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黒ヘビの正体

 リアルの時刻は、午前9時40分ごろ。

 この世界では、朝日が昇る直前。


 冒険者ギルドの受付嬢メイシーは、ギルドの営業開始の前、カウンター内を軽く掃除するのが日課だった。


 NPCは朝、昼、夜とだいたい決まった行動を取るよう設計され、周囲の状況やプレイヤーの行動に応じて少しずつ変化させていく。


 だが、受付嬢メイシーはプレイヤーの手で自分のルーティンを変えたことは一度もなかった。

 パーティへの勧誘は一度や二度ではなかったが、どんな誘いもかたくなに断り続けた。

 それが、この世界に生まれたときから彼女に定められたルーティンである。


 やがて、きっかりいつもと同じ時間に、爽やかな笑顔を浮かべてカウンターに立った。


 ホールの時計が朝の時刻を告げる瞬間。

 世界が初期化され、目の前のあらゆるものがリスポーンしてゆく。


『変身』


 初期化を受ける直前に、受付嬢は瞬間的に『変身』を発動した。


 受付嬢メイシーの『人間』と、『ドラゴン』が瞬間的に入れ替わり、『ドラゴン』が初期化を受けて、また『人間』に戻っていく。


 周囲からは、まるで彼女だけ時間が巻き戻っていないかのように見えた。

 実際、彼女はそれまでの記憶をまるごと受け継いでいるのだ。


 ギルドマスターから教わった方法だったが、当のギルドマスターはもうこの方法を使えない。

 昨晩は意識の朦朧とした状態で、ベッドに横たえられていた。


「ひぃっ、ひぃっ、俺の黄金、黄金がぁぁ、消えてしまうぅ」


 一晩中うめき声をあげて、消えてしまう恐怖に震えていた。

 メイシーは蔑むような目で彼を見下ろしていた。


 この男はもう使えない。

 これから冒険者ギルドを牽引するのは、自分だ。


 リスポーンを終えると二階に登って、ギルドマスターの部屋に訪れてみた。

 締め切っていたはずの窓が開いて、爽やかな朝の光が射し込んでいた。

 ギルドマスターはアップルティーを飲みながら、爽やかな笑顔をメイシーに向けた。


「やあ、おはようメイシー。今日も冒険日和のいい天気だね。早起きは三文の得、1ヶ月で90文、2年ばかしで1000文になる。

 君がこのギルドに勤めてから何年になる、そろそろ1万文は得してるだろう。どうかね、私に投資してみる気はないかい?」


「おはようございます。ギルドマスター、窓を閉めなくてもいいのですか? 少々お部屋が寒いようですが」


「なぜだい? こうした方が、冒険者たちの儲け話も聞こえてくるじゃないか。

 それにギルドのカウンターに金貨の袋が置かれる音や、お金が落ちた音も聞こえやすいだろう? 責任者たるもの、最高に仕事がはかどる環境を自分で整えないといけない」


「……」


 いつものギルドマスターだったが、完全にメイシーの知るギルドマスターではなくなってしまった。


 ともかく事務報告を終え、カウンターに立つ。


 つまりこれから、このギルドのボスは彼女というわけだ。

 最後の砦である。


(……さて、新しいスパイは上手く動いてくれますか……)


 彼女がフィールドに放った使役獣が、スキルを発動する。

 視界のすみに小さな窓が現れ、ヘカタン村の様子が浮かび上がった。


 ちょうど、新しい使役獣はクレアのネコミミフードの上に乗っていて、ぴょこぴょこ耳が跳ねるのをとらえていた。

 どこかに向かって、走っている。

 料理店らしき建物のドアを開いて、中のコックに呼び掛けた。


「オーレンちゃん!」


「あ、お客さん? ごめんなさい、お店の営業はまだだよ」


「違うの、こっち来て、こっち!」


 クレアは、オーレンの腕をぐいぐい引っ張って、店から飛び出し、どこかに連れていこうとしている。


 受付嬢メイシーは、ふむ? と首を傾げた。

 彼女には、サイモンの様子を観察するように指示したはずだが、まるで別の行動を起こしているみたいだった。


(まあ、いいわ。この村には、別の使役獣をつけているし……)


 受付嬢メイシーは、もうひとつ別の使役獣の視界を開いた。


 窓に写る風景は、早朝の門の前だった。

 ぞろぞろと冒険者たちが歩いてゆく姿が見える。

 サイモンがいつものようにリスポーンして、門番として突っ立っている、村の入り口である。


 小鳥が古木の上に群れ集い、ウサギがのそのそと塀から草原に繰り出していく。


 その『小鳥』のうち1羽が、じいっとサイモンの姿をとらえていた。

 これも、受付嬢の使役獣である。


 受付嬢は、にぃっと、邪悪な笑みを浮かべた。

 リスポーン先が決まっているNPCほど追跡がしやすいものはない。


 この受付嬢が、シーラの実家があるヘカタン村に使役獣を潜伏させない訳がなかった。

 まさか、シーラ以外の姿を観察するために使う事になるとは思わなかったが。


(さて、今日はいったいどうするつもりかしら? そろそろ正体に気付かれる頃合いでしょう。冒険者たち相手に、最後の戦いを挑んでもいいのですよ?)


 サイモンの現れた村の入り口には、ブルーアイコンの冒険者たちが大勢あつまっていた。

 前回は、レイドボスの『巨鳥』が出現したが、ひきつづき、『ドラゴン』を狙っているレイドパーティだ。

 だが、冒険者たちは、1人、2人、と踵を返し、なにやらヘカタン村からぞろぞろと出て行く。

 ついには、門のまえにひと気がまったくなくなってしまった。


(? どこへ行ったの?)


