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ヘカタン料理500人分

 リアルの時刻は、午前10時10分。

 サイモンの世界では、午後の日差しが強くなるころ。


「やった……やりきった……!」


「お疲れさまー!」


 ヘキサン村のオーレン2号店は、なんとかお昼時のすべての客をさばききって、ひとときの休息を味わっていた。


 クレア率いる『撮影者ジャーナリスト』たちは、みな『オーレン料理店』という名の工房に所属するため、料理人や給仕サーバントのジョブに転職していた。


 ここでいう工房というのは、生産職のみが結成できるクランのことである。

 工房では、生産スキルの工程をいくつかに分業することによって、生産速度やスキル経験値を劇的にあげることができた。


 厨房で調理を指揮していた通りすがりのカメラボーイ(たまたま調理スキルを覚えていた)は、高速メニュー操作のしすぎで痙攣けいれんする右腕をかかえ、厨房に倒れ込んでいた。


「お、おい、俺の右手、ぷるぷるしてるんだが……大丈夫か……?」


「あはは、マジで!? はじめて見た!」


「ヘッドギアのセーフティが発動したのね。よくあるわ」


「うそ、よくあんのこれ!?」


「外国製はよくある」


 ヘッドギアのセーフティとは、はげしい運動のしすぎで運動神経の不活化処理が追いつかなくなるオーバーフロー現象を防ぐ機構で(放っておくとバーチャルの体といっしょにリアルの体も動いてしまい、何かにぶつける危険があった)、

 日本製のものは体の重みや息苦しさをうったえてスピードを落とさせるごくシンプルなものが主軸だったが、国外の機種には疲労がたまると筋肉が勝手にぷるぷるふるえだす、やけにリアリティにこだわるものもあった。


「ふぅ、地獄の20分間だったぜ……」


「俺たち……勝ったんだよな……?」


「甘いわ、今はまだ3時のアイドルタイム、お昼と夕食の間で、一時的に客足が遠のいただけよ」


 クレアは小鳥(←まだいる)を肩に乗せ、ネコミミをぴょこぴょこさせながら、まばらに客が残っているテーブル席をじっくりと見渡していた。


「ヘカタン料理のラック上昇(大)の持続効果は50分……最初の客が、夕食になればまた戻ってくる……」


「けっこうテイクアウトも渡したから、午後はそのぶん減ってくれてたら助かるんだけど……」


「甘い、10時には10時の、11時には11時のプレイヤーが来るものよ。私たちが本当に休めるのは、12時のリアルお昼時ぐらいだと思っておいた方がいいわ」


 ごくり、と喉を鳴らすブルーアイコンの料理人たち。


「俺たち、冒険者だよな……」


 クレアがガチすぎて忘れそうになるところだったが、本来そういうゲームではなかったはずだ。


 そんななかオーレンは、みんなを気遣って厨房から出てきた。

 コック帽を脱いで、ぺこりとお辞儀をしていた。


「あの、みんな手伝ってくれてありがとう……お茶を淹れたから、少し休んでよ」


「かわいい」


 きゅん、と胸が締め付けられるブルーアイコンたち。

 メインヒロインのシーラの弟だけあって、すごく可愛いのだオーレンは。


 通りすがりのカメラボーイは、まだ右手が震えているのに、よろよろと立ち上がり、強がりを言ってみせた。


「へっ……オーレン店長、冗談じゃありませんよ、ようやく調理スキルのコツが掴めてきたところなんですから……」


「そうですよ、俺の包丁スキルも【ぶつ切り】ばっかりやってたら、そのうち【短冊切り】とか【イチョウ切り】とか面白いスキル覚えてきました、もっと俺を使ってくださいよぉ!」


