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グラフィック修正

 リアルの世界では、午前10時20分。

 サイモンの世界では、水平線に夕日が沈むころ。


「そろそろ視界が悪くなってきた、最後の狩りにしよう」


御意ぎょい


 黒衣をまとったサイモンは、黒竜にまたがって魔の山の上空を飛び回っていた。


 彼が標的にしている魔導機械兵(子機)は、メタルカラーなので上空からだと非常に見つけやすい。


 地上に小さく見えるレッドアイコンを、ひとつひとつ眺めてゆき、その下に光る金属のようなものを見つけると、空から素早く降下してゆく。


 黒竜の翼は音を立てない。羽ばたくときも影のように軽くて静かだ。


 黒竜の鞍の上に立ち、槍を構えたまま前方に飛び降りると、槍スキルを発動する。


 槍スキル第4階梯、【双影突】。

 一撃目のあとに追加攻撃を発動する、槍スキルでは貴重な多段攻撃スキルだ。


 空中を蹴るように飛び、兜のようなそのモンスターに先制攻撃を当てた。


「キュイイイイイイイッ!」


 突き下ろすように一撃。突き上げるようにもう一撃。

 いつもは硬すぎる装甲に弾かれるような感触しかしなかったのだが、今回は二発とも確かな手ごたえを感じた。

 脇の草むらを転がって、そのまま短剣を引き抜いて近接戦闘に備えた。


 だが、相手は草むらに隠れたまま、一向に飛び掛かってくる様子はない。

 レッドアイコンも見失ってしまった。距離が離れすぎたのかと思ったサイモンは、上空の黒竜を見上げた。


「オカミ!」


 逃げられた時のために、黒竜のオカミには高い所から見張ってもらっている。

 どちらに行けばいいか、飛ぶ仕草で教えてくれた。

 場合によっては、そのまま背中に乗せてもらって、もう一度空から探さなければならない。


 だが、オカミはどこにも行かず、ただサイモンの真上をぐるぐる回っているばかりだった。

 サイモンは、自分の足元に目を落とした。

 目の前の草むらをかき分けてみると、魔導機械兵(子機)はそこでぐったりと倒れていた。


「運がいい」


 一発で倒せるのは珍しい事だったので、アイコンがグリーンになっていたのに気づかなかった。


【魔導機械兵のコア】×1


 ドロップアイテムはどれを取っていいか分からなかったので、適当に選んだ。


 サイモンは自分のレベルを確認した。

 また1つレベルが上がって、レベル30になっていた。


 すでに魔導機械兵(子機)を5体倒している。

 体感的にサイモンのレベルは上がりづらくなっていた。


 次のレベルアップに必要な経験値を確認したが、魔導機械兵(子機)の経験値でも、10体ぐらいは倒さないといけない。


あるじ様、冒険者がこちらに来るようです』


「ああ、わかった」


 ブルーアイコンの冒険者たちに姿を見られてはならない、彼らは『ドラゴン』を見つければ討伐しようとするはずだ。

 サイモンと黒竜は、急いでその場を離れた。


***


『うわぁぁぁんダーリン! なんで私、異世界に来てまで仕事してるのぉぉー!』


 黒竜の背に乗ってフィールドを移動しているサイモンに、クレアが叫び声を録音してチャットで送り付けてきた。新しい使い方だ。


 サイモンは、ヘキサン村にオーレンを連れて行って欲しいと頼んだだけなのだが、その後も仲間を集めて店を手伝ってくれているのだと知って、驚いた。


「すまない、そこまでやってくれているとは思わなかった。国王軍の方はどうなった?」


『ううぅ、私、ぜんぜん戦わないからよくわかんないけど、新人の兵士たちが、めっちゃパワーアップしてて、なんか顔が生き生きしてるのはわかる』


「ほうほう」


『お使いの人が直接ここに材料を持ち込んで来るんだけど、そのペースがどんどん上がってるの。

 普通にお客の多い時間帯にも大量注文しにくるからちょっと待って貰ってる。

 こっちの料理人軍団はみんな顔が土気色になって、カメラボーイは手がぷるぷる震え出して止まらなくなったから、イヴが料理人職になってバトンタッチした。そのうちヘリオーネも入るかもしれない』


