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ジズの卵

 リアルの時間は、午前9時10分。

 サイモンの世界では、満月が空に昇る頃。


「何人集まった?」


「300人強か……まだこの時間は少ないな」


「俺の師匠はどこにいった? あの戦闘狂が来ないなんて……」


 魔の山では、巨大なレイドパーティが戦闘準備を整え、『ドラゴン』の出現を待ちわびていた。


 いずれもAランクを中心とした熟練のプレイヤー達だったが、かつてフレイムドラゴンを討伐した最古参の姿は数えるほどしかいない。


 平日の朝9時という時間帯の問題ももちろんあるが、じつは彼らはこの時、別の事件に忙しかったのだ。


「いたか!?」


「どこにもいない!」


「探せ! 水中も探せ!」


 港町では、こちらも大勢のブルーアイコンの冒険者たちが入り乱れ、大騒ぎになっていた。


【異世界ディスカバリーチャンネル:クレア】が投稿した映像が、彼らの間に激震をもたらした。


 ロマンチックな夕暮れの海の桟橋で、仲良く肩を並べて語らうシーラとサイモンの姿が、しっかりと捉えられていたのである。


 動画から地名を当てるジオゲッサー張りの地理感覚で、2人の居場所がどうやら『港町の桟橋』であると特定したシーラファンは、そこからの2人の動向が掴めずにほぞを嚙んでいた。


「ありえない……! 主要キャラ(アカシノがデザインしているやつ)は全員マークしていたのに、まさか、村の門番みたいな冴えないモブキャラとくっつくなんて……!」


 非戦闘職も、戦闘職も関係なく、ほとんど総出で2人の捜索を続けていたが、どこにも見当たらない。

 ブルーアイコンの冒険者の中には、シーラのこの変化を喜ぶ声もあった。


「いいじゃん、ようやく本当の愛を見つけたんだよ! そっとしておこうよ!」


「いい訳があるか! シーラに万が一の事があったら俺は絶対に許さん!」


「投票しま~す。そろそろNPCにも肖像権を認めるべき? このままでいい? どっち?」


「俺は相手が騎士団長アスレじゃなかったら誰でもいいや」


 お互いに衝突しあいながらも、彼らの大捜索は、こうして夜を徹して行われた。


***


 その頃、港町の喧騒など知らないサイモンは、遥か沖の方にいた。


 亀の甲羅をはりつけたオールで力任せに水をかいて、ボートをすいすい進ませていく。


 シーラには「船に乗せて欲しい」とせがまれていたが、どうしても彼女を乗せることはできなかった。


 やむにやまれぬ理由がある。

 あと10分ほどもすれば、彼は『ドラゴン』になってしまうのだ。


 シーラの身の安全を考えれば、港に置いてくるのが正解なのは疑いようもない。


 何も説明せず、ただ逃げるように港を発ったサイモンだったが、ふと思うことがあった。


(ひょっとして、俺がもうすぐ『ドラゴン』になる事は、教えた方がよかっただろうか?)


