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ネームタグ

 シーラが海で泳いでいる。

 そう聞いても、サイモンにはピンとこなかった。


 山育ちのサイモンとシーラは、よく川まで泳ぎにいったものだった。

 クワッド盆地の滝つぼから、トリオン村の渓流まで、魔の山に泳げる場所はいくらでもある。


 わざわざ街までやってきて、海で泳ぐような理由はあるのだろうか。

 

 ひょっとすると、クエストがらみかもしれない、と思ったサイモンだったが、そう言えばひとつだけ思い当たる節があった。


「まさか……あそこか?」


 前回、オーレンと共に冒険者ギルドに行ったとき。

 ギルドのひどい圧迫面接から逃げ出して、たどり着いた海があった。


 海に来るとカモメが鳴いて、陽光が宝石を生んでいた。

 桟橋が等間隔に並んでいて、船の数はほとんどない。


 マップには何も写っていないが、たぶん、この辺りにシーラはいるはずだ。

 もしも水中に潜っているのなら、マップにもホワイトアイコンが表示されないのだ。

 水棲モンスターのカプリコーンなどは、これを利用して逃げたり近づいたりしてくるのだった。


 静かな海面をじっと見ていると、誰かの白いアイコンが水中から浮かび上がってくる。


「ぷはぁーっ!」


 シーラだった。

 なるほど、これでは誰も見つけられなかったはずだ。

 彼女は一日中、海の中を潜りつつけていたのである。


 それがいったい何のためなのか、サイモンはすでに分かっていた。


 サイモンの記憶が確かなら、この海には、オーレンが冒険者をやめて料理人になると誓ったとき、投げ捨てたネームタグが沈んでいるはずだった。


「やっぱり諦めきれなかったのか……オーレンを冒険者にする夢を」


 サイモンは、苦笑いを浮かべた。

 

