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ゲームデザイナー

「この村以外の『ドラゴン』ですかい?」


「ああ、魔の山周辺で、そういう話を聞いたことはないか」


「さあ、今は『ドラゴン』そのものが珍しいですからねぇ」


 サイモンは、ドラゴンのオカミを引き連れて、いつも通り市場に向かっていた。

 誰かに姿を見られてもいいように、装備を変えておこうと考えたのだ。


 いちおう隣にひっついて来ているオカミ(子供の姿に化けた)にも馬具が必要なので、買っておく。

 ドラゴンの尻尾をぶんぶん振っているので、見る人が見れば人ではないのがまるわかりなのだが、彼らホワイトアイコンはそういうのに無頓着だった。


 ついでに商人アッドスに竜について聞いてみたが、目新しい情報はなかった。


「『ドラゴン』ではなくて、『混交竜血』ならいるという話ですがね」


「『トキの薬草』の収集クエストはあらかた解決したはずだが?」


「全員がクエストを出しているわけじゃありませんぜ。Aランククエストなんて庶民が出せる報償金の額じゃありません」


「なるほど、確かに普通はそうか」


「それどころか、なかには自分の血で『トキの薬草』が産めると知っていて、わざと治療を拒む者もいるらしいです。ひと財産になりますからね」


「たかだか1万へカタールではないか。病人を養うことを考えると、一年分の生活費にも満たないぞ、割に合わない」


「いや、それは冒険者ギルドのクエスト報酬ですね。ふつう市場ではその8倍の価格で取引されています。また戦争が起こればさらにはねあがる公算です」


「ぼったくりすぎだろう、ギルドマスターは」


「そうでしょうかね、商売スキルのない冒険者が個人的に商人に売ろうと思えば、もっと買い叩かれていますからね。

 ちゃんとした薬剤師に仲介してもらわないと保管も販売も難しい代物ですし。わりとこれが儲けを確保できる最低限度だと思いますよ」


「ううむ、商売の事はよくわからんな……」


「もっとたくさん市場に『トキの薬草』が出回って、市場価格が暴落すれば、そんな問題もなくなるんでしょうがね……」


「なるほどそうか……もっとたくさん出回ればなぁ……なるほどなぁ」


 かつてバントウの価格が大暴落していたのを思いだしたサイモン。

 サイモンがうんうん頷いていると、オカミが裾をちょいちょい、と引っ張った。


あるじ様、この商人、ただものではありませぬぞ』


「うん、知ってるよ」


 サイモンには商売のことはよくわからない。わからないことは、とりあえず専門家に頼ればいい。


「たとえば、俺がここで『トキの薬草』を売りたいといったら……」


「旦那、そういうのはギルドに交渉してくださいよ、俺には適正価格がわからんのです」


「俺にもわからん。なので1本1へカタールでこの『なにかの薬草』をお前に売りたい、と言ったら、お前は最大で何本買ってくれる?」


 ピンク色の謎の薬草を、どさっと山盛りにして出すサイモン。

 それを見た商人アッドスの目付きが、ぎらりと変わった。


「……そいつは状況次第ですね。例えばいまの半額にでも値崩れを起こせば、薬草を抱え込んでいる貴族たちが一斉に手放すので、我々はそのタイミングで手を引けばいいのです」


