対決ギルドマスターデセウス(前半)
ギルドマスターの爬虫類じみた眼差しに、サイモンはいすくめられた。
サイモンとは種類が異なるが、彼もまた『悪魔の技』を使えるのだ。
「サイモン、この俺と手を組もう……そしてこの世界の理に抗い、神々(GM)に反逆を起こすのだ……!」
「反逆を起こして……どうするつもりだ?」
「決まっているだろう! 俺はこの世界の金をあらかた手に入れた! 次に手に入れるのは、神界の金、そう、リアルマネーだ!」
どうやら、ギルドマスターの野望はこの世界の中ではおさまらなかったらしい。
【課金】の仕組みも、【課金】でなければ手に入れることのできないアイテムがあることも知っている。
ならば絶対にリアルマネーが欲しくなるはずだ。
サイモンは自問した。
ギルドマスターがこのゲームの世界に登場したのは、シーラとほぼ同時期だった。
半年前のリリース当初から、冒険者ギルドと共に存在している。
もしも、その頃から時間遡行者として目覚めていたのなら、つい最近になって目覚めたサイモンとは、まるで違う長さの時空を生きていることになる。
この世界の秘密にも、そしてリアルの世界の秘密にも、サイモンより断然詳しいはずだ。
さらに『グリッチ』の秘密をもつという点まで同じ者同士だった。
ならばここは、彼と手を組んだ方が賢明なのだろうか?
サイモンが、本当にこの世界のことを理解し、村を守り戦い続けるためには、この男の力が必要なのではないか?
「不可能だと思うか? 可能なのだ! ブルーアイコンの協力者を通じて、リアルマネーを集めるための銀行口座も開設ずみだ!
冒険者ギルドはブルーアイコンどもに対して、RMTを持ち掛け、それによってのみ参加可能な特殊クエストを実施する!」
「……なんだと、そんな方法が……!」
「リアルマネーを手に入れれば、理不尽な性能の【課金】アイテムを装備した最強の軍隊の結成が、我々にも可能となる!
この事実をもってして、私はこの王国の軍隊を掌握し、我ら『竜騎士団』とともに、冒険者ギルドの名を世界にとどろかせるのだ!
今後は我々が神々(GM)に変わって、この世界を自由に改編してやる!
サイモン、貴様もこちらの世界に来るがいい! いまならもれなく、我々の末端に加えてやろうではないか!」
どうやら、この男は本気で『竜騎士団』の結成を望んでいるらしい。
それもそのはず、自分が『ドラゴン』なのだ。
神々(GM)への反逆。この世界の自由な改編。
いったいそれにどんな価値があるというのか、サイモンにはわからない。
わかるのは、この男が信じがたいほどこの世界に関して深く知っている、ということだ。
「そうか……じゃあ『メニュー』が使えるのは、どうしてだ?」
サイモンが自身の能力について尋ねると、ギルドマスターは、さらに笑みを浮かべて、にやにやと笑った。
「はっはっは……『メニュー』って?」
どうやら、知らなかったようだ。
だったら、こいつに用はない。
サイモンは、素早くメニューを操作すると、ギルドマスター目掛けて『スズメ脅し爆弾』を投げつけた。
「ぐおぉっ!?」
黒い爆弾がギルドマスターの目の前で炸裂し、もうもうと立ちこめる煙幕が視界を遮っている間に、『槍』を身構えた。
「き、貴様ッ……! 『メニュー』が使えるだと!? ……ありえん!」
ギルドマスターは、緑色の光を放つ長剣を抜き放つと、煙を振り払った。
輝く旋風が巻き起こり、発動しているスキルや特殊効果がすべて消える。
『聖剣』スキル第一階梯、【光輝の剣】が発動する。
状態異常:【鈍足】【無効】
状態異常:【猛毒】【無効】
状態異常:【沈黙】【無効】
状態異常:【混乱】【無効】
状態異常:【暗闇】【無効】
『スズメ脅し爆弾』のデバフ効果をすべて無効にされた。
信じがたい性能だった。
どうやら、こいつは正真正銘のボスだ。
「まさか、『プレイヤーアカウント』を持っているのか!? どうして! 一体、何者だ!? ちょっと『ログアウト』ボタンを押してみてくれないか!」
「断る、『ログアウト』ボタンは何があっても押さない約束だ」
好奇心に目を輝かせるギルドマスターに対し、サイモンは冷静に攻撃の隙を伺っていた。
サイモンの足元に炎が渦巻き、いつでも【火炎突】が発動できる状態だった。
最大火力までためて、一直線にギルドマスターの胸元をついた。
だが、ギルドマスターの呪文効果の発動ほうが早かった。
「ダール砂漠の黒き死神、アベリウス大サソリよ!
汝のウロコが最強ならば、そのウロコよこせ!」
ばきんっ、と音がして、サイモンの槍は硬いウロコに阻まれ、はじき返された。
ギルドマスターは胸元に甲虫の装甲を身に着け、爬虫類のように顎を伸ばし、肩幅も数倍に膨らんだ異様な姿になっていた。
「効かんなぁ! アベリウス大サソリは【炎無効】、【冷気無効】、【デバフ無効】、防御力8900の超S級討伐モンスターだ!
俺はギルドマスターとして数千、数万の討伐モンスターのデータを見てきている……!
そのデータを組み合わせれば、最強の肉体を形成することも可能だ……!」
「なるほど、『ドラゴン』そのものだ」
「イブリード古代遺跡のさまよえる墓守、 ドラゴニアよ!
