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HERO Planner  作者: 武海 進
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二つの仮面ー②

 ラッセルはコンピュータを操作して壁に埋め込まれた巨大なモニターを起動させる。


 アリスがモニターを見ると、アリス、ヒーロー化計画とテンプレートなフォントで書かれたダサいタイトルのスライドショーが始まった。


 ラッセルは舌にオリーブオイルでも塗っているのかと疑いたくなる程よくまわる口でスライドショーを切り替えながら矢継ぎ早に計画を説明する。


 内容は要約するとこうだ。


 父と憧れのヒーローを同時に失い、心に傷を負って長年引き籠っていた悲劇のヒロインであるアリスがラッセルのカウンセリングにより社会復帰。


 生前、父が熱心だった慈善活動の後を継ごうと決心したアリスはラッセルの協力の元にスラム街の廃病院を再建事業に従事する決意をした。


 という風に世間には信じ込ませ、裏では病院の地下にある新生ブラックベースを拠点に母の凶行を阻止する、という計画だ。


「あ、あの、私、やっぱり人前に出なきゃダメですか? ヒーロー業に専念する訳には……」


「いかないね。引き籠りの君が突然理由も無く頻繁に外に出るようになったら誰だって怪しむ。君は誰にもバレないように御母上の計画を止めたいんだろう。だったらこれが一番良いと思うよ」


 アリスが言い切る前に、ヒーロー業専念案を却下したラッセルは理詰めでアリスに反論の余地を与えないよう追い込む。


 長い引き籠り生活ですっかり口下手になってしまったアリスがラッセルに口で勝てる訳も無く、彼女は嫌々ながらも首を縦に振るのだった。


「でも、具体的にはどうやって病院を再建するんですか?」


「その辺は私が全てやるから気にしないでいい。幸いにも世界中から様々な企業が集まるこの街でもトップクラスの企業、マルクスインダストリーズがスポンサーになってくれたしね」


 マルクスインダストリーズの名前を聞いた瞬間、アリスは何故ラッセルが今朝屋敷に居たのかを悟った。


 マルクスインダストリーズはアリスの父、ダニエルが創業した会社であり、ダニエル亡き後はセシリアが相続し、今は彼女が社長を務めている。


「御母上は涙を流して協力を約束してくれたよ。娘がこんな計画を立てるまでに立ち直ったのが余程嬉しかったらしい。予算をたっぷりと弾んでくれるそうだ」


 母を騙した目の前のペテン師に怒りを覚えながらもアリスは直ぐにその怒りを収めた。


 自分がそのペテン師の口車に乗ったとはいえ、ある意味この計画の主犯あり、怒るのはお門違いな気がしたからだ。


 アリスが計画を呑み込んだのを察したラッセルは指を鳴らす。


 すると、今度は部下の男が大量の衣装を吊るしたハンガーラックとドレッサーを移動させてきた。


「では早速、今日は表の計画の為に一仕事してもらうよ。後一時間程で記者会見だからね」


「え、記者会見! もしかして私も出るんですか?」


 半ば強制的に身支度を整えられている辺りで、聞かなくてもアリスは察してはいるのだが、ほんの少しでも希望が無いかと条件反射で聞いてしまう。


 ラッセルは何故だか他の人間に比べれば不思議と話せるが、現状、アリスは実の母とでさえ話すと考えるだけでも心臓が早鐘を打つ。


 大勢が集まるだろう記者会見など少し想像しただけでも気が遠くなる。


「そうだよ。君が病院再建の発起人ということになっているんだから出るどころか君が主役さ。綺麗にしてあげるから頑張ってくれたまえ」


 抗えぬ定めと悟ったアリスは、ただただ服をあてがってくるラッセルの着せ替え人形にされるのだった。


 流石に乙女の恥じらいだけは辛うじて残っていたアリスは着替えだけは抗い、見られぬように物陰で着替えはしたものの、鏡に映る自分を自分だとはアリスは信じられなかった。


 本の数時間前までは髪は伸び放題のボサボサ、常に悪夢を見るせいで寝不足な為目の下には深い隈、更に不規則な生活で荒れた肌と、かつての引き籠る前とは比べ物にならない酷い状態だった。


