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HERO Planner  作者: 武海 進
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ヒーローデビュー①

「ハア、ハア、昔はこれくらい余裕で走れてたのに」


 朝早いというのにギラギラと照り付ける日差しに辟易しながらアリスはランニングしていた。


 病院再建の記者会見から早一週間、時たま取材対応やアリス本人が立ち会わなければならない契約などには出席したりはするものの、それ以外は特段やることの無いアリスはラッセルから課せられたいくつかの宿題に励んでいた。


 今はその一つである体作りの真っ最中なのだ。


 元々、運動神経には天武の際があり、新体操で世界選手権の選手に選ばれたりもした彼女であるが、それは毎日生真面目にトレーニングに励んでいた過去の話だ。


 どんなに優秀な身体能力を持っている人間でも、三年間もロクに動かない引き籠り生活を送れば衰えるのは必定であり、ヒーローになる為には鈍りに鈍った体を鍛え直さねばならない。


 地面に汗をまき散らしフラフラになりながらも屋敷に辿り着いたアリスは、ウォルターが用意してくれたタンパク質たっぷりの朝食を食べながらテレビのニュースや新聞を片っ端からチェックし始める。


 ラッセルからの宿題二つ目の課題、現状のフロイテッドシティについて学び、世情を把握する為だ。


 時たまどうにか重い気分を紛らわせようと配信サイトでアニメを見たり、動画サイトやSNSでつまらない動画は見たりしてはいたが、部屋の中で世間から距離を置いた生活をしていた為にアリスはフロイテッドシティの現状をほとんど知らない。