 かつて、シーラとは何事も隠し事をしないと誓いあった世界線もあった。

 そのときの約束をシーラは覚えていなくても、こちらは覚えているため、どうしても後ろめたくなってしまう。


 だが、どうしてもシーラには打ち明けられなかった。


 なぜならシーラは、大事な弟が『ドラゴン』になったとき、弱体化デバフの毒を盛った上で殺そうとした前科があるからだ。


 シーラに優しさとか手心とか弱さとか、そういうのを少しも期待してはいけない。


 大事な弟でさえそうなのだから、幼馴染みのサイモンでも、きっと同様だろう。


 もしもサイモンが『ドラゴン』になると知っていたら、彼をやすやすと逃がしはしなかっただろう。

 いや、下手をすると、その場で迷いなく切り捨てたかもしれない。


「ぜったいに村には危害を加えないから、約束するから」


 などと言ってみたところで、その言葉がどれくらい信用できるというのか。


 自分でも信用できないのだ。

『ドラゴン』になると、完全にサイモンの意識は消えてしまうので、その後どんな行動をとるか予測がつかない。


 人のいる陸地が見えなくなるくらい遠ざからないと、すこしも安心できなかった。


 しばらく、ばっしゃばっしゃ、と船をこぎ続けていること、数分。


 町の近くは星の数が少なかったが、ここまで離れてしまうと、ヘカタン村と同じ満点の星空が見える。


「ふう、ずいぶん遠くまで来たな……」


 くるっと、港の方を振り返ってみると、なにやら水面にぷかぷか浮かんでいる物体が見えた。


 サイモンは、じっと目をこらした。


 水平線にぼんやりと明るい街の光が見えて、その光を背に、ばしゃばしゃと泳ぎ続ける人影があったのだ。


 シーラだった。

 サイモンは、サメを目撃した時よりもぞっとした。


 船に乗せてもらえないとわかった彼女は、なんと泳いでサイモンを追いかけていたのだ。


 なんて無鉄砲な。

 下手をすると自分が殺されるかもしれない状況だったが、大事な幼なじみを放ってはおけなかった。


 ぐるっと船をUターンさせて、ひとまずシーラを船に引き上げた。


「うううう、寒いぃぃ」


「無茶をしないでくれ、シーラ」


 夜の風の冷たさに、ガタガタ震えるシーラ。

 このままでは風邪をひきそうだった。


 弱ったサイモンは、メニューを開き、アイテムリストから魔獣の毛皮を取り出した。


 それを何重にもシーラの肩にかけて、それから温かいオーレンのヘカタン料理(こっそり持ってきた)を持たせた。


「食べてくれ」


「美味しそう……オーレンが作ったの?」


「ああ。お店で売ってる奴だよ」


 もぐもぐ、はふはふ、とヘカタン料理を食べるシーラ。

 ようやく気分が落ち着いてきた様子で、「美味しい」と呟き、めそめそ泣き出した。


「美味しい、美味しいよぅ。ごめんね、サイモン。私、ウソをついた。オーレンのお店がうまく行くことは、私わかってるの」


「当たり前だろう? 何をいまさら」


「だってあの子は頭がいいでしょう? 優しいし、よく気がつくし……私がいなくても、きっと独りで、上手くやっていけるわ。

 そもそも、13歳はもう独り立ちの年齢だもの……だから、私、旅に出ようと思ったの」


「旅に出るのか? シーラ」


 シーラは、ヘカタン料理を食べ終わると、ごちそうさまをして、笹の葉の包みをきちんと折り畳んだ。

 船の中ですっくと立ち上がる。


 泳ぐ間、髪留めに使っていた銅色のネームタグをほどくと、そのまま自分の首にかけなおした。


「私がネームタグを拾ったのは、どっちかというと自分用かな……うまく留められない」


「貸してみろ」


 立ち上がったサイモンは、シーラの手からネームタグを受け取ると、留め金をうなじのあたりで留めてあげた。


 元冒険者のサイモンにとっては、ネームタグをつける事など慣れたものだった。


 数々の超級クエストをこなしてきた彼女にはふさわしくない、Fランクの銅色のネームタグを首から提げて、シーラは微笑んだ。


「どう? サイモン、これで私も立派な冒険者よ」


『オーレン』の名が刻まれているそのネームタグを見て。

 サイモンは、ようやくシーラがそれを欲しがっていた理由を理解した。


 弟と一緒に冒険をする事。

 それがシーラの本当に叶えたい夢だったのだ。


「ああ、そうだな」


 満点の星空を眺めていると、10年前の3人の記憶がよみがえった。


 シーラは2歳のオーレンを抱きかかえて、自分の見つけた星座を教えていた。

 夏の△と、冬の×と。

 あの日から止まっていた冒険の続きが、今ようやく始まろうとしているのだ。


 これから彼女は、今はもういない弟と共に、広い世界を見て回る事になるのだろう。


「いつでも村に帰って来いよ、オーレンと一緒に」


 サイモンは、ふたたびオールを漕ぎながら言った。


 シーラは、胸のネームタグをぎゅっと握りしめ、海原を眺めながら、頬を上気させていた。


「うん。サイモンも来てもいいのよ?」


「俺は気が向いたら行くよ」


 そのままずっと沖の方に進んでゆくと、海の真ん中に小さな島が浮かび上がった。


 街からは十分に遠ざかったような気もするが、『ドラゴン』になって空を飛んだら、まだ陸地が見えてしまうかもしれない距離だろう。


 サイモンは、ひとまずそこに船を寄せることにした。


「どうしたの、サイモン。世界の果てがどうなっているか、見に行くんじゃないの?」


「ああ、俺はこのまま世界の果てまでいくつもりだが、お前との旅はここまでだ」


「どういうこと? ……はっ、ひょっとして、ここで私を裏切るの?

 サイモン、実は私の敵だったとか、そういう事いうんじゃないでしょうね?」


「鋭すぎるんだが……」


 いきなり本質を言い当てられて、焦ったサイモン。

 さすがHランク冒険者だった。

 世間知らずに見えて、凄まじい数の修羅場をくぐってきている。


「シーラ、俺はもうすぐ『ドラゴン』になる」などと言ったら、その瞬間に切り捨てられるかもしれないので、どうしたものか。


 サイモンが返答に悩んでいた、その時。


 キュォォォォォォン


 島全体に、澄みきった鳥の鳴き声が響き渡った。

 一体なんの鳥なのか、サイモンも声に聞き覚えがなかった。


「何の鳥かしら?」


「わからない。シーラ、ちょっと見てきてくれないか?」


「その手には乗らないわよ。一緒に行きましょう」


 シーラにぐいぐい手を引っ張られて、森へと入っていった。

 さほど広い島ではないので、声の主は、すぐに見つかった。


「うお」


「でかい」


 森の真ん中に、巨大な卵がそびえていて、まばゆいほどの金色の光を放っていた。

 卵は少しひびの入った状態で、ぐらぐら、と左右に揺れていて、中にいる何がが今にも産まれ出ようとしているみたいだった。


 卵の上には、モンスターを示す赤いアイコンがあり、その隣には『ジズの卵』という名称があった。


「『ジズ』……やばいな、あの鳥の卵か、これ」


 どうやら、まずい所に来てしまったらしい。

 ここはあのレイドボス、『巨鳥』の棲み家だ。

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