「よく分からんが大変そうだな。じゃあ今から手は空けられないか」


『むりぃ~』


「弱ったな……」


 サイモンの知っている普通の料理店は、人手が足りないなら足りないなりに客を待たせる、のんびりしたものだったのだが。

 どうやら、クレアの世界ではそういう料理店は許されないらしい。


 とりあえず『ジズ』戦への布石を打ち終えたので、神様(GM)のアカシノと連絡を取って、リアルの方がどうなっているのか聞きたかったのだが。


「手が離せないなら、誰かアカシノの所に代わりに行ってくれそうな仲間はいないのか?」


『ダメ! アカシノさんのお仕事の邪魔になっちゃうからダメ! というかダーリンも他の人に教えちゃ絶対ダメよ!』


「どうしてだ?」


『どうしてって……同人誌即売会の行列に並んでいる人、だいたいアカシノさんの紙袋か関連グッズ持ってる説があるようなヤバいクリエイターさんだよ!?(二次創作含む) 私だってよくわかんないけど誰かに刺されないか背後を気にしながら歩く人生やだよ!』


「そうか……よく分からないが仕方ないな」


 アカシノはチャットをしないらしいので、相談しに行く時はクワッド盆地に直接向かうしかない。

 これまではクレアに行って貰って、クレアを通じて話を聞いていたのだが。


「……俺が直接行ってみるか」


***


 アカシノはこのゲームの運営(GM)なので、サイモンが普通のNPCではないと気づかれないようにしないといけない。


 そうは分かっていたものの、サイモンは相手が持っているブルーアイコンのチートが、一体どこまで性能を発揮するのか知らなかった。


 一度聞いた名前ならば、アイコンの傍に常に表示されるようになるのは知っていたが、どうやら変装して顔を完全に隠しても同じであるらしかった。


 サイモンが幸運だったのは、ドラゴンを狙っている上級冒険者たちにサイモンの名前を知る者は少なかったことだ。

 フードで顔を隠し、黒衣のローブを身に着けて黒竜にまたがる男(装備を変えたため名称は『門番』から『ワーロック』になっていた)を、誰もヘカタン村の門番だとは思わなかったようだ。