「ヘカタン料理に【ぶつ切り】以外の工程はないけどね……ありがとう、本当は僕ひとりでも大丈夫だから、無理しないでね?」


 オーレンは、プレイヤーたちに素材を任せて『加工食材』を作ってもらっていた。


 ようは料理の下ごしらえで、使いやすいように野菜や肉をカットする、実をすりつぶす、皮を剥いて茹でるなどの簡単な作業である。


 これならたとえ調理スキルの低い初心者であっても失敗しづらく、品質がAランクの素材を使えば、AランクかBランクの加工食材を安定して作ることができる。


 そしてオーレンほどの腕前があれば、たとえオールBの加工食材からでもAランクの料理を安定して生み出すことができた。


 これは彼にそなわった天性の素質というものであり、この『合成』の工程だけはオーレンにしかできないのだった。


 なので、オーレンは開店してからまったく休んでいなかったのだが、工房のメンバーの事をいつも気にかけて、手が空けば全員に声をかけてまわっていた。


「いい子だなぁ」


「うん、いい子だ」


 お茶を飲んで、ほんわかしているカメラ仲間の中。

 通りすがりのカメラボーイだけは、彼らと違って深刻な表情をしていた。


「クレア……シーラちゃんの写真なんだけどさ」


「あ……ごめん、渡すの忘れてた。いま欲しいの?」


「いや、もういいんだ、それは……」


「うん?」


 写真を渡そうとするのを、やんわりと手で押し返し、通りすがりのカメラボーイは、首をぶんぶん横に振った。


「正直、最初はシーラちゃんの写真目当てだった……だけど、いまは違う。俺はこの店のために、もっと料理が上手くなりたいんだ」


「通りすがりのカメラボーイ……」


 カメラボーイは、常にAランクの『加工食材』を出せるわけではない自分の手のひらを見つめて、自問していた。


 どんなに食材のランクが低くても、最終的にオーレンが合成すればAランク以上の成果を出せる。


 だが、それでいいのか? と。


「大丈夫じゃないか? 最終的な料理がAランクなら」


「ラック上昇(大)の効果もついてるよ。味も問題ないし、美味しいよ?」


「いいや、ラック上昇(大)とひと言で言っても、その効果の振れ幅は最大値の10%もあるんだ……。

 A+の品質なら、振れ幅は5%におさえられる。食品の品質ランクは、より確実に最大効果を発揮するという『保証』なんだよ」


「そんなの、誰も気にしないんじゃあ……」


「いいや、違う!」


 ぎりっと、カメラボーイははがゆさに拳を握りしめた。


「最高の物が得られる期待値ってのは、店の評価そのものにつながるんだよ。いまのヘカタン料理はせいぜいB級グルメどまりだ、本当はオーレンなら、それ以上を生み出すことだって、できたはずなんだ……。

 オーレン店長が、ヘカタン料理が、俺のせいで『この程度か』と思われるのが、俺は本当に悔しいんだ……!

 夕食までに、俺がもっとスキルを鍛えないと……せめて安定してAランクが出せるようにならないと、俺は休んでなんていられないんだよ……!」


 はじめての料理店を通じて変化した、熱い胸の内を語るカメラボーイ。

 おろおろするオーレンの肩を叩いて、クレアは大きくため息をついた。


「はいはい、わかったわ、通りすがりのカメラボーイ……あなたは1人で存分に料理してなさいよ。

 その間、オーレン店長とあなたのチェキは、私が責任をもって撮ってあげるから」


「ふっ……助かるぜ、クレア」


 瞳で熱い思いをわかち合う、クレアとカメラボーイ。

 おそらくクレアは、この場にいる誰よりも彼の事を深く理解していたのだ。


 そう、カメラボーイは、いつの間にかシーラからオーレンに鞍替えしていたのである。

 今はただ、シーラの写真ではなく、オーレンの写真が欲しいのだ。

 シャッターチャンスを逃さないよう、彼のいる厨房から片時も離れたくないのである。


「で、でも……食材がそろそろ無くなっちゃうんじゃない? みてよ、あれ」


 カメラボーイの仲間たちは、厨房の壁にでかでかと広げられた『共有アイテム一覧』を見て、おろおろしていた。


「カメラボーイがいないと、俺たちのレベルじゃあ、素材集めが……」


「2人とも今レベルいくら?」


「どっちもレベル1だよ」


「ふぁっ!?」「ひえっ!?」


 まわりのNPCたちが驚いていた。

 普通に生きていたらありえないレベルの低さだったのだ。


 じつは、彼らは本格的な『撮影者ジャーナリスト』と『コスプレイヤー』のコンビで、いつも転移ポートの近くの映える場所で撮影ばかりしている、非戦闘員なのであった。


 2人とも自営業だったため、カメラボーイに呼ばれてすぐに店をたたんで駆けつけて来てくれたのだが、普段は旅行をする感覚でたまにゲームする程度だったらしく、この世界にログインしたのも久しぶり、という顔ぶれだったのである。