 受付嬢メイシーが、不思議そうにあたりを眺めていると。

 画面の向こうのサイモンと、なぜか視線がばっちり合った。


 むろん、サイモンが見ているのは使役獣の小鳥のはずだ。

 サイモンは、ずかずかずか、と小鳥の方に向かってくると、ナイフを取り出し、素早く自分の手を切った。


 どしゅっと音がして、赤い火花のようなライトエフェクトが広がる。

 小鳥との視界共有が強制的に解除され、受付嬢メイシーは見えない壁に思い切り弾き返された。


「うぎゃあ!?」


 思わず悲鳴をあげた受付嬢。

 小鳥と共有していた視界の窓は、どこかに消えている。

 冒険者ギルドのみなから不思議そうな視線が集まってくるが、それどころではない。


 サイモンの不可解な行動に、メイシーは当惑していた。


「な、なんなの……!? あいつ、いったい何をしたの!?」


***


 サイモンがクレアに頼んだ事は、シンプルだった。

 オーレンを隣のヘキサン村に連れてゆき、そこで料理を作ってもらうこと。


 いまヘカタン村に集まっている冒険者たちの目的は、経験値上昇とステータス上昇の効果がある、オーレンのヘカタン料理だ。


 レイドボスの出現は深夜なので、それまでの間、レイドパーティがすべきことはレベル上げしかないのである。


 ならば、料理店を隣村に移転すればいい。

 たったそれだけで、ブルーアイコンの冒険者たちの動きを誘導し、村から引き離すことができる。


 だが、クレアは本腰を入れて、いつの間にかヘキサン村に新しい料理店をこしらえていた。

【ヘカタン料理オーレン2号店】の看板まで設置して、アイテムの写真を応用したチラシまで各所にはりまくって宣伝している。

 さすが『撮影者ジャーナリスト』、ゲームの本筋とはまったく関係ない『遊び』に対する本気度が違った。


 クレアは、引き続き通りすがりのカメラボーイとその仲間たち(シーラの写真で釣った)、さらに教会の双子シスター(かわいいからスカウトした)を店に集め、従業員として作業する準備を進めていた。


「いいかしら! ヘカタン料理2号店は、1号店と比べて数倍の客足を見込んでいるわ! 生半可な覚悟ではついていけないわよ!」


「「はい! チーフ! かしこまりました!」」


「ここはテレポートクリスタルの真ん前。他のエリアに移動するついでの冒険者たちが、直接店まで足を運んでくる一等地!

 大勢の冒険者たちの攻略に関わっているの! 私たちが少しでももたつけば、あっという間に大渋滞よ!」


「「はい! チーフ! かしこまりました!」」


「ではオーレン店長! 最後に一言お願いします!」


「えー、が、がんばろー」


「「がんばろー!!!」」


「さすが!」


「さすが店長、ノリがいい!」


「本当にブルーアイコンって変な人たちだなぁ」


 ともかくサイモンは、クレアの協力によってブルーアイコンの冒険者たちのいない隙を生み出したのだ。

 その隙を利用して『トキの薬草』を量産することもできたが、その前に小鳥に近づいて、試してみたいことがあった。


『覚醒状態』であるサイモンの竜の血は、サイモンを『ドラゴン』に、薬草を『トキの薬草』に変化させる。

 ならば、動物にかけると、一体何になるのか。


『ドラゴン』になってくれれば、サイモンの身代わりに、ブルーアイコンの冒険者たちの注意をそらしてくれるのでは、と思ったのだが。


「……なんだ、ジャイアントスネークか」


 魔の山に頻繁に出没する、巨大なニシキヘビに化けていた。

 周りの小鳥たちは、怯えて逃げ去ってしまったが、これを『ドラゴン』と間違えてくれる冒険者はいないだろう。


 このニシキヘビは、サイモンの事が認識できるらしい。

 しゅるしゅる、と舌を伸ばして、頭をふかぶかと下げた。


あるじ様……おひさしゅうございます……この泉の竜オカミに、なんなりと、ご用命を申し付けください』


 ヘビのレッドアイコンの名称が、オカミにかわった。

 生まれて初めてヘビに声をかけられて、サイモンは戸惑った。


「お前……何が出来る?」


『人を噛み、あるじ様とおなじ『竜の血』にすることが出来ます』


「『混交竜血』を増やしてどうする、それはやめてくれ」


 サイモンの中にいる『ブラックドラゴン』は、無数のヘビを従える泉の王だ。

 どうやら、血から生み出したヘビを『使役獣』として使えるシステムらしい。


 サイモンのお尻を咬んだ黒ヘビも、きっとこいつと同じだったのだろう。


『他には、人や獣に化けることは出来ます』


「なら『ドラゴン』には、化けられるか?」


『お安い御用です』


 ヘビは、しゅるしゅる、ととぐろを巻くと、漆黒の竜の姿に化けた。


 赤い牙の形をしたレッドアイコンが頭上に浮かび、【ニーズヘッグ】の名称まで並んでいる。


 以前クレアに動画で見させてもらったのと同じだった。

 見上げるような大きさ、そして威圧感だ。

 翼をはためかせると、軽々と宙に浮かび上がった。


 正真正銘の『ドラゴン』。

 これならば、冒険者たちを欺くことはできるだろう。


「よし……オカミ、降りてこい」


 サイモンは、これから自分のなすべき事を、明確に頭の中で思い描いていた。

 村を守るためなら、彼はどんな手段もいとわなかった。


「俺を乗せて、冒険者ギルドまで飛んでくれ……メイシーと直接話がしたい」

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