 すでに本格的に店を構え、ネームタグを投げ捨てられたのに。

 それでも諦めきれなかったのだ。


 シーラらしい。

 だが、オーレンはすでにヘカタン村にはなくてはならない料理人なのである。


 そんな無駄な事をやっていないで、早く上がって来てくれないだろうか。

 桟橋から呼び戻したかったが、シーラはきっと、見つけるまで村に戻らないだろう。


 ならば仕方がない。

 サイモンは、重たい鎧の装備を外すと、服のまま海に飛び込んだ。

 水面を突き破って、陸上から水中のステージへと移動する。


 マップの明暗がぐるっと反転し、今度は地上のアイコンが写らなくなる。


 一面に魚が泳いでいたが、用があるのは海の底だ。

 体重に任せて深く深く、潜っていく。


 海の底は、瓶の破片や海藻だらけだった。

 小さなネームタグを見つけるのは難しそうだったが、サイモンの目には、すぐに場所が分かる。


 たとえ砂の中に隠れたアイテムでも、グリーンアイコンがその位置を知らせてくれるのだ。


『ネームタグ』と名称のついた、にぶく銅色に光る金属片を見つけ、サイモンは手を伸ばした。

 すると、まったく同時に同じものを、横合いから伸びてきたシーラの手が掴んでいた。


 サイモンは、そのままシーラと共に海上に浮かび上がった。


 2人の手には、『オーレン』と名の書かれたネームタグが握られていた。


「ひ、卑怯だぞ、シーラ!」


「あはは、私が先に見つけたのよー、サイモン!」


***


 クレアはその頃、こっそりカメラを回して遠巻きに2人を撮影していた。

 実はずいぶん前からシーラを見つけていて、海で泳ぐシーラのレア写真を量産していたのだ。


「はぁ、はぁ、シラサイ最高のショットが撮れたぁ~! 水に濡れたシーラちゃんのショットも豊作だし、カメラボーイにいい土産できたなぁ~!」


 破格の値段で売れるだろうことを考えると、いまからよだれが止まらなかった。

 さらに、桟橋の周りを見ると、大勢の兵士を引き連れた騎士団長アスレの姿まであった。


「はっ、あそこにいるのは! 自分も海に入りたいけど、泳げなくて悔しい思いをしている騎士団長アスレ! かわいい~! あっちも撮影しとかないと~!」


 すっかりカメラを回すことに夢中になっているクレアだったが、そんな彼女の背後に、ずん、と黒い影がのしかかってきた。


「お待ちなさい……あなた、何をやっているの?」


 クレアが見上げると、そこには薄暗い表情の受付嬢メイシーがいた。

 ホワイトアイコンの横にある肩書きが『ギルド職員』から『宮選暗殺者インペリアル・アサシン』に変わっていて、すでに暗殺者モードに入っている。


「うにゃぁぁぁ! 見つかったぁぁぁ!」


 クレアは身の危険を感じ、とりあえず『無気力状態』になった。

 普段、【潜伏状態】でモンスターの撮影ばかりしているクレアにとって、どうにもならない相手に見つかったときの対処法は、ただひたすら抵抗しない事のみだったのである。


「何をやっているのかと聞いてるのよ。カメラ壊すわよ?」


「ひぅっ!? か、カメラだけはダメぇ~! あ……」


 うろたえるクレアの荷物から、写真が何枚かすべり落ちてしまった。


 この世界の『写真』は、オリジナルカラーのアイテムを作る鍛冶師のスキルによって、カード(白紙)の表面を加工して外部データの画像を貼り付けただけのものだ。


 ほぼ『写真』と同様にインテリアやコレクションに使われるものであり、ゲーム内では高値で取引される。リアルマネートレードに使われる事もあった。

 その貼り付けられた画像を見て、受付嬢は目を光らせた。


「いくら?」


「えっ、ええーっ?」


「いくらで売るつもりかって聞いてるのよ」


「あ、あんまり安くても困るし……1枚1500ヘカタールくらい?」


「ちっ……足元を見られたわね」


 受付嬢はポケットをさぐると、金貨を1枚取り出した。

 金貨など初めて見るクレアにも、破格の値段だとわかる、手にずっしりくる大判の金貨だった。


「あるだけ寄こしなさい」


「けっ、けど……カメラボーイにあげる分が……」


「いいから寄こしなさい」


「はい……」


 しおしおとなったクレアは、受付嬢に写真をすべて渡した。

 たとえ相手がNPCだとわかっていても、脅されるとついつい言うことを聞いてしまうタイプだった。


 写真は、あまり手をかけず簡単に作ることができるが、作りすぎるとコピーが出回ったりして市場価格が暴落するので、人に渡すのは最小限の範囲にするものだった。


「うぅ、ごめんねカメラボーイ……けど……なんで受付嬢のメイシーさんが、シーラちゃんの濡れ濡れ写真なんか欲しいの……? カッコいい冒険者の写真とか、たまに欲しがるNPCはいるけど……はっ」


 クレアは、受付嬢が海に向けている視線に、ただならぬものを感じた。

 それは情念、執念、はげしい嫉妬だ。


 ひょっとするとこれは、サイモン、騎士団長アスレ、シーラの三角関係に、新たに冒険者ギルドの受付嬢メイシーが加わろうとしている展開なのかもしれない。


「えっ、え~っ、第四勢力……そういう事なの……?」


 受付嬢は、クレアが見ていた海の光景を、憎々しげに睨みつけていた。


「許せない……『竜騎士団』に入れようとしてくださった『ファフニール』さまに反逆した挙句、勇者シーラまで奪おうとしているなんて……最悪の展開だわ、許せない、許せないわ、あの男……殺してやる、騎士団長アスレ」


「ひぅぅ~! どこに騎士団長アスレがヘイト集める要素があったのぉ~!」


「だってそうでしょう。そもそも本来なら、騎士団長アスレがサイモンを始末してくれる筋書きだったのに……」


「筋書きって?」


 クレアは、ぺこっ? と首をかしげた。


 そう、時間遡行者タイムリーパーの受付嬢メイシーは、世界線がこうなってしまう前の、『最初の筋書き』を知っている、唯一のホワイトアイコンだったのだ。

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