汝の足が最強ならば、その足よこせ!」
ギルドマスターの両足が、ウロコの生えたトカゲのような異様な形になり、さらにシッポまで生えると、彼は人間の足には不可能な信じがたい跳躍を見せて、サイモンに飛び掛かって来た。
その超加速のまま魔剣を頭上から振り下ろし、魔剣のスキル効果を発動させる。
サイモンを中心に周囲の物体が押しつぶされ、床がくぼむほどの衝撃がのしかかった。
さらにその直後、もう一度まったく同じ衝撃がサイモンに襲い掛かり、体力ゲージが3割ちかく削られた。
剣のスキルを2回発動させる【魔神斬り】だった。
「魔剣士のスキルも使えるのか……!」
「はははは! こんなものは余興で極めたにすぎん……!」
ギルドマスターは、控えていた巨大な腕を大きく振るった。
Sランクモンスターの爪がサイモンをなぶり、理不尽なダメージが発生した。
「虎将ハイダールの爪は攻撃力2万9000だ! まともに受けると命がないぞ!」
討伐クエストのヒントにならないヒントを与えるギルドマスターの声が、どんどん遠ざかっていく。
サイモンは玉のように部屋の隅まで弾き飛ばされ、冒険者ギルドの2階の壁を突き破り、隣の市場のカートを数台薙ぎ払いながら青空の元に墜落した。
いったいどうしてまだ生きているのか不思議なぐらいの衝撃だった。脇腹に空いた穴から血があふれ、ライフゲージはわずか数ミリを残して、ほとんどなくなっている。
明らかに、このまま死に至る致命傷だった。
「……さすがに効いた……これはまずいな」
数人のギルド職員が瓦礫にはさまれ、巻き添えを食っていたが、ギルドマスターはまるで気にしていない様子だった。
「おいおい、街中でモンスターが出たのか!」
「なんだありゃあ! 冒険者ギルドが!」
サイモンもチートを使うために人目を避けたかったが、クレアに周囲を確認してもらう以前の問題が発生した。
マップを見る限り、騒ぎを聞きつけた数名のブルーアイコンが集まってきているらしいのだ。
「極寒海峡のブリザードを呼ぶ鳥、ゾアークよ!
汝の翼が最強ならば、その翼よこせ!」
突如、冒険者市場に竜巻が発生した。
マップに写っていたブルーアイコンの冒険者たちが次々と風に巻き込まれ、宙に浮かび上がる。
フィールド単位で吹き飛ばされる、長大な『押し戻し(ノックバック)』だ。
魔の山でもデビルホースが1、2合ほど登山者を蹴り飛ばすことがあるが、そのレベルを遥かに凌駕している。
冒険者ギルド会館から現れたギルドマスターの背中には、白い翼が生えていた。
その翼が彼を空高くに連れ去った。
またしても『グリッチ』だ。
これだけの騒ぎを起こして、運営(GM)に見つかったら修正されるかもしれないというのに、まるで恐れていない。
恐ろしい度胸。そして実行力。だてに冒険者のトップに君臨してはいない。
「そうか……そういう戦いかたもあるのか」
サイモンは思い出した。彼もかつては冒険者だったのだ。
すぐ手の届く距離に転がっていた薬草のアイコンに手を伸ばすと、コマンドから『つかう』を選択した。
傷が癒え、体力ゲージもかろうじて立ち上がれるほどに回復した。
ギルドマスターは、やがて錐もみしながら降下してきて、サイモンの目の前に降り立った。
獣のように四本足で地に立つその姿は、すでに人間ではなかった。
顔は太古の深海魚のように醜く変形し、ウロコのすき間から体毛がまばらに生え残った、実験動物のようなありさまだ。
伝承によると黄金を盗み、洞窟に逃げ込んだ邪悪な小人。
最強のウロコ、最強の爪、最強の尾、最強の牙、全てを手に入れた強欲の魔竜『ファフニール』。
『ファフニール教団』が崇める始祖にして最強の竜種である。
「どうした……暴食竜よ! 世界をひとつ食い尽くしたお前の力は、こんなものではないはずだ……!
人間の体が疎ましいだろう……! 殻を破って出てこい! 俺がこの世界の全てを食い尽くすことを許可しよう……!」
許可しよう……だと?
まるで、この世界が自分の所有物のような物言いだった。
つまり、あとで法外な料金を請求する腹積もりなのだ。
もはや、ギルドマスターなのか、それとも既に『ファフニール』なのか。
目の前にいるのは、いずれにしろ彼とは相容れない、完全な怪物だった。
サイモンに出来ることは、たったひとつだ。
「……知らん……俺は、『ドラゴン』の力にも、世界を食う事にも、リアルマネーとやらにも、興味はない……はやくシーラを探し出して、村に帰る、俺には、守らねばならない物がある……!」
サイモンは、素早くメニューを操作した。
ギルドマスターはその動きに反応し、強靭なシッポを振り回した。
鞭と同等の広い射程範囲を持つシッポが、サイモンの胴体をはねのけると、追い討ちのようにギルドマスターは口から火を噴いた。
燃え盛る業火が市場に着火すると、突如爆発をあげて、周囲のものを燃やし尽くした。
「はははは、くだらんな、一体何を守るというのだ……貴様には絶望的な『リーク情報』とやらをくれてやろう!
貴様の村は、次の秋季アップデートで滅びる運命にあるのだ!」
※この話を書いているとき中国がゲーム課金を規制する強力な法案を出したので、日本も将来どうなってるかわからないなぁ、と考えながら書いています。
※100話到達、ここまでお付きあい頂いてありがとうございます。
ようやくあらすじの内容に追い付きそうなところまで来ています。
もう少しお付きあい頂けたら幸いです。