「やっぱり、お前に聞いてよかったよ、アッドス」


『この2人パネェ』


 薬草市場を混乱させようとする2人の企みに、オカミは戦慄していた。


 謎の情報提供精度を持つ商人アッドスと別れ、サイモンはシーラの家に向かった。


 オーレンは先ほどクレアが連れ出してくれていたため、料理店に人の姿はない。


 キッチンの奥は昔の家と繋がっていて、シーラがまだベッドで丸くなっていた。

 いつもがむしゃらに動き回っている彼女は、用事がないときはネジが切れたようになって、昼まで寝ているのだ。


 彼女が今のこの世界線で何をしていたのか、サイモンにはすぐにわかったので、起こさないことにした。


 シーラは、銅色のネームタグを握ったまま眠っていた。 

 濡れた髪からは潮の香りがして、目尻からは涙がこぼれていた。


 どうやら、ネームタグの回収にクエストを出していたらしい。


「行ってくるよ、シーラ。また俺を見つけてくれ」


***


「大きすぎるな、もう少し小さくなれるか? 馬ぐらいの大きさがいい」


『可能です』


 サイモンはもともと馬屋の息子だ、馬に乗るのは慣れていた。

 ヘカタン村の外れに出てくると、彼の後ろにひょこひょこついてきた黒竜に馬のくつわをはめ、背中に鞍をかけた。


「さっきはどこに行ってたんだ?」


あるじ様のせっかくの逢瀬を邪魔するほど無粋ではありんせん』


「お前いいやつだな、ブルーアイコンの連中にも見習わせたいよ」


 大人になったいまは、彼の体重を支えることのできる馬がいないため、馬に乗るのを諦めていたが。

 頑丈な『ドラゴン』に対して、そんな心配はまったく無用だ。


 焼いた石のような熱い背中に飛び乗ると、子供の頃に戻ったように、手足の感覚が鋭敏になった。


「行こうか」


 黒竜は翼に意識を集中して、静かに羽ばたいた。

 岩のような巨体がふわりと浮かび、雲の中を通って、あっという間に青空にいた。


 眼下には、メタリックな魔導機械兵(子機)を追いかけ回しているブルーアイコンの冒険者たちが見えた。 

 彼らには、上空のサイモンが一体何者に見えただろうか。

 装備を鎧から黒衣のローブに変えたので、まさか、ただの門番だとは思わないだろう。


 黒竜は魔の山に連なる山脈を一気に飛び越え、信じがたい速さで海に面する港町へと飛び込んでいった。


 暴風を引き連れて、街中を飛翔する黒竜の姿に、人々は慌てふためき、逃げ惑っていた。


「あの建物だ」


『お任せを』


 黒竜は口をぱっくり開くと、炎の弾を前方に吐き出し、窓をぶち破った。


 黒竜が首をちぢめて、頭から冒険者ギルド会館に突入すると、サイモンはその背から飛び降り、よく磨かれた床を滑りながら移動した。


「メイシー!」


 カウンターにいた受付嬢メイシーが、びくっと震えあがった。

 いくつもの窓を開いて、姿を見失ったサイモンを必死に捜している最中だったらしい。


「ひ、ひ、ひぃ~! なにこの男、こんなのおかしい、ぜったいバグだわ! ギルドマスター!!」


 万が一のために、テレポートクリスタルの周辺や山裾にも上級冒険者たちを配備していたのだが、まさかそれが裏目に出るとは思わなかった。


 ギルドに集まっていた低級冒険者たちも戸惑っていた。

 対策もなにもしていない彼らでは、『ドラゴン』に傷ひとつつけることもできない。


 二階のテラスを見上げると、騒ぎを聞きつけたギルドマスターが書斎から出てきた。


「【ニーズヘッグ】……いや、こいつは分体の方か……何者だあの男は……!」


 彼はホールの様子を見降ろして、わが目を疑うような表情を浮かべていた。


「ぎ、ギルドマスター! こいつ、侵入者です! この男、窓を破壊してやってきました! ギルドの貴重な窓を! すぐに処罰を!」


「なに、俺の窓(修繕費7万5000へカタール)を!?」


 守銭奴のギルドマスターには、謎のドラゴンライダー出現の危機感よりも、損得で訴えかけた方がはかどるのだ。

 サイモンは、負けじとギルドマスターに向かって声をあげた。


「ギルドマスター、俺はメイシーに用がある! 彼女と2人で話をさせてくれ!」


 ギルドマスターは、壊れた窓と、メイシー、そして謎の黒衣をまとったサイモンと、冒険者たちを威嚇する黒竜とを見比べた。

 指を一本一本折って、なにやら計算している。

 どうやら、損得勘定を計算しているらしかった。

 この男、金が絡むと恐ろしく計算高くなるのは変わらなかった。


「ギルドマスター! いったい何を悩んでいるのですか! こんなあからさまな不審者に、ギルドの聖域を侵させていいのですか! 我々の威信にも関わります、早くしてください!」


 やがてギルドマスターは、サイモンに向かって、ぱちん、とウィンクし、ぐっと親指を立てた。


「なんだかしらんが、メイシーが必要なら存分にやってくれ!」


「ギルドマスタぁぁぁ!!!!!????」


 まさかギルドマスターに売られるとは思っていなかった受付嬢メイシーは、聞いたこともないような大きな悲鳴をあげた。

 サイモンは、ぐっと親指を立てて、ギルドマスターと頷き交わした。


「助かる」


「なんなら、ゲストルームを貸そう! 気にするな、俺の座右の銘は、『やばい奴には恩を売っておくに限る』だ!」


「こんのクソ守銭奴がぁぁぁぁ!!! 覚えてやがれぇぇぇ!!!」


 いままでギルドのためにさんざん尽くしてきた挙げ句に、あっさり敵に売られた受付嬢メイシーは、絶望のあまり凄まじい罵声を浴びせた。

 サイモンは、持ち前の怪力でメイシーを肩に担ぐと、奥にあるゲストルームに運び込んだ。


 すれ違う他の受付嬢たちも「どうぞ、どうぞ」とサイモンを案内するので、この業界には人の心などないのかとメイシーは呪った。


「あんたたち! 助けてよ! 私はいつもギルドに欠かせない存在だって、困ったことがあったらいつでも言ってくださいメイシーさんって、あれだけ持ち上げておいて! いざ事が起こったらあっさり敵に売るなんて!」