 しかし、今鏡に映る自分はかつての自分、いや、それ以上に綺麗であり、年相応な装いの立派なレディに生まれ変わっていたのだ。


「……これが、私」


 まじまじと鏡を見るアリスに、ラッセルは満足気に笑う。


「君、素材は良いんだからこれからは色々と気を付けるようにしなさい。今日はメイクで誤魔化してはいるが特殊メイク並みの厚化粧は肌に良くないからね」


 皮肉を言われているのは分かったが、それでもアリスは怒る気がしない程にラッセルのメイクスキルに舌を巻いていた。


 自称精神科医が何故ここまでのスキルを身に着けたのだろうかと思いながら、アリスが鏡に映る自分に見惚れているとラッセルが肩を揺すってきた。


「自分に見惚れるのはいいがそろそろ時間だ。原稿は用意してあるからさっさと行くよ」


 現実に引き戻されたアリスは小さい子のように涙目で首を振って拒否する。


 いくら見た目を取り繕ったところで中身は変わっていないのだから、やはり記者会見など無理だと土壇場でアリスは尻込みしてしまったのだ。


 そのまま床に座り込んで抵抗しようとするも、ラッセルの部下に米俵のように肩に担がれ、エレベーターへと連行された。


 こうなってしまえば仕方がない、と腹を括るれる程、アリスの引き籠り歴は浅くない。


 エレベーターから降りて車に乗るまでの間に逃げ出す気満々で隙を伺う。


 ヒーローになる決心は存外すんなりとしたのに、大勢の人前に出るのは全力で拒否する姿にラッセルは沸き上がる笑いが抑えきれず、笑い出す。


 長年の付き合いの部下はともかくアリスもいい加減慣れてきたのか、一々驚いたり不気味に思ったりしなくなったので、一人笑うラッセルに誰も何も言わない。


 だが、ラッセルが笑う理由はこれだけでは無かった。


 この後直ぐアリスを待ち受ける試練を知っているからだ。


「アリス君、私から一つアドバイスだ。これから先は仮面を被ると良い。裕福な慈善家であるアリスと、街を守り御母上の凶行を止めるヒーローとしての仮面の二つをね。そうやって自分を隠してしまえば何も怖い物はないさ」


 ラッセルは懐に忍ばせてあるピエロの仮面をチラリと見せながらそう言った時、エレベーターの扉が開いた。


 床に降ろされたアリスはラッセルの言葉の真意を考えながら、渋々出口へと歩いて行く。


「さて、ショータイムだ。ワクワクするねえ」


 病院を三人が出ると、表には入った時にはいなかったはずの大量の人々が集まっていた。


 皆ボイスレコーダーやカメラ、マイクを持っており、一目で記者だというのが分かる。


 アリスが思わぬ事態にフリーズを起こし固まると、ラッセルが懐から取り出した原稿を彼女に渡しながら彼女を庇うように前に出ると話し始めた。


「皆様、お集まりいただき誠にありがとうございます。私はこの度、当ブラックガーディアン総合記念病院の院長を仰せつかりましたラッセル・コールマンと申します。それでは早速、今回の病院再建計画の発起人であるアリスさんからお言葉を頂戴したいと思います」


 勝手に司会役を始めたラッセルに話を振られたアリスは原稿を握りしめながら、今すぐこの場から逃げ出して部屋のカギを締めたい衝動に襲われる。


 いつまで経ってもしゃべり始めないアリスに記者たちがどよめき始めると、見かねたラッセルが耳打ちする。


 ただ一言、「仮面」と。


 アリスは思い出す。


 かつての、明るかった自分を。


 大富豪の一人娘として、新体操の大会入賞常連として、世界選手権に選ばれた選手として、数多の取材を受け、平然と受け答えしていた自分を。


 最早それは自分ではなく他人とすら思える過去の自分を、アリスはラッセルの言葉通りに仮面として被る。


「皆様、失礼しました。長い間こうした場で話す機会が無かったものですから緊張してしていまして。でもそれじゃあ来て頂いた皆様に失礼ですから、この原稿の力を借りてお話したいと思います。噛んだら笑って見逃して下さいね」


 原稿を片手にウインクする姿に、偶然居合わせた以前アリスを取材したことのある記者は少しおませでお調子者で物怖じしない、記事にするには持ってこいだった文武両道、容姿端麗な少女だった彼女を思い出す。


 そこから先、原稿と仮面の力を借りたアリスは見事に会見を進め、どうにか記者たちを満足させ無事に記者会見を終わらせるのだった。


「あんな不意打ち、卑怯じゃない」


 地下の基地に戻ったアリスは地団太を踏みながらラッセルに食って掛かる。


「おや、そんなに褒めないでくれ、嬉しくて笑いが止まらなくなるじゃないか」


 爆笑しながらラッセルは指を鳴らすと、部下がシーツの掛かったカートを押して現れた。


 ラッセルに促されアリスがシーツを捲ると、下にはアイスにチョコレートにドーナツ、ケーキにスナック菓子、甘い炭酸飲料と大量の糖分と脂質の塊達が鎮座していた。


「今日頑張ったご褒美だ、好きな物を食べるといい。それに君は些か痩せすぎだしね」


 甘い物はアリスの大好物だが、引き籠った日以来食事に興味を失っていた彼女は今まで一度も食べたいとは思ったことは無かった。


 だが、今は何故だか目が吸い寄せられ、抗えない衝動に襲われたアリスは一口サイズのチョコレートを一つ口に放り込む。


「……美味しい」


 その一口でタガが外れたのか、はたまたここ二日程で大量に溜まったストレスのせいかは分からないが、アリスはカートの上のお菓子たちに飛びつく。


「アッハッハッハ、まるで成長期の子供のような食べっぷりだね。それ、全部食べていいから心ゆくまで味わうといい」


 折角の綺麗なドレスが汚れるのも気にせずアイスの容器を抱えながらアリスは頷くと、ドカ食いに戻る。


「とりあえずこれで食欲は大丈夫だな。エネルギーさえ詰め込めば直に体の方も復活するだろうし、ヒーローの方の仮面を被る日も近そうだ」


 満足気に頷きながらラッセルは思う。


 ドレスのクリーニング代を後でマルクスインダストリーズに請求しようと。

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