対決ギルドマスターデセウス(後半)
※長かったので分割しました。
強欲なギルドマスターは、なんと次回秋アプデの『リーク情報』まで手に入れていた。
どうやら、よほどリアル世界の内部情報に通じた協力者を得たようだ。
子供に好かれるサイモンとは、協力者の質が違っていた。
「貴様がいくら戦おうが、村人どもがいくらわめこうが! この運命は、絶対に覆らない!
所詮、我々は神々(GM)の支配する世界のオモチャにすぎんのだ……!
ならば俺と手を組め! 暴食竜よ! 最後に頼れるのは金の力だ! 仮想の大地にリアルマネーの黄金郷を築き上げ、天にいる神々(GM)を買収するのだ!」
「知らん」
サイモンは、業火の中を突っ切って、槍を構えて飛び出していった。
【紫電突】がすでに発動し、雷電が槍に溜まっている。
虚を突かれたギルドマスターは、その槍の一撃を胸元に食らった。
「ば、バカな……今の動きは、なんだ……!」
サイモンは、咄嗟に『グリッチ』を使っていた。
どうやら押し返し(ノックバック)で行動不能になる状態も、彼の『グリッチ』によってキャンセルできるらしい。
相手がブルーアイコンの目を気にしていないなら。
きっと今は『グリッチ』を使っても平気だろう。
ブルーアイコンはいないはず。
いてもこれが普通だと思ってくれる初心者だ。
「世界の事など何も知らない、なぜなら、俺は門番だ。知っているのは、村を守ることと……かつて自分が『冒険者』だったことだけだ」
サイモンは腕を背後に伸ばして、さらに指を動かし、『グリッチ』を発動した。
「油断したなギルドマスター。『冒険者』と話し合いを始めたら、たいてい話し合いが終わるころには、どちらも『剣』を握っているものだ」
もう一度【紫電突】を発動させ、強固な装甲の同じ場所に重たい一撃を放った。
直後にふたたび『グリッチ』を使い、三度目の【紫電突】を同じ場所に当てると、装甲が音を立てて破れた。
いくら硬くとも、所詮は討伐対象モンスター、防御力に上限がある。
サイモンに連続して打てる【紫電突】は、4発までだった。
だが今確認してみると、サイモンのレベルはまたひとつ上昇して29になっていた。
あと2発撃てる。全力でその2発を放った。
至近距離で放った【紫電突】と、ほぼ間髪いれずにもう一発放った【紫電突】のライトエフェクトが重なり、まるで新たなスキルのように二重の雷光が空に立ち上り、十字架のような光がほとばしり、ギルドマスターの胸を貫通した。
悪趣味な黄金色のアイコンの周囲に浮かんでいたライフゲージがひっくり返り、一気に9割ちかく削られた。
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
サイモンの突進に押され、ギルドマスターのトカゲの両足が地面をガリガリ削りながら後退していく。
倒すまであと一息だったが、SPが足りないため、これ以上は【紫電突】を連続で打てない。
だが、それ以外の行動なら可能だった。
サイモンは、『グリッチ』でリキャスト時間を解除すると、間をおかずにメニューを操作した。
これまでの戦闘で大量に手に入れたドロップアイテムを見てみる。
アサシンの好きそうなナイフや爆弾など、戦闘に使えるものもまだたくさんあった。
つらつらと眺めてみたが、やはりこの男に一番効くのは、これだろう、と思って、サイモンはため息をついた。
本当は、今度こそ自分に使う予定だったのだが。
「『トキの薬草』だ」
サイモンは、アイテムリストから『トキの薬草』を選び、浮かび上がるコマンドの列から『つかう』を選択した。
対象は、ギルドマスターだ。
青白い魔法陣の光とともに『トキの薬草』が浮かび上がり、そして消滅していく。
ギルドマスターは、怯えるような眼差しをその薬草に向けていた。
「じゃあな、『ファフニール』。釣りはとっておけ」
いっしゅん、どくん、と大きく跳ねた心臓の鼓動に、全身が震え上がったギルドマスター。
「お……お……おお……!」
心臓に潜り込んでしまったネズミを探すように胸をかきむしると、おぞましい悲鳴を上げた。
「ぎぃゃぁぁぁぁぁぁ! バカな……なんという、事を……消える……消えて、しまう……俺の……黄金……が……!」
今のサイモンなら、そのままギルドマスターを倒すこともできただろう。
だが、サイモンにそれはできなかった。
最低の守銭奴で、最強の野心家だったが。
きっと冒険者ギルドを崩壊させたところで、この世界の誰も喜ばないはずだ。
ギルドマスターの竜の血がぶくぶくと沸騰し、それに抗うように人間の肉体が息を吹き返した。
やがて血が乾ききり、ギルドマスターは元の姿を取り戻すと、ぱたりとその場に倒れてしまった。
そのとき、サイモンの視界に、クエスト達成の表示があらわれた。
【クエスト完了】ドラゴンの討伐
どうやらギルドマスターは、自分の出した依頼で討伐されたことになったようだ。
これで次回からは、また違う世界線がはじまるだろう。
「いままでシーラを助けてくれて、ありがとう。これからは、俺に任せてくれ」
ギルドマスターは、気を失ってなにも聞いていない様子だった。
あとはギルド職員がなんとかしてくれるだろう。
サイモンは槍を杖代わりにして、その場を去ろうとした。
「待ちたまえ」
声に振り返ると、そこには見知った顔があった。
騎士団長アスレと、王国騎士団だ。
いまのこの時間は、山登りをしていたはずではなかったのか。
「君は何者だ」
「ヘカタン村のサイモンだ。あんたは騎士団長アスレだな。たしか魔の山に登っていたんじゃなかったのか?」
「ああ、だが魔の山にドラゴンが出現したという情報が冒険者ギルドからよせられたのだ。
我々は新兵ばかりの軍なので、大事をとって山から撤退してきた」
「……ああそうか、そういえば、そういう軍隊だったよな……」
理由はともあれ、彼等とこんなところで鉢合わせるとは、思いもよらなかった。
サイモンが真正面から向き合うと、騎士団長アスレは自分の胸に拳を当てて、彼に敬礼した。
「先程のドラゴン討伐、見事な腕前だった。あとで武勲を与えるよう取り計らおう。魔の山には君のような英雄が多いのか?」
「いや、俺とシーラぐらいだな。あとシーラの弟が俺の100倍くらい強いよ」
「なんだと……」
ざわめく騎士団たち。
事実、オーレンにはもう何度も一瞬で蒸発させられているので、嘘ではなかった。
「そういえば、シーラを捜しているんだが、お前はどこにいるのか知らないか?」
「ふむ? 勇者シーラか……」
騎士団長アスレは、なにやら言いにくそうにしていた。
すでに『勇者』の肩書きで呼んでいるところを見ると、シーラの実力は認めているのだろう。挑戦してあっさり負けたのだ。
「勇者シーラなら、昨日からずっと海で泳いでいるみたいなんだが、なにかあったのか?」
サイモンは、ぽかんとして、そっくりそのままの言葉を返した。
「海で……泳いでいる? なんで?」
「さあ、私にもわからないが……」
予想の斜め上の居場所に、サイモンは驚いていた。