「俺の朝はこの一杯で始まる。オックコーヒー! 今ならコラボ商品を飲むとマッハガイステッカーが貰えるぜ!」


 眩しいくらいの白い歯がよく見える口元丸出しのマスクを被った男が、満面の笑みを浮かべながらフロイテッドシティローカルのコーヒーチェーンのCMに出ていた。


 アリスの最近詰め込んだ記憶によれば、彼は近頃人気の高速で走ることが出来るヒーローのはずだ。


「今のヒーローってCMに出るんだ」


「最近はCMどころかバラエティーにドラマと、テレビ出演するヒーローは多いですな。コーヒーのお代わりは如何ですか?」


 ウォルターにコーヒーのお代わりを注いで貰いながらアリスは思い出す。


 昔もテレビにヒーローが映ることはあったが、基本的にはせいぜいニュースの現場中継に移りこむかインタビューに答えるくらいだ。


 たまにサービス精神のある者はチャリティーイベントに出演したりもていたが。


 反面、テレビはおろかメディア全般への露出を極端に嫌うヒーローもいた。


 ブラックガーディアンなどその最たるもので、インタビューにすら真面に答えたことは無く、いつも事件現場に駆け付けたリポーターが困ってたのをよく覚えている。


「おはようアリス。今日こそ早く仕事を切り上げるから一緒に夕食を食べましょうね」


 朝食を終え、そろそろ部屋へ戻ろうかとアリスが思い始めた頃、慌ただしく身支度を整えたセシリアがそれだけ言いに来ると会社へと出かけて行った。


 ここ数日同じこと言いながら結局セシリアの仕事が夕食時に終わることは無く、アリスと彼女はまだ一度も食卓を囲むことはまだ出来ていない。


 いつもセシリアは申し訳なさそうに連絡してくるが、アリスはあまり残念とは思っていない。


 引き籠りを止めた最初の頃のように、朝食を食べているだけで泣かれた時よりは余程良いからだ。


 それにあまりアリスはセシリアと二人きりになりたくは無かった。


 うっかりと何かの拍子に彼女の秘密の計画について問いただしたり自分の秘密を口にしてしまいそうだからだ。


 母を見送り、部屋に戻ったアリスが宿題の続きとばかりにテレビを流し見しながらぼんやりしていると、ラッセルから連絡が入った。


「宿題はきちんとやっているかなアリス君。君のデビュー戦の相手が決まったから病院まで来て欲しい。迎えがそろそろ着くころだから手早く準備してくれると有難いんだがね」


 しかし、ラッセルが話終わると同時にウォルターがドアをノックする音が聞こえ、アリスはラッセルが準備させる暇を端から与える気が無かったのを悟る。


 ラッセルの笑い声が聞こえた気がしたアリスはとりあえずポケットに携帯と財布だけねじ込むと病院へと向かう。


 病院の地下、ブラックベースに着いたアリスを待ちかねていたラッセルは嬉しそうに迎える。


「調子はどうだいアリス君、少しは体は動くようになったのかな? もしイマイチというなら動画サイトで見つけた良いエクササイズがあるんだが」


「少しはマシです。それで対戦相手が決まったってどういうことなんですか」


 ラッセルの無駄話に付き合う気は無いアリスは話を急かす。


「そう急かさないでくれたまえ。まずはこれを見て欲しい」


 コンピュータを操作し、ラッセルはモニターに防犯カメラの映像らしい動画を映し出す。


 動画の中では、ピエロのマスクを付けた怪しい男達が宝飾店を襲っている様子が映っていた。


「彼らは最近この街で銀行や宝飾店を襲撃している不良上がりの強盗団で、クラウンズと名乗っているチンピラの集まりさ」


 犯罪が多発しているフロイテッドシティでは強盗など日常茶飯事であり、左程驚くような犯罪ではない。


 だが、それ故に警察の手が全くと言っていい程足りておらず、対応しきれない為に犯人を取り逃してしまうケースが少なくない。


 そんな現状が故、簡単に稼げると犯罪に手を染める者が年々増加しており、更に犯罪増加に拍車をかけ、悪循環を生んでしまっている。


「……もしかして私がそいつらを捕まえるってことなんですか」


 察したアリスは、思わず一歩下がってしまうがラッセルの部下が壁のように立っており、退路は完全に塞がれていた。


 アリスの行動はラッセルに完全に読まれているらしい。


「少し早いかとも思ったんだが、御母上が動き出す前に君に実戦経験を積んで貰わないといかないからね。私だって辛いが心を鬼にして君を実戦に送り出すのを決めたんだ」


 辛そうどころか笑顔を隠しきれていないラッセルに、改めて頼る人間を間違えたと思うアリスは天を仰ぐ。


 そんなアリスがツボに入ったのか、遂に隠すことを止めてラッセルは腹の底から声を出して笑い出す。


 爆笑するラッセルをドン引きしながらアリスが見ていると、部下の男が何やらカートを押してやって来た。


 アリスはまたお菓子の山かと期待の眼差しを向ける。


「アッハッハ、アリス君、残念ながら君の好物の山では無いさ。これはアリス君へではなく、ブラックガーディアンへの贈り物さ」


 芝居がかった動きでカートに被せれらたシーツをラッセルが取る。


「これって、ブラックガーディアンのスーツ!」


 カートの上に乗せられていたのは黒で染め上げられた全身を覆うボディスーツと体の動きを邪魔しないように設計された胸部アーマーと肘、膝を守るプロテクター。


 そして、騎士の兜と模したマスク。


 まさしくかつて憧れたヒーローのスーツだった。


「正確には二代目ブラックガーディアンのスーツさ。君の体形に合わせて些かデザインを変えてある」


 言われてみると、胸部アーマーには女性らしいボディラインが潰されぬように膨らみがあり、足鎧を模したブーツには低いがヒールが着けられている。


「彼のデザインは性格通り質実剛健なもので遊び心が足らなかったからね。差別化を図る意味でも少し女性らしさを足してみたのさ」


 スーツを手に取ったアリスの心は揺れ動く。


 本当に自分がこれを着ていいのだろうか、自分にヒーローが、ブラックガーディアンが務まるのだろうかと。


 スーツを持ったまま動かないアリスにラッセルは少し困ったような顔を浮かべながら肩に手を置く。


「アリス君、忘れたのかい? 君は御母上の凶行を止めたいとこんなイカれた犯罪者の手を取ったんだ。今更臆してどうする。……そんなにヒーローになりたくないのなら代わりを用意するまでだ。折角のスーツを無駄には出来ないんでね」


 ラッセルはアリスからスーツを取り上げようとする。


 だが、アリスはスーツを固く握りしめて離そうとしない。


 ラッセルは心の中でほくそ笑む。


 迷っているフリをしているだけで、アリスの心の中では答えは決まっているのを察したからだ。


「……やります。このスーツを、ブラックガーディアンを誰かに渡したくなんて無いです!」


「素晴らしい! 流石はあの男の娘だ。ならば早く着ると良い、直に強盗事件が起こるからね」


 強盗事件が起こると予見するラッセルに、アリスは迷っている間に用意された簡易の着替え室に無理やり突っ込まれる。


 とりあえず着替えないと話が進まないと覚悟を決めたアリスは、服を脱いでスーツに袖を通すが、そこからが大変だった。


 体にぴったりとフィットするスーツは、素材のせいで滑りが悪いのも相まってかなり着辛いのだ。


 汗だくになりながらなんとかスーツを着終えたアリスは着替え室を出た途端にラッセルへ不満を爆発させる。


「ラッセルさん、これ着辛過ぎますよ! ていうか、ただのウェットスーツですよね!」


「ああ、流石に気付くか」


 笑いながら認めたラッセルにアリスの怒りのボルテージは更に上がり、ラッセルに詰め寄る。


「普通ヒーローのスーツって防弾防刃の特殊素材で作られてますよね。な、ん、で、ただのウェットスーツ何ですか! そもそもブラックガーディアンのスーツはアーマーと一体型だったはずですよ!」


 流石はブラックガーディアンファンと言うべきか、スーツにまで詳しいアリスに笑いつつもラッセルは言い訳をし始める。


「実はこの装備一式はデザイン確認用に作った試作品みたいな物でね。正式な物は鋭意制作中なんだが、少し難航しているようで間に合わなかったんだ」


 命を守る為の装備が未完成で、代わりに性能が格段に落ちた試作品を使わされるなど笑いごとで済まない。


 スーツを脱いで突き返し、きちんとした物が出来るまではヒーローデビューはしないと宣言する為にアリスは再び着替え室に戻ろうとするが、その時モニターから大音量でアラームが鳴りだした。


 この時を待っていたとばかりにラッセルがコンピュータを操作すると、モニターに交通監視カメラの映像が映し出される。


 映像には派手な色に塗装された大型車が街を爆走している様子が映っていた。


「クラウンズが動き出したようだ。この調子だと直に近くの宝飾店が襲われるだろう。出動の時間だ、ブラックガーディアン」


 コンピュータから離れ、カートの前に移動したラッセルはアリスにマスクを投げる。


 わたわたしながらもキャッチしたアリスは、覚悟を決めてマスクを被った。


マイペース投稿ですがお付き合い頂けると幸いです!


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