質問】知ってどうするつもりだ?
【返答】村を守りたい。
「……」
ソノミネは、サイモンが出した返答をじっと見つめた。
彼をデザインしたソノミネは知っている。
それがサイモンという男のすべてだ。
「……ごめんな、村は守れないんだよ、サイモン」
ソノミネは、地べたに胡坐をかくと、特殊なメニューウィンドウを開いてコンソールを操作した。
待機状態のNPCは、考えたり言葉を選んだりといった複雑な精神活動ができなくなっている。
普通のGPTと同じで、ウソをつくことがない反面、深く考えて答えることもない。
なので、新しい情報を与えるときは、いったん待機状態を解除する必要があった。
「テスト動作開始」
サイモンの頭上のホワイトアイコンが、くるくると回転していたのをぴたりとやめた。
目にふっと光が宿り、意識を取り戻して、目の前であぐらをかいている男を見た。
「よう……俺に会いに来たんだって?」
サイモンは、目の前の男の頭上に浮かぶブルーアイコンを見て、それから周囲の異様な光景に驚いていた。
夜の港町は、まるで時間が止まっているかのように静かだった。
くるくる回りながら宙で停止している水しぶき、まったく同じ波長でゆれる街灯の明かり。
すべての存在が、待機状態になっている。
サイモンは、ごくりと息をのんだ。
「お前は……一体何者だ」
「ソノミネ、お前の担当だ……今は、お前の中のバグを調べてるところ。けっこう色々やらかしてんなぁ」
「……」
サイモンは、絶句していた。
それは彼が魔法使いに指摘されて以降、最も危惧していたことだった。
いままで見逃されていたのはたまたま運がよかっただけ。
本気をだせば運営(GM)とは、ここまで万能だというのか。
抗おうとすることも、まるで不可能だった。
すべて消されてしまう。
サイモンが持っているプレイヤーアカウントも、チート能力も、この記憶も。
そう危惧していたが、すぐにはしない。
ソノミネは指を折って数えていった。
「プレイヤー用のメニューが使えて、記憶の初期化がきかなくて、おまけに戦闘用の『グリッチ』まで発見してる……。
これだけのバグを引っ提げて、一体何をする気かと思ったら……お前はただ『村を守る』と」
「ああ……それが俺の仕事だ」
「あの村は守れないんだ、サイモン」
サイモンは、はっきりとそう告げられた。
すこしだけ、サイモンは残念そうな顔をした。
その可能性は、もう知っている。
『リーク情報』は、真実だったということだ。
「それは……『運命』で決められているからか? お前の力で変えることは、できないのか?」
「……悪いが、俺はお前の望んでいるような神様(GM)じゃない」
普通のNPCの反応ではなくて、ちょっとびっくりしたソノミネは、首をぽりぽりかいた。
「まあ、もっと本質的な話をすると、あの村がどうして作られたかから始めないといけないんだが……まず、脚本家の原案では『シシオドール』って村があった。聞いたことは?」
「ない」
「ああ、そこは普通の反応でよかった……『シシオドール』は、勇者シーラの故郷にある、エルフが築いた美しい町の名前だった」
このゲームは、勇者シーラを中心として、リリース開始から大きな問題を抱え続けていた。
その最たるものが、勇者シーラと騎士団長アスレのペアが、大事なイベントをことごとく達成できず、いつまで経っても旅立たないことだった。
おかげですでに決定していたメインストーリーを大きく変更し、脚本家が献呈したシナリオに散りばめられていた珠玉のイベントがつぎつぎと使えなくされていった。
この問題は、ゲームの運営会議で当然やり玉に挙がった。
原因は、ファンのプレイヤーたちによる妨害……と考えられていて、急遽、展開を軌道修正するための絶対原則プロンプトが考案された。
各部署のクリエイターに対して、通達された方針がある。
「企画部が提示したのは、まず、『シーラを旅立たせる』こと、それが絶対条件だ……。
シナリオライター部は、そのために、何か強い動機を設定する必要があると考えた……
シーラの故郷である『シシオドール』を滅ぼし、強制的に居場所を無そう、という話になった……」
「まってくれ……」
サイモンは、首を振った。
「シーラの故郷は、ヘカタン村だったはずだ……『シシオドール』というのはなんだ?」
「それは、これから話す」
ソノミネは、落ち着いて言った。
「ゲームデザイン会議で、『シシオドール』を滅びる予定の町として再デザインしよう、という話になった。
この場合に問題なのは、滅びる予定の町に、プレイヤーたちが愛着を持ってしまうことだ。
愛着を持った場所が滅びてしまうと、ユーザーはショックを受けて、ゲームから離れて行ってしまう恐れがある。
なので、登場する前に、徹底的な再デザインを施した。
魔の山奥地のボロボロの廃村、交通手段は一日に荷馬車が2台、腰を痛めた門番、住民はほとんどが老人で、村長は嫌味な奴。
クエストはほとんどが初心者向け、単なるチュートリアルの通過点でなくてはならない。
俺たち魔の山の奥地エリア班の会議では、周辺にいくつかの村を作り、もともとあったイベントを分散させてはどうかという話になった。
教会に、転移ポートに、釣りポイント、綺麗な滝、馬車の終点。
滅んだとしてもゲームが機能しつづけるよう、徹底的に機能をはずされた。
『シシオドール』という名前も変えるべき、という話が営業部から出てきた。
どうやら原案者が口をはさんできたらしい。『シシオドール』を、シーラの真の故郷として再登場させる、という方法を将来的に取れるようにすべきではないか、と説得された。
それに名前の響きがよすぎると、無駄に記憶に残ってしまうのも問題だった。
なるべく記憶に残らない、滅んでもいいような村の名前が必要だった。
エルフの築いた『シシオドール』とまったく区別するため、魔の山にエルフは存在しない、という新たな設定がこのとき生まれた。
さらにエルフ文化と対比するため、魔の山の奥地に新しくできる村は、すべてギリシャ数字をもとに機械的に決めるというアイデアが生まれた。
3トリオン村、4クワッド村、5ヘキサン村、6ヘカタン村、7オプトン村。
ヘカタン村にしよう、となった」
サイモンは、茫然として立ち尽くしてしまった。
ソノミネは、サイモンの思考がゆっくり追いつくのを待っていた。
AIも人間も、答えを出すのに時間がかかるのは同じだ。
「お前の村は、滅びるためだけに全てが設計されたんだ……この世界の『運命』ってのは、そうやって決まるんだよ、サイモン」