「ああ、素材のことなら大丈夫。もう手を打ってあるわ……」


 だがクレアは、素材集めに関してはなにも心配していないらしく、不敵な笑みを浮かべていた。


 その笑みを見て、通りすがりのカメラボーイは、背筋がぞくっとした。


「あ、あれ……なんだこの感じ、なんか嫌な予感がするんだけど?」


 カメラボーイたちが嫌な予感に震えていた、そのとき。

 テーブルを拭いていたイヴとヘリオーネ(メイド服ver)が、窓の外を見て呟いた。


「あら……大変、お客様です」


「お客様が大勢いらっしゃいますわ」


「みなさん、ご準備なさって、戦いの準備を」


「私たちは、ここでお祈りしています」


 などと、いきなり祈りはじめたイヴとヘリオーネ。

 彼女たちは、カメラボーイたちの強い希望によりお揃いのメイド服を着る運命が定まっており、料理には参加できないのだった。


 ちなみに、課金アイテムのメイド服は給仕サーバントスキルをいくつか使えるようになるもので、中でも見る者の心を癒し、客足を増加させ、満足感を与える効果をもつ『隠れスキル』がかなり有用との評判をブルーアイコンたちがでっち上げ始めたため、オーレンは本当のスキルを知らないまま、とにかく料理店をやる上ではどうしても外せないのだと刷り込まれて今に至る。


 やがて、ドアを開けて入って来た団体客の姿を見て、一同はぎょっとした。

 全員が同じ鎧に身を包んだ兵士たち……その名称は『王国兵』だ。


 緑色の軍旗をはためかせ、兵士たちはただ無言で整列していた。

 彼らの列をかき分けるようにして、騎士団長アスレが進み出てきて、容赦ない眼差しで店内をぎろりと見渡した。


「き、騎士団長アスレ……!? 本物はじめて見た……!」


「うそぉ!? カメラボーイ、写真はやくはやく!」


 通りすがりのカメラボーイたちは、突然の国王軍の来店イベントに沸いていた。


 だが、事前にサイモンから連絡を受けていたクレアは、待っていたと言わんばかりに歩み寄っていった。


「いらっしゃいませ、ご予約の王国軍様ご一行でいらっしゃいますか?」


「ああ、言われた通り、素材を集めてきた……これでいいのか?」


 背後の兵士たちが抱えていたのは、生け捕りにしたグレートボアに、アイアンコッコの卵、ヒカリシソの葉、ベトベトの実。

 どれもこの周辺でとれる素材であり、ヘカタン料理には必要なものばかりだった。


 どうやらサイモンは、新兵たちのレベル上げと引き換えに、店のための素材収集を依頼していたのである。


「ヘカタン料理だったか? 先ほどサイモンに分けてもらったのだが、心なしか新兵たちの成長が早いのだ。魔の山には不思議な文化があるのだな」


「これからもっと驚きますよ」


 クレアの言う通り、まだ魔の山には、大量の経験値を落とすジャックポットの魔導機械兵(子機)がいる。


 だが、いま魔導機械兵(子機)を倒すと、一気にいくつもレベルが上がるため、ヘカタン料理のレベルアップ時ブースターを数回ぶん貰い損ねてしてしまう恐れがあった。


 しばらくは素材収集を兼ねて、少しずつレベルをあげてもらうことになるだろう。


「すみませんが、店内の座席が足りませんので、お持ち帰りでもよろしいですか?」


「うむ、頼む」


 アイドルタイムにやってきた大量の団体客に、嫌な予感しかしないカメラボーイたち。

 彼らは、もはや素材が尽きるかどうかの心配よりも、一体この兵士たちが何人いるのかの方が気になってドキドキしていた。


 場慣れしすぎてにこにこ笑顔を崩さないクレアに対し、騎士団長アスレは、慈悲のない大量注文を投げかけた。


「とりあえず、500人分用意してくれないか」


「はい、よろこんで♪」


「「ひぃぃぃ~っ!!!!」」


 カメラボーイたちの悲鳴が店内にこだました。

 だが、『オーレン料理店』にとってこれは、まだまだ序章にすぎなかったのである。

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