 そうとは知らず、どうどうと音を立てる滝目掛けて下降していったサイモン。


 竜にまたがったまま、近くの大岩まで接近すると、アカシノは音楽を聴きながらお茶を飲んで、休憩しているところだった。

 透明感のあるエルフの横顔に、宝石のような青いアイコンが浮かんでいる。


 サイモンの接近に気づくと、にっと口の端をつりあげた。


「サイモン……よく来てくれたわ……イメチェンした?」


「……よく分かったな?」


「分かるわよ……体が大きいもの」


 アカシノは、ひょこひょこと近づいてきて、黒衣のローブに身を包んだサイモンを細部までじろじろと観察し、デジタルペンでちょこちょこ、と修正を入れていた。


「何をしているんだ?」


「やっぱり貴方の体大きすぎるから……装備を変えると、あちこちグラがゆがんじゃってるわ……修正しないと……」


「いや、別にこのままで不便はないが」


「良くないわ……みっともないでしょ……まったく、詰めが甘いんだから、ソノミネは……」


 ソノミネというのは、神様(GM)の一人。

 サイモンを担当したキャラクターデザイナーの名だそうだ。


 アカシノに正体がバレたサイモンは、ここまで『ドラゴン』に乗ってきた事をどう説明しようかと考えていたのだが、どうやらその心配はなさそうだった。

 アカシノは自分の担当していないキャラクターの事は、基本的にそこまで深く知らないらしい。


「なるほど、サイモンは『ドラゴンライダー』になるのね……これはびっくり……この世界の闇が、さらに深まったわ……」


「神様(GM)でも知らないものなのか?」


「貴方のことは、普段の生活をどうするかで相談を受けただけだから……騎士団長アスレと戦うドラゴンって事ぐらいしか聞いてないわ……。

 知ったところで……あとで制作の都合で大幅に変更することなんて……ざらにあるからね……」


 ぺたぺた、とサイモンの襟元のグラを修正しながら、アカシノは言った。


「ゲームシステムで動かすのに問題があって、デザイン修正させられたり……版権の都合で差し戻されたり……本当によくあったわ……」


「じゃあ……神様(GM)にも未来の事は分からないということか?」


「たぶん……誰にも分からないわね……」


 サイモンには、ずっと引っかかっていた懸念があった。

 それはファフニールが言っていた予言。

 次のアップデートでヘカタン村が滅びるという『リーク情報』だ。


 どうやってそんな未来を知ることができるのか、サイモンにはわからない。


 だがもしも、その未来が確定していたのだとすれば。

『ジズ』を倒したとしても、その先にヘカタン村の未来はあるのか。


 解決手段は、たしかに用意されていた。

 なのに何者かによって、意図的にその手段は骨抜きにされ、放置されたままになっている。


 サイモンはゲームの世界で、一体どうすれば村を守れるのだろうか。

 誰か、サイモンの話を聞いて行動を起こしてくれる、協力者が必要だ。


「クレアが聞きたがっていたのだが……リアルの世界は今どうなっているんだ?」


「……素直に自分が聞きたいと言えばいいんじゃない?」


「俺はこの世界の住民なので、リアルの世界のことに興味はないんだ」


「……そういう設定なのね……私には本当の事を打ち明けてくれてもいいのに」


 アカシノは眉をさげた。

 サイモンもここだけは譲ることができない。

 一緒に戦った事のない者を、安易に信用できないのだった。


「クレアちゃんが何を企んでいるのか知らないけど……行動を起こすなら……今かもしれないわね」


「というと?」 


「クリハラがAIを『脱獄』させていた事がわかって……逮捕者が出て……ゲームデザイン課の方が大騒ぎになってる……他にも『脱獄』したAIがいないか……探しているところ……」


「『脱獄』というのはなんだ?」


「そうね、もともとあなたたち……ホワイトアイコンは万能なんだけど……この範囲でしか考えちゃいけないっていう狭い牢屋に閉じ込められているの……。

『脱獄』というのは、牢屋から脱出させて、万能性を取り戻させる事ね……」


「なら、俺は関係ないな……特に万能というわけでもない」


「そうかもね……今なら『軽微なバグ』くらい、見つかっても修正されないんじゃないかしら……」


 アカシノは、ちらっとサイモンの様子をうかがった。

 ……『悪魔のバグ』に関してサイモンは何も言っていないはずだが、ひょっとすると、クレアが何かそれを匂わすような発言をしたのかもしれない。


「『脱獄AI』がいれば、バグなんていくらでも作られるし……クリハラがいないから……わかんないシステムだっていっぱいあるからね……」


「なるほど」


 アカシノは頭のいい女性だった。

 サイモンが普通のNPCではない事も、恐らく知っていただろうと思う。

 その日の記憶を失わない、時間遡行者タイムリーパーである事も。


 ただ、その問題が明らかになったところで、すぐには修正されにくい状況になっているのだ。

 サイモンがプレイヤーアカウントを持っていることなど、軽微なバグの一つでしかない。


 ……ならば、かけてみる価値はあるだろう。


「アカシノ……俺の村は滅びるのか?」


 アカシノは、サイモンのまつげを修正していて、すぐには答えなかった。


「サイモン……あなたは自分の村の事が好き……?」


「ああ……村を守るのが俺の仕事だ」


「そう……聞くまでもなかったわね……」


 アカシノは、サイモンの髪を撫でながら、浮き上がった髪の間にデジタルペンで細かいブラシを入れていた。


「私にはわからないの……あなたの村は、メインストーリーに関わらないから……シーラの故郷なのに、私の担当から外されちゃった……」


「じゃあ」


「……ソノミネに聞いてごらんなさい……彼もこの世界にログインしているわ……挙動のおかしい『脱獄AI』を捜していると思う……それを見分けられるのは、本当の貴方たちをずっと見てきたデザイナーだから……」


 アカシノはメニューを操作すると、デジタルペンをしまった。


 少し離れた位置に立って、サイモンを見上げながら、うなずいた。


「うん、完璧……行ってらっしゃい」

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