「そんな、メイシーさんはいつも頼りになるし、いざとなったら敵に売り渡すこともできる、一石二鳥の理想の上司だと今でも思っています」


「本性! 人の心をインストールしそびれた鬼ども! 覚えてなさいよ次はないわよ!」


「メイシー、これを見ろ」


 サイモンは、ピンク色の薬草を取り出すと、メイシーの目の前につきつけた。

 今朝方、詰んだばかりの『トキの薬草』だ。


「メイシー、俺はお前の『ドラゴン』を退治する準備がある。

 俺のチートでこれを『つかう』だけで、お前は恐らく、時間遡行者タイムリーパーの能力を失い、ごく普通のNPCになってくれる」


「あああ……この私がギルドマスターみたいになるなんて……いやだいやだいやだ」


「お前を退治する事は簡単だ、だが、そいつは俺の目的ではない」


 サイモンは、『トキの薬草』をアイテム一覧に仕舞った。


「この魔の山周辺に、あと2体の『ドラゴン』が潜んでいると聞いた。俺はそいつを探し出したい。何か知っていることはないか」


 サイモンは、冒険者ギルドの情報網を利用して、残りの竜を捜そうとしていた。


 この際、『混交竜血』の情報でも構わなかった。

『トキの薬草』の価格が大暴落して、なおも『混交竜血』であり続ける人間がいるならば。

 それは、そいつに定められた運命スクリプト、恐らくこのゲームをすすめるカギであるはずだ。


 メイシーは、忌々し気に歯を食いしばり、やがて観念したように首を振った。


「知りません……『ドラゴン』のクエストに関する情報は、冒険者ギルドにも届いていない……」


「誰なら知っていると思う?」


「帝国をのぞけば、騎士団長アスレか……『あのお方』ぐらいしか……」


「『あのお方』というのは、誰だ?」


 サイモンが、その情報に食いついたのを見て取って、メイシーはきらりと目を光らせた。


 どうやらメイシーは、この情報を利用して、なんとか生き延びれるのではないかと考えたようだった。


「い、言えません……! 私は堕しても『宮選暗殺者インペリアル・アサシン』、そう簡単に情報漏洩など、するとお思いですか……!」


「さっき、中途半端にいいかけたくせに……」


あるじ様、拷問して吐かせますか?』


「いや、たぶん無駄だろう」


「ひぃぃ、ドラゴンと普通に話してるぅぅ!!」


 受付嬢メイシーがサイモンの欲しい情報を握っている限り、『トキの薬草』は使えない。

 これが彼女の命綱だ、絶対に口を割らないだろう。


 サイモンは、ふむ、と考えを巡らせてみた。

 騎士団長アスレの名をあっさりと出す彼女が、口を憚れるような人物とは。


 恐らく、国王軍ではない。

 彼女と裏で通じている、この国の黒幕かなにかに違いなかった。


「そいつはホワイトアイコンじゃないな、ブルーアイコンの冒険者だな?」


「なっ!? なんで、それを……!」


「図星か。たしかギルドマスターによると、ブルーアイコンの冒険者の中に、お前たちがリアルマネーを手に入れるための手引きをしていた協力者がいたはずだ」


「もうやだ、なんですでに情報を漏らしてるのよ、ギルドマスター!!!」


 こうして、受付嬢の命綱はあっけなく断たれた。


 サイモンが知っているのは、NPCであるギルドマスターが、リアルマネーを扱えるように手はずを整えた人物であること。

 さらに、リーク情報を与え、『ヘカタン村が滅びる』という予言をもたらしたこと。


 さらには、ギルドマスターと同様に、この世界の内部に、ゲームとしての動作原理にも、深く通じていると見るべきだろう。


 どう考えても、普通のブルーアイコンの仕業とは思えなかった。


「神(GM)か、そいつは」


 もしも相手が神(GM)ならば、ギルドも知らない『ドラゴン』の情報について知っていても、不思議ではない。


 きっとメイシーもそう考えたはずだ。


 神(GM)ならば、クレアを通じて、同じ神(GM)であるアカシノに探してもらう事ができる。

 サイモンはそこまでやるつもりだったが、それよりも先にメイシーの方が観念したようだった。


「クリハラさまです」


「どうやって連絡を取るんだ? ギルドマスターもお前も、チャットは使えないんだろう?」


 メイシーは、力なく首を振った。


「いつも、向こうからしか連絡はありません。

 クリハラさまは神様(GM)の一人、この世界のゲームデザイン担当、としか聞いておりません」


 こうしてサイモンは、ようやくこの世界の黒幕の影を掴んだのだった。

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